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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第六章
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最大限の譲歩

 

 情報収集が済んだユルグはそそくさとパブを後にした。


『先ほどの話だが……本当にあの化物に挑むつもりか?』


 適当なベンチに腰を下ろして、街の風景に目を向けていると隣からマモンの声が聞こえてきた。


 こんな台詞は、彼らしくない。アリアンネが言うのならまだ分かるが、マモンは今までユルグの言動には一貫して無関心を貫いていた。

 好きにしたら良いと、目を向けることもなかったのだ。


 しかし、ここに来て真逆の態度を取ることに何の意味がある。


「この期に及んで引き止めようってか?」

『勇気と無謀は違う。今のままではむざむざ死にに行くようなものだ』


 彼の指摘は的を射ているものだった。

 マモンの言う通り、このまま黒死の龍と相対しても勝てる見込みはゼロに近い。最低限、あの攻撃を無効化する漆黒の靄をどうにかしなければ打つ手はないのだ。


 しかしユルグとて、無策で挑もうなどとは思っていない。


 黒死の龍がシュネー山を根城にしているのなら、おそらくあの山のどこかに虚ろの穴があるはずだ。そうでなければあそこまで瘴気の毒をため込めるはずがない。

 そして、そこには今まで見てきた祠もあるだろう。内部に安置されている匣も一緒に。

 まずはそれを手に入れて、黒死の龍を弱体化させる。少しの間借りるだけならば問題はないはずだ。

 上手く行けば斃せるはずだと、そうユルグは判断した。


「誰に何を言われたって心変わりするつもりはない。それにお前のそのお節介は、俺に死なれたら困るからだろ。あの皇女様のように身を案じて言っているわけじゃない」

『手厳しいが、その通りだ』


 鋭い指摘にマモンは声を落とした。


『しかし、お主の宿敵であるアレはかなりの強敵だ。一人で挑んで斃せる相手ではない』

「……だから?」

『己が手を貸してやると言っている』


 ここに来てマモンは奇妙な事を言い出した。


『己ならば瘴気を無効化出来る。妙な小細工など必要も無く、奴の喉元に剣先を突き付けられるのだ』

「魅力的な話だが、無償というわけでもないんだろ」

『ああ、そうさな……過日にお主に話した、アリアンネの頼みを引き受けて欲しい』


 マモンの交渉に、ユルグは眉を寄せた。


 こんなのは、交渉と呼ぶにはあまりにも馬鹿げている。


「お前は俺に、他人の都合のために死ねと言ってるのか」

『そうではない。そうではないのだ』


 睨み付けると、マモンはその眼差しを真正面から受け止めて、かぶりを振った。


『お主に犠牲を強いることはしない。ただアリアンネをいい加減、解放してやりたいのだ』


 あくまでもマモンの魔王としての使命は、二の次と考えても良いと彼は言った。

 仮にユルグが彼らの申し出を呑んで、魔王の器として生きることになってもその先は自由にして良いということだ。

 それこそ、誰にも何にも縛られずに生きることも出来る。

 少なくとも勇者として生きている今よりは、あれこれと苦悩することもないはずだ。


 しかしそうであるのならば、マモンの提案には疑問が残る。


「どうしてそこまで固執するんだ? 俺に無理強いしないなら、今と状況は変わらないだろ」


 彼の口振りでは、一刻も早くアリアンネから離れたいとも取れるのだ。


『それは……己の個人的な願いだ。本当ならばアリアンネは……いいや、この話はやめておこう。とにかく、それ以上の他意は無い』


 マモンの願いは、アリアンネを生きたままこの縛りから解放することなのだという。その為にユルグを探していた。


 一見するとそこには確かな想いが籠もっているのが分かる。

 けれど、この献身も結局は無意味なものに成り下がってしまう。いずれ忘れ去られてしまう存在なのに、そこまで親身になってやるのはやはり不毛としか思えない。


『俗世から隠れて生きるのならば不自由もしない。今までのように勇者だからと後ろ指さされる事も無くなるのだ。かなりの好条件だと思うのだが』


 マモンの言は偽りでもなさそうだ。

 かつて仲間たちと魔王討伐の旅をしていた時だって、肝心の魔王の居場所は一つも掴めなかった。事を荒立てず、静かに暮らすのならば平穏な生活だって享受出来る。


 けれど――


「言っただろ。そんなものはクソ食らえだってな」


 ユルグの下した決断は、以前と変わらなかった。


「それにアイツは俺の獲物だ。俺が始末を付けなくちゃいけないんだよ」


 答えを聞いたマモンは、あからさまに項垂れた。


『そうか……やはりダメか』

「残念だったな」

『まあ、こうなることは知れていたよ。幸いにもまだ猶予はある。お主の心変わりを待つとしよう』


 交渉決裂に落ち込んでいると思っていたが、案外マモンはけろりとしていた。その様子は余裕すら感じさせるもので、未だ底が知れない不気味さがある。



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