やぶさかでもない
最後、加筆しました。
アンビルという街は、アルディア帝国内で二番目に立派な教会が建っている。
それを聞いたユルグは、内心快くはなかった。聖職者の類いは彼の嫌うものの一つに入っているからだ。
やれ、良き行いをすべきだとか。やれ、女神を敬えだとか。聞くに堪えない戯れ言でしかない。
長旅を経て、一時間前にアンビルへと辿り着いた一行は各々が自由行動を取っていた。
皆で飯を食いに行こうという提案を突っぱねて街へと繰り出したユルグは、傍らのフィノへと目を向ける。
「お前も行ってきても良かったんだ。腹が減っているんじゃないのか?」
「ん、だいじょうぶ」
ユルグがこうして街の商業区画へと向かっているのは武器の新調が目的である。
剣の手入れはしているが、それでも刃毀れが目立ってきた。まだ旅は続くのでここいらで、しっかりとした物に買い換えようという魂胆だ。
それと手持ちの魔鉱石と諸々の備品の補充。
そんなのに着いてきても楽しくないだろうに、フィノはなぜかご機嫌である。
不思議に思いながらも武器屋の扉を潜ると、店主の威勢の良い声が店内に響いた。
「お客さん、今日は何が入り用で?」
「使っている剣の刃毀れが酷いんだ。こいつなんだが……」
言って背負っていた剣を二つ、カウンターに乗せる。
「ううむ。片方は研磨すりゃあ、まだ使えるだろうけど、こっちは買い換えた方が良いと思いますぜ」
「それで頼む。丁度良いものを見繕ってくれ」
「分かりやした!」
店主はいそいそとカウンターから離れていった。
ユルグは武器に拘りは持っていない。
強いて言うなら耐久性が良く、長持ちするものが一番である。
機能美とかデザインやらは二の次なのだが、彼の師であるグランツはそうではなかった。
やれ、刃の造形が美しいだの。やれ、手になじむ握り心地が良いだの。
そこには並々ならぬ拘りがあって、街に着くといの一番に武器屋へと駆け込んだ。それになぜかユルグも毎回付き合わされており、興味もないうんちくを永遠と聞かされていたのだ。
今では懐かしいと思えるが、当時はそんなグランツに辟易していた。
店内を見回しながら回想していると、店主が武器を見繕って戻ってきた。
カウンターに三本の剣を置くと、順繰りに説明をする。
「こいつは今までお客さんが使っていたものと同じ鉄で打たれた刀剣で、こっちはそれよりも耐久性に優れている鋼鉄。んで、一番の目玉はこいつでさあ!」
「……かなり豪華な装飾だな」
まるで祭事に使う宝剣のような有様である。
店主が言うには、この豪華な剣は滅多に手に入らない希少な鉱物を使って打たれたものらしい。
しかし、悩むべくもない。
「一番安い物で頼む」
「……良いんですかい?」
「ああ」
今までと同じものをと即答すると、店主は渋々頷いた。
武器だって結構金がかかる代物なのだ。
シャノワールの毛皮やらを卸して旅費の調達は出来たが、旅の終点はまだ先だ。無駄な出費は極力避けるべきである。
「それじゃあ、もう片方は研磨しておくってことでよろしいですかい?」
「ああ、それで頼む。……それと、少し研削盤を使いたいんだが良いか」
「どうぞどうぞ。そいじゃあ、こいつは預からせてもらいますんで。明日にでも取りに来てもらえれば」
「わかった」
新しく新調した剣の代金を払って背負うと、次いで研削盤の傍へと歩み寄る。
「フィノ」
店内をうろうろと巡っていたフィノを、手招きをして呼び寄せる。
「んぅ、なに?」
「そいつを寄越せ」
ユルグが指差したのはフィノの腰に差してある剣だった。
これを買い与えたときに彼女の体格に合わせて擦り上げようと思っていたが、怪我もあり今まで保留になっていたのだ。
未だに痛みは消えないが右腕は問題なく動かせる。武器屋にきたついでにやっておいても良いだろう。
「ええー」
しかし、フィノはそれが不満だとでも言うように口を尖らせた。
「いいよ、だいじょうぶ」
「いや、でも……少し短くした方が使い易いんじゃないか?」
「そんなことない!」
手を伸ばして奪い取ろうとした剣を抱きしめて、フィノは後退った。
何をそんなに抵抗する事があるのだろうか。
弟子の思考が読めずに困惑しているユルグに、フィノは頑とした態度を貫いた。
「おししょうがくれたものだから」
「? うん、そうだな」
「だいじなものなの!」
そう言って誇らしげにするフィノに、ユルグはますます困惑した。
大事なものっていっても、あれはただの安物の剣だ。そんな高価なものじゃないし、特別なものでもない。
けれど、フィノにとっては何よりも大事なものらしい。
「お前がそう言うなら良いよ」
そこまで言うなら仕方ない。
諦めて身を引いたユルグに、フィノは安堵の表情を浮かべた。
===
武器屋を後にした二人は次いで近場にあった魔道具屋へと入っていく。
そこで空の魔鉱石と数点の雑貨を購入すると、再び商業区画の大通りへと舞い戻る。
「それで、お前は何が欲しいんだ?」
全ての用事を済ませたユルグは付き添いで歩き回っていたフィノに尋ねた。
「うーんとね。ペンダント、あったでしょ」
彼女が発した一言で、ユルグは察してしまった。
フィノが欲しいとせがんだプレゼントは、アクセサリーなのだ。
しかし、彼女が以前持っていた形見のような高価な代物は、あいにくだが買い与えてはやれない。そこまでの予算は恥ずかしながら無いのだ。
「そんなに高価なものは無理だからな。予算は二百~三百ガルド以内のものにすること」
「はあい」
素直に頷くと、フィノはユルグの手を引いて歩き出した。
それに引きずられるように、その背中を追うと辿り着いたのは宝石店。
かなり場違いな感じはするが意を決して店内に踏み込むと、煌びやかな装飾品が所狭しと並べられた店内に迎えられた。
「いらっしゃいませ~」
来店に反応した女店主が、すごすごと寄ってくる。
それになんとも居づらくなって僅かに目を逸らすと、そんなユルグに構わずに彼女は笑顔を振りまいた。
「本日はどういったご用件で?」
「ええ、と。贈り物をと考えているんだが」
「贈り物ですか」
その一言に、女店主はユルグの隣で瞳を輝かせているフィノへと目を向けた。
それから何かを察したのか、にっこりと笑みを作って、
「求婚でしたら、こうした指輪が一般的ですね」
「――っ、き、求婚!?」
思ってもいない言葉を聞いて、ユルグは目を見開いて固まった。
何を言っているんだこいつは!? そんなわけないじゃないか!
そう言いかけたが、冷静に状況を見るとこの女店主の勘違いも当然だ。
いい歳した男女が揃って宝石店を訪れる。シチュエーションとしては完璧だ。これで勘違いするなという方が無理というものである。
「わ、悪いがこいつとはそういった関係じゃなくてだな」
「あら、そうなのですか?」
女店主は悪びれもなくのたまった。
若干癪に障るものの、誤解は解けたようで一安心だ。
――だから案内は不要だ。
そう言付けて、女店主を追いやるとユルグは改めて店内を見回した。
きらきらと光る装飾品の数々は、見つめていると目が痛くなる程である。
しかし、女性はこういった物が好きらしい。現にフィノも目を輝かせて釘付けである。
その様子を遠巻きに眺めながら、そういえばミアにこういった贈り物は一度もしたことが無いなと思い至った。
彼女はあまりこういったものに興味が無いように見える。しかし、やはり貰うと嬉しい物なのだろうか。
先ほどの女店主の言葉だと、求婚には指輪が一般的だと――
「……いやいや、いくら何でもそれは」
慌てて頭を振って考えを打ち消す。
きっとミアはその気なんだろうが、ユルグにはそこまでの決心はまだついていない。
もちろんやぶさかではないのだ。何のしがらみもないのなら、喜んで彼女の手を取っている。
けれど、自分の行く末は既に決まっている。どうあっても覆せることではない。
それを分かっていて、それでも我を押し通せるほど傲慢ではいられないのだ。
===
「何が良いか決まったか?」
「んー、うん」
フィノが指差したのは、まっくろな宝石だった。いや、宝石というよりも鉱石といった方が良いのかもしれない。
輝きすら飲み込んでしまうほどの黒一色の色合いは、装飾品としては何とも味気ない。
「……これでいいのか?」
「うん!」
「いや、でも。もっと見栄えの良いのもあるじゃないか。この紅玉なんて綺麗じゃないか」
「んぅ、これでいいの!」
しつこいと突っぱねるように、フィノは断固としてユルグの言には従わなかった。
じっとユルグの目を見つめて、それから黒の宝石が嵌められたペンダントを見つめる。
「やっぱりこれがいい!」
「わかったよ。買ってくるからちょっと待ってろ」
そそくさと会計を済ませると、足早に店内を後にした。
店先で箱に入ったペンダントを渡すと、
「おししょう、つけて!」
「……これでいいか?」
素直に従ってペンダントを首元に掛けてやる。
そうすると、フィノは一層嬉しそうに笑うのだった。
「ねえ、さっきなにかってたの?」
「何の話だ?」
「え、だって」
「……ミアには内緒だぞ」




