角突き合い
剣を構えた直後、ユルグの真正面に潜んでいた魔物が飛び掛かってきた。
それを下腹一閃――切り捨てると、その巨躯は地面にどう、と倒れ伏した。
薄闇の中で艶やかに光る黒の体毛。しなやかな体躯。加えて半開きになった口からは鋭い牙が覗く。
この特徴は、シャノワールという魔物と一致している。
通常、魔物は人間およびエルフらにとっては脅威である。しかしこのシャノワールは、その毛皮の上質さや鋭利な牙。豊潤な肉。それらを求めた者たちによって狩り取られてしまい、今では滅多にお目に掛かれない。
確かに貴族やらが大金を叩いて欲しがるわけだ。艶々とした毛皮は見目も大変良いものである。
地面に横たわった魔物の亡骸を一瞥すると、ユルグは雑嚢から投げナイフを取り出した。
それに魔力を込めて、左方にいるシャノワールへと投擲する。
しかしそれは軽く避けられてしまい、魔物の足元へと刺さった。
だが、そんなものは予め想定済みの事である。
地面へと穿たれた瞬間、投げナイフへと込められていた魔法が発動する。
――〈アイシクルヘイル〉
スタール雨林であの気味の悪い魔物共を氷漬けにした設置型の攻撃魔法。
この場では雨林のように広範囲に効果は及ばないが、それでも魔物の足を止めることには成功した。
その機を逃すことなく、身動きの取れないシャノワールへと肉薄すると一振りで斬首。
頸を落として絶命した魔物を背に、残りの三匹と対峙する。
手早く二匹を処理したが、それでも相手の戦意を削ぐことは叶わないようだ。牙を剥きだし唸る姿を見据えて、剣を構え直した直後――
「ウルグァ!?」
「ンナアァ!?」
突如、奇妙な鳴き声を上げたかと思うと、シャノワールたちは一目散に逃げていった。
確かに先ほどまではこちらを殺さんと殺気を振りまいていたというのに、どういうことだろう。
シャノワールが去って行った方向を眺めていると、何かがいきなりユルグの胴を鷲掴んだ。
背後から伸びてきたそれは、黒色の腕だ。獣のような爪が伸びていて、人間の身体を一掴み出来るほどにはでかい手のひら。
明らかに人外のモノである。
急いで後ろを振り返ろうとしたユルグだったが、その前に聞き慣れた声が耳朶を打った。
『こんな所で何をやっているのだ』
それと同時に顔を向けると、そこには先ほどのフォーゲルよりも一回り大きい、六足の獣がいた。
「……おまえ、マモンか?」
『如何にも』
答えるとマモンは握っていたユルグを手放した。
「それは何なんだ?」
『あの絶壁を下る為に少し体躯を変えたのだよ』
「そ、そうか」
マモンの言動にユルグは改めて眼前の化物を見遣る。
全身を覆う長毛は、獣らしい顔を隠していて眼光さえも見えない。かろうじて口が開いていてそこに生えそろっている牙を見て、人頭ではないなと認識出来るほどである。
「ずいぶん不気味な姿だな」
『ああ、そうだろうとも。これは太古の昔に厄災を振りまいたとされる獣の姿を真似たものだ。己も詳しくは知らぬ。なにせ口伝で聞いただけで、実際に見たわけではないのだ』
「伝説の怪物ってところか?」
『そんなものだな』
くああ、とマモンは欠伸をした。
『それで、魔物相手になにをはしゃいでおったのだ?』
「あれのどこをどう見たらそうなるんだ。襲われたから仕方なくだ」
『その割には楽しんでいたようにも見えるが……ふむ。気のせいか』
痛いところを突かれたと、ユルグは眉を潜めた。
完全に否定できないところが悔しい。
表情の変化を悟られないように、地面に転がっていたシャノワールの骸の傍に膝をつくと短刀を抜く。
『皆を追うのではないのか?』
「その前にこれだ」
短くマモンの問いに答えて、ユルグは先ほど倒したシャノワールを解体する。
この魔物の毛皮や牙はかなりの高額で取引されるのだ。それを置き去りにするなんて間抜けの所業である。
「丁度良い、お前も手伝ってくれ」
『……何をさせるつもりだ?』
「皮剥だよ。それくらい魔王なら出来るだろ」
『お主……魔王だからといって何でも出来ると勘違いしているのではないか?』
「なんだ、出来ないのか?」
『むっ、そうは言っていないだろう』
ユルグの易い挑発にマモンは乗ってきた。
六足の獣の姿から昨日見たヒト型に変身すると、手元に黒色の刃物を出現させぎこちない所作で皮剥を始めた。
今まではよく分からないと敬遠してきたが、存外に扱いやすい存在かもしれない。




