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怠惰な足音  作者: 隠居 彼方


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5/9

5 嵐の前




「……こんなのばっかり見てて楽しい?」

「それなりに」

ティファレトに呆れたような視線を向けられ、僕は頷いた。

昼食を終え、料理番組に引き続いて、また通販番組を見ているところだ。

だらりと車椅子に寄りかかる僕の隣に、僕を殺したいはずの少女の姿がある。

何故か彼女は、あれからちょくちょくこの部屋を訪れるようになっていた。

ダアトの許可もちゃんと得ているらしく、たまにダアトは彼女の分の昼食まで用意して出ていく。

不可解だ。

最初、そう思ってここに来る理由を聞いてみたら、

『嫌がらせよ』

そう、あっけらかんとティファレトは口にした。

『あなた死にたいんでしょ。あなたは私があなたを殺したいことを知ってるけど、私はいつまでたっても殺してやらないの。生殺しってやつよ』

それはお互いにそうなのではないだろうか。

ダアトの入れ知恵かもしれないと思ったけれど確認はしていない。

しかし、彼女は幹部という話だったが、こんなに昼間(多分)からここに遊びに来ていていいのだろうか。

不審そうに見ていたらちゃんと仕事はしているわよと言われた。本当かどうか何となく疑わしい。

まぁ僕に面倒がなければ別にいい。時折彼女の相手はめんどくさいが。

「どうせならもっと違うのも観たら? これなんて名作よ」

ティファレトはどこからともなくDVDを取り出してきた。

「……それはダーと途中まで観たけど止めた」

めんどくさくなってきたから。

言葉にせずとも、だんだん僕のことを掴み始めているらしい彼女は、またかという視線を向けてきて、溜め息を吐いた。

「……それにしても、このDVDをダーがね……。ここにあるのは全部ダーが用意したもの?」

僕は頷いた。でも、僕が全く手をつけないので、DVDプレーヤーの隣に積み上げられたDVDには埃が積もってしまっている。

「……これね、全部私たちが子どもの時いっしょに観てたのよ」

ふぅん、と僕は適当に相槌を打った。

今だって彼女は子どもじゃないかと思うが、めんどくさいのでわざわざ突っ込みはしない。

「あの頃は……幸せだったわ。あの方を失うことなんて考えてもみなかった……。ダーだって……」

ひとりごち、ふぅ、と彼女は溜め息を吐く。

誰に語るでもなく、どこか遠くを見るような目をしていた。

「私たち、戦災孤児なのよ。戦争で一人になってしまったところを『生命の樹』に助けられたの。ダーも私もそれまで全然別の国で育ってきたけど、ここに来てからはまるで兄妹みたいに過ごしてた。ダアト様が私たちを引き取ってくださって……、」

「……そういう話を僕にしていいの?」

めんどくさいことになるのはご免だったので聞いた。

彼女は唇を曲げて、

「死亡フラグを立ててあげてるのよ、感謝しなさい」

とえらそうに言う。

「こういう話を聞いたら殺されるか一生ここで過ごすかどちらかよ。嬉しいでしょう」

わざとらしい悪役のような言葉。

嬉しいというほどでもないが、悪くない。

僕は真顔で頷くと、ティファレトは嫌そうな顔をした。

「……何でほんとにあなたってそうなの。ほかの子どもたちにはまだ可愛げがあるわよ……」

まあいいけど、とティファレトは言って、

「……この部屋も、もともとダアト様のもので、私とダーもここで生活してたわ。今は私も役職もらって部屋があるけど……。そうそう、ダアトとかティファレトっていうのは幹部に与えられる尊称みたいなものでね、それまで使っていた名前は返上して、その名を戴くの。幹部に選ばれたのは嬉しかったけど、他の幹部は皆おじいちゃんで、いっつも私を子ども扱いするのよね」

ぷりぷりとティファレトは頬を膨らませた。

「ダーにはちゃんと丁寧なのに、この扱いの差は何なのかしら。そりゃあ、ダーは努力家だし頭も良いけど、私だってちゃんと仕事は果たしているのに」

本当にずばずばと話している……。僕のことを逃がすつもりがないのは良く分かったけど、ティファレト自身は無事で済むのだろうか。

……多分、ダアトが上手くやるんだろうな。

しばらくぶつぶつとティファレトは愚痴を零していたが、

「……ねえ、やっぱりこれ観ましょう。話してたら久しぶりに観たくなってきちゃった」

いじけていたかと思えば急に明るい顔で提案してくる。

くるくると変わる表情。

これが人間というものか、と思う。

「僕は通販番組を観るのに忙しい」

「買わないくせに何が面白いんだか……」

彼女は呆れたように言って立ち上がると、勝手にDVDプレーヤーにDVDを挿入して、再生しようとした。

……めんどくさい。

僕は寝室に退散することにする。

「あ、ちょっと! いっしょに観なさいよ! あなたみたいなのだって絶対泣けるんだから、これ!」

……だから観たくないんだってば。

僕は寝室のドアを閉めると、ゲーム機を手に取った。

ぽつぽつと隣の部屋から映画の音が聞こえてきていたが、それにはずっと背を向けて。






ここに来てからもう随分と月日が経った……と思う。

僕の時間に関する認識は曖昧だ。

ダアトは相変わらず料理が上手で、ついでに忙しそうにしているし、ティファレトは僕ですら仕事をしろと言いたくなるくらい連日訪問してくる。

僕がここにいる理由を見失うくらい、それらは当たり前にそこにあった。

「生命の樹」はこのままずっと僕のことを保留にしておくつもりなのか、それとも少しは何か進展しているのだろうか。

ダアトはごめんねと笑って誤魔化すばかりだし、ティファレトは『あなたがよく分からないのが悪い。何か危険そうなことでもすれば?』と無責任に言い放った。

『ほんと、どうしてあのメールの送り主はあなたを危険だなんて書いてくれたのかしら。こっちとしてもどうすればいいのか困っちゃうじゃない。あなた、自分がどういう点で危険なのか心当たりないの?』

それを口実に僕を殺そうとした彼女が言う台詞ではない。

全く、僕を殺したいのだったら、それらしくしてくれればいいのに。

『多分、これまであんまり同性で同い年くらいの友人がいなかったからね。嬉しいんじゃないかな』

ダアトは胡散臭く笑いながらそう言っていたけれど、殺したい人間を友人などと思うのか、不可解だ。

友人なんて持ったことがないから余計に分からない。ティファレトと僕は友人なのか?

そしてこの日もティファレトはいつものようにやってきて、勝手に紅茶をいれてくつろいでいた。

もしかして昼間はダアトの代わりに僕を見定めるためにここに来ているのかと最初は勘繰っていたものだが、のんびりした様子を見ているととてもそうは見えないので多分違うのだろう。

「……アイン、あなた随分髪が伸びてきたわよね」

持参してきたスコーンを一つ口に入れると、ティファレトは僕の方に手を伸ばしてきた。

確かに髪は肩にかかるくらいの長さになっていた。

こんなに髪を伸ばしたのは初めてのことだ。

いつも邪魔にならないようすぐに短く切っていたから。

「ここに来たばかりのあなたの髪はひどかったけど、今はすごく綺麗ね。黒髪のストレートって羨ましいわ」

本心から言われ、髪に触れられて僕は身じろぐ。

こんな風に、羨望の言葉を向けられたのは多分、初めてだ。落ち着かない。

「このまま伸ばすの?」

「邪魔になったら切る」

「もったいないわよ。私か……ダーが結んであげるから、しばらく伸ばしてみたら?」

「洗うのが面倒」

「ダーに洗わせてやればいいわよ」

にやにやしながらティファレトは言った。

「髪が長ければ目つきが悪くてもちゃんと女の子に見えるわ。さすがにダーも二度とあなたのこと男の子だなんて思わないでしょう」

言ってから、ティファレトはぷっと吹き出した。

彼女はダアトの勘違いが面白くてたまらなかったようだ。

最初に僕がうっかり口にしてしまった時は、爆笑してずっと腹を抱えていた。翌日筋肉痛になったと文句を言われたものだ。

ちなみにその後ダアトはティファレトにさんざんからかわれたらしく、憮然としていた。

『まあ、用意されてた服もユニセックスだったし……、スカートなんて履き慣れてないだろうっていう気遣いがダアトの失態につながるなんて誰もさすがに予想していなかったわよね』

ついでのようにティファレトはフォローの言葉も口にしていたが、その唇は笑いをこらえるために引きつっていた。

ちなみに僕はここに来てから毎日短パンだ。

義足がないとズボンが余ってしまい邪魔なので、スカートでなければ選択肢はそれしか残らないし、ティファレトのひらひらふわふわしたスカートを見ているとめんどくさそうでとても身につける気にならない。

「ね、ちょっといじってもいい?」

「……痛くなければ」

うきうきとティファレトは立ち上がって、取り出した櫛で僕の髪を梳いた。

何だかとても変な感じだ。

ティファレトは髪の毛を頭の真ん中で二つに分けてみたり、楽しそうに色々している。

「今度リボンとかバレッタとか色々持ってきちゃおうかしら。あと、可愛い服も。ダアトをあっと驚かせてやるのよ。ついでに惚れさせちゃうのもいいかもね」

「……めんどくさい……」

ぼそりと呟いたが黙殺された。

とりあえず今は抵抗する方がめんどくさいので放っておく。

ティファレトの手を頭に感じながら、僕が紅茶を一口啜った時だ。

可愛らしいメロディが耳に入って、ティファレトが手を止めた。

「はい」

鳴ったのは携帯電話だった。

ティファレトは大人びた口調で応答し、顔色を変えた。

「敵が……!? ……ええ、はい。分かりました、早急に。……はい。では失礼します」

ティファレトは忌々しそうに携帯電話を閉じると乱暴にポケットにしまった。

「仕事が入ったから行くわね。アイン、スコーンでも食べてちゃんと大人しくしていてよ!」

慌ただしくティファレトは告げると部屋を出ていった。

何かあったようだけど、一体何だろう。

めんどくさいことにならないといいけど……。

僕は思いながら、スコーンを一つ手にとった。





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