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恐怖探究  作者: 篠田堅
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ぼそぼそ…

投稿者:公務員Hさん

 体が弱かった僕は低学年の頃、何度も入退院を繰り返していました。

 手術をしたのも一度や二度では数えきれない。薬の副作用で食事が喉を通らなかったり、手術痕が猛烈に痛み、これに耐えて運動してみたら化膿して逆に日にちが延びたなんて経験もあります。

 つまり、病院は僕にとってかなりなじみ深い所となっていた。それも入退院したのは全て同じ病院だからなおさらでした。

 今までの出来事で知った事といえば、夜の病院は不思議なくらい静かになるという事ですね。百メートルも離れた道路で走る車の音さえも耳で拾ってしまうくらいに。

 空気がある意味澄み切っているんでしょうね……。だからいつもは聞こえない事さえも聞きとれてしまう事もあるんですよ。


 小学六年生の時でした。この時で受けた手術は上顎の骨(歯並びに関係する場所)を安定化させるべく、骨盤の横骨を削り取って移植するといった内容の物でした。

 手術台に乗って麻酔をかけられる。麻酔って体験した人間だからこそ分かるんですが、あれほど薬として効果がはっきりと感じ取れる物はありませんよ。

 一度嗅いだ瞬間、手術台に横たわっていた筈なのにいつのまにか包帯などの止血が済まされて病室に移動しているんですから。

 初めて手術した時では瞬間移動をしたんじゃないかって錯覚を起こしましたね。それくらいすごい物なんです。

 あれでまだどうして効き目があるのか医学的に解明されていないというのだから、人間の英知とは計り知れないんだなと実感が湧いてきます。


 こうして、手術から一週間半が過ぎた頃でした。痛みも大分か引き、擦り足気味ながらも歩ける状態になっていた僕は深夜、目が覚めたままでした。

 上顎をいじくったもんですから食事は全て流動食、育ち盛りだった僕は日々空腹に耐え忍んでいました。この時ほど食事を切望した事がないくらい、お腹はもはや激しい腹痛そのものな空腹を訴えていました。

 ナースステーションだけがうっすらと明かりが照らされたフロア……僕は唐突に病室から出ていきました。

 トイレに行きたかった訳ではありません。何故だか分かりませんが、外に出たくなったのです。

 入院してるフロア以外を動いた事がなかったから抑圧が知らずに外れてしまったんでしょうかね?


 非常口にある緑のライトなどが唯一の視界を確保する要素となるフロア、痛む腰を我慢しながら僕は進んでいくと、何やら広い場所に出ました。

 そこはテレビはちょっとした漫画本などを置いた憩いの場として使われる所なんですが、この時間です。誰もいる訳がありません。


「ぼそぼそ……」


 だけど、微かですが聞こえるんです。


「ぼそぼそ……」

「ぼそぼそ……」


 誰もいる筈のない憩いの場に小さな話し声が耳へと伝わってきているんです。

 本当に小さく、例を出すとしたら、床に一摘まみの砂をぱらぱらと落とした際に聞こえる音くらいに小さく、今のような静寂が無ければ決して聞き取れない程度。

 誰もいないのに聞こえる話し声。いくら見回しても人が見つかる事はありません。

 体が冷たくなりました。これは聞いていると危ないのでは? と疑問が浮かび上がりました。

 僕はゆっくりと足を後ろへ後ろへと前を向いたままこの場から離れる事にしました。

 少しでも余計な音を立てれば気付かれる。緊張が僕の体を支配し続ける。

 小刻みに下がり続け、ようやく二メートル。憩いの場もやや遠目になった所で、僕は後ろを振り返る。

 後は一気に音を立てぬように早足で進めば病室に戻れる。

 若干軽くなった体を一歩進めて、


「――逃げるんだ?」


 小さな子供の声が真後ろで響いてきたんです。

 背筋がピーンと伸びきり、急激に早まった鼓動だけが聞こえる。

 もはやなりふり構っていられませんでした。腰の痛みも関係なく、一気に走りだして病室へと逃げ帰りました。

 それからはベッドに潜り込み、ひたすら朝が来るのを望んで震えていました。


 後はどうなりましたかですって?

 実は、最初に書いた通り……化膿したってあるのはこれが原因なんですよ。

 今でも家族や担当医師はリハビリを強引にしたのが理由だと思っているんでしょうね。

 まぁ、そう話したのは自分なんですが……。


 とにかく、あなたも病院に入院した時は深夜で勝手に出歩かない方がいいかもしれません。

 もう一度言っておきます。静かというのは、結構“怖い事”なんですよ?

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