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断章『手紙の魔女と少年』終


 少年がアンバーにつれられてやってきたのは、ボーキョー川のほとりにある小さな集落だった。

 骨拾い(スカベンジャー)の集落は少年の村よりももっと小さく、永住するための場所ではなく、あくまでも仮初めの拠点のようだった。

 すっぽりと顔を覆う防塵マスクにゴーグル──イカイ製の兵器が稀に発する毒粉を防ぐための装備を身につけた骨拾い(スカベンジャー)たちに囲まれて、少年は萎縮してアンバーの陰に隠れていた。

 骨拾い(スカベンジャー)たちの頭領だという中年の女は、少年を見るなりアンバーに大金を投げて寄越した。

「いいねぇ。健康そうで、生意気そうだ。買い取ろうじゃん!」

「なっ!」

 騙したな、と。少年はアンバーを睨み付けた。

「じ、人身売買!」

「んー?」 

 アンバーはちょっと首を傾げて、澄まし顔で言った。

「旅をするなら、お金はあればあるほどいいからねー」

「ジィナからの忠告です。信じる人は、選ぶべき」

 ぱくぱくと口を開閉する少年に、骨拾いの頭領は言う。

 マスクを取り、素顔を晒した頭領は意外なほどに若々しい。手にした紙切れ──アンバーがこの集落に来るために少年の村の村長に書かせた紹介状を、ひらひらと揺らしながら少年の顔を覗き込む。

「厄災遺物の知識は、ちょっとはあるようだね。連邦共通語の読み書きも、みっちり叩き込むから覚悟しておきな?」

「は、はい」

 金銭のやりとりについては思うところがあるけれど、少年の願いは叶えられそうだ。

 骨拾いたちは、健康そうな体つきで、精悍な表情をしている。

「ちょうど若手が欲しいって、魔女殿にお願いしていたのさ」

 にやり、と骨拾いの頭領は口の端をつり上げてみせた。

 まるで心配事など、この場所にはないとでもいうように。

「骨拾いの評判、ヒガンの世間じゃあんまりよろしくないみたいだけど。この手紙の魔女アンバーとしては、少なくとも彼らのことは嫌いじゃない……と思ってるよ」

「なんよ。まわりくどい言い回しするじゃん」

 頭領が苦笑する。

「そこのキカイ人形を譲ってやった恩を忘れたか?」

「……ジィナをモノみたいにいわないで。彼女は私の、大事な護衛なんだから」

「護衛? お世話係じゃないのかい。いつも腹空かせてる魔女殿のために、うちから食糧買う算段を付けてるだろ」

 骨拾いたちが陽気に笑う。

 アンバーは少しだけ表情を和らげる。

「違うよー。ほんとに失礼だね、君らは」

 骨拾いたちと商談をしていたジィナが、ちらりとアンバーを見る。

 落ち着き払って、ジィナが言った。

「アンバーの食事だけじゃない。弾薬も爆薬も仕入れてる」

「あはは、そりゃ結構なことじゃん! 坊や一人雇うのに、うちは大赤字だ」

 イカイ製の武器を扱うジィナとしては、弾薬や予備の部品を仕入れられる絶好の機会である。

「必要最低限しか買いません。手紙屋は、いつだって火の車……とても、みぜらぼー」

 頭領が笑う。

「キカイ人形も、ずいぶん人らしくなったもんだ。ま、懐具合はどこもおなじか。それにしても……魔女殿、その金をどうするんだい?」

「え? どうってー?」

「あんたが大金をせびるなんて、初めてじゃん?」

「ああ、それはまぁ……大きい買い物があるんだよー」

 頭領に言われて、アンバーは肩をすくめた。

 骨拾いたちが、少年を集落の奥に案内しようとしている。

 ふと、少年は立ち止まる。

「……あの」

 麦金色の髪。菫の砂糖漬け色の瞳。

 何枚もの布をまとって、大きなつば付き帽子を被った姿。

 ──美しい魔女の姿を、目に焼き付けようと少年は思った。

「なにかしら、少年」

「ありがとう、ございます」

 少年は深々と礼をした。

 頭を上げて、まっすぐにアンバーを見つめる。

「いいってことだよ。いつか、きみが手紙を書いたなら……どうか、魔女の手紙屋をご贔屓に」

 ぺらり、とアンバーが一枚の紙を少年に手渡す。

「それが、私の仕事だよ。いつか、縁の糸が紡がれたらまた会おう」

 なんと書いてあるのかわからずに、戸惑う少年にアンバーは紙に書かれた内容を読み上げる。


 ──『魔女の手紙屋 宛てなき手紙、届けます』。


 ◆


 ある街の宿屋から、ひとりの花売り女が消えた。

 高額の連邦通貨を持ったつば付き帽子の女が、すでに盛りを過ぎた年齢の花売り女を身請けしたのだ。

 面妖な出で立ちをした銀髪の少女を連れていたので、なるほど女体を好む性質(たち)なのだろうと女衒たちは得心した。

 そこはシチューの美味い宿で、下劣な野盗たちの巣窟になっていたのだが──今はもう、彼らの下衆(げす)などんちゃん騒ぎに悩まされることはなくなっていた。

「……読み書きを覚えるよりも先に、声を届けてやろうかねー」

 高額な身請け金を支払ったにしてはあまりに粗末な服装の女は、そう悪戯っぽく呟いていたと、宿屋の主人は語っていた。

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