配達完了
ミカエラあるいはカタラと呼ばれた女の葬儀は、静かに執り行われた。
彼女は連邦郵便省諜報部門所属の郵便兵として弔われた。
以上は、現地にて指揮をとっていたタシス長官の計らいである。
──報告書に並ぶ味気ない文字列を眺めて、タシスは大きく息を吸い込んだ。知らず、自分が息を詰めていたことに気が付いたのだ。
連邦の街に平穏が訪れた。
タシスの成すべきことは成され、憂うべきことはない。
カタラが死んだ。
もとよりタシスの日常からは遠ざかっていたかつての友人が、また目の前から消えただけのことだ。
そもそもタシスがこの連邦の町にやってきたのは、カタラの訃報──偽装された処刑のことがあったからだ。
死んだと思っていた者が、今度こそ正しく死んだ。
何も変わっていないし、何も憂うべきことはない。
タシスは酷く憔悴していた。いや、虚無感に襲われていた。
事後処理と感情の整理に追われて、この数日で数年分老け込んだように見える。
「やあ、タシス。暇乞いにきたよー」
連邦の町でタシスにあてがわれた執務室にやってきたのは、今回の護衛として十分すぎる成果をあげた立役者だった。
暇乞いとは、と少し考える。
ああ、もうあれから何日も経っていたのか。
「そうか、もう出立か」
「うん。そちらが報酬をはずんでくれたおかげで、しばらくは楽な旅ができそうさー」
「……この度は、感謝する。貴様が同行していなければ、あの崩落を止められなかった」
「ん、いいってことさー。だって、あの偽魔女が粘って粘って、私という本物の魔女と居合わせる幸運を引き寄せたんだから」
「幸運、か」
「うん。そんなしけた顔をしていたらさ、あの偽物の魔女が浮かばれないよー」
「知ったようなことを言わないでくれ、結局、俺は何もできなかった」
「タシス、口を慎めよ」
聞いたことのない鋭い声に、タシスがハッと顔をあげた。
「君を呼び寄せるための囮だったカタラが、最終的には状況をひっくりかえした……君を逃がそうとした、乾坤一擲の手紙がこの私を動かしたんだ」
たった一枚の手紙。
生きているなら、逃げろ。
カタラが書き残した、その言葉。
手紙ともいえないような手紙だ。
巡り巡ってタシスの手元にもどった紙面を取り出して、嘆息する。
「これがあいつの遺書になるとはな。自分の死期を知っていたろうに」
「ああ、そうねー」
タシスはカタラのことを思う。
捨て駒として生かされて、捨て駒として死ぬ。
その状況で残せる手紙など、たかが知れていただろう。
決死の覚悟で命を狙われたタシスを逃がそうとした──そして。
「……わかってるんだよ、俺は。あのときタシスが撃たれたのは、俺を庇ったからだろう」
アンバーは沈黙した。
タシスがあまりに沈痛な表情だから。
「すまん、悔いてもしかたがないことだ」
「それは私にはわからないよー。ジィナじゃないからねー」
そう言いながら、アンバーは一枚の紙を取り出した。
便箋ではない。くしゃくしゃになった封筒だった。
──カタラ。
彼女の名がそっけなく書かれた封筒。
殴り書きの便箋が──どうか逃げろと、そう書き付けられた紙切れが入っていた封筒である。
「んー。私には、わからないけれどね。彼女が書き残したことは、それだけじゃないよ。君を逃がそうとしたのは、きっと……」
そこまで言って、アンバーは言葉を切った。
手紙の魔女がするべきことは、ここまでだ。
送り主の言葉を代弁することは、手紙屋のするべきことじゃない。
くしゃくしゃになった封筒をタシスの前に置いて、アンバーはくるりと背を向けた。
「それじゃ、また」
「……これは」
「あ、ねえ、タシス」
背を向けたままアンバーは呟く。
「私、君たちのこと少し見直したよ。あの部下くんたち、荒事ばかりかと思っていたけれど……君が個人的に持ち込んだあの大量の手紙、すっかり配り終えてしまうなんてね」
「……そうか」
タシスはそれだけ答えた。
この街に一時的に留まることが決定した瞬間、タシスが護衛として伴ってきた部下たちは不眠不休で手紙を配った。
争いの中にあった街の縁者に、遠くに住まう人間が届けたかった手紙を、配って配って、配りまくった。
その量と速度には、アンバーは素直に感心した。
──手紙の魔女にはできない、彼らなりの闘いに敬意を抱いたのだ。




