親友からの手紙
アンバーの話が終わった瞬間。
カタラが悲痛な叫びをあげた。
「読め! 手紙は、読むものだろうがっ!」
「それは私も同感」
アンバーは頷く。
そして、杖の先の文箱から、カタラの手紙を取り出した。
「ってことで、今読むかい?」
「え、本人の前で」
「もういい! 貸せ!」
躊躇うタシスを押しのけて、カタラはアンバーから手紙をひったくろうとする。
「あー。待って待って、一応、受取人……この場合は、タシスに開けてもらわないといけないんだ」
「しちめんどくさい!」
「魔法を使ううえでは、誓約と制約はつきもの。魔術じゃないんだから」
静かな、けれどきっぱりしたアンバーの言葉に、舌打ちをしてカタラが手紙から手を離す。
タシスは手紙を受け取った。
瞬間。手紙からカタラとタシスにそれぞれ伸びていた縁の糸が、ほどけて消えた。
「……たしかに、お届けしました」
ぽつりと呟くアンバーの額に、汗が滲む。
ジィナがそっと囁く。
「大丈夫ですか、アンバー」
「んー。まあね」
手紙の送り主と受取人には、聞こえない音量での会話だった。
すこし躊躇ってから封を開けて──タシスはカタラを見つめた。
「これは?」
「そういうことだ! とっとと行け」
なんだろう、と。
アンバーが覗き込んだ、その紙面には。
表書きにあったものとは、まったく別の筆跡で、こう書き殴られていた。
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『生きているなら、すぐに逃げろ』
おまえの親友
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「お前、俺が命を狙われていることを教えてくれようと……?」
タシスが声を震わせる。
しかし、カタラの反応は違った。
「違う、生きているならって書いただろうが!」
苛立ちの滲む声でカタラは吐き捨てる。
今から口にする惨たらしいことを、口にするのを嫌がるように。
「……お前を殺して、激昂した連邦のやつらがここを攻める……そこを、この岸壁ごと木っ端微塵に爆破し、多くの連邦兵とともに、土石流であの街の城門を破壊する」
「は?」
「お前は、連邦の兵を少しでも多く釣り出すための餌だった。だが、次善策として……和平交渉の場を爆破することで──」
「待て、待て! ばくは、とはどういうことだ?」
「だから、この山ごと吹き飛ばす」
「馬鹿な! そんなことができるはずはないだろう、や、山を吹き飛ばすだなどと! 魔法でもあるまいし──」
アンバーは、タシスが取り落とした手紙を拾って眺めながら呟く。
「……そりゃ魔術のなかでも、大規模だねー。さすがに疲れそうだ」
「ジィナの手持ちの道具では、できない芸当。補給が必要」
ジィナの発した言葉に、はたと、タシスが動きを止める。
「まさか、イカイの武器を使って?」
「ああ、そうだよ。強大なるイカイの力を、排斥派の連邦どもに見せつけるために」
「そんなことができるのか、イカイの武器は」
「ああ、できるのさ!」
くく、とカタラが嗤う。
「全部、そのための工作だったのさ。お前との友情も……ぜんぶ嘘で……」
「だがお前は、俺を逃がそうとしたのだろう。刺客の刃を逃れている、万が一に賭けて……」
「五月蠅い。ほら、わかっただろう……とっとと逃げろ。相当に離れないと、爆破の衝撃は和らがない」
「それはわかったが……だが、その爆破とやらを止めないとならん。せめて、町長にも知らせ、我らが民に避難勧告を……私だけが助かるなど、できるはずがないだろう」
連邦の民を見捨てるわけにはいかないという高潔なタシスに、カタラは言い放つ。
「もう間に合わん」
アンバーは、魔女と呼ばれた悲しい老女の横顔を、じっと見つめる。
ああ、そうか。魔女という肩書きは、人にはあまりにも重すぎる。
「ね、ジィナ」
「なんでしょう、アンバー」
「そのイカイの、爆破? って、そんなに遠くから起動できるのかなー」
ジィナは首を横に振った。
「いいえ。通信設備があれば別ですが、衛星もないヒガンではとても」
「やっぱりねぇ」
ならば、とアンバーは結論づける。
「ねえ」
手紙の魔女アンバーは、もうひとりの魔女に声をかける。
憔悴しきった表情で、カタラがゆっくりとアンバーに顔を向ける。
「その爆破、きみが起こすんでしょう……きみだけが、ここに残って」
長い沈黙の後に、カタラは頷いた。
タシスがカタラに掴みかかる。
「それ、お前は死ぬってことか!」
「ああ、そうだ」
なんでもないことのように、肯定する。
タシスは今度こそ、完全に絶句した。
「だって私は、もとから捨て駒だから……イカイの力を知らしめるために、と……そのために育てられたのだから」
「馬鹿な」
心底、苦々しそうに、タシスは言い捨てる。
「越境戦役が収束してから……もう、何十年も経つのだぞ……」
そう。もう、何十年も前のことだ。
かつてこの地を襲った、別次元の脅威を信奉する者たちの勢力は、いまだ消えてない。
逆に、いつまで経っても復興しないヒガンの地への苛立ちが、イカイへの憧憬を加速する。
それどころか、イカイに憧れる者たちと、イカイを毛嫌いする者たちとの間に横たわった断絶は、深い。
「じゃあ、さ」
アンバーは言う。
その断絶を埋めるため、その断絶を繋ぐため、手紙を届ける魔女は言う。
「……この件、私に預けてよー。その何十年も前のイカイとの戦いを終わらせた、本物の魔女アンバーに」




