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親友からの手紙


 アンバーの話が終わった瞬間。

 カタラが悲痛な叫びをあげた。


「読め! 手紙は、読むものだろうがっ!」

「それは私も同感」


 アンバーは頷く。

 そして、杖の先の文箱から、カタラの手紙を取り出した。


「ってことで、今読むかい?」

「え、本人の前で」

「もういい! 貸せ!」


 躊躇うタシスを押しのけて、カタラはアンバーから手紙をひったくろうとする。


「あー。待って待って、一応、受取人……この場合は、タシスに開けてもらわないといけないんだ」

「しちめんどくさい!」

「魔法を使ううえでは、誓約と制約はつきもの。魔術じゃないんだから」


 静かな、けれどきっぱりしたアンバーの言葉に、舌打ちをしてカタラが手紙から手を離す。

 タシスは手紙を受け取った。

 瞬間。手紙からカタラとタシスにそれぞれ伸びていた縁の糸が、ほどけて消えた。


「……たしかに、お届けしました」


 ぽつりと呟くアンバーの額に、汗が滲む。

 ジィナがそっと囁く。


「大丈夫ですか、アンバー」

「んー。まあね」

 

 手紙の送り主と受取人には、聞こえない音量での会話だった。

 すこし躊躇ってから封を開けて──タシスはカタラを見つめた。


「これは?」

「そういうことだ! とっとと行け」


 なんだろう、と。

 アンバーが覗き込んだ、その紙面には。

 表書きにあったものとは、まったく別の筆跡で、こう書き殴られていた。





****


『生きているなら、すぐに逃げろ』



 おまえの親友

 

****



「お前、俺が命を狙われていることを教えてくれようと……?」


 タシスが声を震わせる。

 しかし、カタラの反応は違った。


「違う、生きているならって書いただろうが!」


 苛立ちの滲む声でカタラは吐き捨てる。

 今から口にする惨たらしいことを、口にするのを嫌がるように。


「……お前を殺して、激昂した連邦のやつらがここを攻める……そこを、この岸壁ごと木っ端微塵に爆破し、多くの連邦兵とともに、土石流であの街の城門を破壊する」

「は?」

「お前は、連邦の兵を少しでも多く釣り出すための餌だった。だが、次善策として……和平交渉の場を爆破することで──」

「待て、待て! ばくは、とはどういうことだ?」

「だから、この山ごと吹き飛ばす」

「馬鹿な! そんなことができるはずはないだろう、や、山を吹き飛ばすだなどと! 魔法でもあるまいし──」


 アンバーは、タシスが取り落とした手紙を拾って眺めながら呟く。


「……そりゃ魔術のなかでも、大規模だねー。さすがに疲れそうだ」

「ジィナの手持ちの道具では、できない芸当。補給が必要」


 ジィナの発した言葉に、はたと、タシスが動きを止める。


「まさか、イカイの武器を使って?」

「ああ、そうだよ。強大なるイカイの力を、排斥派の連邦どもに見せつけるために」

「そんなことができるのか、イカイの武器は」

「ああ、できるのさ!」


 くく、とカタラが嗤う。


「全部、そのための工作だったのさ。お前との友情も……ぜんぶ嘘で……」

「だがお前は、俺を逃がそうとしたのだろう。刺客の刃を逃れている、万が一に賭けて……」

「五月蠅い。ほら、わかっただろう……とっとと逃げろ。相当に離れないと、爆破の衝撃は和らがない」 

「それはわかったが……だが、その爆破とやらを止めないとならん。せめて、町長にも知らせ、我らが民に避難勧告を……私だけが助かるなど、できるはずがないだろう」


 連邦の民を見捨てるわけにはいかないという高潔なタシスに、カタラは言い放つ。


「もう間に合わん」


 アンバーは、魔女と呼ばれた悲しい老女の横顔を、じっと見つめる。

 ああ、そうか。魔女という肩書きは、人にはあまりにも重すぎる。


「ね、ジィナ」

「なんでしょう、アンバー」

「そのイカイの、爆破? って、そんなに遠くから起動できるのかなー」


 ジィナは首を横に振った。


「いいえ。通信設備があれば別ですが、衛星もないヒガンではとても」

「やっぱりねぇ」


 ならば、とアンバーは結論づける。


「ねえ」


 手紙の魔女アンバーは、もうひとりの魔女に声をかける。

 憔悴しきった表情で、カタラがゆっくりとアンバーに顔を向ける。


「その爆破、きみが起こすんでしょう……きみだけが、ここに残って」


 長い沈黙の後に、カタラは頷いた。

 タシスがカタラに掴みかかる。


「それ、お前は死ぬってことか!」

「ああ、そうだ」


 なんでもないことのように、肯定する。

 タシスは今度こそ、完全に絶句した。


「だって私は、もとから捨て駒だから……イカイの力を知らしめるために、と……そのために育てられたのだから」

「馬鹿な」


 心底、苦々しそうに、タシスは言い捨てる。


「越境戦役が収束してから……もう、何十年も経つのだぞ……」


 そう。もう、何十年も前のことだ。

 かつてこの地を襲った、別次元の脅威を信奉する者たちの勢力は、いまだ消えてない。

 逆に、いつまで経っても復興しないヒガンの地への苛立ちが、イカイへの憧憬を加速する。

 それどころか、イカイに憧れる者たちと、イカイを毛嫌いする者たちとの間に横たわった断絶は、深い。


「じゃあ、さ」


 アンバーは言う。

 その断絶を埋めるため、その断絶を繋ぐため、手紙を届ける魔女は言う。


「……この件、私に預けてよー。その何十年も前のイカイとの戦いを終わらせた、本物の魔女アンバーに」

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