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縁の糸の色彩



 ──その夜。

 アンバーとジィナはタシスの部屋を訪れようと、客室を抜け出した。

 町長同士による和平交渉は、夜明けと同時に行われることになったようだ。


 そこそこの規模の中堅都市の夜だ。

 紛争に疲弊し、昼間から重苦しい静寂に包まれていた町に月の光が降り注ぐ。


「……というわけで、ジィナ。いつもの通り頼むよ」

「はい、このジィナに任せてください」


 こそこそと声を落として会話をしながら、タシスの部屋をノックする。

 返事はなかった。


「ジィナ、いける?」

「原始的な鍵です。のーぷろぶれむ」


 ジィナがモッズコートのポケットから取り出した針金で鍵穴をほじくると、すぐにかしゃんと錠の外れる音がした。

 アンバーが解錠の魔術を使うまでもないし、ましてやジィナが『実力行使』で大きな破壊音とともに、財政が逼迫している都市で物損を出すまでもない。

 そっとベッドに忍び寄って、名前を呼ぶ。

 初めて会ったときよりも、ずっと老けているのに、寝顔は赤子のようで、なんだかおかしかった。

 うつらうつらとしていたタシスは、アンバーの姿を認めてゆっくりと瞼をあげる。


「……どうした」


 声には疲労の色が滲んでいる。

 この和平のためにと死んでいった亡き友人のためにと、強行軍のすえにたどり着いた街で、間一髪、死の危機を免れたのだ。心身共に疲れているだろう。


 そんなところに、追い打ちをかけるのは忍びない──アンバーは思った。

 けれど、きっと。使命感の強い彼は、隠し事をされるのを嫌がるだろう。

 ……それが、彼を守るための嘘だったとしても。


「カタラ。それが君の友人だね」

「……なぜ、その名前を? 懐かしい名だ。彼女が郵便省で働いていたときに名乗っていた」

「じゃあ、今は違うってこと?」

「当然だ。彼女は諜報部員だから」


 この町でも、彼女は偽りの名で生きていた。

 カタラと書かれた封筒は、かなりの機密事項にちがいない。

 あの町長は大丈夫なのだろうか、と他人事ながら心配になる。

 タシスの部下にあたる一般の郵便兵に、この手紙を渡さなかったのは正解なのだろうが。


「……タシス、あのね」


 アンバーは大きく息を吸い込んだ。

 きっとこれは、手短に、簡潔に、疑いようのない事実として伝えるべき内容だ。


「きみの友、カタラは生きてる」

「…………は!?」


 大声を出してしまったことに自分で「しまった」と思い至ったのか、タシスは慌てて口を塞ぐ。

 どういうことか、とタシスは目線だけでアンバーを問い詰めた。


「……手紙を預かったんだ」


 コトのあらましをタシスに伝える。

 町長から預かった手紙のこと……そして。


「申し訳ないね、きみ宛ての手紙を──彼女から君への手紙を、勝手に魔法にかけた」

「タシスはアンバーの魔法のことは、知っているのですか?」

「いや、詳しいことは」


 タシスが首をふる。

 アンバーが魔女であることは、今まで何度も目の当たりにしてきた彼女の魔法で疑いようのない事実として認識している。

 だが、アンバーがどんな魔法でもって手紙を届けているのかは、ついぞ尋ねたことはなかった。

 そもそも、競合相手の企業秘密であろうものを聞き出そうとするほど、タシスは卑しい心根を持ってはいない──と自認していた。


「……私の魔法は、手紙を媒介にして人と人との縁を、心を、想いを紡いで糸として顕現させるものなんだ」

「アンバーの糸は、依頼人と受取人を繋ぐモノ。それで……その糸の色は、その生死によって変化する」

「で、きみ宛ての手紙から延びる糸は、どちらも『生者』の色をしていたわけね」


 アンバーとジィナの説明を、タシスは黙って聞いていた。

 いや、黙って聞いているしかなかった。


「……どういうことだ。あいつは、たしかに……」

「死んだところを、きみは見たの?」

「いや、ちがう! だが、郵便省の確かな情報で──」


 言っているうちに、タシスは舌にざらりとしたものを感じた。 

 そう──情報を扱う郵便省は、意図的に嘘をつく。

 そしてその嘘の扱いに、カタラは長けている。


「……生きている」

「そう、生きている」


 状況を整理し終える速さはさすがだ、とアンバーは感心する。

 タシスは優秀な男だ。

 ぴし、とアンバーは人差し指と中指をたててタシスに差しだす。


「で、きみには二つの選択肢があるよー」

「ひとつは、アンバーの杖の文箱に収められている手紙を受けとることです」

「その場合、私が紡いだ縁の糸は消え去る。で、もうひとつは──」


 アンバーが口にする前に、タシスが言葉を引き取った。


「その糸を辿れば、あいつに会える……」

「そういうことだね、さすが。話が早い」

「行く。今すぐに出発する」


 次を問われる前に放ったタシスの答えに、アンバーは思わずにんまりと笑った。


「ちょっとちょっと。刺されたばかりのおじさんのセリフかい?」

「かすり傷にもならん。あいつに……カタラに会いにいく」

「どうしてでしょうか。ジィナは疑問です。和平交渉のための任務は成功しているはず……カタラとあなたの目的は、紛争をおさめることでした」


 ジィナの問いに、すでに身支度を始めていたタシスは手を止めることもなく返答する。


「……友だちだからだ。それ以上に理由はいらん」


 アンバーはその言葉をもって、魔女の手紙屋への依頼を完了したとみなした。

 もとより、魔法も使わずに多額の金を得るのは性に合わない。


「元依頼金で、特別に請け負うよ。なんてったって、魔女の手紙屋は時価だから」


 アンバーは帽子を被り直す。

 さあ、仕事のはじまりだ。


「……さて、縁の糸をたどる時だ」

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