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3話 親友からの手紙(1)

「まったく、魔女をこき使おうとは肝が据わっているよねー」


 ふわ、と大あくびをしたアンバーが、ゆるく編まれた麦金色の髪を揺らした。

 大きなつば付き帽子に、ゆったりとした重ね着のローブ。

 早朝だというのに、寝間着から着替えることになったアンバーは少しばかり不機嫌だった。

 ベッドに腰掛けるアンバーのとなりにはモッズコート姿の銀髪の自律式人型キカイが立っている。ジィナと呼ばれるキカイ人形は、パーツの一部を交換し、調律を完了したばかりで上機嫌だった。


 けれど、突然の客人に、ジィナも少々機嫌を損ねているのだった。

 ふたりで旅する手紙屋稼業に、横槍がはいるのは気に入らない。


 さる山奥の寒村で連邦所属の郵便軍がボコボコにされた──という噂がでまわったのは、少し前のこと。

 手紙を配達したり、配達がなければ安宿に逗留したりと、いつものように旅を暮らしていたところ──尾っぽを掴まれてしまったのだ。


「やあ、タシス」


 白髭の男──タシスは、実際はまだ壮年と呼べる年齢だが、気苦労のせいなのか老けて見える。彼はイカイからの侵略で衰えたヒガンにおいて郵便事業を行う数少ない機関『連邦郵便省』の人間だ。大きな街の局長を歴任しており、ふるくからアンバーと交流を持っている人物だ。


「この頃はよく会うな……」

「ちょっと。そっちが会いに来たんだから、げんなりしながら言うのは失礼じゃないかなー?」


 前回は郵便省の配達手伝いをして報酬をせしめるために、アンバーがタシスを尋ねた。

 次はタシスがアンバーを尋ねる番だった。

 アンバーの滞在している安宿に、連邦郵便省のお偉いさんがやってきたことでちょっとした騒ぎになっていた。

 安宿の椅子に腰掛けて、ノミでも気になるのか尻が落ち着かない様子のタシスである。


「っていうかさー、軍服ってのかな。その大層な服は脱いでおいでよ」

「む、それは……」

「あ、別に全裸になれって話じゃないよ?」

「わかっている!」


 到底、タシスを迎えるには応接間には相応しくない部屋だ。

 だが、それも仕方がない。だって、勝手にやってきたのはタシスのほうなのだ。

 普段は尊大な態度をとるタシスも、少々しおらしく、アンバーに対して腰が低い。


「……アンバーとまともに喋ると、もっていかれるかと。わーにんわーにん」

「お気遣いどうも。茶が出てくるとは思わないが、歓迎の気持ちだけは受け取ろう」

「え、心外。タシスがもし、私のお客なら話は別。ジィナがとっておきのお茶を淹れてくれると思うよ?」


 ほれほれ、とベッドに腰掛けたままで、アンバーがタシスにつきつけた指をくるくると回す。

 タシスは観念したように溜息をつく。


「おためごかしは不要か。単刀直入に言おう」

「どうぞ」

「……公式書簡を届けてほしい」

「やだね」

「話だけでも聞いてくれ!」


 タシスが声を荒らげると、ジィナが「しー」と唇の前に指をたてる。


「うるさい。ここは宿屋。まだ寝ている人もいます。びーくわいえっど」

「む、すまない」

「真っ当な指摘だね、ジィナ」

「アンバーも、少しくらいは話を聞いてもいいのでは? ジィナが思うに、公式書簡も手紙のひとつ」


 相棒であるジィナの言葉に、アンバーは渋い顔をした。


「んー、私は手紙の魔女だ。どんなに一方的な想いでも届けるよー。それが、()()()()()()()()ね」

「人の、想い……か」

「そう。その公式書簡とやらに、人の想いはあるのかい?」

「…………。この書簡は、扮装状態にある二つの地域の停戦調印──それのさいごの一押しに必要なものだ」

「扮装ね。イカイとのドンパチでこの有様になっているなか、また喧嘩か。人間って度し難いなぁ」


 大陸連邦に加盟している地域はひろく、そしてあちらこちらに点在している。

 イカイとの越境戦役の影響で、まだ街と街の断絶が激しいなかでも連邦加盟国は互助関係にある。たとえば、郵便省による書簡の集配も連邦加盟地域内で行われているわけだ。

 アンバーにとっては、国や街がどんな組織に所属しているのかなど、どうでもいい。


「それに、公式文書とやらを私が届ける意味は? だって、宛所がわからない公式文書なんてあるわけないだろうに」


 タシスは、「ふむ」と唸った。


「手紙の魔女よ。自分はそれなりに、貴殿のことを知っている。神出鬼没の貴殿と継続的に交流する栄誉にあずかっているわけだが」

「それで?」

「貴殿のことは、少しはわかっているつもりだ。この公式文書は、届けるべき先も、受け取るべき相手も定まっている。貴殿の指摘通りだな」

「だよねー。それなら私の魔法の出番すらないじゃないかー」


 アンバーはベッドに腰掛けたまま、ぷらぷらと足を揺らす。

 正直、はやく二度寝をさせてほしいくらいだった。


「……だが、どうしても。貴殿に協力を願いたい。どうしても、この公式文書は届かねばならないのだ」


 普段は萎れたお偉いさん然としているタシスの口調に、熱が籠もる。


「配達は連邦郵便省の精鋭部隊が実行する。その護衛を……彼らに何かがあったときも、必ず文書が届くようにしてほしいのだ」

「ご大層じゃないか、ほんとに国に関わる話なんだ」

「ああ、そうだ。多くの命が失われたし、今も失われている扮装だ。だからこそ、今回は連邦郵便省の責任者として、俺も同行することを申し出ている」


 頼む、と深く頭をさげるタシス。

 普段とは明らかに違うその様子に、アンバーは少しだけ黙って考える。

 けれど、心情にゆらぎがあったとて、手紙の魔女として生きるアンバーの信条は曲げられない。


「だめだよ。その停戦ってのは、連邦に所属しているほうの国に利があるんだろう。特定の国に肩入れするのは、魔女のすることじゃない」


 話しながらアンバーは、小さく溜息をつく。

 争いも、人死にも、だいきらいだ。扮装が終わるというのならば、喜ばしい。

 手伝うことができるのならば、そうしたい。

 何度も頭の中で、理屈を捏ねてみる。けれども、やっぱりダメだった。

 連邦の政治事情を決定づける文書を届ける、そのための安全確保のために力を貸すなんて。

 

「そんなの、まるっきり傭兵じゃないか。私の仕事じゃないよ」


 アンバーの隣に立っていたジィナもこくりと頷く。

 

「ジィナはいつもの仕事と変わりませんが、アンバーが請け負わないなら関係のない話ですね」


 揃ってそっけない応答をする。

 タシスは大きく息をついた。正直、これはタシスにも予想ができていたことだ。


「……これは俺の……個人的な頼みなんだ」


 連邦郵便省の局長としてではなく、ひとりの私人として。タシスは深く頭を下げた。

 どうしても、この扮装を止めなくてはいけない。

 タシスにはそれに足るだけの、理由があった。

 立場も建前も、何も関係がない。


「紛争中の相手国に……俺の友人が殺されたんだ」


 タシスは士官服の内ポケットから、丁寧に折りたたまれた訃報を取り出した。


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