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キカイの在り方


 

「完全に伸びちゃってる。強いね、ヤミ医者」

 

 アンバーの賛辞を無視して、グンドウはミュゼの猿ぐつわと縄を解く。

 洞窟に残されていた痕跡から見ると、

 救出されたミュゼは、表情を失って黙り込んでいた。

 大立ち回りをするグンドウをおとりにして、ジィナとアンバーが居場所を突き止めたのだ。

 グンドウは、怯える孫娘に無言のまま近づいて──無言のまま、強く抱きしめた。


「……ほんと、口下手だね」


 アンバーは思わず呟いた。

 杖にくくりつけてある文箱からは、まだミュゼにむけて糸が伸びている。

 さて、これをどうするか。

 手紙をどうにかしなければ、アンバーは他の魔法を使えない。

 それでは、魔女としての存在意義が崩壊してしまうわけで。


「……ミュゼ、ジィナはあなたに話があります」

「へ? ちょっと、ジィナ?」


 ミュゼは静かに、ジィナを見つめている。

 次に続く言葉を待っているようだ。


「……あなたは、自分が人型自律キカイであることを理解しているのではありませんか?」


 ぎくり、とミュゼが動きを止める。

 一瞬の間のあとで、ミュゼはじっとジィナを見つめる。


「なにいってるの? 私は、人間だよ」

「おい!」


 グンドウが叫ぶ。声には怒気が滲んでいる。

 それはそうだ。

 彼が必死に守ってきた秘密を、ふらりと尋ねてきた客のキカイにバラされたのだから。

 けれど、ジィナの言葉に応えるミュゼの声は静かだった。


「……私は、人間だよ」 

「ミュゼ?」

「『私は、人間だよ』──私は、私は、私は」


 壊れてしまったように、同じ音声を繰り返したその後で。

 静かに頷いて、ミュゼは言った。

 わかっていると。自分が、グンドウとおなじ「人間」ではないことを。


「どういうこと?」

「ジィナが概要を説明してもいいのでしょうか」

「……構わない」


 ミュゼは頷いた。

 ジィナが、小さく呟く。


「……ミュゼの前の持ち主が、ミュゼに命令していたのです。『完全に、人間として振る舞うように』と……識別信号を発信していなかったのは、イレギュラーな改造が施されていることが原因です。さきほどミュゼの発語機能にノイズが混じったのは、そのせいでしょう」


 さすがは、人型自律キカイの当事者だ。

 ヒガンに生きるアンバーたちには、キカイというのは何者で、なぜ作られて、なんのために運用されているのか……その根本のところは、わかりえない。

 グンドウが震える声で、ミュゼに問いかける。


「……全部、芝居だったってのか」


 騙してたのか、というグンドウの言葉をジィナが訂正する。


「騙してはいません。ただ、ミュゼは前のマスターの入力に従っただけ」

「……それ、どうしてわかったの」

「手紙です」

「手紙、って」


 アンバーが杖の先にくくりつけている、糸が一本しかない手紙。


「ミュゼがミュゼに書いた手紙です」

「あ!」


 そうか。アンバーは指を鳴らした。

 たしかに、それならば辻褄が合う。


「宛先と差出人が同じなら、糸は一本しか紡げないけれど……ああ、そうか! 手紙を書いたミュゼと、今のミュゼは、別人だったりするのかな」

「おそらくは、そういうことかと」

「そっか、ジィナはイカイの文字が読めるのか」

「はい……『引き継ぎ書』と書いてあります」

「色気のない手紙だこと」

「グンドウは、その引き継ぎ書をミュゼに見せていない……つまり、ミュゼの『在り方』を決めているのは……前の持ち主。たぶん、「おかあさん」とミュゼが呼んでいた人。グンドウじゃない」


 ジィナの言葉を聞くたびに、ミュゼがかくかくと震えている。

 

「……あ、あ……わた、し……にん……」


 ミュゼがか細い声で鳴き、グンドウの腕の中で震えている。

 グンドウは黙ってミュゼの背中を叩いている。本当の父親のように。


「おい、ミュゼの様子が……!」 

「心配ない、違法に調律されたシステムがコンフリクトを起こしているだけ。のーぷろぶれむ」


 焦るグンドウを、ジィナがなだめる。

 あまりの落ち着きように毒気を抜かれたグンドウが、自嘲気味に溜息をついた。


「調律師だなんだと言われていても、知らねえことばかりだな」

「それは当然です。ジィナたちは、イカイに所属する存在ですから」

 

 そう言い切る相棒を、いつもアンバーは少し寂しいなと思う。

 アンバーはその寂しさを隠しておく性質ではないから、今だって少し頬を膨らませてしまう。


「なにさ、さっきはかっこよく『ジィナはアンバーの護衛ですから』とか言ってくれたのに……って、うわぁ!」

「わーにん!」


 どん、と強い衝撃をうけて、アンバーがよろめく。

 覆い被さるようにして、ジィナがアンバーを庇っていた。


 庇っている?

 何から?


「しまった、取り逃していたか!」 


 グンドウが叫ぶ。

 ちがう、とアンバーは呟いた。

 真っ暗闇のなか、朱い軍服が一瞬見えた。

 カツン、カツン、カツン! と乾いた音がする。

 投石だ。原始的で、効率的な、人を害する武器。

 ──連邦郵便省・郵便軍。

 公文書とわずかな私信の配達、そして各地の哨戒と治安維持を行う軍事組織だ。


「増援だ……ここ、中継地点だったわけか。いって!!」


 ずき、と右腕が痛む。

 ジィナに突き飛ばされたときに、変な風についてしまったようだ。

 とはいえ、庇ってもらえなければ今頃は、アンバーの麦金色の髪は石にかち割られて、どす黒く染まっていたことだろう。

 でも。今は、それでころではない。

 アンバーを庇ったジィナにいくつか投石が当たったようで、見えちゃいけないタイプの内部機関が露出している。


「ジィナ、だいじょぶ?」

「の、ぷろぶれむ。護衛だっていうのは、嘘ではないですから」


 薄らと。ジィナが、微笑んだ気がした。


「調律師はどいつだ? おとなしく投降すれば、これ以上の危害は加えない」 


 郵便軍の兵士が、朗々と宣言した。

 アンバーは、相棒に耳打ちをする。


「ジィナ、もう動かないほうがいい」

「いえ」


 よろ、とジィナが立ち上がる。

 ギクシャク、ギクシャク。

 調律がさらに狂った動き。

 人とはかけ離れた、うごめき。


「ジィナはアンバーを守るためにジィナの機体を使います……それが、今のジィナに与えられた『在り方』だから」

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