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2話 侵略者からの手紙(2)


 イカイから持ち込まれた物品の修理は難しい。

 時には『厄災遺物』と呼ばれるそれらイカイ製の品々は、ヒガン(ここ)とはまったく違う原理原則と技術力テクノロジーによって構築されている。

 イカイとヒガンの戦争は終結し、建前上はお互いの世界からの撤退が成されている──つまり、本来はヒガンにおいてイカイ製のキカイは、一度壊れてしまえば修理修復が不可能なものだ。


 ……建前上では、そういうことになっている。


 長く続いた侵略戦争は、そう易々とは終わらない。

 秘密裏にイカイとヒガンを行き来する密越境者は後を絶たないし、イカイ製の乗り物(ケートラックやキャブはその代表格だ)の燃料すら、一般人でもその気になればまだ継続的に入手できるのだ。

 イカイから入植してきた人々のなかで、引き揚げをせずにヒガンに残った者がいる。ヒガン人と結ばれて子を成した者もいる。

 そうした者のなかで、イカイ製キカイに関する技術や知識を持っていた人間は、それをヒガンで生きるための手段にした。

 イカイから持ち込まれた厄災遺物の修理やメンテナンスを請け負うことで、ヒガンでの食い扶持と身の安全を確保したのだ。諸刃の剣の生存戦略である。イカイ人を憎む者から標的とされやすい反面、貴重な技術の保持者として重用される。


「ヤミ医者、元気にしてるかなー」


 アンバーは鼻唄混じりに呟いた。

 十字架みたいな長杖の先にくくりつけられた文箱には、アンバーが用意した修理依頼書が収められている。文箱についた小さな糸車から伸びる縁の糸。それを辿ってやってきたのは、霧深い山岳街だった。

 くねる峠道を越えると、ぐっと霧が深くなる。

 険しい山だ。人が住むのに適した地とはいえないが、東西南北から伸びる山道が交わる地点にあるため活気がある街だった。

 立ち並ぶのは、古い建築物。

 その中に、比較的新しい木造の家々がいくつか混じっている。 

 厄災遺物の修理屋──ヤミ医者と呼ばれる男は、この街に居を構えているらしい。

 損傷した右腕をモッズコートの中に隠しながら、ジィナが呟く。


「ここ、前回とは違う街です」

「そうだねー。前回は砂漠の街にいたんだっけ? ヤミ医者ってくらいだから、足が付かないようにあちこち転々としてるけど、もうちょっと訪ねやすいとこに住んでほしいよ」


 公権力から野盗まで、イカイ人を狙う者は多い。

 縁の糸に導かれてやってきたのは、古びた家屋の地下室だった。


「おーい、いるかーい」

 

 アンバーが声を張り上げる。

 かたく閉ざされた扉の奥から、微かな物音がした。

 しかし、返事はない。

 アンバーは文箱のなかから修理依頼書を取り出して、扉の下の隙間から室内に滑り込ませる。客だということがわかれば、対応してもらえるだろう。

 ──けれど、返事はなかった。

 

「……ちょっと、反応がないんだけど!」

 

 なんだよ、とアンバーが頬を膨らませる。

 修理して貰う当事者であるジィナは、黙ってじっと扉を見つめている。

 しびれを切らしたアンバーは、古びた扉をガンガンと叩き始める。

 金属製の扉の音が、地下室の空間に反響する。

 

「おおーい、ヤミ医者ー! やーみーいーしゃー!」

「……うるさ」

 

 ぼそ、とジィナが呟いた瞬間。

 そもそもが、ヤミ医者をヤミ医者と呼ぶのはいかがなものか。

 アンバーは構わず、扉を叩き続ける……と。

 

「うるさいよ」

 ギゥィ、と耳障りな音を立てて扉が開いた。

 十二、三歳──見た目だけならばジィナと同じくらいの年恰好の少女だった。鳶色の髪の毛を短く刈って、だぶだぶのオーバーオールを着ている。

 

「あんた、誰?」

 

 じろり、と睨みつけてくる。少女だ。

 誰だかわからない客人に応対しているのだから、気が強い。

 こんな子どもが、来客に対して扉を開ける──このヒガンにおいて、場合によっては命の保証などない行動だ。


「私はアンバーだよー」

「……ジィナ」


 アンバーは手短に名乗って、ひらひらと両手を振る。

 敵意がないことのアピールだ。


「ふぅん。何の用事?」

「ああ、ヤミ医者に用がある。ヒト型自律キカイの修理依頼だよー」


 ヤミ医者、という単語に少女がわずかに反応した。

 髪と同じ濃い鳶色をした瞳が、少しだけ彷徨う。


「そう。おじいちゃんは寝てる」

「ん、ヤミ医者のお孫さん? はじめまして」

「修理依頼書を出して」


 少女がアンバーの挨拶を遮った。

 アンバーは答える。


「えっとね、きみが踏んでる」


 ほら、とアンバーは少女の足元──ドタ靴に踏みつけられている修理依頼書を指差した。


「…………あ」


 視線を落とした少女が、小さく「ごめんなさい」と呟いた。

 どうやら、存外に素直な性根らしい少女が足をどけると、アンバーは「よいしょ」と屈んで修理依頼書を拾い上げた。

 ジィナをじっと見つめて、少女は言った。


「修理する人型自律キカイって、これだね」

「そう」


 こくりと頷いて、ジィナはモッズコートで隠していた右腕を晒した。

 三角巾で吊ったジィナの腕部をしげしげと見つめると、少女はアンバーを部屋に招き入れた。


「どうぞ。今、おじいちゃんを起こしてくる」


 それから、と少女は続ける。


「ヤミ医者っていうのやめてほしい。おじいちゃんが名乗っているのはわかってるけど、」


 少し躊躇って、少女は小さく呟いた。


「……ちょっと痛すぎだよ」


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