12話。侯爵家の会議風景
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トロスト姉妹が神城と挨拶を交わしている頃、ローレン侯爵家では実質的に侯爵家を動かす重鎮たちによる秘密会議が開催されていた。
「なるほど。確かに秘薬の効果の検証は必要だな」
「はい。そのため準男爵殿は『現時点での秘薬の量産は現実的ではない』と判断されておりました」
「……認めざるを得ん、か」
(おぉ! あの姉上が引き下がるとはっ!)
本当ならば、アンネは己が持つ権力や財力をフルに使って神城に有無を言わさずに薬の量産をさせるつもりであった。
しかし、流石に『効果や適量の確認をしていない薬』を量産させた挙句、それを使うのは危険が伴うと聞かされた彼女は、己の中から『無理やり作らせる』という選択肢を抹消せざるを得なかった。
これは『常に己の道を往く』を体現したような存在であるアンネからすれば非常に珍しいこと、と言うか、少なくとも長年彼女を見てきたラインハルトをして記憶にある限りでは初めての経験である。
未だに神城が作る化粧品の価値は良く分かっていないものの、己の目の前で挫折を経験して悔しそうにしている姉の姿を見て、己の中になんとも言えない感情が生まれつつあるラインハルトはさて置くとして、秘薬を欲する女性陣はアンネ同様に表情を暗くしていた。
「……確かに適量がわからないというのは怖いわね」
「そうですわね」
そして一緒に報告を受けていたラインハルトの母であるフリーデリンデや侯爵夫人である妻のヒルダも、本来なら寄子の準男爵程度が自分たちからの要請(命令ではないだけでもかなり譲歩している)を断ったならば『何を生意気な!』と激昴し、様々な圧力を加えようとするところなのだが、物が物だけに慎重にならざるを得なかった。
特に怖いのが『使いすぎた場合の副作用』だ。
薬と毒は表裏一体。どんな薬でも使いすぎれば毒になるのはこの世界に於いても常識である。それに加え、彼女らは内心で神城が作った薬をエステのオイルのように全身に使う気満々だったし、生産された量によっては神城が懸念したように浴槽に薬を満載にして浸かろうとさえ考えていたのだ。
そこに『使いすぎた場合の懸念』を指摘されては、さしものアンネとて怖くて使えたものではない。
「しかし、だ。効果を検証するにしても実験が必要だろう? 準男爵殿はどうやってそれを行うつもりなのだ?」
効果を検証するには被検体が必要不可欠である。しかし、たとえば奴隷を買い漁って実験するにしても、それはどう考えても人体実験以外のなにものでもない。
いくら奴隷相手とは言え、寄子の準男爵がそのような実験を行なっていると見られるのは、後ろ盾である侯爵家としても極めて外聞が悪い。
それにこの場合、見方を変えれば『神城が侯爵家から命令されて実験を行なっている』ということにもなるのだから、これが露見すれば他の派閥に対して付け入る隙を作ってしまうことにも繋がるという厄介さがあった。
「そうよね。最悪の場合は奴隷で実験を行いつつ、実験をしている秘薬の効果を公表すれば良いだけの話なのだけど……」
実際フリーデリンデが言うように『肌を若返らせる薬の実験中だ』と公表すれば派閥に関係なく女性陣は味方になるだろう。
むしろこの場合、どこの家の当主であってもその妻や母や娘から『絶対に量産を邪魔するな!』と言われることになるだろうし、それどころか素材集めにも協力もしてくれる可能性は極めて高い。
しかし、それは同時に一つの問題を生むことになる。
「でもお義母様。その場合は皆が薬を求めることになります」
「そうなのよねぇ」
そう。ヒルダが問題提起したように、まずは自分たちで独占し最低限の量を確保するべきなのに、秘薬の存在が明るみに出たせいで争奪戦が発生し、量を確保できなくなる可能性が極めて高くなるのだ。
そのうえでローレン侯爵家が秘薬を独占しようとすれば、比喩でもなんでもなく戦争が起こる。
……なにせ自分たちが『戦争を起こしてでも手に入れる価値がある』と思っているのだから、決して楽観することはできない。
このような感じで、現在彼女たちは『秘薬を量産するためには被験者が必要だが、被験者を増やせばその分情報が拡散してしまい、秘薬を手に入れることができなくなる』というジレンマに頭を悩ませていた。
そんな中でも余裕を崩さない女傑が一人いる。
「とりあえず私は実験を受けることは確定しておりますので一応結果はご報告できますが、他の皆様に関してはどうしても時間が必要ですね」
それは神城の傍に居るため、何か異常があってもケアが容易にできる立場にあるルイーザだ。
「「「くっ!」」」
(おい、こら、これ以上煽るなッ!)
自ら被験者に名乗りを上げる献身的な行為、と言えば聞こえが良いかもしれないが、その余裕のある表情には悲壮感など微塵もなく、むしろ優越感が滲み出ているようにすら見えた。
元々彼女は貴族ではなく侍女であり、ある意味では毒見と言える行為を行うことも当然の立場である。さらに神城としても貴族相手よりは侍女相手のほうが心理的なハードルが低くなるので、色々と都合が良かったというのもある。
また、ルイーザ本人も自身の肌が若返ったことを自覚しているので、今や『これを恒常的に得られるのならば悪魔に魂を売っても良い』とさえ思っている節があるため、実験にも非常に協力的である上に、神城が想定している販売先である侯爵家からの信用も高いときている。
年齢、肌の質、口の堅さ、そして信用。
ここまで条件がそろえば、ルイーザを被験者から外すことは、考えられない。つまり現時点でルイーザは万全の状態で秘薬の独占に成功している唯一の人間なのである。
これを羨む三名の女性から現在進行形で発せられている負のオーラと、この後でそれを向けられることになるラインハルトは気が気ではない。
そんなラインハルトを救ったのは、まだお肌の曲がり角を実感していないためか、他の三名と比べて多少の余裕がある15歳のアデリアであった。
「んー。とりあえず現段階では準男爵さんに無理をさせても、その秘薬を量産させるのは無理なのは分かったよ? けどさー」
「けど? どうしたの?」
ふざけたことを言ったら、たとえ娘でも容赦しないわよ? と言わんばかりの雰囲気を出しながら、ヒルダが食い気味にアデリアに先を促すと、アデリアからは彼女らが思いもしなかった言葉が飛び出してきた。
「いや、若返るのは無理でもさ。そのダウングレードって言うの? 維持するとか、肌荒れだけを治すとか、そういうのはできないかなぁって思ってさ」
未だにお肌の曲がり角を経験したことが無いアデリアならではの意見であろう。
「「「維持!」」」
アデリアの言葉を聞いた三人は揃って『その発想は無かった!』という表情をして顔を見合わせた。
「……確かに、若返らせるよりはそちらのほうが難易度は低そうだし、そっちなら他の派閥の人間に回しても惜しくないな」
アンネが黒い顔でそう言えば、フリーデリンデも彼女の言葉に同意する。
「そうね。それに実験……治験するための人間を集める口実もできるわ」
「そうですね。派閥を越えて資金や協力者を募ることで『独占しない』という姿勢を見せることにもなりますわ」
若返りの秘薬を知らなければ『肌の張りを維持する薬』というだけでも十分な宣伝効果があるのは事実だ。特に20代や30代の女性は何がなんでも欲しがるだろう。それを隠れ蓑にして自分たちは若返りの秘薬を使えば……どうだろう?
もし秘薬を得たとしても、自分たちだけ若返れば必ず秘薬の存在が露見してしまう。しかし類似する薬があれば、個人差ということで誤魔化せる! ……かもしれない。
「完璧だ!」
「アデリア、見事です」
「よくやったわ、さすが私の娘ね」
「そ、そうでしょ?(そこまで考えてたワケじゃないんだけど)」
(うわぁ)
娘はともかくとして、姉、母、妻の黒い笑みを見たラインハルトは内心でドン引きしていたが、今更彼の意見など求めていない三人は、一先ずその方向で話を進めることを決定していた。
「……ルイーザ、どう思う?」
突然アンネからルイーザに主語の無い問いかけがされたが、ここで「なんの話ですか?」と聞き返すようでは、侯爵家の侍女長などできはしない。
「確認が必要ですが、おそらく不可能ではないと思われます。ただ、秘薬の品質の向上のためにレベルアップが必要である。という準男爵殿の意見も無視はするべきではないでしょう」
そこにはアンネらが望む答えを述べつつ、現在の主である神城からの要求をしっかりと伝えるという難題を達成させた出来るオンナが居た。
……ただし、神城の『面倒だから薬の量産をしたくない』という本心は全力で無視しているのだが、ルイーザとて侍女である前に人間なので、神城に対し『さっさとレベルアップしてもっと高品質の秘薬を作れ』と思うのは仕方のないことであろう。
「あぁ、それもあったわね。アンネ?」
「はい、母上。当家から何人か騎士を見繕って派遣しましょう。それとルイーザ。準男爵殿にはまだ専属の護衛が居なかったはずだな?」
「えぇ。ご本人は『これから考える』と仰っておりました」
「これからでは遅いだろう。……ラインハルト?」
アンネから『貴様はいったい何をしているのだ?』という視線を受けて一瞬たじろいだラインハルトだが、これに関しては彼には彼の言い分がある。
「は、はい。しかしこれは神城に対して、周囲から下手に注目を集めさせないために敢えてそうしているのですよ!」
普通の準男爵家の場合、使用人や門番程度は雇えても正式な騎士を雇い入れるだけの資金が無い。そんなところに侯爵家の騎士を送り込んでは、そこに『何か重要なものがある』と公言するに等しい行為となってしまう。
現状で神城のことを公表する気が無い国王やラインハルトとしては、もう少し、具体的には【勇者】たちの基礎教育が終わって王都を離れるときくらいまでは、神城には目立たずひっそりと暮らしていてほしいのだ。
そんなラインハルトの言い訳を聞いて最初に反応をしたのはフリーデリンデである。
「何を悠長なことを。……あぁ。そういえば陛下も秘薬のことは御存じないのでしたか?」
「そ、そうですね」
実際国王が直接謁見をして言葉を交わしたのは初日の謁見と晩餐会だけだし、ラインハルトが神城の有用性を語った際も、皮膚の回復薬どころか胃薬の話すらしていないのだから、知らないと言うよりは知りようがないというのが正しい。
しかし現在フリーデリンデが求めている答えはあくまで『知っているか知らないのか』という問いに対する答えである。それを理解しているラインハルトは無駄口を叩かず、素直に肯定する。
「はぁ。それでは皇太后様には私から話を通します。皇后様にはアンネから話を通しなさい。ヒルダは現役の侯爵夫人として、どこまで情報を拡散するかを選定なさい。アデリアはまだ誰にも情報を漏洩してはなりませんよ?」
「「「はいっ!」」」
「ルイーザは準男爵殿に対して、秘薬のダウングレード版の作製が可能かどうかの確認と、騎士を派遣することに対しての承諾を得るように」
「はい。……ちなみにその騎士は常駐させるのでしょうか?」
「そのつもりですが、アンネ?」
「そうですね。レベルアップの手伝いだけならまだしも、護衛を兼ねる以上は常駐させたほうが良いでしょう」
尤もな話ではある。しかしここで終わらないのが貴族というものである。
「お義姉様、ならば若い女性を出せますか? 上手く行けば準男爵殿との繋がりを作れるかもしれません」
「そうですね。それに今の準男爵殿の周りには侍女が2人、いえ、私を入れても3人だけですから、常駐させるなら男性よりは女性のほうがよろしいかと」
「ふむ。なるほどな。しかし若い騎士となると実力に問題が……いや、待て。よし、了解した」
――神城の下に若い女騎士が派遣されることが決定した瞬間であった。
(うわぁ)
ナチュラルに神城を取り込むための手段として若い女を送り込もうとする妻や姉に一抹の恐怖を覚えなくもないが、ラインハルトとしても元々神城を取り込むつもりがあったし、今もその手段を模索している最中だったので、彼女らの会話に対して特に文句を言うつもりは無い。
今、ラインハルトが心配しているのは、今後発生するであろう国王や宰相との話し合いで、自身がどこまで秘薬に対する女性陣の執念を説明できるのか? ということであった。
木人形……治験者を得る為にはそれなりの口実が必要なのですが、その口実を馬鹿正直に発表した場合薬が独占出来ません。
そして治験者が居なければ薬が量産出来ないと言うジレンマに落とすことで、時間を稼いだつもりの神城君ですが、ここで予想外の戦力(15歳少女)による発想の転換でその策が破られてしまいました。
神城君は『薬を量産する機械』となる運命から逃れることが出来るのか?! ってお話。





