過去ではなく、未来を見る
過去を見ることはそんなに難しいことではない。自分のことであれば、過去を思い出すだけで過去のことを考えることができる。自分で覚えていなくても、周囲の人で自分のことを知っている人に聞けば、自分の過去がわかる。
世界の過去(歴史)であれば、本を読めばある程度のことはわかる。国のこと、偉人のこと、土地のこと、建物のこと、絵画のこと、様々なことを本を通して知ることができる。過去を見るときに問題があるとすれば、解釈の違いぐらいだろう。
しかし、未来は見るのは過去に比べてはるかに難しい。これは当たり前だ。なぜなら、未来はまだ現れていないから、知らないのは当然である。とはいえ、何もかもわからないわけでもない(明日の天気ぐらいならわかる)。だから、想定できないわけではない。つまり、できるようでできない。ここがややこしい。
僕は就職活動に入ろうとしている。いま、どんな企業に就職するかを考える時期である。こういうとき、未来はどうなるかという力が求められる。この企業は将来どうなるのか、どんな業種が面白そうか、日本はどういう方向に向かうのか、世界はどう動くのかなど。しかし、そんなことを考えながらも、「未来はわからないよ」と苦言を放つ自分もいる。
つい先日、ある業界が行っているサービスがややこしいと感じた。「もしかしたら、20年後にはもっとシンプルで価格が安いものが求められるのではないか。それはシンプルの方がいい。そして、多様なサービスを提供するのではなく、自社が自信を持つものに絞ってサービスを限定した方がいい」と思った。
僕が就職すべき業界は、この業界ではないかとまで思った。この業界に入って、このサービスをもっとよいものにできたらいいなと思った。しかし調べてみると、数年前にその業界では新しい形態の企業が誕生していて、いま業界で注目されているとあった。その新しい形態というのは、僕が描いたものに似ていた。
未来を見てるつもりが、数年前に達成された過去を見ていた。
「未来を見るって難しいですね」




