「哲学って何」って聞かれたら、どう答えたらいいかな
僕は、哲学を専攻している大学院生です。ちなみにM1です。
M1というのは、マスター(M)1年の略で、修士1年生とも言います。大学生は、周知のように4年間あります。多くの人は、4年間で卒業して企業で働いたり、公務員として働いたりします。大学院生は、大学4年生から就職をせずに進学する場合を指します。進学して最初の2年が修士(M)です。さらに3年間は博士(D)です。
つまり、4年→2年(修士)→3年(博士)という流れになります。修士の2年間を勉学に励み、博士課程に入らず就職する場合もあります。特に、理系分野ではそのパターンが多いです。
ここまでは、予備知識も含めた余談です。そんなことを言っている僕は、文系大学院生のM(修士)1年生です。しかも、哲学科。
一般の人から見たら、哲学科ってどんな感じに見えるのでしょうか。難解なものを難解なままに考えるのが好きな人々?メガネをかけて、ファッションに一切興味を持たない男性陣がうようよしているイメージ?正直、どれも遠くはないです。昔はそうだったかもしれないし、今も探せばそのようなイメージを実現している場所があるかもしれません。恐ろしいですが・・。
何を専攻しているのって聞かれて、「哲学」と答えると、「哲学って何ですか」と尋ねられる。哲学ってなんでしょうか。意外と哲学を専攻していても、クリアに言える人は少ないと思います。教科書的な回答は、僕にもできますが、それは教科書に任せましょう。
では、「哲学ってなんでしょうか」。大学一年生ぐらいの時であれば、「真理を探究する学問です」と答えることができました。しかも、真面目な顔をしながら・・・。しかし、今はそのようには言えません。なぜなら、真理が本当にあるのか信じられないからです。
逆に、これは哲学ではないと言えるものがあります。例えば「◯◯さんの哲学」、「△△の経営哲学」。サッカー中継を見ていたら解説者が「これがバルサの哲学です」と言っていました。これらは学問の一つとしての「哲学」ではないと言えます。
哲学は、ある個人の考え方を意味しません。つまり、「私は・・・と考えています」では、哲学ではないです。さすがにそれでは、独りよがりの考えすらも「哲学」と言えてしまいます。
「じゃ、哲学ってなんなのさ」という方がいるでしょう。僕は、正直に言うと、「なんでしょうかね」ってとぼけたくなります。しかし、それではあまりに期待はずれです。誤解をおぞれずに言うなら「当たり前のことを疑う営み」だと思います(これも、教科書的な定義かもしれません・・・)。
哲学人間のいいところを一つ挙げるとすれば、「みんなと違うことを言っても受け入れてくれる」ことです。生きるってなんだろう、存在ってなんだろう、僕は何をしたらいいのか、そんなことを人に聞いたら「オモイ」って言われるかもしれません。哲学を学ぶ人(営む人?)は、そういう疑問を抱くことを、当然と思っています。もし、「人間って何だろう」「僕って何だろう」というオモイ話をしたら、哲学を専攻する方は、あなたの話を聞いてくれるでしょう。
ただ、そのような問いに答えることができる人はほとんどいないと思います。残念ながら、皆が納得するような、「生きる意味」は今のところないと思います(宗教関連の人であれば違うかもしれませんが・・・)。将来、提案されるかどうかも怪しいです。「死って何ですか」という問いも同様です。
そのような問いに対して、その問い自体おかしいのでは、と誰かが言いだしそうです。そう言っている人もまた、哲学人間でしょう。




