受難のサフラン
ペガサス辺りでカレンの大フクロウに振り落とされたカールは、農民に保護され、牛を運ぶ荷馬車に、牛と一緒に乗せられて、漸く城に帰れた。
「全く、大フクロウっていうのは、気位が高くて、我が儘で、困っちゃうな。見た目は怖いけど、大鷹の方がずっと素直で優しいよ。でも、僕はやっぱり、のんびり飛ぶペガサスが一番好きだけどね。ね?サフラン。」
帰ってきて、愚痴を聞いてくれる妻も居ないので、馬小屋でサフランに愚痴っていた。
「ーやっぱり、帰ってきて、マリーがお帰りなさいって出てきてくれないって、寂しいね…。」
サフランは慰めているのか、カールの顔にゴリゴリと頬ずりした。
「ありがと。早く後妻を貰えって言われるけど、やっぱりマリーじゃないとね…。うわあーん!サフランー!寂しいよおおー!」
サフランに抱きついて号泣していると、衛士長のマックスが来て、馬小屋の入り口で固まった。
「へ、陛下…。」
カールは慌てて涙を拭き、マックスを振り返った。
「何。」
「アレックス殿から書簡が届きました。」
「あ!どうなったんだろう!」
カールは手紙をもぎ取る様に取ると、目を走らせた。
「そうか…。やっぱり相当な戦いになるんだな…。つまり、アレックスが1人でアレキサンダー王の大剣で大蛇とジュノーをやっつけるって事になるのか…。大丈夫なのかな…。」
カールは暫く考え込んだ後、マックスに聞いた。
マックスは幼馴染の様なもので、ずっと生まれた時から側にいてくれているし、カールよりはずっと頭もいい。
「ねえ、ボルケーノ様が神官ていうのはさ、火って神聖なものだからって事なんだよね?」
「そうですね。古代からそう言われておりますね。」
「ていう事は、ボルケーノ様の所の火なら、その邪悪な人や大蛇もやっつけられるのかな?」
「かもしれませんが、どうやってボルケーノにおびき出すのですか?あそこは、ウロボロスからだと、大陸を縦断するしか行く方法はありません。縦断されたら、大陸は大蛇がボルケーノに着く前に壊滅してしまいます。それに、ボルケーノの火に弱いとしたら、おめおめとボルケーノにおびき出される様なヘマをするでしょうか。」
「それもそうだよね…。だから、アレックス達は、ウロボロスに悪い奴らを閉じ込めて、戦おうとしてるんだもんな…。」
「陛下、手紙にも書いてある事もありますし、早速リチャード公と連絡を取りましょう。ウロボロスから闇魔導士が出て、我が国を襲ってきた時に備えて、今すぐに守りを固めておかれては?」
「そうだね…。」
馬小屋に、馬番の男が樽を転がして来て、各馬の前の桶に水を注いでは、また転がしている。
それを見ていたカールは、突然叫んだ。
「ああ!そうだ!」
「如何なされました…。」
「ちょっと僕、久しぶりに工房に入る!国の守りの方は頼んだよ!」
言うなり駆け出すカールを追いかけながら、マックスは眉を顰めて苦言を呈した。
「この様な状況下で、工房でご趣味の大工仕事とは、どういう事ですか。折角国民があなたを王と認め始めたというのに…。」
「上手く行けば、それで守れるんだ!いいから邪魔しないで!」
衛士長マックスは、深い溜息をついた。
「失敗するかもしれないから、獅子国と連携を取り、大蛇が押し寄せてきた時に備え、守りを固めておいてくれと、手紙にも書いてあったではないか…。どうしてそれが大工仕事になっちまうのかなあ、もう…。なあ、サフラン。どうなってるのだ、陛下は。」
マックスは、やっぱりサフランに愚痴ってから、仕事に戻った。
サフランはいい迷惑だと言いたげに、ブルブル言って、たてがみを震わせた。
一方リチャードは、防衛配備の指示や、各国への指示などを上機嫌でこなしていた。
「流石婿殿だ。それに、アレキサンダー王の生まれ変わりとはなあ。私の目に狂いは無かった。な?マリー。」
上機嫌のリチャードに反して、マリアンヌは元気が無い。
「心配か?マリー。」
「はい…。いつものお仕事とは比べものになりませんもの…。いくら、竜国の騎士団やお兄様がついているにしても…。」
「結界は、最高聖魔導士のハッセル自ら陣頭指揮をとって固めるそうだ。うちの一番、ウィルも当然行く。ウロボロスの闇の力も自ずと弱まるであろうし、完全アウェーの戦いというわけでもない。そう気に病むな。」
「はい…。」
まだ元気なく俯くマリアンヌの肩を抱き、顔を覗き込んで、幼い子を諭す様に話し始めた。
「そうやって、仕事でアレックスが留守にする時も、ずっと心配しておるのか?」
「はい…。それをアレックスが気にしている事は分かってはいるのですけれど…。」
「分かっているのであれば、無理せねばならんぞ、マリー。心配は隠して、笑顔で送らねば。マリーが気になって、しない怪我もしてしまうではないか。」
「そうですわね…。はい…。」
「うむ。待ってる女も辛いかもしれんが、その女を守る為に、男は戦いや仕事に出るのだから。なんの憂いも無く、職務を全うできるよう、全力で心配してないふりをするのも、闘いだ。」
マリアンヌは、戦いと聞き、少し笑うと笑顔のまま頷いた。
「はい。そうですわね。私も戦わなくてはいけませんね。」
「ん。その通り。」
ウィリアムはまた上機嫌に戻り、マリアンヌの頭を撫でた。
工房に篭っていたカールは、4時間位でやっと出てきた。
「陛下、国境は元より、町や村、全てに守護兵を配置致しました。」
ところが、カールは、そんな事はどうでもいいという雰囲気で、適当に頷くと、珍しく早口でまくし立てた。
「そっちは適当にやっておいてくれ。そんな事より、繁殖の大鷹で、人や物を運んでくれる商いをやっている奴がいたろ?それ呼んでくれる?大至急って。じゃあ宜しくね、マックス。」
マックスの片眉が怒りを抑える余り、吊り上っているのにも気付かず、カールはそれだけ言って、再び工房に篭ってしまった。
ー適当に!?そんな事!?あんたが陣頭指揮をとってやるべき事を俺がやってるっていうのに、その言い草はなんだ!?
くっそおー!マリー様に言付けてやるううー!
この引き篭もりのボンクラがああー!
しかし、言える訳が無い。
カールの爺やをしていた父の死の床で、何があってもカールを見捨てず、ボンクラの汚名を晴らすと約束してしまった。
仕方なく、マックスはサフランに愚痴ってから、仕事に戻った。
サフランは、マックスが行くと、溜息の様な声を出して項垂れた。




