廃村での戦い2
彼女はわたしを人質にすると言っていたことから、レヴィが生きていることは間違いない。
先程の爆発では彼をどうすることもできなかったのだろう、もしかすると爆発は攻撃のものではなかった、とか?
わたしの予想はあっていたらしく、連れて行かれた先でレヴィが数名の男達を相手に嬉々として剣を振り回していた。
既に何人かの男たちが地に伏せてピクリともしていない。
「レヴィオス! 剣を捨てな!」
わたしを掴まえ、ナイフを当てたままでセレニアが怒鳴ると、こちらに視線を向けたレヴィが男達から距離を取り、躊躇いなく剣を投げ捨てた。
放り投げた剣が、彼から離れた地面に斜めに刺さる。
簡単に剣を捨てた彼に、殺しに来た人間達が驚いたようだった。
「レヴィ……。ごめんなさい」
彼なら間違いなくそうすると想像できていたから、驚きはしなかった。だけど、わたしがヘタを打ったせいで彼に剣を捨てさせたことが悔やまれて、言葉がこぼれる。
「怪我はないな?」
彼の言葉に頷きたいが、首筋のナイフが邪魔をする。
わたしの様子を見て、彼の目が鋭く細くなった。
「無関係の民間人を巻き込むってのは、ナシじゃねえのか」
「はんっ! あんたのオンナなら、無関係ってのはないでしょう」
「狙いは俺なんだろう。おとなしく俺だけ狙っておけばいいだろ」
「それじゃ、あんたを殺れないから、こんな手を使ってるのよ!」
「使うのに制約の多い、魔法を無効化する魔道具まで持ち出してか」
彼の言葉に、やっぱり魔法が使えなくなる理由があったのかと納得する。だから、あんなに簡単に剣を捨てたんだろう。
でも、剣を捨てても勝機があるんだと思う。そうでなければ、剣を捨てたりしないだろうから。
「金も掛かるし、消せない利用歴も残る。それに――人間ひとりを犠牲にしなきゃならないんだったか? その割には、有効範囲は広くはないしな」
ひとの命を犠牲にして動く魔道具……。悪意に満ちた、魔道具。
ヒラガさんの所の魔道具とは一線を画した、悪趣味なモノだ。だからこそ、消せない利用歴が残るようになっているのかもしれない、理性の最後の砦として。
レヴィの言うように有効範囲が広くないというなら、なんとか範囲外まで逃げることはできないだろうか。
「随分、詳しいじゃないの」
セレニアの焦り混じりの声に、もしかしたら他にも弱点がある魔道具なのかもと思う。
使用時間が短い、とか?
「噂で聞いた程度だ。褒められる程じゃねえ」
「誰も褒めちゃいないわ」
「ああ、そうかい。そろそろ、俺の可愛い嫁さんを放しちゃくれないか。俺の堪忍袋も、いい加減ブチ切れそうだ」
両腕をだらりと下げたレヴィが、わたしの後ろにいるセレニアをヒタリと見据える。
自分が睨まれているわけじゃないのはわかってるのに、彼の殺気にあてられて体が恐れで強ばる。
わたしでさえそうなので、殺気の矛先であるセレニアは恐怖に体を震わせたのがわかる。
「は、はん! 剣を手放したおまえに何が出来るってんだ! おまえ達! さっさとレヴィオスを捕まえるんだ!!」
「んなこたあ、わかってるんだよっ」
「命令すんじゃねえよ」
遠巻きにしていた男達が、セレニアに苛ついた声を返す。
わかってるのに動けないのだと、彼らの脂汗の浮いた顔でわかる。
「レヴィオス、あんたがおとなしく捕まるってんなら、この女には手を出さないさ。殺すんじゃなく、あんたを捕まえることができたら、報酬が上乗せになるんだよ。雇い主は、よっぽどあんたに痛い目をみせたいらしいね、目の前でなぶり殺すことをご希望だそうだよ」
カルーダがそこまでレヴィのことを恨んでいるとは思わなかった。
あちらの世界よりは”近代化”はされていないこの世界だけれど、それなりにインフラは整っている。だけど、テレビやネットといった手軽な娯楽のない世界だから、処刑なんかが”娯楽”の一部になってしまう。
そんな時代はあちらの世界でもあった、わたしが生まれるずっと前に廃れた文化だけれど。
現実逃避なのか、どうでもいいことに思考が逃げていく。
「いい趣味をしてやがる」
苦々しく言い捨てるレヴィが、素早くハンドサインを送ってきた。
”離脱”わたしだけ逃げろという意味か、いや一旦魔法を無効化する魔道具の範囲から脱してから攻勢に転じよということだろうか。
どちらにせよ、彼がこの場で殺されないのなら、わたしは一回離れるのがいいと思う。
「そのいかれた趣味に付き合ってやるよ。その代わり、彼女は逃がしてやってくれ……俺の情けねえ死に様なんて見せたくないからよ」
レヴィの言葉を聞いた彼女は、自分の優位を悟り、声を立てて笑った。
「ああ、いいだろうよ。あんたの死に様を見せられないのは残念だが、依頼主の顔を見せるわけにはいかないからね」
そう言った彼女の目配せで、男達がレヴィを取り押さえ、彼の首筋に注射器を突き刺した。
「レヴィ!」
呻いて地面に沈んだ彼に焦る。
「安心しな、死んじゃいないよ。一眠りしてる間に、依頼主の前に着いてるだろうさ。あんたは、ここでおとなしくしてるんだよ」
セレニアの言葉に焦ってしまう。魔法が使えないこの場所に置いて行くってことよね?
「放してくれるんじゃなかったの」
「死に様は見せないって言っただけさ、優しいだろ? 約束は守ってやるんだから」
してやったりというような顔をした彼女を睨み付けたけれど、彼女はそんなわたしの反応も楽しそうに、男の人を呼んでわたしを近くの杭……もとは柵だったのだろう杭の一本に括り付けた。
手を後ろに回されて、簡単には逃げられない。
「ねえ魔法を使えなくする魔道具って――」
「あら、魔道具なんか気にするなんて余裕ね? あんたも自分の心配をしたほうがいいわよ。こんな山の中、獣が出ないわけないんだからさ。ほら、そこら辺に餌も転がってるし?」
彼女が視線で指したのは、彼女の仲間であろう男達の骸だった。自分の仲間を餌なんて、よく言える。
「おい! そろそろ行くぞ!」
近くの小屋から出てきた男が、セレニアに声を掛ける。
「それじゃあね。お人好しの、調薬師さん。あんたのお陰で任務を達成できたわ、ありがと」
気を失っているレヴィを連れて、セレニアを含めた人たちが村から去ってしまった。
夜になった村は、そこかしこに死体が転がり、血のにおいが満ちている。




