旅の薬売り
世界新聞社の記者カルーダ・アングストンが自分になびかず、思い通りに動かないAランク冒険者であるレヴィを殺そうと闇ギルドに依頼した。
久し振りの本編の更新です、お待ちいただいた皆さま、本当にありがとうございます!
乗合馬車から先に降りたレヴィが、わたしに手を差し出しエスコートしてくれる。
魔道具で有名な都市ヒルカンダを後にしたわたしたちは、一路王都を目指していた。
ここは王都とヒルカンダの途中にある、中規模の町だ。
女の姿に戻ったわたしは、調薬師の目印でもある藍色の生地に白の縁取りをした裾の長い上着を着ている、胸には調薬師のマークも入っている。これは防汚加工がされていて、調薬の仕事をする時にも使えるものだ。そして、薬売りの証明にもなる。
そしてレヴィも、マークは入っていないが同じような上着を着て、わたしの助手という位置づけだ。何気なくペアルックなのが、こっそりと嬉しい。
まさかわたしが男性とペアルックをするなんて……いやそれをいうなら、まさか男性と思いを交わすことができるなんて思いもしなかった。あんなに男の人が怖くて、近寄りがたかったのに。
面映ゆい気持ちのまま、彼を見上げれば、彼のグリーンに変わった瞳がわたしを見下ろしてくる。
彼は変装の為に赤い髪を青に変え瞳もグリーンにしている。闇ギルドがどれほど優秀なのかはわからないけれど、色味を変えてかなり雰囲気は変わったと思う。
折角なので、わたしも彼と同じ色味に魔法で変えてみた。派手な色だけど、この世界ではあまり目立たないっていうのが面白いし、外見がお揃いなのが照れくさくも嬉しい。
ヒルカンダを出るときに、ヒラガ魔道具専門店の店員さんが教えてくれた情報でレヴィがカルーダ・アングストンによって闇ギルドに手配書を出されたのを知った。手配書っていうのが、ようは殺害依頼という事実を知ったときは、気が遠くなるかと思ったけどさ。
そもそも彼女は、ビレッドに集魔香を使わせて魔獣をけしかけたり、色々ヤバいことを平気でやらかす人だ、暗殺者を手配することだってあるだろう。
それにしても、薬師ギルドに登録をしておいてよかった。過去の自分、グッジョブ!
お陰でこうして調薬師として町や村を渡り歩き、堂々と自作の薬を売ることができる。
ある程度道路も発達しているこの世界だけどまだ車などはなく(ヒラガさんの悲願だったようだ)、交通手段は主に馬車や徒歩になる。
だから、途中にある村などで薬を販売すると喜ばれるのも、嬉しいことだ。
わたしの後ろには必ずレヴィが付いているので、難癖を付けられることがないのも快適だ。まだこうしてレヴィと再会する前に、自分で薬を売ったこともあったけれど、男姿のアキでないと、足下を見られたり、商品を巻き上げられたりと碌なコトがなかったものね……。
調薬師を証明するすり鉢とすり棒の意匠の徽章を襟につけているんだけれど、これは冒険者ギルドでいうところのタグのようなものだ。このピンバッチが身分証になるし、等級もバッチの素材で一目瞭然だ。
わたしはいい薬を作れども、基本的には売りに出していないので等級はあがっていない。等級が上がれば販売品目を増やせるし、その気になれば自分のブランドを立ち上げることができるという特典があるんだけれど、いままでそこまでするメリットがなかったのよね。
「本気を出せば、すぐに等級を上げることはできるとは思うけれど。上げたほうがいいですか?」
わたしの言葉に彼は首を横に振る。
「いまは、派手な動きはしねぇほうがいいだろうな。面倒事が解決したら、その時は等級を上げることを考えてもいいかもしんねぇが」
そう言ってから、わたしを優しい目で見る。
「俺は自慢の嫁さんが頑張るのを、邪魔するつもりはねぇから。好きなようにやってみるといいさ」
そう言って、そっと頭を撫でてくれる。
嫁! 当たり前のように、サラッと言ってくれるのが嬉しい。
身長差があるから、簡単にキスできないのがつらいとぼやいていた彼だが、その代わりによくわたしを撫でる。
彼の大きな手に撫でられるのは嫌いじゃないし、ベアハッグのこともあって、撫でる手も凄く手加減してくれいるのがわかるので、胸の奥がほっこりしてしまう。
「町の真ん中にある赤の尖塔が神殿で、その近くにある緑色の建物が薬師ギルドだ」
「そして、同じく町の中央にある赤の建物が冒険者ギルドですね。……バレないでしょうか」
彼の髪と目の色と服装は変えたけれど、それだけだから心配になってしまう。
「こっちを拠点にしてる知り合いはいねえはずだから、大丈夫だろうよ。まぁ、ギルドに近づかないようにして、知り合いを見かけたら逃げるさ」
「レヴィは自分が新聞の記者が付くくらい、有名なAランクの冒険者っていう自覚はある?」
コソコソと尋ねると、彼は肩をすくめて苦笑いする。
「アキが思うほど、有名じゃねぇよ」
インターネットもテレビもない世界だし、例の新聞だって貴族が対象で一般人は読まない類いのものだし……もしかして、本当に知名度低いのかな。
――なんて、甘いことを考えていた時もありました。
「悪いな、アキ。案外有名だったみてぇだわ」
「そうですね、この町に入ってから、もう三回も襲撃されてますから」
遠くから魔法で狙い撃ちされたりしたんだけれど、わたしが元の姿に戻っていて本当によかったと思う。
この姿ならいくらでも魔法も使えるから、自分と彼にこっそり防御の魔法を掛けるなんて朝飯前で、攻撃は問題無く無効化できた。
ただ、遠距離からの攻撃だったので、襲撃犯を捕まえることができなかったのが心残りだ。
きっとまだ諦めてないだろうから、今後も襲撃されると思う。魔法の防御があるので攻撃が通ることはないんだけど、狙撃手の手元が狂って周りの人が巻き込まれたら困るな。
なんて考えながら彼と向かい合わせで食堂でご飯を食べていると、レヴィが右手の指を揃えて彼の斜め右後方に向け、指を二本立て、親指を下に突き出した。
久し振りのハンドサインだ。
なぜ、後ろにいる敵の位置や人数がわかるんだろう。
気付かれないようにスープを飲みながら視線をやれば、普通の町民の格好をした男が二人もそもそとご飯を食べている。
「まあ、そこそこってとこかな」
「そうなんですか?」
普通の人に見えるけど、彼らは闇ギルドの依頼を受けた人たちなんだろう。
彼らは、わたしたちの所へ料理を運ぼうとしていた給仕の女性に声を掛けた。一人が話している間に、もう一人がこっそりと料理に何か入れた。
「わたしがいいと言うまで、食べるのは待ってください」
「ああ」
彼らが仕掛けている間にサッと言葉を交わし、すぐにやってきた給仕の女性から料理を受け取る。レヴィの拳ほどもある大きな肉を煮た料理で、申し訳程度に野菜が端っこに添えられている肉肉しいお料理だ。
「あとで、薬師ギルドに行きたいんですけど。はじめての場所だと、ちょっと緊張しますね」
関係のない話しをはじめた私に、彼も乗ってくれる。
「基本的な設備は同じだし、どの地域のギルドもやってることは同じだから、そう固くならなくても大丈夫だろう」
「そうなんですね。ちょっと『調べる』ことがあって」
料理を見ながら調べる魔法を使うと、やっぱり毒が混入されていることがわかった。
「『解毒』の効果がある薬草で、向こうにはないものを入手できないかなって」
彼の皿の縁に触れながら、料理全体に解毒の魔法を掛ける。
「このお肉、柔らかくて美味しそうですね」
ナイフで肉をスライスして、フォークで刺して食べようとした手を掴まれる。
「おっと、先に俺が喰ってからだ」
彼がわたしの手を掴んだまま、フォークに刺さったお肉を食べる。
「もうっ、あなたの分ならもっと大きく切ってあげたのに」
「じゃあもう一枚」
彼に請われて、厚く切った肉をフォークに刺して、彼の口に運ぶ。
大きく口を開けて食べてくれる彼に、ちょっとだけ食べさせる楽しさを知ってしまったかも。
そして、自分の分も切り分けて、食べる。
「柔らかくて、美味しい」
思わず目を閉じて、うっとりと口の中のお肉に集中してしまう。
勿論、毒は解毒されて、ただの美味しい肉料理になっているから、いくら食べても大丈夫だ。
即効性のある毒なので、本来であれば食べた途端に口と胃を焼いてのたうち回ることになるような代物。
それも無味無臭という、凶悪さ。
こんな毒を入手できるなんて、さすがは闇ギルドの構成員ってところなんだろうな。
「ご飯にイタズラするのは駄目よね」
「そうだな、飯の恨みは深いな」
レヴィの斜め後ろの席に居た男性二人組の客の一人がイスから転がり落ちてのたうち回り、同席の男が慌ててその男に別の小瓶の液体を飲ませていた。
騒然とした店内に紛れて、食事を終えたわたしたちはさっさと店を後にする。
「なんで自分で試すんだろうなぁ」
「無味無臭の毒だったので、心配になったのではないでしょうか」
「……スゲーもん使ってきた割に、馬鹿だな」
「そうですね」
呆れた様子で言う彼に、わたしも頷く。
解毒薬を持っているのは想定していたので、助けるつもりもサラサラなかったし。
「もし、アキが肉を食った時に、動揺しないような奴らなら。あの解毒薬も壊してやろうと思ってた――って言ったら、幻滅するか?」
わたしの耳元に口を寄せてこっそりと言った彼に、体を寄せる。
「あなたの愛の深さなので、幻滅なんかしません」
わたしはレヴィのすること、すべてを受け入れる。
あなたがわたしを救ってくれたから、愛しているから、なににも代えがたい大切な人だから。
わたしはあなたのすること、すべてを肯定する。それが、どんな非道であっても、受け入れる覚悟くらいある。
「わかってるじゃねぇか」
そう言いながらも、少しだけ頬を赤くするのが可愛い。
繋いだ手にギュッと力を入れて、彼を見上げる。
「早めに町を出ましょう。他の人に、余計な被害が出るかもしれないし」
「向こうも玄人だから、周りに被害を出すような真似はしねぇと思うが。この程度じゃ引き下がりはしねえだろうしな」
思案するように空いた手で前髪をクシャッと掻き上げた彼に、提案することにした。
「ねえ、こういうのはどうですか?」
「ん?」
興味深そうに視線を向けてきた彼に、そっと計画を伝えた。
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