ヒラガさん
ご隠居さんのくれたカードを手に、呆然と立ちすくんでいると、奥からレヴィと作務衣姿の店員さんが戻ってきた。
無事に購入できたのだろう、レヴィが嬉しそうな顔をしている。
「悪かった、待たせたな。ん? なにを持ってるんだ? これは、どこの言葉のカードだ?」
レヴィの言葉に、店員さんが慌てて近づいてきた。
カードの文字は日本語だけど、こちらの世界で使われたところを見たことがないので、戸惑うのはわかる。
「これは……っ。まさか、本当に――。失礼ですが、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
改めて店員さんに聞かれて、素直に名乗った。
「アキ様でございますね。こちらのカードは、初代様の作られたもので、これ自体が魔道具というわけではございませんが、我々ヒラガの血を継ぐ人間は、このカードを持つ人を最上のお客様としてお迎えするという家訓がございます。お手数ではございますが、所定の場所にお名前をご記入願えますか」
ペンを渡され、カードの右下にある署名欄に『日瀬あき』と日本語で記入した。
インクがすぐにカードに馴染んでいく。
それをケースに入れて、差し出された。
「ヒラガの名のつく店をご利用の際には、どうぞこちらのカードをご提示ください。ヒラガはアキ様の後見をさせていただきます」
「あ、ありがとうございます」
なんだか大層なものを手に入れてしまった気がする。
両手でカードを受け取り、まじまじとカードを見た。カードには、いま彼が言ったようなことが書かれている。
カードを手にレヴィを見上げたが、彼は特になんの反応もくれなかった、だけど否定もしなかったので受け取っておいて問題はないのだろう。
お店を出たわたしたちは、一息つくために屋台通りに足を運んだ。
こんな立派な町でも、ちゃんと屋台が出ているんだなと感心する。
「ちょっと、さっきのカードを見せて貰ってもいいか?」
「ええ、どうぞ」
彼に渡そうとすると、カードが拒絶するようにバチッと火花が散った。
「なるほどな。ちゃんと、所有者が決まってるってことか」
諦めて手を引いた彼に、すぐにカードをしまうように言われて、内ポケットに入れた。
あまり出しておかない方がいいんだろうな。
「ところで、ヒラガというのがどういう店だかわかるか?」
ご飯を食べながら聞かれ、わからないと答えると「だよな……」と溜め息を吐かれた。
「ヒラガってぇのは、魔道具の始祖の名だ」
「始祖、ですか」
なんでも、百年ほど前に突然現れて魔道具を次々作り出し、世界の発展に貢献した人物だということなんだけど。
あのご隠居さんが、その始祖のヒラガさんなんだろうな。
始祖の血筋はどんどん分かれてもその志は変わらず、日々新しい魔道具を世に出し続けているという。
「因みに、ほぼすべての魔道具店は、元を正せばヒラガに繋がる。とはいえ、『ヒラガ』の名のつく店限定でそのカードは使えるらしいから、血筋が関係するんだろうな。ヒラガの名を冠せるのは、薄くてもヒラガの血を引く人間だけだから」
「そうなんですね。もしかして、これって、結構おおごとでしょうか?」
小声で聞いたわたしの質問に、彼は視線を外して曖昧に笑った。
「ヒラガの店はどこにでもあるし、いい後見ができたわけだから、気負う必要はねぇよ」
本当かな?
でも、ようは使わなければいいわけだし、持ってて悪い物でもなさそうだから、これ以上詮索するのはやめておこう。
「ところで、レヴィは欲しいものを買えたんですか?」
「ああ。以前から注文してあった魔道具が、やっと受け取ることができた。あとで、見せてやるよ」
おもちゃを手に入れた男の子の顔で笑う彼に、「楽しみにしています」と返しておいた。
何歳になっても子供心を忘れない男、レヴィオス。




