デート
唯一の手持ちのワンピースに、レヴィが保管してくれていたブーツを履いてお出かけ。
朝の活気に満ちた町は、隣にレヴィがいるというだけで、いつもとは違って見える。……いや、物理的に、視界が下がったから新鮮なのかもしれない。
レヴィおすすめの朝ご飯を買って、道の端に並んでいるベンチに座って食べる。
わたしの味覚を知っている彼のおすすめは、外れがない。第三層に居たときも、すぐにわたしの好みを察してくれていたし。
本当に、彼ほどいい男は見たことがない。
彼が愛してくれたというのは、奇跡なんじゃないかと思う。
「ほっぺた引っ張ってどうしたんだ? 痒かったのか?」
「いいえ、現実を実感していただけです。レヴィが愛してくれるって感じて、すごく、幸せだなって」
他の人に聞こえないように小声で彼にだけ伝えると、彼は片手で目元を覆い、もう片方の手でちょっと待てとハンドサインを出してきた。
「……俺の方こそ、幸せだ。いま、凄く抱きしめたいが、正直、手加減できる気がしねぇから、我慢してる」
「魔法で体を強化しますか? そうしたら、多分大丈夫ですよ」
わたしの言葉にパッと振り向いた彼の、期待が膨らんだ視線を理解して、すぐさま体を強化して両手を広げた。
最初はそっと、それからぎゅっと、抱きしめられる。
確かに、強化をしなかったら、先日の二の舞になりそうな圧力を感じた。
大人と子供程もある身長差のせいで、道行く人がちょっとギョッとしてる。
そもそも、レヴィが大きいからわたしが小さく見えるだけで、わたしはこの世界でも標準的な女性の身長なのにな。
暫くすっぽり彼の腕の中に囲われていたが、満足したのかやっと腕が離れていった。
穏やかな彼の笑顔の向こうに、凄い表情をした女性を見つけた。
確か、全世界新聞社の記者で、カルーダ・アングストン。
わたしの視線を訝しんだ彼が、視線の先を追って表情を一変させ、わたしから彼女を遮るように立ち上がった。
カツカツカツという硬質な足音が近づいてくる。
「あら、天下のAランク冒険者様が、朝から、女性と逢い引きかしら? ふふっ、女遊びも程ほどになさらないと、評定が下がってランクが落ちますわよ」
「護衛が一人減ってるようじゃねぇか。子飼いまで使い捨てるたぁ、貴族のやることはえげつないねぇ」
「なんのことかしら? アレは、元々平民でしたから、暇をあげたのよ」
「この世から、永遠にか? 随分と、ご親切なご主人様だ」
レヴィの冷ややかな嘲笑の声に、彼女は笑う。
「ふふっ、そうよ、わたくしが、貴族がご主人様なの。あなたたちは、従っていればいいだけ。小賢しく動くなら、自分の存在の小ささを、教えて差しあげ――――っ」
彼女が言い切る前に、レヴィから殺気がほとばしり、彼女の護衛が剣の柄に手をかけて間に入る。
レヴィの影からすこしだけ顔を出して様子を窺う。真っ青でガタガタ震える女性と、レヴィには劣るものの殺気を出している護衛が見えた。
まだ剣を抜いていないけど、いつでも抜ける体勢になっている。
こっそりと自分とレヴィに魔法で防御を掛けておく。
「あんたの言う、存在の小ささってぇのはなんだ? 今の俺の前にいる、あんたは、俺よりも随分小さく見えるがなぁ?」
レヴィが煽るように言う。
はっきり言って怖いけれど、されたことを考えると許せない気持ちはわかる。
おっさんとしてだけど、わたしもビレッドも殺されそうになったわけだし。
あと、予想だけれど、迷いの森の魔獣の暴走にも噛んでいるんじゃないかと思う。
もし食い止められなかったら、この町もどうなったかわからない大惨事。本当に彼女の手引きならば、到底許せる話ではない。
いやいや、さすがにあんな大事をやらかすなんて、あり得ないか。
「折角警告してやったのに、懲りずに二度も同じ手を使うのは、さすがに馬鹿なんじゃねぇか?」
確信に満ちたレヴィの指摘を、彼女は青い顔ながら鼻で笑う。
レヴィの殺気に晒されて、ソレができるっていうのは、結構な胆力かも知れない。
「そうね。次からは、ちゃんとあなたの弱みを狙うようにするわ」
にんまりと笑った視線がこっちを向いたので、わたしも笑顔を返してあげた。
「こいつは、俺の弱点にはなんねぇよ」
レヴィはそう言って、わたしに微笑みかける。
彼に信用されているのが嬉しい。
「ふんっ、平民の女に骨抜きにされるなんて。あなたも所詮、俗物だったということね」
「俗物で結構。では、ご令嬢、我々はこれからデートなので、失礼いたします」
紳士的な笑顔で貴族然とした礼をしたレヴィに促され、二人から遠ざかった。
「ねぇレヴィ、あんな話を町なかで堂々としてもいいものなのですか? 貴族だから、許されるということでもあるのですか?」
かなり離れたところで彼に尋ねれば、音消しの魔道具が使われていたことを教えてくれた。
「これで完全に敵対関係になったな。まぁ、今更だが」
「貴族というのは、ああいう人ばかりなのですか? 随分傲慢でいらっしゃいましたけれど」
彼と手を繋いでウィンドウショッピングしながら、小声で尋ねる。
「半分とは言わねぇが、まぁまぁ居るな。派閥によって考え方もかなり違うらしいが、アレは王侯貴族主義の典型の家門だ」
「そんな人が、新聞記者というのは、問題がないのですか? それとも、全世界新聞自体、貴族主義の傾向が強いのでしょうか」
「いや、中立と平等を謳っている」
さらっと答えてくれたことから、全世界新聞社としての理念は有名なんだろう。
それなのに、記事の対象となるレヴィにこんな態度を取るというのは、新聞社としては大問題じゃないんだろうか?
「それなのに、記者の人があんなことを言っていいのですか?」
「よくはねぇだろうな」
心底面倒臭そうな雰囲気で頭を掻く。
「手を打ってはみるが……。アキなら大丈夫だと思うが、身辺には気をつけてくれ」
「はい。わたしは大丈夫です」
笑顔で彼を見上げると、彼は心配そうな顔だった。
「わたしが心配ですか?」
「いや。第三層から生き残った実力を信じてるから、心配はしてねぇよ」
じゃぁ、なにが心配なんだろう?
「今日は、デートを楽しもうな?」
彼の笑顔に誤魔化されることにして、面倒事は一旦頭の隅に押し込んだ。
ソレハ\(・ω\) (/ω・)/オイトイテ




