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バラとひなぎく  作者: 田仲絵筆
デイジー
20/37

弟子達

「あんなに素敵なお友達がいるのに、どうしてもっと早く紹介してくれなかったの?」

「ねえ、あたしなんてどうかしら?」

「セドリック様、またうちに来るかしら」


 セドリック様が初めてうちを訪れた後、あたしが彼に夢中になっているような言動を続けたのは、もちろん姉様を牽制するためだ。

 こう言っておけば、姉様は自分の想いを抑えようとするだろう。あたしのために。


 たぶん、姉様が素直になれば、一瞬でこのふたりは恋人になって婚約して結婚する気がする。そうはさせるものですか。


 だって、こんなに人付き合いの苦手な姉様が、名門のランバート伯爵家なんかに嫁いだら、どうなると思う? 好きな研究も出来なくなって、しょっちゅう社交の場に駆り出されて。段々身も心も疲弊して、終いには病んでしまうだろう。

 ひと時の恋心なんかと引き換えに。


 姉様は何処へも行かず、あたしと一緒にずっとこの屋敷にいればいい。



 その春のガーデンパーティーに現れたセドリック様は、きちんとした正装で、ちらちらと注目を集めていた。

 もちろん、来賓の人々は基本的に身分のある方ばかりなので、あからさまに騒ぎたてられることはなかったけれど。


「本日は、招待いただいて、ありがとうございます」

 彼は私達家族と使用人達の前で完璧な礼をとってみせた。

 若いメイド達が見とれている。母様も、兄様の客であるこの歳若い貴公子を招待できたことに、ご満悦のようだった。

「来ていただいて、嬉しいわ。楽しんで行ってね」


 セドリック様は私達の方を見て、何か探すような顔をした。

「ところで、ローズの姿が見えないようだが」


「ああ、あいつは今年は表に出ない」

「……どういうことだ」

 セドリック様の顔が厳しくなるが、お兄様は気づいた様子もなく続けた。

「今頃はいつもの作業着で植物の世話をしてるよ。多分薬草園の辺りにいるんじゃないか。何かあるなら、訪ねてやると良い」


 そう言って、薬草園のある方角を顎で示す。

 セドリック様は、それを聞くとすっと無表情になって、吐き捨てるように呟いた。

「……この屋敷の人間は酷いな。どいつもこいつも、当代きっての優秀さを誇ると言われる彼女のことを何だと思っているんだ」

 冷たい声と表情だった。姉様の前では絶対にこんな表情はしないだろう。

「まるでお伽話に出てくる継子を迫害する意地悪な家族か何かのようだ」


「そういう訳ではない。前から思っていたが、君は何か誤解している」

 反論するお兄様の後ろの方で、メイド頭のホランドさんが大きく頷いている。本当は大声で同意を示したいのだろうが、良くも悪くも身分をわきまえている彼女のこと、お兄様と、その招待客との会話に割り込むことはしない。


「まあ、うふふ。あの子は、ここできれいなドレスを着て貴族の皆さんと語らうよりも、土にまみれて植物の世話をしている方が楽しいのですって。へんな子でしょう?」

 母様が美しく笑ってそう教えている。確かに、意地悪な継母そのものといった台詞だけど、相手が姉様なので、掛け値なしに本当のことだ。


 母様の場合、嫌味で言っているのか、場を収めるためにわざと空気を読まない発言をしているのか、それとも本心からの言葉なのか、あたしでさえいまいち読みきれないことがある。

 セドリック様も、母様の言葉に悪意があるのか読み取ろうとして、戸惑ったような顔をしていた。


 ふとあたしは思いついた。

 満面の笑みで、セドリック様の腕を取る。

「じゃあ、姉様のところへ案内して差し上げますわ!」


 

 本当なら絶対に行きたくなかった、お父様の弟子達と姉様がいるところへなんて。

 見たくもない表情の姉様を見てしまうのが嫌で、弟子達が生活している離れへも、何かと理由をつけて、近づかないようにしていたのだけど。

 でも、セドリック様も思い知ればいい。


 薬草園へ向かうまでもなく、途中の広場のようになっているところに姉様はいた。

 弟子達と数人で固まって、何か話している。——楽しそうに。


 彼らといる時の姉様は、いつも楽しそうだ。感情をあまり表に出さないのはいつも通りだが、顔色が明るい。

 気安げに肩をたたき合ったり、吹き出すのをこらえたり、あたし達と一緒にいる時には、決してしない表情をしていた。

 まるで本当の家族と一緒にいるみたいだった。


 予想していた通り、愉快な光景ではない。

 あまりに腹が立って、業務をサボっていると文句を言いに割り込もうかと思ったけど、やめた。泣いてしまいそうだったから。

 隣でセドリック様が「あんな顔は、初めて見たな」と呟いたので、ぎりっとにらむ。ほとんど八つ当たりだというのは分かっていたが、言わずにはいられなかった。


「よく分かったでしょう。姉様は、あの人達といるのが好きなのよ。あたしといるよりも!」


 涙目のあたしをセドリック様はまじまじと見て、それから

、くすくすと笑い出した。はああ!?

「何がおかしいのよ!」

 思わず頭に血が昇って、いつもの好意的な表情をかなぐり捨てて詰め寄ってしまう。意外と失礼だわ、この人。


「いや。君が姉様のことを大好きなのはよく分かったよ」

 あたしは言葉もなくセドリック様を見た。彼もあたしを見る。あたしを見る笑い含みの目には、先程までの剣呑な光はもうない。

「君がローズにつらく当たるのも、独占欲の裏返しという訳だ。……なんだ、同じだな、私達は」


 あたしは唖然としてしまった。

 何言ってるの?

 あたしとセドリック様が、同じ?

 ふざけないで。

 一緒にしないでほしい。

 生まれつきの家柄も、才能も、人望も、人柄の良さも何でも持っていて、別に姉様なんて、周りを取り囲む大勢の好ましい人間の中のひとりぐらいにしか思っていないくせに。


 あたしみたいに全部偽物で、はりぼてを取っ払ったあたしを見ても、唯一肯定してくれるのは姉様しかいないような人間と、同じだと思わないでほしい。

 あたしには姉様しかいないっていうのに。


 やっぱり嫌いだ、この人。

「じゃあ失礼いたしますわ」

 まるであたしの本心を見透かしたかのようなセドリック様の表情が癪に障ったのと、これ以上この場にいて、楽しそうな姉様を見ていても不愉快になるだけだったので、あたしはきびすを返した。



 ガーデンパーティーが終わると、姉様に縁談の話が数件持ち込まれた。ここからは遠い領地からの話も含まれていた。

 姉様にその気はないみたいだけど、貴族同士の婚姻において、当人の意志なんてあまり問題にされない。


 貴族の家に女性として産まれたからには、どんなに優秀でも、有力な家に嫁いで跡取りを作るのが幸福だとされるのが、この国の常識だ。

 姉様が家督を継がないと表明している以上は、屋敷に残っても下働きに落ちるだけだ。姉様は気にしないと思うけど、せっかく条件の良い縁談が来たのに、受けない手はないと兄様は思っているのだろう。

 すっかり考え方が貴族に染まっている。


 この件に関しては、この家の使用人の中で一番の発言権を持つホランドさんも同意見のようだった。

 本当は、姉様に屋敷を継いでもらいたいんだろうけど、女性が当主になった前例が少なすぎるし、何より姉様にまったくその気がないのは、屋敷中皆知っている。

 下働きになるくらいなら、何処かへ嫁いだ方が、幸せになれると思っている。


 ——みんな、姉様のことを何も分かっていない。


 あたしは唇を噛んだ。

 この事を相談するのに思い浮かぶ相手はひとりだけだ。悔しいけど。

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