予想外の提案-2
「……説明を、お願いしても良いでしょうか」
どういうつもりでセドリック様がそんなことを言い出したのかがさっぱり分からなくて、私は困惑していた。
「もちろん、君の気持ちは重々承知している。それを踏まえた提案だ」
セドリック様の前置きに、とりあえず安心する。
「君は結婚する気がないと言ったね。貴族の妻になる気はないと。でもこの分だと、この先も似たような話が次々に持ち込まれるだろう」
「似たような話というと」
「また求婚者が現れるだろうということだよ」
まさか、と私は笑った。今回3件の婚約話が持ち上がったのは、たまたまだ。全て断ることができた。
「ルイスに確認してみると良い。まだ正式ではないが、問い合わせが何件か来ているはずだ」
セドリック様が妙に確信を持って言うものだから、私は不安になった。それが事実だとすれば、また今日みたいなことを繰り返さなければいけないのだろうか。
マクレガー氏は怒りも傷ついた様子も見せず、私の返答を笑って受け入れてくれたが、もちろん、そういう人の方が稀だろう。通常なら、負の感情を向けられるところだ。
そのマクレガー氏相手ですら、面と向かって、拒絶の言葉を述べるのには、気力が必要だったのだ。あんなことを、何度もしなければいけないなんて、考えただけで苦しくなる。
思いがけない困難が立ち塞がったような気がして、思わず、胸の前で手を握りしめていた。
セドリック様は、そんな私をじっと見ている。
「断るたびに、君は疲弊するだろう。今みたいに」
私は目を瞬かせた。
「……私は、疲弊しているように見えますか?」
自分の状態を人に訊いてどうする、と思いはするものの、セドリック様に今の私がどう見えているのかを知りたかった。
幼い頃から、何を考えているのか分からない、感情の薄い子だと周りに言われてきた私が、この人の眼にはどう映っているのかを知りたかった。
彼はひとつ頷くと、当たり前のように続けた。
「比較的社交に慣れているはずの私でも、断る時は毎回気が重いんだ。君が傷付かないはずはないことぐらいは、想像できる」
そう言ってもらえて、胸がつまるような気持ちになる。
この人は、私自身でさえよく分かっていない、私が欲しがっている言葉をいつもくれる。
「大丈夫です。私は、そんなに繊細ではありません。……でも、ありがとうございます。嬉しいです」
謝礼のつもりの言葉は、嬉しかった事の、百分の一も伝わらないだろう。
私の口から発せられる言葉は、なんて非力なのだろう。
「……ちょうど、私にも、縁談がぽつぽつと来るようになってきていて」
少し間をあけて、セドリック様は話を続けた。
流石は名門の伯爵家の嫡男だ。彼ぐらいになると、その量も質も、私とは較べものにならないぐらい来ていることだろう。
「まだ婚約も結婚も、する気は無いんだ。卒業までは勉学に力を入れたいし、正直に言うと、領地を継ぐかどうかも迷っている」
私は少し驚いた。セドリック様が、ランバート領を継がない? そんなことがあるのだろうか。
「伯父が、宮廷貴族なんだけど、彼が言うには、どうやら私は官僚に向いているらしい。子供のいない人でもあるので、私達兄弟の誰かが伯父の後継になることは決まっているんだ」
そういえば、セドリック様の伯父という方は、この国の外務大臣のはずだった。その後継ともなれば、高級官僚として、国の中枢にがっちり組み込まれることになる。
もし本当にそうなるなら、しばらくはもの凄く多忙になるだろう。確かに、婚約者選びなんてしている場合ではないのかもしれない。
「君と私が婚約すれば、新たな縁談が来ることは無くなるだろう。もちろん、一時的な契約として、いつでも解消してもらって構わない。ただ、当面の面倒が避けられるという点において、互いにメリットがある話なのではないかと思ったんだ」
「なるほど」
とりあえず、話はわかった。
でも、セドリック様はそう言ってくれるけれど、婚約なんていうものは、家同士の契約なのだから、カモフラージュなどで利用して良いものではないんじゃないだろうか。
特に、ランバート伯爵家ともなると、簡単に締結したり、解消したりできないであろうことは、私にでも分かる。
たとえ後で撤回するとしても、記録は残る。完全に無かったことになんて、できないのだ。
簡単なことのように言っているけど、実は、相当無理をしているのじゃないだろうか。
それに、デイジーはどうなるんだろう。せっかく想い合っているふたりなのに、セドリック様が別の人間と婚約するなんて、一時的にでも良くない気がする。
そこまで考えて、私は思い当たった。——そうか。ゆくゆくはセドリック様とデイジーが婚約して結婚するならば、ランバート家とガードナー家が今時点で誼を結んでおくことは、家同士としては、特に問題はないのだ。
たとえデイジーとセドリック様が両想いでも、デイジーはまだ12歳。結婚には少し早い年齢だ。
縁談があふれて困っているなら、とりあえず私と婚約しておいて、折を見て代わるというのも、ひとつの方法なのかもしれない。
そして、私は謎の縁談ラッシュをやり過ごすことができる。
確かに、みんなにとって、悪くない提案なのだろう。でも。
「あの」
「うん」
顔を上げると、セドリック様は静かに笑ってこちらを見ている。私は目線を下げた。
「……少し、考えさせて頂けませんか」
「もちろん。君に利点がないと思ったら、断ってくれていい」
逆だ。私だけに有利な条件の気がして、困っている。
私がふたりの気持ちを知っていて、何も知らないふりをして、この善意だけの提案に乗るのは、ひどい裏切りではないだろうか。
それに、本音を言うと、ゆくゆくは絶対に解消しなくてはいけなくなる関係を結ぶのは不安だった。
いつになるのか分からないが、婚約を解消するその時になって、私は何事も無かったように、セドリック様にお礼を言い、デイジーを、ふたりを祝福することができるだろうか。
すべてが収まるところに収まった時、私ひとりが取り残された気になって、身の程知らずにもふたりを恨むのかもしれない。そんな昏い予感を振り払うことができなかった。




