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バラとひなぎく  作者: 田仲絵筆
ローズ
15/37

予想外の提案-1

「訪問の前触れは、受けていなかったと思うんだが」

「非礼は認める。申し訳ない。だが、本人が断った話を、ことさら蒸し返そうとするのも、礼を逸した行為だと思わないか?」


 セドリック様にいつもの笑顔はなく、お兄様に対しても、雰囲気が固い。

 来客中の闖入は、どう考えても失礼だし、普段のセドリック様の行為からは、全然そぐわなかった。


「断った話というのは、求婚のことか? 何故君が、妹の縁談に口を出すんだ」

「……友人だからだ」


 セドリック様はお兄様と話していても埒があかないというように、マクレガー氏に向き直った。マクレガー氏は興味深げにことの成り行きを見守っていたが、セドリック様と目線が合うとにこりと笑った。職業柄なのか、動じない人だ。


「突然の非礼をお許し頂きたい。私はローズの友人でランバートと申します。非礼ついでに差し出口を挟みますが、このたびの話は、本人の望まないところで話が進んでいるようです。どうか再考頂きたい。彼女の意思の尊重をお願い致します」


 なんとそう言ってセドリック様は頭を下げたのだ。対するマクレガー氏の口調は愉快そうだった。

「それは、ついさっき、本人からはっきり断られたよ」

「……え」


 セドリック様は目を丸くして私を見た。

 私は頷いてみせる。

 まさか、縁談を令嬢自身が断るとは思っていなかったのだろう。悪いことをした。タイミングも悪かった。


「…………それは、大変失礼しました」

 ふたたび頭を下げるセドリック様に、先ほどまでの剣呑な空気はもう無かった。マクレガー氏は笑っていた。


 セドリック様は自分を落ち着かせるように髪をかき上げると、大きく息を吐く。

「すまない。少し頭を冷やす」

「そうか。冷水が必要なら、洗面所はここを出て右手側の突き当たりだ」

 嫌味な口調でお兄様が応えているが、本人達にとってはいつもの軽口の応酬なのだろう。セドリック様が苦笑いをしている。その笑顔を見て、ようやく安心した。



「では私はこれで失礼します」と言ってマクレガー氏が席を立った。見送りに出ようとしたところを、氏に押し留められる。

「ルイスさんと、少々用談がありまして。——ああ、ご心配なく。婚約に関する事ではありません。おふたりは、どうぞごゆっくり」


 そう言い残してお兄様とマクレガー氏が出て行ってしまったので、応接室にはセドリック様と私だけが残された。


 あらためてよく見ると、セドリック様は、いつものきちんとしたスーツ姿とは違い、シャツにカーディガンといういでたちだ。普段は流されている前髪も額にかかっていて、ラフな印象を受けた。

 まるで、休日にくつろいでいたところを慌てて出てきたような格好だと思った。


「どうぞ」

 何から訊いて良いのか分からず、とりあえずソファをすすめる。

「ありがとう」

 腰を下ろしたセドリック様は、少しきまり悪げな顔をしていた。

「……君には、格好悪いところばかり見せているな」

 ぼそりと呟かれた言葉は全然ピンとこない。


 本音を言えば、今日来てくれたことも嬉しかったのだ。なんて、流石に言えなかった。


「……あの、どうして」

 一体何故セドリック様がこのタイミングで来てくれたのか。内情を知っているのか。

 訊きたいことはたくさんあるのに、質問が滑らかに口から出てこない。普段人と会話をしない弊害だ。


「デイジーに頼まれたんだ」

 セドリック様はそれでも私の疑問を汲み取ってくれたようで、あっさりと答えをくれる。

「デイジーが?」

「そう。君が結婚させられてしまうと、彼女が泣きそうになりながら学園の尞に駆け込んで来るものだから、何事かと思った」


 そういえば、朝はいたはずのデイジーの姿が見えない。だが、それで疑問が氷解した。

 彼女のためだったから、セドリック様がわざわざ来てくれたのだろう。そして、マクレガー氏に頭を下げるようなこともしてくれた。

 すべては、デイジーのために。


「それで、そのデイジーは?」

「来た時と同じ馬車に乗って帰るように言ったから、もうじき着くだろう。私は単身で馬を駆って来たので早く着いたんだ」


 私はこっそり勘違いをしそうになった自分を恥じた。

 もしかして、セドリック様が、私のために来てくれたのではないか、なんて。馬鹿みたいな妄想だ。

 つくづく表情に出ない体質で良かったと思う。


「ありがとうございます。あの子、私が結婚するのを、少し嫌がっていて。……多分、私がいなくなると、生活に支障がでるからだと思うのですが」

 例えば、お茶を淹れてくれる人が居なくなる、とか。

「まあ、結婚の予定はありませんけど」

 

「デイジーは、随分と、君に執着しているんだな」

 セドリック様がくすりと笑った。それはどうだろう。

「そうですね。私たちを知っている者には、姉妹ではなく、母親と子供のようだ、なんて言われたことがあります」

「ふふ」

 笑みが深くなる。優しい表情だ。

 きっとデイジーを想っているんだろう。


 セドリック様が目許を和ませたまま、私を見た。

「ローズ。提案があるんだが。……私と婚約しないか」


 ん?

 さらっと告げられたセドリック様の言葉だが、何かとんでもない聞き間違いをした気がする。


 よりによって、酷い空耳だ。さっきの勘違いといい、今日の私はどうやら調子が狂っているらしい。

 私は首を傾げた。

「すみません、上手く聞こえなかったみたいです。もう一度言って頂けませんか」


「婚約してほしい。もし君が良ければだが」

 どうしよう。幻聴が治らない。

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