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爆裂料理人VR(2025)

【サービス終了のお知らせ】


平素より『爆裂料理人VR』をご利用いただき、誠にありがとうございます。今回は、非侵襲的仮想現実媒体規制委員会からの勧告を受け、残念ながら本日(2025/11/11)をもって『爆裂料理人VR』のサービスを終了することとなりました。

この度は、長らくのご愛顧を賜り、誠にありがとうございました。お客様のおかげで『爆裂料理人VR』は、多くの方にプレイしていただくことができました。心より感謝申し上げます。

本来はすぐにサーバーをシャットダウンする予定ですが、技術的都合から10分ほどの猶予があります。この10分の間に、お客様はプレイを続けることができますが、その後はサービスが終了し、アクセスすることはできなくなりますので、予めご了承ください。

今後も、お客様に楽しんでいただけるサービスの提供に全力で取り組んでまいります。引き続き、弊社サービスのご利用をお願い申し上げます。


『爆裂料理人VR』運営チーム


===


「ニンジンとログアウトボタンの油炒めでございます」


 木製の机を伝ってカタンという音が響き、今、ちょうどその上に置かれた白い皿を強調した。

 空中に表示された半透明のウィンドウを脇に追いやると、ユーザー#92は6枚のポリゴンで構成された箸を二本取り出した。そして合計600枚ほどのポリゴンで構成された目の前の料理(・・)に突っ込んで、掴み取った23枚のポリゴンをそのまま口に運んだ。

 23枚が構成する三つの切れ端は、どれも赤い。表面において大多数を占める赤の隙間に、焦げ目を表す黒や、付着した油を表す黄色のテクスチャが散らばっている格好だ。

 厳密には赤と言っても二種類の赤があるのだが、大した問題ではないとされている。


「どれ」


 咀嚼が始まる。

 『爆裂料理人VR』はグラフィック面で見ると他のフルダイブVRと同程度の劣悪さだが、プレイヤーの取れる行動の種類については少し独特なものを持っている。アクションゲームのような戦闘関連の動きこそ無い代わりに、食事にまつわる行動がそうとう充実しているのだ。特に『ストローで飲み物を吸い上げる』などは、ユーザー#92の知る限り、このゲームでしか実装されていない。

 そういう多様なアクションがいくつか絡まり合って、ユーザー#92の口内で体験となって弾ける。食感などははっきり言ってものすごくチープであり、現実のものとはとても似ているとは言えないのだが――それでも自分が食べているのは確かに油炒めだと、ユーザー#92はそう確信していた。


「……おいしいよ」

「光栄にございます」


 そう答えて敬礼したアバターは、名前をユーザー#2184という。

 『爆裂料理人VR』というタイトルだが、このゲームは料理人(コック)だけでは成り立たない――(クライアント)も必要だ。今回の場合、ユーザー#2184が料理人、ユーザー#92が客である。開発陣は企画段階では料理人の頭にコック帽を被せようと考えていたが、技術的問題から断念した。つまり料理人と客のアバターは外見的にまったくの同一で、見分けるときは立ち振る舞いから判断するしかない。

 ユーザー#92はまた箸を伸ばして、今度は先ほどよりずっと多くの切れ端を取り、そのまま大きく開けた口に運んだ。彼女ないし彼(全プレイヤーのアバターが同じなので、当然ながら性別も設定されていない)の仮想の顎が、仮想の食材を咀嚼し、また嚥下する。


「……うん。おいしい」

「光栄にございます」


 定型句を返すユーザー#2184の横で、ユーザー#92は先ほど追いやったウィンドウに目を向ける。その最上部(トップ)には、【サービス終了のお知らせ】という文字がでかでかと表示されている。


「最後の晩餐にはぴったりだ」


 ユーザー#92は言って、また箸を運んだ。


===


 『爆裂料理人VR』はチャレンジングなゲームだった。

 2025年現在、完成から2年間を経たフルダイブVR技術は日進月歩で発展しており、しかしかつて夢見られたようなリアルな世界(・・・・・・)からはまだまだ遠い。


 「これじゃ仮想(バーチャル・)現実(リアリティ)じゃなくて仮想(バーチャル)非現実(アンリアリティ)だよ、トホホ~」


 というつまらないジョークは、今やSNSにおける定型句と化している。人々はちょうど挨拶をするタイミングで、代わりにつまらないジョークで場を盛り上げる。元ネタが何なのか誰も知らないし、知りたいとも思っていない。つまらないジョークの元ネタが面白いわけがないからだ。

 技術に話を戻そう――操作性などの問題もあるが、一番の障壁はグラフィックだ。フルダイブVRというプラットフォームには20世紀の家庭用ゲーム・コンソールに似た煩雑な制約が大量に存在しており、ただリンゴを一つ描画するだけでも困難を極める。 基本的には視界光学解決アルゴリズムの最適化に伴い解決する問題とはいえ、現状におけるVRゲームの開発は、一種の曲芸に似た何かを持っている。

 人を曲芸に――それも、あまり儲かるとは言えない曲芸に――駆り立てるものは一つしかない。熱意だ。夢と言い換えてもいいだろう。つまり現在の「曲芸(ゲーム開発)」は、同時に「熱意による曲芸(ゲーム開発)」でもある。

 では――『爆裂料理人VR』の熱意とは何か?

 それは平たく言えば、リアリティの追求(・・・・・・・・)ということになるのだろう。


===


 ユーザー#92は辺りを見渡した。しかしその言い方には語弊があって、実際はユーザー#92が見渡すような辺り(・・)なんて無かった。

 真っ暗だったのだ。

 もう数分で世界(ゲーム)が閉じるとなれば、大抵のプレイヤーは何か思い出を作ろうとするだろう――そしてその方法として最もメジャーなのは、きっとゲームの景色(・・)を確認することだ。例えば生い茂る草原とか、澄み渡る青空とか、立ち並ぶ家々とか――そういうものを仮想の網膜に焼きつけて、現実で思い出せるよう脳に刻み込んでおくことだ。

 しかし、このゲームでは違う。

 景色という概念が存在しないからだ。

 ユーザー#92は十数秒ほど視線を泳がせたあと、また食卓に――唯一の存在(・・)に戻した。そこ以外に見る場所はなかったので、当たり前の話ではあった。ユーザー#92は箸を動かし、また一口、油炒めを口に入れた。


===


 なぜこんな具合になっているのかというと、要は『爆裂料理人VR』が求めるリアリティに"景色"がいっさい含まれなかったからだ。

 開発陣の理屈では、これは特におかしなことではない。他のVRゲームが「リアルな食事」を捨てて「リアルな景色」を取ったように、彼らも「リアルな景色」の代わりに「リアルな食事」を選んだだけであって、現に景色の作りこみに割けるリソースを回して、代わりに味覚エンジンを強化することに成功したと主張している。

 実際のところ――そういう考え方もあるだろう。もしも彼らが暗闇以外の何かを存在させようとしていたなら、ニューラルプロセスにおける使用メモリは一気に嵩み、たくさんの食材やアクションを切り捨てざるを得なかったはずだ。

 『爆裂料理人VR』は、制限環境下でなるべくリアルな食事を実現するため、食事以外の全て(・・・・・・・)を切り捨てることで成り立っていたゲームだった。


===


 そして、唯一の例外がログアウトボタンだった。

 非侵襲的仮想現実媒体規制委員会による〈ログアウトボタン設置審査〉を突破しなければ、フルダイブVRゲームのリリースは許可されない。ログアウトボタンの仕様については規則で厳しく取り決められていて、寸法・形状・挙動の全てが定格である必要がある。巷でよく聞ける「警告を受けていた青いボタンを赤に塗り替えたら通った」というようなエピソードが、その厳格性をよく表している。

 ログアウトボタンの設置が必要であるという事実は、開発者たちにとって憂鬱の種だった。ログアウトボタンを一つ置けば、そのリソースで実装できたはずの食材が一つ減る。トマトが減り、ブロッコリーが減り、パンが減り、チーズが減る。しかし実装しなければ、そもそもゲームを世に出すことさえ叶わないのだ。

 そこで彼らは考えた。

 ログアウトボタンによって食材が減るなら、ログアウトボタンを(・・・・・・・・・)食材にすれば(・・・・・・)いい、と。


===


 油炒めを平らげたユーザー#92はいよいよすることがなくなって、ただ暗闇と、その手前に直立するユーザー#2184の姿を視界に収めながら、ぼうっとこのゲームの思い出を振り返るだけになっていた。そこでふと、左下に浮かぶ【サービス終了のお知らせ】のウィンドウを見た。


 ――そういえばこれ、見たことないな。


 ユーザー#92は気付いた。彼ないし彼女はこのゲームに存在するコンポーネントの全てを知り尽くし、また食材に分類されるものはすべてを食べ尽くしたつもりだった。しかし――この【サービス終了のお知らせ】を示す半透明のウィンドウについては、一度も見たことがなかった。


 ――食べられるのかな。


 それが第二の思考だった。

 このゲームの運営はログアウトボタンに食材としての属性を付与し、その仕様を規制委員会に糾弾されたことがサービスの終了に繋がった。

 【お知らせ】を表示しているメッセージウィンドウは今までに見たことがなく、つまりメモリの隙間を塗って無理やり新規実装されたものだということだ。

 普通に考えて、サービス終了の原因になった「UIを食材にする」という行為を、そのサービス終了を伝えるウィンドウに対して行うはずがない――そう頭では分かっていたけれど、それでもユーザー#92の箸は止まらなかった。合わせて12枚のポリゴンでできた二つの棒の先端は、少し震えながら伸ばされて、暗闇を透かす板を掴んだ。


「……いただきます」


 ユーザー#92は、空間に展開した終わりを齧った。

 予想していた――いや、本当は予想などしていなかった無味無臭は現れず、代わりに、甘酸っぱい味がした。

 それは眼球にとっての景色のようなものだった。

 数十秒後に現実に引き戻されたあともユーザー#92の舌の上で踊り続ける景色が、今、その脳裏に決定的に刻み込まれたのだった。

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