ライブ・トゥ・ライブ・オンライン(2037)
ストックないです アイデアが出たら更新します
【サービス終了のお知らせ】
『ライブ・トゥ・ライブ・オンライン』のプレイヤーの皆様へ、
誠に勝手ながら、弊社は『ライブ・トゥ・ライブ・オンライン』のサービスを終了することを決定いたしました。長い間ご愛顧いただき、誠にありがとうございました。
以下に、サービス終了のスケジュールと詳細をご案内いたします。
【サービス終了スケジュール】
・サービス終了日時:2038/06/11 23:59
・有料アイテムの販売停止日時:2038/06/08 09:00
【サービス終了に関する詳細】
・サービス終了により、ゲームへのアクセスができなくなります。
・有料アイテムの購入は2038/06/08 09:00まで可能です。その後は、アイテムの使用ができなくなりますので、ご注意ください。
・現在保有している有料アイテムにつきましては、サービス終了まで引き続きご利用いただけます。
・サービス終了に伴い、プレイヤー情報やアカウント情報などは削除され、復旧はできません。また、未使用の有料アイテムやアカウント残高の払い戻しは行われませんので、ご了承ください。
長きにわたり『ライブ・トゥ・ライブ・オンライン』を応援いただき、ありがとうございました。
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楽屋の照明は暗かった。
「……クソッ!」
べべラルというプレイヤーネームを持つその男は、暗闇で仄かに光るドキュメントウィンドウを思いっきり殴った。しかし半透明のウィンドウは華麗な動きでスライドしてそれを躱し、拳は空を切って紅の攻撃エフェクトだけを残した。
飛び散ったポリゴンたちの光は闇を晴らすにはあまりに儚くて、楽屋に漂う暗黒は暗黒のままだった。それはちょうど、べべラルの精神的な状態と一致していた。
べべラルは大きな舌打ちを一つすると、配線に埋め尽くされた楽屋の床に座り込んだ。慣れた手つきで右人差し指を動かし、空中に描いた図形をもってシステムメニューを呼び出す。
べべラルは、空間上に展開したUIの隅っこを睨んだ。そこにはフラットなデザインの時計ウィジェットが存在して、いつでも時刻を確認できるようになっている。現在――2038年6月11日、20時47分。
この『L2LO』が終焉を迎えるまで、残り3時間13分だ。
1週間前。メッセージボックスに突如届いた『お知らせ』を見て、べべラルは何かの冗談だろうと思った。そもそも、このゲームの運営がメッセージを送ってくることなんてほとんど無い――具体的に言えば、サービスが始まってからの1年半あまりの中で一度だけだ。だから、誰かが運営に成りすまして無差別送信をしているのだろうと思った。
しかし――メッセージ送信者欄を埋める『L2LO運営チーム』という文字列の横には、公式を示す青色のバッジが光っていた。
ユーザーからのメッセージはフレンドにしか送れない仕様のはずだが、フレンドをそもそも持っていないプレイヤーも受信を報告した。
それどころか――このゲームをプレイする全てのプレイヤーが、同じメッセージを受け取っていたのだ。
メッセージが本物だと分かったあと、べべラルは何度もウィンドウを展開して、何度も同じ文面を確認しなおした。本当は見間違いだったんじゃないかとか、夢だったんじゃないかとか。そういう叶うはずのない希望に縋って、そのたびに現実に打ちのめされた。
空を切る拳は、自分が受けた痛みの反動なのだ。
「……クソ、クソ」
「やあ、荒れてるね」
肩を叩かれたことを理解して振り向けば――ちょうど楽屋に入ってきたリネアの長身が、開かれたドアから差し込む照明の光を遮って、べべラルを見下ろしていた。
リネアは血のように赤い長髪を倒れ込む影に隠しながら、べべラルの横にぺたんと座る。ハイクオリティなキャラメイクを体現するような美しい顔が、覗き込むようにべべラルを向く。
「そんなにこのゲームが終わるのが悲しいかい?」
「……当たり前だろ。二度とこの世界でみんなと遊べなくなるんだぞ」
「確かにこの世界とはお別れすることになるけれど……みんなとの関係が無くなることはないんじゃないかい?」
リネアが、透明感のある声をどんよりとした暗闇に投じる。
「……というかリアルで連絡を取ろうよ! 電話番号を教えてくれないかい? メールアドレスでもいいけど。SNSのアカウントでも大丈夫だよ。というか、こちらから教えるのがいいのかな? 私のアドレスはだね……」
彼女は食い気味に続けた。べべラルはその勢いに少し気圧されたが、ひとまず続ける。
「……リアルで連絡するのは構わない。別ゲーを一緒にやってもいいだろう」
「そうだろう!」
「でも、この世界じゃなきゃ絶対に駄目な事があるんだ」
「……」
リネアは沈黙の中で、そっと真横に座る男の方を向いた。
『L2LO』の高機能なシェーダーは、暗さを理由にその表情を隠してしまっていて――でも、彼の顔に出た確かな怒りが、塗りつぶすような黒の中に浮かび上がるみたいに感じもしたのだった。
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『ライブ・トゥ・ライブ・オンライン』はダンジョンを攻略するゲームだ。
プレイヤーたちは団結して装備を揃え、六十層あるダンジョンに潜る。VRアクションゲーム特有の臨場感の塊のようなアクションを繰り広げ、ボスを倒せば階層クリア。次の層に進むことができるようになる。基本的に協力型のゲームである一方、階層の攻略に伴って支払われる報酬などの存在から、ある種競争型としての側面も持つ。
グラフィックは圧巻の一言で、操作性やUIなど、ユーザーエクスペリエンス的な側面でも同世代のVRMMOの中では飛びぬけている。特筆すべきは、プレイヤーのアバターに実装された操作の多さだろう――先ほどべべラルがした『舌打ち』からして、実装されているゲームは片手で数えるほどなのだ。
アクションには爽快感がある。空間配置は完成度が高く、バグもほとんどない。Mobのデザインもいい。『剣と魔法』系のVRアクションゲームにおける傑作と言えるだろう。
――少なくとも、運営が意図したところではそうだったはずだ。
「チェック、ワン、ツー……」
音響係を担うプレイヤーの声が、マイクとスピーカーを介して会場じゅうに響く。問題ないと判断したらしく、プレイヤーはべべラルたちに向けて頷いてみせた。
「……よし」
小さく呟いたべべラルは、目の前のドラムセットを見た。視界の隅では、エレキギターを携えたリネアがスタンドマイクの前に立つ。ベースのコンドウ、キーボードのエスエスもそれぞれの配置についた。
「どうも皆さん!――」
MCを始めたリネアを傍目に、べべラルは時刻を確認する。
彼が先ほどから開きっぱなしにしているシステムウィンドウは、現在時刻が23時49分――世界の終わりの10分前であることを示している。べべラルたちのバンドは、今回のライブにおけるトリだ。アクシデントが起きた場合演奏できない可能性もあったが、スタッフたちのスムーズな進行もあり、なんとか数曲やるだけの時間ができた。
『23:』の右の『49』が、『50』になる。
「それでは聞いてください、一曲目――『潜熱』」
どん、と。
メトロノームの音を頼りに、べべラルは一発目のキックを入れる。それと同時に各々の楽器が鳴り始め、洪水となった音色が聴衆たちの方へ流れていく。
リネアのギターが情熱的なフレーズを始め、そこにコンドウがスラップ奏法で合いの手を入れる。エスエスはリズムよくコードを奏でていくし、そのリズムを作っているのはべべラルの4つ打ちだ。――四つの演奏のどれもが、極めて巧みなものだ。
当たり前だ。
だって四人は全員吟遊詩人で、しかも技巧と器用にステータスポイントを全振りしている。彼らに加わるモーションアシストは、その演奏技術をプロ並みのものに引き上げるには十分なものだ。
――ああ、やっぱり。
べべラルは、スポットライトの下でドラムスティックを躍らせながら思った。
――この世界じゃなきゃ出せない音がある。
現実世界における彼らは、別に演奏のスペシャリストでもなんでもない。この正確ながら情緒的でもある演奏は、モーションアシストあってのものだ。そして――このゲームと同じモーションアシストを実装するVRゲームは、今後二度と現れないだろう。べべラルはそう確信している。モーションアシストが再現できない以上、モーションも再現できない。つまり、この演奏は今夜で最後だということだ。
それではそもそも……なぜ、『このゲームと同じモーションアシストを実装するVRゲームは、今後二度と現れない』なんて自信たっぷりに言い切れるのか? 答えは簡単だ。
このゲームがデスゲームだからだ。
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『ライブ・トゥ・ライブ・オンライン』はデスゲームだ。
このゲームの運営が1年半の間に送った二つのメッセージは、それぞれ最初と最後に送られている。最後に送られたのは言わずもがな、『サービス終了のお知らせ』で――最初に送られたのは、このデスゲームのルールを説明する文書だった。
曰く――ゲーム内で死亡したプレイヤーは、現実でも死亡する。
曰く――モーションアシスト技術の応用で、ログアウトを不能にしている。現実に戻る方法は一つ、ゲームをクリアすること。
曰く――プレイヤーの脳には現実比25倍の思考加速がかかっている。無能な警察ならこの事件の対処に2か月は掛けるだろう。つまり攻略を放棄した場合、4年もの時間を絶望の淵で過ごすことになる。そもそも、本当に警察が対処してくれるのかすらわからない。
この声明を見たプレイヤーたちは、第一階層に引き籠ることを決定した。
4年くらいなら余裕じゃんと思ったからだ。
実際、余裕だった。第一階層はVRゲームというジャンル全体の集大成と言っても過言ではなかった。高度なAIを搭載したNPCと会話しているだけでも一日を潰せたし、暇つぶしも充実していた。自分で作ることもできた。プレイヤーたちは現実さながらの筆記具を手に取って紙に小説を書き殴ったり、絵を描き殴ったり、アスキーアートを書き殴ったりした。
もっとも盛んなのが音楽だった。
吟遊詩人に就職すると楽器演奏時にアシストを受けられる事実が判明した。吟遊詩人のNPCがコード理論を理解していることも。大量の曲が作られ、課金アイテムの楽器で演奏された。またそれに伴い、課金アイテムを購入する際の決済画面に「現在総力を挙げて対処しております」というような警察名義のメッセージが挿しこまれているのが確認された。こうして現実世界で餓死する可能性も消え去った。
第一階層の文化はどんどん成熟していった。誰もが創作を謳歌し、あるいは消費を謳歌し、もしくはその両方だった。
最盛期の『L2LO』にはもはや、危険以外の全てがあった。
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しかし、その時代ももう終わる。
「もう一曲!」
あと2分。
ノーモーションで次のフレーズを弾き始めるリネアの後ろ姿ごと、べべラルの視界が涙でぼやけた。舞台照明の光が十字に裂けて、眼球に刻まれた黄金の亀裂のような様相を呈する。モーションアシストによって正確に行われ続ける演奏と共に、涙が雫となってべべラルの膝に落ちる。
このゲームがリアリティに優れていてよかった、とべべラルは思った。泣く機能が搭載されているゲームも、あまり多いとは言えないのだ。悲しいときに泣けるというのは、何にも代えられない最高の権利なのだ。彼はそう気付いた。
運営もこんな風に泣いたのだろうか。
それが今の彼の考え事だった。
運営は紛れもなく、プレイヤーたちにこのゲームを遊んでほしかったのだろう。壮大なダンジョンを進み、リスクを取ってでも帰還しようと必死にもがく姿を見たかったのだろう。しかし実際のところ、用意された六十層のうち五十九層は秘密のベールを被ったままだ。戦闘のためのアシストは演奏に利用された。
戦闘と演奏で韻が踏めるな、とべべラルはふと考え、そうする間にも1秒が過ぎた。
こういう風についつい韻を探す癖は、バンドで作詞をしているうちに着いた。おそらくゲームからログアウトした後も抜けることはないだろう。このゲームの残滓となって、心に残り続けるだろう。
あと30秒。
べべラルは未だに、あの『お知らせ』が本当は嘘だったんじゃないかと考えている。30秒経っても演奏は続いて、観客たちは拍手を続けて、次のナンバーが始まるんじゃないかと。それは明晰夢にしがみつくようなものだった。
そう――デスゲームは檻であると同時に夢だった。
「ありがとう!」
あと5秒のところでリネアが叫んだ。べべラルも叫んだ。みんな叫んだ。この場にいるすべてのプレイヤーが「ありがとう!」と叫んだ。ライブハウスの外でもきっと叫んでいただろう、とべべラルは確信している。その瞬間、プレイヤーたちの心は完全に一つになった。ダンジョンに挑むにはうってつけの状況で、でも、誰もそうしなかった。
1秒。べべラルが瞼を閉じる。瞼の裏には、現実でもVRでも変わらない、暗闇だけがあった。
そして――ゲーム内時間にして2038年の6月、ゲーム外時間にして2037年の2月。『ライブ・トゥ・ライブ・オンライン』のサービスが終了した。
サービス終了のお知らせ部分はChatGPTに書かせた雛形を一部改変しています




