溢れ者
「……は? 」
場が静まり返る中、僕はもう一度、大声で言う。
「だから、たこ焼きは割って食わないだろうがって言ってるんですよ」
決して、ふざけている訳じゃない。
僕の眼は、今もまだ彼を真剣に見たままだ。
「……えっと、何が言いたいんだ? 」
「だから、たこ焼きを割って食べることを選択肢に入れる時点で、話にならないってことですよ。責任とか選択ミスとか色々言ってくれたけど、たこ焼きを割って食べるような邪道を選択肢に入れる時点で、そもそもの根本から狂ってるんですよ」
加速する口調をそのままに、僕は言葉を続ける。
「要は、神様が言いたいのは多少の理不尽でも割り切って飲み込めって事でしょう? 割って冷ましたたこ焼きのごとく、どんな理不尽でも、自分の手に負える形にして黙って飲み込むのが大人だってことなんでしょ。そんなの根っこから間違ってるよ! 」
意味が通じているのかも分からぬまま投げかける言葉を、彼は真っ向から迎え撃つ。
「ええ……っと、悠里くん。君が言いたいのは何だ。たこ焼きの話か、それとも責任の話か」
「……両方! 」
「そうか。ならば言わせてもらおう。君は、子供だ。周囲の正しさに合わせられない未成熟な子供だ。君は、自分の足りない部分を他人のせいとし、理不尽だと言いたいわけだ。それを子供と言わずしてなんという。やっぱり、君の想像力不足だよ」
「だから、それが根本からおかしいって言ってるんです。想像力不足って便利な言葉で言いくるめて、自分の責任から逃れようとしてるだけですよね! 言えばいいじゃないですか、説明不足だったって。エーテル器官の事を話し忘れたって」
「忘れたわけじゃないさ。僕がすべきことはあの場で全てしたつもりだ」
「じゃあ何です。三年で死ぬのを分かった上で、この世界に放り投げたと? 」
「放り投げたなんて言い方が悪いな。僕は手筈は整えたはずだよ。その上でどうしたかは、全て自分の責任だと言っているんだ」
「……っ!!! そのせいで争いが起きて、人が死んでるんですよ! それでも、自己責任だって!? 」
息を切らして、彼を睨む。
熱が入って呼吸をするのを度々忘れる。
「ユーリ、引け! たかがタコヤキひとつで何故そこまで熱くなる!? 」
「違うんです、エリッサさん。人が死んでるんです」
「タコヤキでか!? 」
仲裁に入ろうとするエリッサさんは、何が何だかという様子。
それもそうだろうが、今はエリッサさんに説明している時間は無い。
「とりあえず謝れ、ユーリ……。王も寛大だ、今ならまだ許してくれるはずだ」
「なんで謝る必要があるんです。相手が王様だからですか? 間違いがどっちかより、権力で善し悪しが決まるんですか」
「そうでは無いが、だな……」
自分でも、場の空気をめちゃくちゃにしているのは分かってる。
でも、これだけは言わないと。
「神様。ここで人が亡くなっても、貴方のせいではなく、全部、自業自得だと言うんですね」
あの時交わした言葉に嘘は無い。
例え、僕が彼を信用しすぎているのだとしても、それは直感で分かる。
あれは、溢れ者同士を繋ぐ救いの言葉だったんだ。
僕の中で幾度と反芻され、心に刻まれた言葉。
この世に生まれて、夢を見て、前を向いて走ったなら、最後にこの手に掴むのは希望じゃなけりゃ、報われない。
報われたい。僕は、報われたかったんだ。
それを自覚したのは、紛れもなく神様のおかげ。
何者でもなかった僕に道標をくれた人、それが神様。
そんな神様が、一息ついてから言った言葉は。
「そうだ。全て、その者の責任だ」
その時、何かがプツンと切れたような気がした。
「神様!!! なんで、なんでそんなことが言えるんだ! 人の心を誰より分かる貴方なら、そんな事言えるはずが、はずがないでしょう!!! 」
僕は、取り乱した。
神様の胸ぐらを両手で掴んだ。
揺すった、何度も何度も揺すった。
けれど彼は少しも動かず、黙ったままだった。
「おい、この者を連れ出せ!!! 」
「反逆罪で捉えるぞ!!! 」
気づけばエリッサさんの手で、彼から剥がされていた。
「ユーリ! 何をしたかわかっているのか! 」
「分かってますよ、分かった上で……! 」
なぜ涙が出ているのか、自分でも分からなかった。
「とにかく出るぞ! 」
引きずられるようにして、僕は会場を後にした。
涙越しの視界の隅には、彼の姿が、しっかりと焼き付いていた。
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ベッドの上、数時間ぶりの天井は高く高く、遠くにあって手が届かない。
「おい、ユーリ。大丈夫か、いきなり取り乱したりなんかして」
「大丈夫じゃないですよ。大丈夫じゃなくなったから、人間、取り乱したりするんですよ」
パーティー終わりのルフローヴさんは、誰も連れず一人で帰ってきた。
この様子だと、ナンパは失敗……というより、僕のせいでそれどころではなかったんだろうな。
主役抜きのパーティー。
一体どんな風に行われたんだろうか。
少し気にはなったが、今は話しかける気力もない。
あの後、パーティー会場を後にした僕は、エリッサさんに連れられ、あの宿屋まで戻ってきた。
道中、彼女からこっぴどく叱られた。
マナーがなってないとか、手を出すのはやりすぎだとか、そういったお叱りを受けた。
「まあ、君も何か訳があっての事だろうがな。処遇に関しては、私に任せて欲しい。大事にならぬよう努めるつもりだ」
そういうと、彼女は僕を置いて会場へと戻って行った。
恐らく戻るまでは2、3日はかかるだろうとの事で、先にスクルドへ戻っててほしいと。
エリッサさんには余計な手間をかけさせてしまったと反省はするが、あの時自分のした事は間違いではないと今でも思う。
王様、もとい神様。
あの人は、僕にとって恩人だった。
けど、今、手放しに尊敬できるかと言われれば、そうではなくなった。
あの人は、一体何を考えて僕らをこの世界に転移させたのだろう。
約三年の寿命の件、彼は知ってて僕らをこの世界に投げ出した。
何人も人が死んでるのに、何故こんなことを。
何を意図してこんな事をしているのか、分からない。
「……自業自得だって、言ってたよな」
自業自得。
確かに僕が帰れないのは、僕の自業自得。
価値250億のあのチケットを手放したのは、紛れもない自分だ。
けど、だからって、僕の知ってる神様は、そんな風に見捨てるような人じゃなかった。
誰より情に厚く心の奥底に熱意を秘めた、僕と同じ、溢れ者。
溢れ者……? 神なのに。
いくら考えても、答えは出ないまま。
見上げた夜空は、光が少なく綺麗とは呼べなかった。
月もなんだか、元気がないように見える。
多分、気のせいなんだろうが。
夜は自然と更けていく。
僕を置いて、ひとりでに。




