朽ちる音
「神様、ですよね」
その言葉は、ぽろっとこぼれた。
ここが何処だとか、周りがなんだとか全部無視をして、ただ再開した僕と彼しか分からない暗号を唱えるかのように、その言葉はこぼれた。
「なんでこんな所にいるんですか。一体どういうサプライズなんですか……? 」
僕はただ問いかける、困惑交じりに疑問を唱え続ける。
「もう、大変だったんですよ、神様がなんも言ってくれないから。こんな不親切な転移あるかって、いや、色々してもらってはいるんですけども、なんで重要なことだけほっぽり出して転移させちゃうんですか」
なぜだか、腹の底から気味の悪い笑い声が出てくる。
ありえない状況におかしさが足されて、さして面白くもないのに笑いが漏れる。
「チケットの価値のことも、約3年になった寿命のことも、重要なところは何も説明してくれなかったじゃないですか。はーっ、良かった。理由は分からないけど、こうして会えたなら全部解決って事ですよね」
喋り終えたら、次に来たのは安堵の感情。
これまで心の隅に抱えてた重苦しい物が全て追っ払われて行くのだから、安堵以外の何物でもない。
「にしてもなんでこんなところに。あっ、分かった。暇なんでしょ。だからたまに下界に降りてきて、こうして民と触れ合ってるんだ。もう、そうならそうと言っといて下さいよ」
周りの目を気にせず喋りすぎたと少し冷静になるも、心の鼓動は留まることを知らない。
だって、神様。
僕をここに連れて来てくれた、張本人。
二度と会えぬと思った恩人との再会は、言葉にし尽くせないだけの喜びがある。
『君が絶望する必要は無い。君が不幸なままでいる必要は無い。この世に生まれて、夢を見て、前向いて走った思いがあるなら、最後にその手に掴むのは、希望じゃなけれりゃ報われないだろ』
その言葉に支えられ、僕はこの世界に飛び出すことが出来た。
最初の一歩、何より重たかったその一歩を踏み出す勇気をくれたのが、彼。
感謝してもしきれない、僕の恩人だ。
気づけば、僕以外の皆が唖然としていた。
「ユーリ、何をしてる!? 親しみやすくして下さってるとはいえ、相手は王だぞ! 」
エリッサさんが耳元でそう囁く。
ああ、なるほど。下界ではそういう設定なんだな。
「ごめんエリッサさん、馴れ馴れしくしすぎたよ」
「頼むぞ…………」
よし、気を取り直して。
「神……じゃなかった、王様。自分は、どうしても日本に帰らないとならないんです。せっかくくれたチケットを使ってしまった分際で、こんな事言うのはルール違反なのはわかってるんですけど、でも、帰らなくちゃいけなくて。無理なお願いなのは百も承知です、でも帰して欲しいんです。お願いします」
頭を下げて、した頼み事。
恐らくあの神様なら聞いてれるだろうと確信していた。
人の気持ちを誰よりわかる、優しくヒーローのようなあの神様なら、その程度の願い聞いてくれるだろうと確信していた。
だが。
「あー、悠里くん。ごめんだけど、それはできない」
えっ……?
「出来ないというより、君の言ってる意味がわからないんだ」
意味が分からない……だって?
「何言ってるんですか。知らんぷりをするつもりですか」
「知らんぷりもクソもない。僕と君はここが初対面、そうだろ? 」
服装も、仕草も、あの時の神様と全くおなじ。
変装のへの字にもない、まんまな姿で出てきておいて今さら何を言うか。
「そりゃ周りに人がいるから隠したくなるのは分かりますけど、それどころじゃないんです。僕の友人に身体の寿命が2年くらいしかない人がいて、その人は僕が帰らないと日本に帰らないって言うんです。その子のためにも帰らないとならなくて、だから――」
「自業自得」
その一言で、彼は僕を静止させる。
「自業自得、なんだろう? 君の言うことは分からないが、人に物を頼まざるを得ない状況まで追い込まれたのは、紛れもなく君の自業自得。なら、出来なくったって仕方の無いことじゃないか」
「自業自得って……いや、そうだけども。でも、こんなことになるなんて想像できるはずがないじゃないですか。重要なとこが抜けてたんだから」
重要な、何より重要な点。
そう、この身体が朽ちるまでの時間の話。
約三年に定まったの寿命。
それは、エーテル器官を生成した代償。
この世界で魔法を使うためにはエーテル器官が必須だ。
そのため僕ら転移者は、こちらの世界へ来る直前、神様のいたあの部屋で自身のからだを作りかえた。
まだ代償の力に不慣れだったこともあり、神様の言うがままにスキルを行使しエーテル器官を生成したが、その時彼は、代償が自身の身体の寿命であることは一言も言わなかった。
「なんで、一言も言ってくれなかったんですか。それさえ言ってくれれば、エーテル器官なんてものを作らずに済んだのに」
エーテル器官があって得したことは多くある。
一度は1歩も歩けないほどボロボロに追い込まれたこの身体がこうして五体満足に歩けているのは、間違いなくエーテル器官のおかげだ。
けれど、そもそも寿命が縮まなければ、チケットの価値が250億もすることがなかったし、そうなれば、あんな戦いする必要はなかったんだ。
「寿命のせいで亡くなった人だっています。どうして、なにも言ってくれ無かったんですか。どうして、僕らをこんな目に合わせたんですか」
「こんな目に、ね。まるで被害者の口ぶりだ」
彼はため息をつく。
その様子はまるで、問題児の相手をする教師かのよう。
「いいかい、悠里くん。どうしてこんな目に、なんて君は言うけれど、そんなことを思っているのは君だけなんじゃないかい? 」
「はい? どういうことです」
「だから、考え方が子供だって事だよ」
彼は僕に近づいて、見下ろす姿勢で言葉を続ける。
「想像力不足を他人に押し付けるのは止めた方がいいと言っているんだ。君の周りに僕を憎んでる人はいるのかい?恐らくだけどそう多くはいないだろうね。なぜなら、皆自身の選択に責任をもっているんだよ。自分のした行いに責任をもっていれば、そう易々と誰かのせいでなんて言葉、言えるはずがないんだよ。どんな小さなことにだって責任を持つ、それが大人さ」
彼は、手に取る。
「たこ焼きを食べて口を火傷したとしても、誰も店主の事は憎まないだろう。それと同じさ。一口でいけると確信してしまった自分の観察力不足。こうやって、中を割ってからふーふーと冷まさなかった、自分の判断ミス。だから、店主を憎まず、過去の自分を憎むんだ。違うかい」
「うん、なかなか美味いね。センスあるよ」と、彼はたこ焼きを焼いたカイナさんに、お褒めの言葉を投げかける。
「さて、悠里くん。君の話は以上かな? 」
彼を前に、言いたい事は山ほどあった。
でも、どれを言っていいのか分からなかった。
彼の言葉に確かに、と納得してしまう部分もあった。
けど、だからといって、全てを想像力不足、責任不足で片付けてしまうのは無理がある。
どういえばいい。何を言えばいい。
考えた末に、出た言葉は。
「……たこ焼きは、
たこ焼きは中を割って食べないだろうが! 」




