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異世界転移に終止符を!!!  作者: パラソルらっかさん
三章 私が全部背負うから
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あなたの元気はどこから

あなたの元気はどこから

 恐らく午後に当たる作業が始まった。

 昼食が無いのが当然の事として作業は進み、休憩時間に得た水だけを頼りに、僕らはまた、穴を掘る。


 苦は無いと言っていた先輩もさすがに辛そうな表情を浮かべてスコップを握り、その先輩に揶揄されていたベテランの方々も所々に言葉通りに行かぬ綻びが現れていた。


「くそっ、だらしねぇな」

「ったく、根性無しが」


 前は他人に向けて使った言葉も今は自分に方角を変え、まるで自身を鼓舞するかのように用いてる。



 他人のことはこんなもので、いざ僕はと言うと……。



「………………………………………………」


 とうに、限界を超えてしまっていた。


 

 何がやりがいだ、何が虚しさだ。

 そんなこと感じる余裕、あるわけない。

 ほぼ無心。

 悟りの極地に至ったが如く、今はただ止まらずに身体が動き続けるだけ。

 そこに思考らしき思考は存在しない。

 

 いつか僕はこの仕事をマシーンのようだと比喩した。

 今なら言える、僕は機械だ。

 目の前に与えられた土という名の課題を、ひたすらにこなしていくだけのマシーンだ。

 

 痛み、苦しみ。その程度の感覚で止まるような代物ではもう無い。

 このフレームが動き続けるために最も最適な姿勢体勢にゆっくりと確実に調整して、裂の時が来るまで目の前の土に攻撃を続ける。

 

 頭の中に木霊する、終われ終われという声はきっとこの身体の前の魂だ。

 今は亡き彼は、確か自身を石上などと名乗り、この作業に何か負の感情を覚えていたらしい。

 今の私にそのような無駄は存在しない。

 テクニカルにフィジカルによるクリティカルを撃つ。

 イレギュラーさえ起こらなければ、無数回の掘削を行い続けられる。



 

 ところで、イレギュラーとは何か。

 それは、

 


 ガンッ



 掘れぬ岩にぶつかる事だ。


――――――――――――――――――――――――


 …………………………。

 はぁ、一体僕は何を言ってたんだろう。




 どちらが気が狂っているのかと聞かれれば、間違いなく午後の自分だ。

 何がマシーンだ。僕は人間だ。

 なんでたかがアルバイトにここまで精神壊されなきゃならないんだ。

 地中に埋まった岩によって手が止まるまで僕は変なものに取り憑かれてていた、というかそんな自分に酔っていた。

 

 やっぱり無心でいるって言うのは、僕の精神衛生上に大分良くないことらしい。

 今日一日でわかったとこは、結局暇と無心は毒だと言うこと。

 なにかに酔わねばやっていけないほどに追い込まれるなんて、うん……やっぱりこの仕事は辞めた方が良さそうだな。



「みなさーんお疲れ様でーす! 掘るのは中断してもらって、土石回収の方にまわってくださーい! 」


 リナさんの声で、皆手を止めてそこらに腰を下ろす。


「っあー! 終わったー! 」

「今日もいい汗かいたなー! 」

 

 なんか作業が終わったような雰囲気が漂っているけど、リナさんの指示的にもうひと仕事あるんだよなこれ。

 …………いいや、どさくさに紛れて僕も一休みだ。

 身体に一気にガタがきて、正直動けたもんじゃない。

 まあ、これくらいのサボりなら見逃してくれるよな。

 

「おい、サボんなよお前ら」

 

 くれないよな。



 


「リナ姉が指示出してくれてんだろうが。それともなんだよ、給金返上して国に貢いでくれるのか」

 

 いや、くれる訳ないだろ。

 はぁ、仕事って厳しいな…………。

 

 メアさんに圧力かけられて、皆交代で掘った土を地上へと運びだす。もちろん、僕だって。

 疲れて動けないって言ってもタダ働きはごめんだ。


 土を乗せた手押し車を押して、坂道を登る。

 身体に鞭打ってボロボロになるまで酷使を続ける。

 待遇は奴隷そのものだけれど、それを許すのはお金が貰えるから。

 お金まで発生しないってなったらいよいよ。

 一体、何時代の奴隷制度なんだ。

 

 って言うか、よく考えたら異世界なら奴隷ってのも許されちゃうのか。

 別に価値観なんて元の世界とはまるで違うし、異世界物の元になってる中世の時代じゃ当たり前だったらしいし。

 別にいたって不思議なものでも無いのか。

 でもここじゃあんまり奴隷みたいな話は聞かないな。

 国が求人出してる仕事とは言え、奴隷制がまかり通る世の中ならば、国だって金もかからない奴隷を使うはずだ。

 ならやっぱ、奴隷はいないのかな。

 エリッサさんから教えてもらった、ハイエーテル差別が近しい位置に存在するだけなのか。

 どこまで考えても推測の域は出ないけど、でもこういう暇を潰すにはちょうどいい疑問だった。



「んっ、しょっと」


 作業はまだしばらくと続く。

 夕日の影になって僕らを見守るのは、メアさん。

 彼女の声で僕らは動かされる。


 いばら姫と揶揄される彼女に、不満を持つ人は少なくは無い。

 理不尽に近い言動も、周囲に決してあわせようとはしない姿勢も、作業者たちにとって必要のないはずの苦痛であり、己を病ませる大きな原因の一つだ。

 姫と評されるだけのその態度に誰しもうんざり、少なくとも苛立ちくらいは覚えるはず。来て一日目の僕ですら、少しは思った。

 

 

 けれど彼らは彼女に反論なんてしない。

 

 

 きっと金のため、もっと噛み砕けば明日のためだ。

 もしこの仕事をやめさせられたなら、明日からの生活はどうなる。

 金を稼ぐ術を失えば、明日の自分はどうなるのだろう。

 そんなのは誰にも分からないが、でも確実に言えることは、今の自分ではなくなるということだ。


 

 自分を失い明日を失うくらいならば、肉体も精神も捧ぐ。

 きっとそれが、ここにいるベテランたちの姿勢だ。


 明日を得るため、理不尽や尊厳の否定に耐える。

 こんなの、言葉が変わっただけの奴隷と使役者だ。

 でも、そんなの皆薄々わかっていながらもその制度の中に収まってる。

 メアさんの言った『狂ってる』ってのがこういうことならば、どことなく頷けてしまう。


 実際のところ、僕が難なくこの仕事に申し込めたように、別の仕事に移動することも難しいことでは無いとは思う。

 けれどもし就けなければ…………そう思うと足が竦むのも分かる。

 もし守るべきものが他にあるならば、それはもっと強く深く重くなるんだろう。

 

 やりがいという悩み、先輩の言うそんな贅沢を思えるのも、今の僕に衣食住が確約されているからで、自立なんてしたことない自分には彼らの内に秘めたものなど結局のところ、分からずの感情なんだろうか。



「何難しそうな顔してんだ新入り。深刻な悩みでも抱えたか」


 そういう彼の顔は、特にこれといって思い詰めたような表情では無い。周りの人たちもそう。

 やっぱり、深く考えてないだけなのだろうか。

 今の僕には分からなかった。


――――――――――――――――――――――――



「そういえばなんで行き帰りは脱がされるんですか」

「なんでも持ち込み禁止を徹底した結果、らしいぜ」

「ならせめて、帰りくらいは着たっていいと思うんですけど。もう日も落ち初めて寒いですよ自分……」

「そういう訳にも行かない事情があるんだろうよ。俺らよりあの穴っぽこの方がよっぽど大事な事情ってもんが」


 全ての作業を終えて、僕らはまた馬車に乗せられる。

 馬車の中では、また手足を縛られ目隠しをされて、作業着すら脱がされた状態に。

 暗闇の中、また揺られて僕らは街へと戻る。


「大事って、ただの穴ですよね。一体国は、なんのために人を雇って穴なんて…………」

「さあな。しょせん俺らは下っ端さ。末端まで行くと自分が何してんのかすら分からないなんてざらだ。お前の言うやりがいってのも、そう思うと持てるわけないよなってハッハッハ! 」

「ちょっと、大声出しちゃ! 」


 もちろん、行き同然私語厳禁だ。

 

「そこっ! 静かにしろ!!!」

「「す、すいませんっ……!!!」」


 こうして僕のブルーカラーな一日は終わった。

 特にこれといって面白みもない一日、けれど、しばらくの間、僕は同じような日々を過ごすことになる。

 正直言えば今から憂鬱で、とても苦しい心境だ。

 とりあえず仕事は変えるにしても、大抵はこんな感じの内容であることには変わりない。日当だいたい一万だとして、果たして僕はその金額で業務に耐えようと思えるんだろうか。

 はあ、仕事って大変だな。


――――――――――――――――――――――――


「ただいまー」

「おかえり、遅かったね悠里くん」


 玄関を開けると、暁音さんが紅茶を沸かして待っててくれた。

 赤い紅茶は机の上に2つあって、片方からは湯気が出ていた。

 中身の材料こそ分からないけど香る匂いに鼻の奥の方がくすぐられて、思わず気分が安らぐというか…………。


 ふらふら…………バタンっ……!

 

「悠里くん!? 」


 しまった、身体が安らぎを求めすぎて倒れてしまった。

 

「ごめん……落ち着いたあまり身体から力が抜けて……」

「よっぽどお疲れだったんだね」


 暁音さんは少し動揺しながらも、僕の両手を引っ張り、ずりずり引きずって椅子の近くまで運んでくれた。

 身体を何とか起こして、椅子の上におしりを乗せると、上半身は机にへばりつくように倒れる。


「ごめん、こんな体勢で……」

「あいや私はいいんだけど、明日にしてもいいんじゃない? 今日は休んでさ」

「でもちょっと話したくて……。今日一日、なんだか色々あって、思ったこととか伝えたいこととか話したいこといっぱいあってさ」


 なら、と暁音さんは冷めた方のコップを持って紅茶を入れ直してくれようとした。

 けど、僕はこのままでいいとその好意を止めた。

 捨てるのがもったいないとかって訳じゃなくて、新しく入れてもらっても対して飲めないってのが理由だ。

 この暮らしが始まって数週間、未だに紅茶の味にはなれない。美味い不味いの前に、苦いんだよ。


「で? なにがあったの?」

「何がって言うと……」

「ん? 」

「なんて言うかさ、暁音さんに僕は生活部分を任せっきりだなって。料理とかお家とか、暁音さんに養ってもらってるわけで」

「なんだ、そんなことかぁ」


 暁音さんは、それ以上は言わなくていいよと言わんばかりに、僕の唇を指でそっと押さえる。


「気負う必要は絶対無いんだからね。今の暮らしがあるのは君のおかげなんだから。君が助けてくれたから、今があって、私がいる。私がここにとどまる理由も言ったでしょ、君がいるからだって」


 確かに暁音さんは、あの戦いの翌日に宣言していた。

 

『私はここに残るよ。だって、君と生きるんだから』

 

 僕が向こうに戻れるまで、彼女はチケットを使わない。

 その決断に思うところが無いわけじゃないけれど、それは彼女の意思で僕が口を挟むものじゃない。


「まあでも、悠里くんが感謝してくれるって言うなら素直に受け取っておこうかな」


 そう言って微笑む裏で、彼女の寿命は常人の何十倍のスピードで消えていっている。

 彼女の命を削って、僕は支えてもらってる。

 気負う必要は無いとは言われるけど、こればっかりは忘れちゃならない事だ。


「で? 」

「で、とは? 」

「いやぁ、なんで急にそんなこと言い出したのかなって」


 湯気越しのあたたかな眼差しは、どう見ても僕を疑ってる……。

 

「別に、やましいことがあるわけじゃないって!」

「あれ、ホント? 」

「ほんとにホント! 真面目に働いてきただけだって」

「なーんだ、てっきりなんかやらかして来ちゃったのかなぁと。乙女の勘が外れたなぁー」


 柄にもなくそんな根拠の無いものを頼る暁音さん。


「悠里くんのことだから心配はないんだけどさ、万が一女の子に手を出したりとかして大事になってたりしたら……って、何その顔? 」

「いや、手は出してないんだけど……手を出されそうにはなって」


 思い返すだけでも恐ろしいあの鉄球。

 地面にめり込む棘だらけの金属玉は、誤解なく手を出されたと言って言いだろう。

 

「……??? 工事現場で?」

「うん。工事現場で」

「工事現場で、"手を、出された"の……?」

「え、うん……そうだけど」


 ポカーンとして彼女は数秒と固まる。

 

 まあそうだよな。工事現場で手を出されるって道具だらけだもん、血だらけの姿を想像しちゃうよな。

 シャベルにツルハシとか武器にして襲えば、ボコボコどころじゃ済まない容態になる。まあ、僕の場合、工具でもなんでもない、鎖の棘鉄球なんだけども。


 怖がらせてしまったかと少し反省してると、テーブルポタっと一滴、血が垂れた。


「あぁ、暁音さん鼻血……! ん? 暁音さん? 」


 垂れた大元、すーっと目線を上にあげると彼女は何故か赤面していて……。



 

「ごめん、悠里くん。



 

 ……今日は、




今日は、一人で寝るからぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」



 

 頭からヤカンみたいに湯気出して、どうしてかすごい剣幕になってた。

 

「いきなり何どうしたの! それより鼻血は!? 」

「鼻血はいいの! とりあえず一人で寝るから!」

「とりあえずって何、ってかいつも一人ずつで寝てるじゃん!」

「なんでもいいから入ってこないでよ!? いい!?いいね!?」


 まくし立てるようにそう言われてしまえば、僕には頷くことしか出来ない。

 一体、急にどうしちゃったんだろう。

 しきりに工事現場でってのを確認してたけど、何が引っかかったんだ。

 "男ばっかりの工事現場で手を出された"、って確かに怖いけど、そんな興奮したみたいに飛び上がるほどじゃあないと思うんだけどなぁ……。


「ねぇ悠里くん、嫌ならちゃんと断るんだからね!? 」

「嫌ならって……」


 なんか急に話が飛ぶなぁ。

 

「まあ、あの現場は今日で辞めようと思ってたから」

「あっ、へぇ、ふ、ふーん。そっかぁ、そうだよね。手、出されたんだもんね、危ないもんね」

「危ないのは危ないけど、原因はそこじゃなくて」

「そこじゃないの!? 手出されたのに!? 」

「出されたけど、怪我とかしてないし」

「怪我しなきゃいいの!? 何されても!?」


 ……なんか必要以上に聞き返してくるな。


「何されてもは嫌だよ。けど、相手も本気じゃ無かっただろうし、別にいいかなって」

「本気じゃなきゃいいの!? 」

「相手的には多分コミュニケーションの一環だったんだろうし、仕方ないんじゃないかなって」

「コミュニケって……ごめん悠里くん。君のこと誤解してたよ。そんなに度量のある漢だとはおもってなかった…」

「急になんの話なの!?」


 今日の暁音さん、なんか変だ。


 


「んん、えーそんな度量大ありの悠里くんは」

「なにそれ気持ち悪いって」

「ああ、ごめん……。で、悠里くんはなんでそこを辞めようと? 」

「えっと…やってて虚しくなってきちゃったって言うか」

「虚しく? 」

「うん。穴掘ってるだけなんだけど、やってることが変わらないからか余計なことばっか考えちゃって」

「あー分かるよ、うん。私もひたすら微積分解いてるとき空虚だったもん」

「……びせき、ぶん? 」

「なんて言うかね、必要なのはわかってるんだけど楽しくもないしウキウキもしないし、分かりきった単調作業の連続だから変にイライラしてくるんだよね」


 その微積分ってのがなんだか分からないけど、多分例えに出すってことは、割と簡単めだけど計算量が多いみたいな物なんだろう。なんだよね……?


「暁音さんは、そういう時どう乗りきったとか、ある?」

「乗り切ったかぁ。そんな実感は無いんだよね。別の単元とか科目とかやって、時間が辛さを忘れてくれるのを待ったってくらいかな」

「そっか……」

「まあ、何が辛いとかって人によるじゃない。向き不向き自体は仕方ないことだと思うな」

「仕方ないかぁ……」


 仕方ない。そう言えるだけの時間は、正直なところ僕らには残されていない。

 それは彼女もわかっているようで。


「まあ、最悪私が講義代くらい出せばいい……ってでも、それは違うんだもんね」

「うん、あくまで異世界から帰るためのお金は自分で稼がないと。そうじゃなきゃ自分の言葉に責任がとれないから」

「……立派だね」

「言ってるだけだよ」

「それでも立派だって」


 



「ねぇ悠里くん。明日もそこに行ってみるってのは、どうかな」

「ん……? 」


 さっきまでとは真逆な提案をする暁音さん。


「理由だけ聞いてもいい」

「えっとね、最もらしい理由はそんなにないの。新しい職場探しにも時間がかかるだろうし、立場的に職を転々としてられるだけの余裕もあんまりないし。だから続けるべきなのかなって……」

「それだけが理由……? 」


 いやまあ、それだけって言うほど些細な理由では無いんだけど。


「それだけじゃ、ないな……。うん、やっぱり違う」


 自分自身に確かめるようにそう言うと、暁音さんは、ひっそりと口を開く。

 

「……嫌なら辞めていいって私の意見は多分ずっと変わることは無い。だけど、でも、ちょっとだけいるんだよ。今日を乗り切った君なら、辛さを乗り越えてしまった君なら、もしかして明日すら越えてしまうんじゃないかって、変な期待を抱いてる私が」


 紅茶の湯気が僕らの間を横切ると、彼女はハッとして、恥ずかしげにして座り直した。


「ごめん、変なこと言っちゃった」


 今すぐにでも訂正しかねない彼女の様子に、僕は堂々、首を横に振る。


 褒められたらすぐに調子に乗っちゃう男、石上悠里。

 こんな言葉を貰って、とる選択肢は他に無いさ!


 

「行くよ、明日も明後日も!」

 


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