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お前の敵


「ええ、確かに私はあの日王都へ馬車を向かわせました」


 あの日の行動は、今でも夢に見るんだ。

 お客を乗せ、馬車を走らせる。

 そう、なんでもない一日のはずだった。


 どこか浮かない顔をした少年と、顔立ちのいい銀髪の青年。

 彼らのどこか浮世離れした話に耳を傾けながら、いつもの道をいつものように走っていた。

 

 曇天だった。

 気温もそこまで高くはなく、風も心地いい。

 馬の調子もまずまずで、これなら補給も無しにたどり着けるだろうと、そんなことを考えていた。



 隧道をぬけた時だった。

 空がくらいと、ふと感じた。

 雲のせいでは無いのはすぐに分かった。

 何百と通ってきた道だ、異変があればすぐに気がつく。


 お客の少年が何かに気がつき、続いて青年もそれに気がつく。

 原因がはっきりした時には、彼らに急かされていた。

 もっと速度を出せるだろうとせがまれて、馬にムチを打った。


 だがそれより前から、というか最初から私は、馬には、全力を出してもらっていた。

 普段より速度を上げ、総合的に早く着いてもらえるようにペース配分していた。


 

 特別な理由はない。

 ましてや何か、勘づいてた訳でもない

 ただ、仕事の合間を縫って家族に会いたかったからだ。

 

 私の家は、スクルドにある。

 だが、王都と往復する仕事柄、家族と会えるのは限られた時間しかない。

 そこで私はたまに、こうしてペースを上げ時間を作り家族の元へ向かう事をしていた。



 急ぎたい気持ちは山々だ。

 私だって街には家族がいる。

 暗さの原因が日食であるとわかった以上、何より家族が心配になる。

 頼む、と願いながら私は馬に指示を出し続けた。



 街の入口に着いた時、私の顔は絶望を浮かべていたことだろう。

 何故この街なんだと、神様を恨んだ。

 酷い話ではあるが、この街でなければどこだっていいと思った。

 他の街、例え王都であろうと私の家族が被害に遭わないのならそれでいいと思ってしまった。

 そんな私を神様は見抜いていたのだろうか、怪物はこの街にやってきてしまった。


 お客の2人は降りたら、中へかけて行った。

 大切な人がいると言っていた、おそらく彼らはその人たちを探しに行ったんだろう。


 私も家族の元へ向かおうと思った。

 馬をなだめ、端に止めて、覚悟を胸に門を潜ろうとした。

 その時だ。

 彼らは帰ってきた。

 幼子を連れ、私の元へ帰ってきた。


 生き残りだと言われ、彼らを馬車に乗せるよう頼まれた。

 青年は言う、奴が現れた以上選ぶしかない、と。

 王都の隊の人のような口ぶりで、青年は、この場から全員で去ることを提案する。

 彼の言うことには、この街はもう助からないと。

 焼き討ちに会う運命なのだと。

 ならば助かる命だけでも生かせと、彼は言う。


 彼がどんな人生を歩んできたのか、私には分からない。

 順風満帆だったのかもしれないし、不幸な目に会い続けてきたのかもしれない。

 だがどんな人生を歩んでこようと私は、そんな彼の正しさに、心から賛同することは出来なかった。


 私は、この命を投げ打ってでも良かった。

 家族の元で死ねるのならば、一目散に駆け出すつもりだった。

 この街はもう助からず、私の家族も皆焼き討ちに会う。

 ならば、私がとる選択はこの命を生かすことではなく、捨てることだ。

 何のために働いてきたか、それは紛れもなく家族のため。

 何のために生きてきたか、それはもちろん家族のため。

 ならば、この命の最後、捧げるべき場所は家族だろう。

 私はここに残るつもりだった。




 

 だが、そうなれば、この幼子たちはどうなる……?

 

 



 その子らと家族を天秤にかけ、私は選んだ。



「もちろん自分の命欲しさはあったとは思います。ですが、同じだけ、この子たちを生かさなければと思い、使命感の元、馬を走らせました」


 使命感、本当はそんな言葉で括れるほど簡単な決断ではなかった。

 王都へ向かう道中も本当にこれでよかったのか、何度も自分を問いただした。

 が、とうとう馬車を逆走させることはなかった。

 愛する妻よ、子供たちよ、こんな私を赦してくれるか。

 君たちへの裏切りを、赦してくれるだろうか。

 胸の中は、君たちへの贖罪の気持ちでいっぱいだった。



「では、その際この二人はその馬車に乗らず、この街に残ったということでよろしいですね」

「はい。その二人は、この街に残りました。現れた月の魔物とやらを撃つために」


 その二人、あの時はお客だった二人は、最後馬車から降り、怪物との戦いに臨むと言った。

 出来ることなら私も混ざりたかった。

 だが、それは叶わなかった。

 私の選んだ道のせいだ。



 二人は驚くことに、その怪物を倒したという。

 真偽はどうであれ、事実としてこの街も私の家族もここにある。

 言わば恩人だ。

 そんな二人が、私の証言を求めているとあらば駆けつけるのが仁義だろう。


 二人には、ありがとうと伝えたい。

 そして、私は臆病者だといいたい。

 あの日の決断を私はまだ、家族には言えないでいるのだ。


――――――――――――――――――――――――



「ふむ……確かに状況は一致する。お二人がどうやってここに戻ってきたのかは、これではっきりした。ですが、これが何の証明に……? 」


 馬車のおじさんの証言によってあの日の僕らの行動は、第三者の目線からも明らかになった。

 あとは……。


「今の証言で、この街に着くまでの僕らの行動が示されたわけです。確かにあの日僕とルフローヴさんは、この街に居た。それで証明は十分なはずです」

「……? 」


 首を傾げるジャールさんを前に、僕は続ける。


「詳細な証言が必要なら、更に呼びます。でも現段階で、僕とルフローヴさんはこの街に残ったことは証明出来ているはずです。僕らはあの日この街にいて、月の魔物に立ち向かった。そして、生きて帰ってきている。殺戮は止み、月の魔物を前にして過去にラストリゾートを斥けた者が生きて帰ってきたとなったら、倒したと判断するのが自然じゃないでしょうか」


 使えるものは全部使う。

 例え過去の栄光だったとしても、それで皆が助かるのなら遠慮なく使わせてもらうまでだ。

 

「自然か……。確かに一理あります。が……」

「要は推測を信用するしかない、ってことだろ」


 そう、推測。

 過去にラストリゾートを斥けたのだから今回もそうだろうという、推測。

 決定的な証拠が提示できない以上、この推測を飲み込んでもらうしか方法がない。


「同じラストリゾートでもスケールは今回が上。身を案じる貴族階級の奴らが、そうやすやすと受け入れるとは思えないが」


 こちらがどれだけを示しても、彼らの不安が勝れば、それだけで作戦は実行されてしまう。

 人の気持ちは、時に事実すら上回りかねない。

 今、僕は強く実感している。

 

「なら俺が説明して回る。ユーリが奴を討伐するところを目の前で見ていたんだ、その様を伝えりゃ少しは足しになるだろう」


 いつになく真剣な眼差しの彼は、自ら面倒な役をかってでた。

 貴族相手に説得する、言わばネゴシエーターな役回り。

 言葉一つを誤ればこの街は無くなるかもしれないという考えるだけで胃に穴があくほど慎重さが要求される役。


「いいんですかルフローヴさん」

「ああ」

 

 多くを語らず、彼はその一語に込めた。

 彼の過去、奴との戦闘中に垣間見えた月に対する憎悪。

 この街を焼かれたくはないという思いは、きっと僕以上に強いだろう。

 

「分かりました。では、作戦継続は、その説明の結果次第ということで。構いませんね、ジーク独立部隊長」

「ああ、それでいい」


 結果としては先送りのようにはなったが、とりあえず首の皮一枚繋がった。

 今すぐこの街が火の海になる、という最悪の結末だけは避けられた。


「すまないな、月の魔物の相手だけでなく、後処理まで君たちにしてもらうことになって」

「僕はいいんです。一刻も早く平和が訪れてくれるなら、できる限りの協力はしますよ」



 要件は以上とのことで、僕らは部屋の外に。


「いやぁ緊張したなぁ……。エリッサさん以外に独立部隊の人が二人もなんて、手汗が止まらなかったですよ」


 いつかカイナさんが言ってたっけ。

 独立部隊は、直属護衛の中でもエリート中のエリート。

 独立部隊の番号は実質的なランキングなんだとか。


 No.4と5。見た目だけで言うならジャールさんの方が強そうだったけど、ジークさんもあの見た目でなかなかやるってことだよな。

 いつかその実力が見られる日が来るかなと、少し期待を胸にして、ルフローヴさんに問いかける。

 

「あの人たちも相当な実力なんでしょうかね? 」

「そうだな」


 返ってきたのは、それだけの淡白な返信。

 心無しか、声のトーンも暗いというかなんというか。


 何かあったか聞こうと思ったが、彼はそのまま先へと進んで行ってしまう。

 そういえばあの日から、ルフローヴさんと日常会話はしてないな。

 今度はゆっくりお茶でもしたいな、なんて。




 

読んでいただきありがとうございます!!!

よろしければ評価の方よろしくお願いします!

作者のモチベーションに大いに繋がります……なにとぞm(*_ _)m

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