SS 二人羽織
書籍設定です。
一年リスター祭前と思っていただければ
「はい! 二人羽織がやりたい!」
リスター祭の催し物について話し合っている最中、突然立ち上がったのはミーシャだった。
「二人羽織……? それって何?」
カレンが首をかしげると、ミーシャが嬉しそうに説明を始めた。
「うん! 一人が羽織を着て、もう一人がその後ろに入り込んで袖に手を通すの。それで、前の人が食事をしたりお化粧をしたりするのを、後ろの人が手伝うゲームなんだよ!」
「へぇ……面白そうね。でも、よくそんなの知っていたわね。サーシャ先生と一緒に旅先で見たの?」
「違うよ。クラリスに教えてもらったんだ。ちょっと部屋で試してみたらすごく楽しくて、催し物にもいいかなって思って!」
なるほど、確かに良い余興になりそうだ。
演目の時間も短く済むし、終われば各自の時間も取れる。
これなら悪くないかもしれない。
「じゃあ、さっそく試してみようか。クラリス、羽織は持ってるか?」
「ええ、何着か部屋にあるけど……本当にリスター祭でやるの? なんだか身内ノリっぽい気もするけれど……」
そう思われても仕方ないが、俺は悪戦苦闘するクラリスたちの姿を見たい。
ロレンツとサーシャも、どんなものか見てみたいと興味を示したので、教室に即席の土魔法で小さな舞台を作り、さっそく始めることにした。
最初の挑戦者はバロンとドミニク。
テーマは「化粧」だ。
ドミニクが羽織の中に入り、前に座るバロンに白粉や口紅を塗る。
右手には口紅、左手には白粉――まさに混乱の予感しかしない構図だった。
「お、おい! ドミニク! 一つずつやれ!」
焦るバロンの声などお構いなしに、ドミニクは自信満々で言い放つ。
「バロン、俺を信じろ。この口紅を――剣と思えばいいのだ。薙ぐように引けば、美しさは斬り拓ける!」
言うが早いか、ドミニクはためらいなく口紅を一閃。
真紅の軌跡が、バロンの目元を一直線に走る。
「そこは目だッ! ちゃんと口に――ッ!」
「ええい! バロンが暴れるからいけないのだ! 俺を信じろ!」
左手でバロンの顔をがっちり押さえ、慎重に再挑戦。
今度はきちんと唇に紅が塗られた……が、問題はその途中だ。
「うっ……ふふっ……あははは!」
クラリスがバロンの顔を見て吹き出し、我慢していたカレンもついに腹を抱えて笑い出す。
「ば、バロン……! な、何その顔……!」
原因はドミニクの左手。白粉を塗ったままバロンの顔を押さえたせいで、顔全体が白くなってしまっていた。
そこにミーシャの声が飛ぶ。
「ドミニク、バロンの口に紅が足りないよ! 白粉ももっとしっかり塗って!」
「お、おい! やめろって! もう十分――うぷっ!」
ミーシャの無邪気な指示に従い、ドミニクがさらに化粧を重ねていく。
そして完成したのは――どこかで見たことのある、劣化版マクドナルド。
「バロン、美人さんになったね!」
ミーシャがげらげら笑う中、プライドが高いバロンは怒るかと思いきや……
「これも……耐える訓練。それに、この羞恥心……悪くない……?」
どうやら、順調に仕上がっているようだ。
続いての挑戦者は、カレンとミーシャ。
ミーシャが後ろに潜り込み、袖に手を通す。
二人の前のテーブルには、小皿に入った豆が並んでいた。
それをミーシャが取って、カレンに食べさせるというのが今回の課題だ。
「み、ミーシャ!? そこは鼻! もっと下! そう、そのまま……口元に……」
絶妙なコンビネーションかと思いきや、口に入る寸前で豆がぽとりと落ち、カレンの制服の中へ。
「あっ、ごめん! 今すぐ拾うね!」
慌てたミーシャはカレンの制服の中に手を突っ込み、豆を探そうとする。
「こ、こら! ミーシャ! どこ触ってるのよ!?」
「えっ? 豆を取ろうとしてるだけだよ!」
真剣なミーシャは、必死に探し続ける。
「ちょっ……くすぐったいってば! もう、違う違う、そのへんじゃなくて――!」
カレンの焦った声に場がざわつく。
ミーシャの手が胸元あたりで止まった瞬間――
「あっ! ここに二つ――あ、豆見つけた!」
と同時に、クラリスが素早く俺の目を手で覆い、サーシャがバロンとドミニクに羽織をかぶせた。
「ここから先は放送できません!」
クラリスの手が外れたときには、すでに二人とも羽織を脱ぎ終えていた。
残念ながら本編は見られなかったが――まあ、クラリスの柔らかい手の感触を味わえただけでも、悪くはない。
「じゃあ、次はクラリスとエリー。お題は――」
ロレンツが言いかけたところで、エリーが手を挙げた。
「……マルスと……組みたい……いい?」
エリーの視線はロレンツではなく、クラリスに向けられていた。
「うーん……いいけど? 二人とも、変なことはしちゃダメだからね?」
クラリスが少し心配そうに釘を刺すと、エリーは小さくうなずいた。
その後すぐにエリーはロレンツを見つめる。
「ま、まあ……いいだろう。ただ、今後先生をそんな目で見るのはやめるように。いいな?」
ロレンツは若干照れたように目をそらす。
だがエリーは、もうロレンツの言葉など聞いていないようだった。
「……ふふふ……マルス、前……わたし、後ろ……」
促されるままに俺は前に座り、羽織る。
テーブルの上には、パンの上に生クリームを載せたふわふわのマリトッツォと湯気の立つ紅茶。
そして、エリーが静かに羽織の中へ潜り込んできた。
背中越しに感じる温もりに、思わず肩が跳ねる。
さらに密着し、二つの膨らみが押しつぶされ、耳元にエリーの息遣いを感じ、心臓がどきりと跳ねる。
危うい距離感に思わず息を飲むが――
そのとき、ふと左の首筋にやわらかな感触が触れた。
「えっ……?」
振り向くと、エリーが顔を寄せ、そっと俺の首に口を当てていた。
どうやら、いつものエリー流マルス成分のチャージが始まったらしい。
まあ、もう慣れた。
そのまま一分ほど経った頃、エリーの動きがゆっくりと止まり――
代わりに、静かな寝息が背中越しに聞こえてきた。
「え……? 寝たの?」
クラリスが小声で訊ねる。
「ああ……そうみたいだ」
俺の背後で、エリーはまるで包み込むように眠っていた。
……とはいえ、今は授業中だ。
ロレンツも苦笑しながら肩をすくめる。
「まったく……相変わらずだな。で、マルス。女性が後ろにいると、どんな感じだ?」
なかなか答えづらい質問だが、正直に答えることにした。
「……正直に言うと、ちょっと緊張しますね」
「そうだよな。エリーみたいな子に背後から密着されればな……」
ロレンツは納得したように頷き、腕を組む。
これで終わりかと思いきや、なぜかさらに一言付け加えた。
「じゃあ、今度は立場を逆にしてみよう。マルスが後ろに入って――前は……」
言いかけた瞬間、クラリスが勢いよく手を挙げた。
「せ、先生! 私じゃダメですかっ!?」
「……うん、クラリスが一番適任だろうな。じゃあ、羽織を持ってきてくれ」
まさかの展開に、俺は思わず息をのんだ。
「よ、よろしくね。マルス」
クラリスは少し恥ずかしそうに微笑みながら、ふわりと羽織をかける。
「あ、ああ……こちらこそ」
俺が彼女の後ろに回り込んだその瞬間――
「マルス! 顔! 顔が完全にこれから襲う人になってるよ!」
ミーシャのヤジが教室に響く。
「ちょ、ちょっとミーシャ!」
クラリスが慌てて、頬を赤らめながら言い返した。
「からかわないでよ。マルスは……真面目にやろうとしてるだけなんだから」
クラリスは恥ずかしそうにうつむきながらも、ちらりと俺を見上げた。
「……だ、大丈夫。わたし、マルスのこと信じてるから」
「わ、分かった……だけど、少しでも不快に感じたらすぐに言ってほしい」
そう言いながら、俺はその背後からゆっくりと中へ入った。
(ああ……相変わらずめっちゃいい匂いだ。フローラルの香りが充満して脳が溶けそうになる……)
理性を総動員して、なんとか媚香に抗う。
「マ、マルス……準備できた?」
前にいるクラリスが、少し緊張した声で訊ねる。
「あ、ああ……大丈夫。いける」
が、密着はできない……絶対に腰だけは……理由は察してくれ。
袖口から自分の手を出し、テーブルの上に置かれたマリトッツォをそっと掴む。
羽織の中は狭く、手の動きひとつにもクラリスの背中がわずかに反応する。
慎重にマリトッツォを持ち上げ、クラリスの口元へ――。
ぱくり。
クラリスが小さく口を開けて、見事にマリトッツォを一口。
これにはカレンやミーシャが唸る。
「さすがマルスとクラリスね。息がぴったり」
「ぶ~ぶ~。せっかくならハプニングも欲しいよ! ほら、うっかりクリームがクラリスのほっぺについちゃうとか~?」
「ミーシャ! そういうこと言わないの!」
照れながらも、クラリスは小さく息を整えながらマリトッツォを少しずつ食べ進めていく。
そして、ついに最後の一口。
その瞬間――
ふと、クラリスの唇が俺の指先にかすかに触れた。
「ご、ごめんね! つい……!」
「い、いや、俺のほうこそ……!」
羽織の中は、いつの間にかほんのり熱気を帯びていた。
緊張で上がった体温と、クラリスの体温が混ざり合っている。
だが、この至福の時間ももう終わり……とはならなかった。
「マルス! 最後の仕上げいこう! クラリスに熱い紅茶を飲ませてあげて!」
ミーシャの明るい声が飛ぶ。
「えっ!? わ、私、自分で飲めるから大丈夫よ!」
「ダメダメ! ここまで来たら完璧にやらなきゃ! ほら、カレン! 火魔法で紅茶を適度に温めて!」
「分かったわ。あまり熱いと危ないから、何かあってもいいように温めにするわよ」
頃合いを見計らって、クラリスが恥ずかしそうに俺へとささやく。
「マルス……申し訳ないけど、最後お願いね?」
「ああ。じゃあ、ゆっくりいくぞ」
そう言って、俺はカップを慎重に持ち上げ、クラリスの唇の方へとゆっくり傾けた。
――が。
ほんのわずかに角度を誤ったのか、それともなみなみ注がれていたのか分からないが、クラリスの膝元を濡らしてしまった。
「えっ――!? つ、冷たい!」
思わずクラリスが後ろに下がって、俺の上に乗る形に。
羽織の中で、俺とクラリスが密着する。
その衝撃で、まだ残っていた紅茶がさらに零れ――
「きゃっ!?」
小さな悲鳴とともに、袖を通している羽織にも紅茶の雫が落ちる。
「ご、ごめん! マルス、大丈夫!?」
「い、いや……俺は平気だ……けどクラリス、服が……!」
慌てて羽織の中でハンカチを探そうとするも、狭い空間で思うように動けず――
「ちょっ……マルス、動かないで! 変なとこ触ってる!」
「わ、悪い! でもすぐに拭かないと!」
ようやく自分の制服からハンカチを取り出し視界のない中、クラリスの身体を拭うが……
「だ、だからもう大丈夫――そ、そこはダメッ!」
クラリスが身をよじった瞬間、バランスを崩して二人して後ろへ倒れ込む。
――ぷにゅっ、と唇に柔らかな感触。
次の瞬間、クラリスの顔が目の前に。
至近距離で互いの息が混ざり、時が止まる。
「……っ!?」
ほんの一瞬の沈黙のあと、教室中に響くミーシャの叫び。
「あーっ! クラリスがマルスを押し倒してるー!」
「ちょ、ちょっと! あなたたち! ここは学校よ!?」
カレンが顔を真っ赤にして立ち上がる。
その声でようやく我に戻ったクラリスは、慌てて体を起こす。
だが、そこにはいつの間にか目を覚ましていたエリーの口撃が待っていた。
「……ついに……やった……クラリス……我慢できない……押し倒した……」
「ち、違うのっ! 本当にそんなんじゃないんだから!」
クラリスが柔らかな感触と香りを残して、エリーに詰め寄るが、エリーはどこ吹く風。
「もう! エリー、今日から当分の間は野菜だけだからね!」
「……ひどい……鬼……悪魔……」
そんな二人のやり取りに、教室中が笑いに包まれる。
ロレンツが口元を緩めながら、俺に声をかけた。
「マルス、男が後ろバージョンは……どうだった?」
「……最高でした。でも……やらない方がいいと思います。破壊力がありすぎて、理性が保てません」
その言葉に、ロレンツが苦笑する。
そして、聞いていたサーシャがさらりと加えた。
「クラリスに押し倒されてどうにかならない男なんていないでしょうね」
「せ、先生!? 本当にそんなんじゃないんです! 私は自分からじゃなくてマルスから押し倒してもらった方が……あっ――!?」
クラリスは顔だけでなく、首元まで真っ赤に染めて、そのまま教室を飛び出していった。
「マルス? クラリスの制服、まだ濡れているでしょう? 連れ戻してあげなさい」
サーシャの言葉に頷き、俺はすぐに教室を出る。
追いかけて屋上に着くと、クラリスは手すりに寄りかかりながら、静かに空を見上げていた。
「ごめんな、クラリス……クラリスが制止したにもかかわらず、拭こうとしてしまって……」
そっと声をかけると、彼女は小さく首を横に振った。
「ううん。マルスが優しさで動いたの、ちゃんと分かってる。だから……ありがと」
そう言って、クラリスは少し照れくさそうに笑う。
頬がほんのり赤く染まり、風に揺れる銀髪が陽の光を受けてきらめいた。
「ああ……じゃあ、行こう。みんなが待ってる」
俺が手を差し出すと、クラリスは少し迷ったあとで、その手をぎゅっと握り返す。
「うん。でもね――」
そう言って、クラリスはそっと背伸びをした。
そして、俺の頬に柔らかなぬくもりが触れる。
「これは、助けてくれようとしたお礼。それから――」
今度は俺の唇にも柔らかい感触。
「……これは、迎えに来てくれたお礼」
――と、その時。
屋上の扉の向こうから、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「ちょ、押さないでってば!」
「だって、ここからじゃ全然見えないんだもん!」
「俺たちにも見せろよー!」
「こ、壊れるってばああ!」
バンッ!!!
次の瞬間、盛大な音を立てて扉が吹き飛び――
Sクラスの面々が雪崩のように転がり込んできた。
「いててて……」
「だから言ったのにぃ……!」
その中には、しっかりロレンツとサーシャの姿もあった。
「す、すまない……サーシャに『マルスの理性が残ってるか怪しい』って言われて、心配になってな……」
「だって、さすがに学校で不純異性交遊はね? それにクラリスからも誘うってことがあるかもしれないじゃない?」
二人の弁明は、見事にクラリスの怒りに油を注ぐ結果となった。
「そ、そんなことするわけないじゃないですかぁ!」
「……する……クラリスは……押し倒す……」
エリーのぼそっとした一言が決定打となり、クラリスの顔が真っ赤に染まる。
「エリーっ! 待ちなさいっ!」
そう叫びながら、クラリスは猛然と追いかける。
俺は慌ててその後を追い、Sクラスの皆も笑いながらついてくる。
屋上には、壊れた扉と、まだ漂う紅茶の香りだけが残された。
――こうして、ドタバタの二人羽織は、無事(?)に幕を閉じたのだった。
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二年生になったマルスたち
一年生の迷宮試験に上級生として参加するも……。
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