第513話 デート
「ねぇ、このエルフの森サラダって美味しそうじゃない? エリーにも食べてもらいたいな」
「いや、エリーにはこの魔獣肉の串焼きがいいんじゃないか? どの魔獣の肉を使っているかで、味わいが違うから楽しめると思うよ」
クラリスと2人で催し物を見ながら歩いていると、当然、男連中はクラリスを目で追いかける。
「おい、あれってクラリスじゃないか?」
「やべぇ……心臓が破裂しそうなほどバクバクしてる」
「まさか無料でクラリスを見られるなんて……今日で一生分の運を使い切ったかもしれねぇな」
幸運にも野良クラリスを目にした男たちは、コスプレ喫茶の行列に辟易して並ばなかったことを心底喜んでいた。カップルですら、彼女に見惚れている男を咎めるどころか、彼女の美貌に共感している様子だ。性別を問わず、人々を魅了してしまうクラリスの美しさを、改めて実感した。
そんな視線を背に、俺たちは魔獣肉の串焼きを注文した。クラリスが一口かじると、驚きながら声を上げる。
「うん! 美味しい! スパイスが効いてて、すごく柔らかいわ!」
クラリスの顔が輝き、笑みがこぼれる。続いて俺も一口食べてみると、確かにスパイスがしっかりと効いており、魔獣の肉は驚くほど柔らかく、ジューシーだった。
さらに俺が食べた部位にはクラリスのスペシャルドレッシングが少しついていたからな。どちらかというとこのスペシャルドレッシングだけを堪能したいが、紳士な俺は間違ってもそんなことを口にしない。
「ねぇ? これ明日エリーにも食べさせてあげてね。絶対に喜ぶと思うから。私も作れるようあとでこのスパイスのレシピ教えてもらおう」
ここまでクラリスが褒めるものだから、串焼きを売っている教室の前には行列ができる。自分の好きな人や憧れの人が美味しいと言った物だったら食べたくもなるよな。
俺たちは肩を寄せ合いながら、次々と出し物を楽しんで歩き回る。だが、ふと目に入ったお化け屋敷の前で提案をした。
「なぁ? あそこに行ってみないか?」
俺が指差した先を見たクラリスは、驚いた顔をして全力で首を横に振った。
「嫌よ! 怖いもの……」
クラリスがこれほどまでに強い拒否反応を示すのも無理はない。リスター祭のお化け屋敷は、毎年強烈な怖さで有名だからな。少し意地悪だったかなと、すぐに謝った。
「ご、ごめん。初めての場所はクラリスと一緒に行きたいなって思ってさ」
「うぅ……分かったわよ。でも、絶対に私を離しちゃダメだからね! 少しでも離れたらマルスのこと嫌いになっちゃうから!」
クラリスの言葉には一抹の不安と決意が込められているように感じた。俺は少しでも安心させようと微笑みながら頷き、彼女の手をしっかりと握った。彼女は少しほっとした表情を見せ、俺たちはお化け屋敷へ向かうために歩き始めた。彼女の手のひらは少し汗ばんでいて、その緊張が伝わってくるのがわかる。
お化け屋敷に近づくにつれて、周囲の雰囲気が一層不気味に感じられた。薄暗い照明と、ところどころに飾られた不気味な装飾が、雰囲気をさらに盛り上げている。
さらに客の反応も恐怖心に拍車をかけた。お化け屋敷から出てくる女子は皆恐怖に怯えていたのだ。男も顔を引きつらせており、その表情から恐怖が伝わってくる。聞いたところによると、あまりもの恐怖に彼氏が逃げ出し、怖がる女の子を置いてけぼりにするというケースもあるという。
そうまでしてこのお化け屋敷に入る理由の一つに、カップルで踏破するとさらに深い絆が生まれるとの噂があるからだ。まぁ所詮噂なんだけど試してみたいという気持ちにはなる。
5分ほど待つと俺たちの出番になった。すると、どこからともなく声が聞こえてくる。
「ようこそ……学校の墓場へ……何名様ですか……?」
その言葉にクラリスがビクリと震え、俺の手を繋ぐ力が強まる。
「2名です」
俺が答えると、突然、上から生首が落ちてきた。クラリスはびっくりして目を見開き、身体を硬直させる。生首は不気味に笑いながら、
「どうぞ、私を手で払って前にお進みください」
その声は冷たく、まるで亡霊のように感じられる。クラリスは恐る恐る俺の後ろに隠れながら、俺が生首に手を伸ばすのを見守っていた。
俺はクラリスに優しく声をかけながら、生首をそっと払って通り抜けた。クラリスは俺の後ろでしっかりと手を握り、恐怖で顔を歪めながらも、一歩ずつ進んでいった。
――――1時間後
皆の視線を浴びながら、俺の腕の中で小さくすすり泣くクラリスの背中を優しく撫でていた。
周囲を見渡すと、泣いている女性を慰めているのは俺だけじゃなかった。カップルで来たほとんどの人たちが、お互いの震える体を抱きしめ合い、落ち着かせている。まるで絆が深まったかのような光景だが、実際には吊り橋効果に近いものだろう。もっとも、この世界に吊り橋効果なんて概念があるかはわからないけど。
それにしても危なかった……パニックに陥ったクラリスは怪奇現象やキャストに驚かされるたびにホーリーを唱えようとしたのだ。とっさに俺がクラリスの唇を塞いで事なきを得た。今も俺の口にはクラリスの柔らかい感触が残っている。しかし、クラリスをお化け屋敷に誘うのはやめておこう。
ようやくクラリスが泣き止み、落ち着きを取り戻した頃、俺は優しく彼女に問いかけた。
「今度はクラリスが行きたいところに行こう」
時計の針は14時前、まだまだ2人で楽しむ時間は残されている。
「うーん……いろいろ行きたいと思うところはあるけど……一番行きたいのはあそこかな」
クラリスが、少し照れくさそうに耳元で囁いた。
「えっ!? 本当に!?」
「うん……ダメかな……?」
不安そうに訊ねるクラリス。
「ダメじゃないけど……本当にいいのか?」
あまりに意外な場所に驚きつつも、再び尋ねると、クラリスは微笑んで俺の手を引いた。
クラリスに連れられ、たどり着いたのは――まだ列が途切れることのないコスプレ喫茶。まさか、彼女がここに戻りたいなんて……当然俺たちは並ぶことなく顔パスで入店。場内に入った瞬間、客たちの歓声が湧き起こり、会場全体の熱気が一気に高まった。
そんな中、クラリスはぎこちない笑顔で客たちに聖水を渡すエリーの隣に急ぐと、何も言わずに彼女のサポートをし始めた。
「……クラリス……?」
驚きの表情をクラリスに向けるエリー。
「しょうがないじゃない。エリーが心配になっちゃったんだから。ほら、お客様には笑顔よ。高いお金を払ってもらっているんだから、少しでも満足してもらわないと」
クラリスが近くにいることによって、エリーの笑顔もより自然のものとなる。
結局俺たちは残り時間をすべてコスプレ喫茶で過ごすこととなった。でも後悔はない。むしろクラリスとエリーが楽しく並んでいる姿を見られて幸せだ。彼女たちのもてなしを受けたお客たちも、大満足だったに違いない。
「ねぇねぇ、マルスとクラリスはどうやって過ごしたの?」
コスプレ喫茶の片づけをしながらミーシャが訊ねてくる。
俺が詳細を話すと、クラリスと一緒に皿洗い――いや、正確には皿を破壊していたエリーの瞳がキラリと輝いた。
「……お化け屋敷……抱き合える……」
どうやらエリーはお化け屋敷に行きたいようだ。2日連続で行って楽しめるのかという声もあるだろうが、実はお化け屋敷の仕掛けはあまり覚えていない。というのも、怖がるクラリスを宥めていたというのもあるのだが、一番の理由はクラリスに見惚れていたからだ。
「じゃあ、明日お化け屋敷に行こうか?」
「うん! 行く! むふふ……楽しみ……」
エリーが嬉しそうに答えると、他の皆も次々と口を開いた。
「じ、じゃあ私も明後日お化け屋敷行こうかしら……マルス、絶対に私を置いていかないでよ?」
「私も明々後日行く! 今回は漏らさなんだから!」
「あ! 私もミーシャ先輩の次の日に行きたいです! 今年こそ踏破しますよ!」
「むむむ……仕方ない、妾も行くのじゃ」
どうやら皆もお化け屋敷に行きたい様子。
「分かった。俺も楽しみにしておくよ」
コスプレ喫茶の後片付けを終え、寮に戻り、エリーとのデートを楽しみにしながら布団へもぐった。










