第442話 カストロ公爵領・領都ウオール
2032年9月1日17時
「あの街がカストロ公爵領、領都ウオール。その先に見えるのがレプリカよ」
馬車から降り、カレンが西の方角をさす。
緩い勾配の向こうに見えるのは、壁に囲まれた城下町。
その城下町から一本の長い橋が、西日で化粧をした城へと続く。
侵入者を阻むは水が張られた深い堀。その堀に囲まれた城は、色と大きさこそ違えどリムルガルド城を彷彿させるものであった。
東を正面に、西を背に向け建つ城の向こうには小高い丘と、それを囲む断崖。
小高い丘には原生林が生い茂り、一目でそれが幻獣の森と分かるのには十分なものだった。
ふと隣を見ると、クラリスが手で西日を遮りながら、シャッターを切るように瞬く。
他の皆もクラリスを倣い、手をかざしながら一歩一歩、舗装された石畳の上を歩む。
先頭を行くカストロ公爵の馬車が、騎士団員を伴い城下町に吸い込まれると、その後に何台もの馬車や騎士団員が続く。
最後尾を歩く俺たちも街門で簡単なセキュリティチェックを済ませる。
城下町に入ると、まっすぐレプリカに続く石畳の両脇には露店がずらりと並んでいた。その露店からは肉や魚が焼けた匂いが漂う。これにたまらずミーシャが反応する。
「いい匂い。美味しいもの食べたい!」
「私もです! ミーシャ先輩!」
「ねぇ? マルス? ご飯食べようよ~」
「先輩! お願いします!」
まるで観光客のようにはしゃぐミーシャとアリス。もう今日は遅いから、また明日改めてカストロ公爵には挨拶に行くことにするか。
「分かった。じゃあカストロ騎士団の人に、今日はこのまま宿に泊まると伝えてくるから皆は先に宿の手配を頼む」
宿の手配を皆に任せて、城まで続く石畳を走る馬車を追う。
走りながら城下町を見渡すと、住民たちが馬車や騎士団員に頭を下げたり、中にはお腹の前に片手を当て恭しくお辞儀をしている者もいる。
それに対し、騎士団員も答礼をしたり、馬車の中から手を振る者もいた。
結局俺は先頭まで走ることにした。報連相が上手くいかずに伝わらないことを防ぐためだ。
カストロ公爵が乗っている時計の紋章が刻まれた馬車の近くにゲイナードを見つけた。ゲイナードであればさすがに大丈夫だろう。
「ゲイナードさん。今日のところはこのまま宿に泊まります。明日、登城させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「そうだな。今日はもう遅い。カストロ公爵もお疲れだろうからな。配慮に感謝する」
別に配慮したわけではないが、とにかく許可を得た俺は皆の下に戻る。
走ってここまで来たが、歩きながら改めてこの城下町を見渡す。
レプリカに目が奪われがちだが、城へ続く長い橋の起点に建てられた時計塔も立派だ。
中間地点にあれば、どこぞやのなんとか公国にも似ているのかな思ったのだが、そこまでの偶然はないようだ。
城下町の景色を見ながら緩い勾配を下っていくと、宿の前に俺たちの馬車が止まっていた。ここに泊まることにしたようだ。
俺も中に入ると、ロビーに皆の姿があった。皆も俺をすぐに認識したらしく、駆け寄ってくる。
「ねぇ、1部屋しか空いてないらしいわ。1泊金貨5枚。相当部屋は広いらしいのだけれどもどうする?」
クラリスが頭の中でそろばんをはじきながら話しかけてくる。
「仕方ないんじゃないか? そこにしよう」
俺の懐は暖かい。魔族との和平交渉に出発するときにリーガン公爵から依頼料を貰ったことは知っていると思うが、クエスト完了時にも特別ボーナスを貰っていたからだ。
それはアイクにも渡された。アイクはこの前のクエストで白金貨を計4枚の収入となった。まぁメサリウス伯爵就任祝いと結婚祝い、出産祝いも兼ねてだが。
「そうね。じゃあ姫は初めてマルスと同じところで寝ることになるのね……エリー、マルスが姫に変なことできないように一緒に挟むわよ」
いたずらっぽい笑顔を見せると、エリーは力強く頷く。
「うん! 絶対離さない!」
2人の言葉に心の中でガッツポーズを取ると、相棒もガッツポーズする。おい! お前の出番はまだまだ先だ! はしゃぐんじゃない!
早速荷物を宿に置き、みんなお待ちかねの食事タイム。
皆で話し合った結果、今日は肉料理の店。ってか基本うちらは肉料理が出される店にしか行かない。肉食のエリーが可哀想だからな。
楽しく飲み食いしていると、背後から声をかけられる。
「マルス君。同席いいかな」
振り返るとそこには、私服姿のゲイナードが立っていた。
「え? あ、はい」
返事をすると、右隣にいたクラリスが気を利かせて1つ隣にずれ、ゲイナードがクラリスの座っていた所に座る。
男色家と聞いてから、少し警戒してしまう。ゲイナードは女性陣に一瞥もくれずに、いつも俺のことを見てくるから余計にだ。
ゲイナードが頼んだ飲み物が届き、起きている者たちだけでグラスを合わせる。とっくにミーシャは潰れているからな。
「マルス君。カストロ公爵から伝言がある」
そう言いながらゲイナードが俺の手を握ってくる。突然のことにビックリしながらも、手の中に違和感を覚えた。
ん? これは……お金か?
すると今度はゲイナードの顔が近づいてくる。
え? 伝言といいながら今夜俺のことゲットしようと……? そう思うと全身に鳥肌が立つが、ゲイナードはそれを無視し俺の耳元で囁く。
「クエスト期間中、アリスに幻獣の森の泉に神聖魔法を使わせてくれとのことだ。これはその報酬」
ゲイナードが握っていた手を離すと、俺の手からは白金の輝きが。
え? 白金貨1枚!?
思わずゲイナードの方を見ると、ゲイナードが微笑みながら頷く。
ヒール1回で金貨2枚。白金貨1枚となると、ヒール500回分だ。
「こ、こんなに?」
あまりもの金額に他に何かあるのではないかと勘繰ってしまう。
「ああ、それほどカストロ公爵は今回のクエストに賭けている」
確かに一角獣がいるからこそ、カストロ公爵家は没落しないらしいからな。
「分かりました。ありがとうございます」
「ふふっ。良かった。本当はこれも最初から依頼する予定だったんだけどね。リーガン公爵の前でそれを言うと、青天井に値段がつり上がりそうだから黙っていたんだよ」
間違いないな。ヒルダの喉治すのに金貨500枚奪った人だからな。10倍はふっかけてくるかもしれない。
「では俺はこれで失礼するよ。マルス君をこれ以上見ていると、どうにかなってしまいそうだからね」
ゲイナードが席を立とうとすると、酔っているのか少しふらつき、隣のクラリスにもたれかかる。
「す、すまない。わざとじゃないんだ」
咄嗟に謝るゲイナード。
「分かっております。大丈夫ですか?」
それに対し、クラリスが天使の笑みを見せて、ゲイナードを気遣う。
「あ、ああ。本当に悪かっ……」
クラリスにもたれかかっていたゲイナードが立ち上がり、クラリスに謝るために初めてクラリスの目を直視した時だった。
ゲイナードが意識を失ったのは。










