5章5話:貴方が私を殺す時、私は……。
ザマァ回的なやつです。
瑪瑙に付いた血を17期生達に向かって放つ。
ぴしゃっ。
嫌な水音。草原にこびり付く真っ赤な液体。
これがまた、恐怖演出的に効果は絶大であった。
「やだ、やだああああああ!!!」
「こんなの無理、無理だからあああ!!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「死にたくないっ!!」
初めて目の前で人間が惨殺される所を目撃した17期生は我先にと逃げ出そうとする。そりゃ怖い。誰だってちびる。
しかし、
「待ってみんな!私達は勇者パーティーなんだよ!あんな邪悪な存在、放って置けるの!?」
「そ、そうだ。俺たちは勇者だ!世界が、俺たちに期待してるんだ!」
松本シンと上田おとめが必死に説得する。一体彼らの原動力は何なんだよ、と木葉は思案するが考えるのも馬鹿馬鹿しくなった。
「うんうん、勇者はそうでなきゃね」
と頷く。すると松本シンの方から話しかけてきた。
「く、櫛引、久しぶりだな」
違和感。話したことあっただろうか?
「あれ、面識あったっけ?」
「あぁ、ある!挨拶をしただろ!覚えてないか?」
それはカウントしなくていいですかね?
「だから俺に免じて話し合いを……」
「木葉ちゃん!」
何故か松本シンの台詞をキャンセルして被せてきた上田おとめ。ほら、松本凄い気まずそうにしてるよ……?なんか可哀想じゃん。
「私だよ、おとめだよ!」
「え、うん?」
「会えて嬉しい!また遊んだりしようよ、こんなの全然木葉ちゃんらしくないよ!」
「私貴方と遊んだことあったっけな……」
泣きながら語るおとめ。なんだか自分の世界にトリップしているぽい。どうやらおとめにとって木葉は大事な友達で、沢山の思い出があるらしい。木葉にはない。
大事なことだから2回言うが木葉にはない。詰まる所脳内設定だ。
「あー、思い出した。そういう子だったなこの子」
「思い出してくれた?私との沢山の思い出。修学旅行、楽しかったよね?」
「そっちは思い出してないし。あと修学旅行は2年生の行事だからまだだよ」
「体育祭だって、私達健闘を讃えあったもん!」
「体育祭エピは既出だからちょっと無理があるなあ」
「楽しかったよね、グアム旅行」
「グアム!?」
櫛引家にそんな金は無い。あったとしてもお前とは行かない。
「ほら、おとめがこんなに親身になって話聞いてあげようとしてるんだから慮れよ櫛引木葉」
「お前とは話してない、散れクズ雑魚」
「ひっ!」
千曲ともえに向かって刀に付着した血液を飛ばす。怯えるくらいなら挑発するな。こんな奴斬る価値すらない。
「あぁもう調子狂うな。なんか昔の私を相手してるみたいで吐き気してきたよ」
「大丈夫?背中、さすってあげようか?」
「この遠慮ない感じがまさに昔の櫛引木葉って感じ。はぁ。こんな所で私の変化をまじまじと見せつけられるとは思わなかったなぁ」
木葉は双剣となった瑪瑙を構え直す。その剣先にはノルヴァード。そして、
「それが、夜にしか姿を見せてくれなかった理由なんだよね、なわて」
「……………」
焦点の合わない瞳で木葉の方を向くなわて。足元がふらふらしていて覚束ない。
「廃人みたい……」
思わずそう呟く木葉に、ノルヴァードが言った。
「そうだね。上級悪魔である【蠍の悪魔】を現世に留めるには15期生の命と右腕、そして自身の1日の半分の時間を悪魔に差し出すという契約を交わさなくてはならない。逆に言えばこの程度の条件で上級悪魔を使役できる。君はすくなの力で代償が無いから羨ましいことだよ」
「随分ぺらぺらと喋ってくれるね。上級悪魔との契約……そっか。何となくだけど、お前もそうなんだよね、ノルヴァード・ギャレク」
一瞬きょとんとした顔をしたが、直ぐに元の余裕そうな笑みを浮かべた。
「ああ、だから嬉しいんだよ私と同じ人間が、上級悪魔と契約した人間がここには2人もいる」
ノルヴァードの背中から翼が生えてくる。その翼はその羽一枚一枚が鏡のような輝きを放っていた。鏡に木葉の顔が映る。
「アリエスは実に惜しかったね。彼は人の形を保つことが出来なかった。だが現世に悪魔を召還することで、【涅槃】の闇に隠れていた悪魔を現界させられる。そして、限界すれば『食べる』ことが出来る」
「【涅槃】……?」
初めて聞く単語だ。単純に仏教用語……と言うわけではなさそうである。
「あと少し、あと少しなんだよ。君を打ち負かして中の悪魔ごと食べて仕舞えば、すくなを屈服させることも、フォルトナ様を復活させることも出来る!!あぁ、我が創造主よ!早くそのお姿を拝みたい!!ああ、見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい!!!」
「……意外とヤバいやつだったなコイツ」
そう呟くが状況的には結構こっちがやばい。
主にヤバいのは上級悪魔と契約しているノルヴァードとなわて。次いでその配下の異端審問官が数名とレガートら騎士団の連中。消耗戦になるのであれば花蓮や零児と言ったクラスの面々も馬鹿には出来ない。何より勇者がいる。
単純に魔獣などの物量差であれば【酒呑童子】で対処可能だが、対人戦では話が別だ。
「【福音の悪魔】。さぁ、魔王を食い散らかしてやろうじゃないか」
巨大な真っ白な翼に生えた鏡面となった羽々。それらを木葉に向けていつでも戦闘準備可能となったノルヴァード。なわても右肩から真っ黒の腕が出現し、魔剣アンタレスを構えた。
レガートら騎士団の連中も抜剣し構える。じりじりと囲みにかかる調査隊。
「全員殺して突破、出来る状況じゃないか。くそっ、小雀もいるしな」
ノルヴァードを見ればわかる。あれは、片手間に倒せる相手じゃない。カデンツァかそれ以上の力を持っている、正真正銘の化け物。なわてにしたって前回は彼女が消耗していた所をなんとか辛勝できただけのこと。そんなヤバい奴2人相手に何が出来ると言うのだろう。
だから考える。この場をどう突破するか。
考えて考えて、考えて考えて。
考えるのが面倒になる。
ここを突破して何になると言うのだ?
「ああ、そっか」
木葉は思う。
どの道この状態では迷路やロゼには会えないのだ。
(これから生きててもみんなに会えないのなら、ここで終わるのが私の運命だったのかな)
運命。嫌な言葉だ。けれどどこかしっくり来る。
辛いこと続きの人生で、色んなものに翻弄されて、変わってしまった私で昔の友達とぶつかって、最後はこれだ。
会いたい人に会えばきっと傷つける。
木葉はもう大切な人を傷つけたくなんてなかった。エレノアみたいな末路を辿る人を見たくない。なわてだって傷つけたくない。アリエスだって本当は死なせたくなった。
後悔ばかりで終わる。嫌だけど、本当に嫌だけど、それが神様の運命だと言うのなら、それは……。
「運命、か。……うん、それなら」
最後まで足掻いて足掻いて、精一杯向こうの思惑を邪魔してから死ぬ。決められた運命の中でどれだけ自分の価値を残せるか考える。それが今の櫛引木葉に出来る最善の選択で……だから……。
「相討ちになってでも」
自分が生きた証を、櫛引木葉として生きた証をのこ、
「なーーーにが『運命』、よ。くだらない」
頭上に影が刺す。わずかに残っていた日光でさえ遮るその存在は、
「へ?」
木葉が作り上げた軍艦:奥羽の姿がそこにはあった。しかも何かが降りてくる。
ふわふわと、黒いスカートを靡かせて、ゆっくりゆっくりと降りてくる。
それは会いたくて、会いたくて、恋焦がれた少女。
「な、なんで」
自分にとって大切な人。もう会ってはいけないのに。傷つけちゃうかもしれないのに。
_____なんで、こんなに嬉しいんだろう。
「ほら、帰るわよ。バカ木葉」
ゆっくりと降り立った迷路は、少し怒りながら手を差し伸べてくるのであった。
…
………
…………………
迷路は木葉にとって特別な女の子だ。クラスメイトに辛い言葉をかけられ、殺されかけ、トドメの魔王化によって壊れかけていた心を救ってくれた。
ゴブリン戦の時、震える自分を抱きしめてくれた。壊れかけた心を繋ぎ止めて、温もりを与えてくれた。そんな存在。
深海のような深い青色の髪が靡く。サファイアの双眸が木葉を捉える。人形のように真っ白な顔の少女だが、怒っているのか頬に少し赤みが出ていた。
「めい、ろ……?」
「他の誰に見えるのかしら?」
「何で、こんな所に……あっ、来ちゃダメ!ダメなんだって、ば……」
____刹那、木葉を温かいものが包む。
迷路に抱きしめられていた。何が起こったか分からないと言わんばかりに口をパクパクとさせる木葉。だが嫌ではない。迷路の温もりが、鼓動が伝わってくる。
「木葉に何が起きてるのか、木葉が何に悩んでるのか、まぁ大方想像はつくわ」
やれやれと言わんばかりに迷路は目を瞑る。
「そ、れなら……」
「良い?よく聞きなさい?
私は貴方が大好きよ、木葉」
優しい声音で告げる。動揺する木葉を、さらに強く抱きしめる迷路。
「貴方と共に生きたい。貴方と日々を過ごして、歳をとって、貴方と共に死にたい。本気でそう思ってるくらい、貴方が好き。大好き。
……だからね、木葉。もし貴方が私を殺すようなことになれば、それは私にとって本望なの」
「な、なにを」
「貴方になら殺されたって構わない。だから、怖がらないで木葉。傷つけるかも、なんて考えて自分から去っていこうとするなんて、悲しすぎる結末よ」
「……そんなの、ズルい」
木葉は自分が泣いていることに気付く。迷路は少し木葉を離して、そのまま指で涙を掬った。
潤んだ視界にはっきりと映る迷路の表情は今まで見たことない程に柔らかいものだった。
「……私は、きっと迷路を殺しちゃったら自分を許せない。迷路が本望だって言ってくれてても、私が私を許せない」
木葉は苦しそうに言う。
異世界に来てようやく出来た大切な存在。もう手放したくない。もう1人になんてなれない。温もりを知った。愛を知った。生きる意味を知った。だからきっと、それを失ったらもう立ち直れない。それも自分の手で殺してしまったらと思うと、震えが止まらなくなる。
だから、やっぱりここでさよならを……。
「そう。……それなら、貴方が私を殺す時、私は責任を持って貴方を殺すわ」
迷路の言葉に、木葉は思わず目を見開く。
「へ?」
「ふん、さっきまでの諦めたような表情。気に食わないわ。そのアホっぽい顔の方がよっぽど好きよ」
ムっとする迷路。木葉の心情的に、その台詞は割と場違いである。
「わ、私を殺すって……本気?」
「えぇ、本気。心中よ心中。ロマンチックじゃない?」
心中。本の中でしか読んだことのないヤバそうな単語が躊躇いもなく出てくる。思わず呟く。
「……ロマンチックじゃないもん」
そして、呆れ顔をする。だがそんな木葉の口の両端を掴み、ぐいっと引っ張る迷路。
「いたたたたた!!何すんの……さ……?」
そのまま迷路は、木葉の唇に人差し指を当てた。
「呆れ笑い、それも貴方の諦め笑いよりよっぽど好き。……ねぇ、笑ってよ木葉。私はきっと、貴方を幸せにする為に此処にいるのだから」
「迷路……」
「勿論、死なないのが1番。けど覚えてて。貴方は私が止める、止めてみせる。……そしていざって時も貴方を1人になんてさせない。いつまでも一緒よ」
次の瞬間、木葉は涙を堪えきれなかった。そんな木葉の涙を再び拭う迷路。木葉は一言、
「ありがとう。私も大好きだよ、迷路」
そう言って、心から笑ってみせた。
「おい魔王!!我がわざわざ時間稼いでるというのにいつまでそこでイチャコラしてるんじゃあああ!!」
「うーん、終わったならさっさと戻ってきて欲しいんよ〜。ていうか僕もこののん抱きしめたいんよ〜」
金属のぶつかり合う鈍い音。
ふと気づくと、既に戦闘が始まっていた。ロゼとルーチェはそれぞれノルヴァードとなわてに対応し、それぞれ攻勢に出ている。
「ほう、フルガウド家の娘かい?」
興味深げに尋ねるノルヴァード。
そんな問いを不快だと言わんばかりにロゼは火雷槌を振るい、ノルヴァードの首を落としにかかるがその鮮やかな槍捌きも全て華麗に躱されてしまう。
「う〜ん、ノルヴァード・ギャレクをぶっ殺せる機会ではあるけど、今回はそういう感じじゃないからね〜」
「つれないことを言うじゃないか!」
翼を展開し魔法を発動させようとする。それを察知したロゼは瞬時に詠唱した。
「____ッ!《操竜》!足止めお願いみんな!」
「「「「ぎゃォォォォオオオ!!!」」」」
竜達がノルヴァードだけでなくフィールドにいる敵戦力に襲いかかる。竜人の里で手に入れた竜を操る竜使いフルガウド家ならではのスキルだ。
「きゃああああああ!!!」
「ドラゴン!?無理無理無理!!」
「お母さああああああん!!!」
17期生達はもう何が何やらという感じで大パニックである。まぁ無理もないとは思う。小型の竜とはいえその体長は軽く人間のそれを超えている。
「うわあああ!!あっち行け!!」
「きゃああっ!やだやだっ!!」
松本シンや上田おとめも必死にうずくまる。千曲ともえに至っては、
「あ、あば、あばばば」
気が狂ったのか、失禁したままぺたりと座り込み、ゲラゲラと笑っていた。
これには木葉も思わず「うっわ……」と言ってしまった。とは言えなんだかさっきまでロクでもない茶番を見せられてた分のイライラは解消できた。
さて、生徒達は無視してロゼが迷路と木葉に言う。
「ほら乗った乗った〜。そろそろルーチェが時間外労働だ〜!ってキレちゃうんよ〜」
「そう、我は誰かの為に働くのが嫌いなんじゃ!」
「そう言いつつ1番の世話焼きの癖に〜」
「えぇい揶揄うな鬱陶しい!ほれ魔王、さっさとロープに掴まれ!」
「……なんでルーチェ一緒なん?」
「……色々あったのよ」
「なんで不満そうなんじゃあああああ!!!」
深緑色の髪を乱れさせ、狐耳を逆立てるルーチェ。知らない間に弄られキャラになっていた事実にびっくりである。
いつの間にか木葉を抱き抱えたままの迷路はロープに掴まってグングンと上がっていく。
と同時に木葉の視界に羽が舞った。あ、これは……。
「我が主ぃぃぃぃい!!」
「あ、子雀……」
「その顔は忘れてましたね!?ちゅんは意地でもついていきますからねぇぇぇぇ!!」
必死になって羽ばたく子雀。頭突きしてくるので頭がぐわんぐわんする。
「ちょ、木葉誰よこのアホそうな鳥娘は」
「アホそうな!?ムキー!!!我が主、誰ですかこのクールぶったいけすかない貧乳は!」
「焼き鳥にしてやるわくそ鳥!」
「……取り敢えず後にしようよぅ」
上空で修羅場る2人をなんとか宥める。
徐々に徐々に上がっていく3人。そんな木葉達を逃すまいと騎士や異端審問官が攻撃しようとするが、
パラタタタタタタタタタタタタタタッ!
「ぐああああっ」
「え、銃!?」
「なんで!」
「おらおらおらおら!!!一応ゴム弾だよちくしょおおお!!!」
「え、なんで貴方が!」
「うるっせー!あたしは割と最初っから木葉側だわ!」
叫びながら銃を乱射する金髪の少女。それは木葉がよく見知った少女で、だからこそ木葉としては更に混乱してしまう。……何故、何故彼女が此処にいる?
「ひ、ひいちゃん!?」
「おー、木葉お久ー。やっと会えたな!元気してたか?」
「再会なのになんか軽い!ていうか本当これどういう状況!?」
「……後で色々と説明するわ。取り敢えずノルヴァード・ギャレクとナワテ・デクレッシェンドを仕留めるのは不可能よ。てわけで、脱出するわ」
色々なことが起こりすぎて頭の中がごっちゃごちゃになってしまった。
「そーだね〜、取り敢えず脱出なんよ〜。あ、勇者くらい殺しとく?」
「殺したらまた他の奴に移るんだから意味ないわ。今はこれが最善よ」
「かな〜?ま、今回はこののんの回収が目的だったしね、それっ!」
竜に乗って上昇するロゼ。口元には、自力で飛べないからと乱暴に運ばれるルーチェがいる。
「ぎゃあああああ、降ろすのじゃぁああああ!降ろすのじゃああああああ」
「降ろしたら異端審問官に狐鍋にされるんよ〜」
そのまま甲板に飛び乗る2人。そして、
「バイバイだね〜みんな〜」
「ばーか王都政府滅びろばーか、なのじゃー!」
捨て台詞を吐きまくる。だから、木葉も告げる。
こちらを絶望した表情で眺める花蓮に、ゆっくりと、
「また、後で」
後に残されたのはひび割れた山頂に立つ勇者パーティー。
ノルヴァードは呟く。
「成る程、アレが古代魔法。破壊しておくべきだったかな?……いや、無理か」
「…………」
「いつもより表情がある。そんなに私の失敗が嬉しいのかい、なわて?」
「…………」
「ふふ。まぁいいさ。次はもっと、偶発的ではなく万全の準備で迎え撃つとしよう。次会う時が楽しみだよ、魔王」
そう言ってノルヴァードは異端審問官達を引き連れてその場を去った。お付きの神官たちもテキパキと筆頭司祭2人の亡骸を回収していく。
「……………………この、は」
廃人状態のなわて。彼女もそう呟いて去っていった。
また、木葉のメッセージを受け取った花蓮は、
「ごめん、なさい……木葉ちゃん。本当にごめんなさい……」
壊れたように謝り続けるだけであった。
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