4話:白磁の星
「貴様は……何者だ?」
「おうよく聞け婆さん。アタシの名前は真室柊、王宮内で火薬扱った大馬鹿者だ!驚いて心臓止まってもアタシのせいにすんなよ?」
「ふむ、私を婆さん扱いね。年は取りたくないものだ。さて」
風が吹く。次の瞬間、闘技場内の煙が瞬く間に吹き飛んだ。
「《加重》《平行移動》。私に煙の類は効かない。さて小娘、貴様に用はない」
「アタシはあるんだなこれが。コイツらが生きててくれないとアタシは目的が果たせない。何より……」
「……?」
「アタシはコイツらが好きだ!」
「え?」
「は?」
「ほう」
馬鹿を見る目でミランダが見つめてくる。兄弟も思わず間抜けな声が漏れていた。だがそれでいい。
柊は自分がどうしようもなく不良で、不出来で、馬鹿なことを知っている。だからこそ余計な小細工はせず直球勝負なのだ。木葉の件だって、お互いがお互いに言葉を交わせば防げたのだと、本気で信じている。
(言葉にしなくても分かるだぁ?アタシは馬鹿だから言葉にしないと分からないんだ。だったらいくらでも、自分の本能のままに言ってやるさ)
「好きだから生きてて欲しいし助けたい。無理矢理理由は作らねえさ。お前だってそうだろ?な、ルビライト」
「お、おれは……」
「ルチアが好き、だから助ける。それと同じでアタシもお前らが好きなんだよ。だから、水臭い真似すんな、友達だろ……」
「ヒイラギ」
「アタシも連れていきやがれ。一緒に乗り込んでくれくらい言え!ったくこれだからゆとり王子は……」
銃を構え直す柊。
「……お前、もしかしてなんか怒ってる?」
「なっ!?ばっか、んなわけ!」
「……友達、だもんな。くくっ、悪い。らしくなく人に気を遣ってた」
「おう。ルチアも立てるか?」
「ん、ヒイラギ……ありがと」
「礼を言うのはここを出てからだな。その後飯奢れよ?」
「安上がりな女だな。策はあるか?」
「取り敢えずド派手に暴れる。それが条件だ。あとは賭け!」
「俺としたことが最後は人頼みか……」
「頭で考える貴族様には難しいか?」
挑発の笑みを浮かべる柊。ルビライトは首を振った。
「いや、上等だ」
同時に走り出す。ルビライトは魔剣をミランダへと向ける。柊は周囲の敵に向かって銃をぶっ放した。
「ぐああああ」
「くそっ、盾が効かない!?」
そんな彼らの死角をついて突撃してくる兵士には、
「《第四章・晩春》」
ルチアが巻物を展開し、浮かび上がった文字の羅列が兵士たちを絡め取る。瞬く間に眠りに落ちる彼らを踏みつけ、3人は進んだ。
「面白い。《加重》ッ!」
「チッ、効果範囲外に跳べっ!」
ルビライトの指示で跳ぶ3人。振り返り様に散弾銃を放つが、一定の範囲に入った瞬間弾の速度が落ち、ついにはミランダに辿り着く前に地面にめり込んだ。
「重力操作……?しかも空間全体に術式を展開できる空間魔法なの!?」
「間合いに入れないんじゃどうしようもねぇな。柊の弾の速度、もう少し早められるか?」
「試してみるかッ!」
再び突入。
ルチアが魔力防御を跳ね除ける術式を展開し、ルビライトは魔剣スキルで周囲の敵を物言わぬ尸に変えていく。そして、
「うらあああああああああ!!!」
一斉掃射。しかし全て陥没。
「魔力切れを狙うしかなさそうだけど」
「その前にこっちが切れちまうぞ?」
「逃げ出すって案は?」
「無理だな、それこそ外は無数の兵で囲んでる。なんとかミランダ自身を人質に取るしか手段はない」
「何でもいい。とにかく打ちまくる!」
柊は360度、各方面に向けて発砲した。
そう、別に闇雲に発砲していた訳ではない。それはルビライトも気付いている。では、何故、こんな無茶な攻撃を繰り返すのか。
それを読めなかったことが、彼女たちの勝因だった。
「いい加減諦めたらどうだね?私にその鉛玉で勝とうだなんて、些か傲慢だと思うのだが」
「……マジで硬すぎて無理。って訳で、作戦変更」
「割と派手にやったんだが、どうだ?」
「こればっかりは本当神のみぞ……あっ」
柊から間抜けな声が漏れる。と、同時に、
「《武甕雷》ぃぃいいいッ!!!」
闘技場が一瞬で爆散した。
…
……
……………
「な、何が……。柊がルチアに助言しなかったら死んでたぞ!?」
「お兄煩い。……これが策?」
「そ。兎に角気付いてもらう作戦!あの後アタシが何もしないでただここに来たと思うか?」
「……?」
「近場まで来てるなら白磁の星々の連絡機持ってる奴に、星間ネットワークで連絡入れられるだろ?一か八かで残ったメンバーかき集めてギリギリまで連絡取ってみたんだよ。最後は残ったメンバーに任せきりになっちまったけど、アタシらが粘ってるって向こうが分かれば来てくれるからな!」
「へ?それ、って……」
もはや原型を留めないほどに破壊された闘技場内の爆煙が晴れていく。
「しかし、援軍としては期待以上だろこれ……」
「へっ!?な、なにこれ!?!?」
驚くのも無理はない。
だって、柊たちの上空に、巨大な船が浮かんでいたのだから。
黒塗りの巨大な蒸気船。ご丁寧に大砲まで何問かセットされており、柊からしてみれば教科書にあるペリー来航を彷彿とさせる図であった。
「何事だッ!?」
流石のミランダもこれには驚いていた。まぁあの雷撃を受けて無傷で立っているのも驚きであったが。
しかし一方で彼女の部下たちは全てノックダウンしていた。
「こんにちは〜なんよ〜。遅れてごめんね〜」
どこか間延びしたトーンが闘技場内に響く。音響系のスキルで声が大きくなっているようだ。
「この声……」
「まさか!?」
「そ、仲間なんだろ?」
桃色の髪を持つ少女が闘技場に降り立つ。その手には真っ黒の禍々しい槍が握られており、黒い雷をパチパチと放っている。
「ロゼ、フルガウド____ッ!!」
「当たりなんよ、ミランダ・カスカティス将軍。パパに良くしてもらってた癖に裏切ったクソ女。貴方も僕の抹殺リストに入ってるんよ〜?」
その姿に柊は思わず目を奪われる。
そこに居たのは、絶世の美女だ。
桃色の髪と瞳。真っ白な肌と見るもの全てが羨むほどの美顔。豊満な胸、すらっと伸びた脚、綺麗な細い手。
しかし何より有無を言わせぬ程の圧倒的なオーラがある。近づくもの全てを雷で焼き殺してしまいそうな、そんな危うい雰囲気が。
「ふむ、あのような男のことは忘れたな。健気に敵討ちでもしようと言うのか?」
「まさかぁ〜。敵討ちだけじゃないんよ〜?国を丸ごとひっくり返してやるんだからッ!」
ロゼの合図とともに上空から大きな影が多数降りてくる。
それは、竜であった。
「なっ!?ぐああああああああああ!!!」
「やめ、やめろぉおおおおお!!!」
山小屋で出会うまで柊が絵本の中でしか見たことのなかった存在、ドラゴン。彼らは獰猛な牙を人間に向けて、次々と襲いかかった。
勿論ミランダにも竜が群がるが。それらを重力でねじ伏せていく。しかし、
「はぁっ!!」
「ぐあっ!!」
魔槍:火雷槌。その第二段階は柄の先端に真っ黒い球体が浮かび上がる。そこから巨大な黒い槍先が出現し、さらに空中に柄の無い黒の槍先が漂っている状態となる。
以前木葉と戦闘した際は天候操作まで行い、結果魔力放出が体内魔力量をオーバーしてしまった為に倒れた。しかしあれからロゼの魔力操作は格段に向上し、そもそも魔力量は増えている。ダッタン人の踊りやラッカとの戦いで経験を積み、自身の限界を見定めた故に武甕雷を放っても魔力は空にならない。
「絶対殺してやるんよ」
憎しみと狂気を孕んだ瞳でミランダを見つめる。しかし、そんなロゼの前を一枚の紙切れが舞った。
「馬鹿者!早く戻ってこんか!というかこのヤンデレ女の世話を我に押し付けるでないわ!」
「このはこのはこのはこのはこのはこのはこのはこのはこのはこのはこのはこのはこのはこのはこのはこのはこのはこのはこのは」
「あ、あはは……そうだった、今回の目的はこっちじゃなかったね〜」
人型を使用した通話。念話では1to1のコミュニケーションしかできないが、人型を使えばスピーカー機能が使える。狐人族:ルーチェの十八番である。
「良いかヴィラフィリアの童ども!この船は60人しか乗れんが今そこには何人残っとる?」
「外の連中はどうなってる?くそ、念話が全然つーじねぇぞ」
「すいません、殆ど全滅です……。俺らが不甲斐ないばっかりに」
ルビライトと共に東都司令部へと突入したメンバーは殆どが制圧され、首を刎ねられている。残ったメンバーはロゼの襲撃に乗じて闘技場内へと撤退し終わっていた。
「35名、これで全員です」
「……そうか。処刑された人数含めると50人は……みんな、すまない」
「当主様とルチア様が居ればどこででも再起は可能でございます!」
「そう、だな。……と言うわけだ。ロゼ・フルガウド、頼めるか?」
おずおずと聞くルビライト。今までロゼとは打算以外で仲間意識がなかった故、こうして頼るのは気が引けるのだろう。だがロゼは快く了承した。
「勿論だよ〜!さ、乗って乗って!僕こいつ殺してから行くから〜!」
「行かせん!」
「こっちの台詞〜」
ミランダの重力制御魔法を《ノイズキャンセル》で打ち破る。が、次々と繰り出される制御魔法の術式書き換えは相当難しく、消しては出して消しては出しての根比べのようになっている。
その隙に巨大な船___ 奥羽の収納ロープをよじ登り白磁の星々メンバーは船に乗り込んでいく。途中彼らを狙撃しようと魔術師が大量動員されたが、そんな彼らも一瞬で氷漬けにされていた。
「殺す、殺す、殺す」
呪詛を呟き続ける迷路にメンバーがドン引きしていたことはさて置き、全員回収を終えた奥羽は最後に意地でも引こうとしないロゼを無理矢理詰め込んで東都司令部を後にした。
「……逃したか」
「閣下、大変申し訳ございません」
「よい。私でもアレを仕留め切るのは難しい。それより時期に此方に押し寄せてくるであろう大軍を前に防衛体制を整える方が先決だ。失敗はそちらで挽回する」
「御意」
…
……
……………
「あとちょっとでぶち殺せたんよ〜?」
「無茶じゃな。アレでは千日手じゃ。女傑:ミランダはそう簡単には殺せんよ」
「ごもっともかも〜。めーちゃんも援護ありがとね〜」
「……別に、偶には運動しないと健康に悪いもの」
そんな会話に耳を傾けながら、柊は窓から下を見下ろしていた。
「ほんとに空を飛んでやがる」
柊は飛行機に乗ったことがない。だから、これが初めての空旅だ。まさか黒船に乗ることになるとは思わなかったが。
白磁の星々メンバーの治療は奥の部屋で行われている。
奥羽は広い。60人は食料含めて60人しか生活出来ないというだけで、生活考えなければもっと入る。そのくらい広い。と、言うわけでルチアなども先程まで治療を受けていた。主に青みがかった黒髪の美少女の手によって。
念のためということで柊も治療を受けた。青髪の子……迷路は話しかけても無視するばかりで少し居心地が悪かったが、それでも丁寧に治療してくれたので悪い子ではないのだろうと解釈する。
「助けてもらって悪いな、ロゼ・フルガウド」
「ロゼ、でいいんよルー君。こっちは作戦参謀の迷路、めーちゃん。それから」
「ルーチェじゃ。狐人族の姫君、として通っておるがまぁ好きに呼ぶと良い」
深緑色の髪を持つ狐耳ロリが自己紹介する。柊も名乗ることにする。
「真室柊だ。えっと、勇者パーティーっていえば、わかるか?」
「____ッ!?じゃああの手紙の内容は本当なんだね〜」
と、ロゼがのほほんと言うと同時に迷路が動いた。
勢いよく柊に掴みかかる。咄嗟の出来事になされるがままになってしまった柊は、その気迫に思わず気圧されてしまった。
「あんたが木葉を虐めた連中の仲間?」
どこまでも透き通るサファイアの如き紺碧の瞳に見つめられ、柊は言葉を失う。しかし段々とその発言を頭の中で咀嚼し、そして、
「……違う。アタシは木葉を助ける為に来た。アイツらとはちげーよ」
「………………」
「離してくれ。そんで、協力してくれ。木葉に何があったのかを聞かせて欲しい。あんたらは木葉の友達……なんだよな?」
「………ふん」
迷路はそのまま手を離し、椅子に腰掛けてぶすっとしてしまった。ルーチェがため息を吐きながらココアを持っていく。
なんで我がこんなことを……と不満げにしつつも、なんだかんだ迷路の世話を焼くルーチェは、柊から見ても微笑ましかった。
「ごめんね〜。めーちゃん、こののんの事になるとああなっちゃうから〜。普段はとっても優しい子なんだよ?」
「こののんってのは、木葉のことだよな?いや、アイツ良い友達に恵まれたんだな、良かった。えっと」
「ロゼって呼んで〜。五華氏族フルガウド家の現当主です〜」
「宜しくなロゼ。そいで、話してもらってもいいか?」
こうして柊は迷路、ロゼが出会ってからの木葉との冒険譚を聞かされた。レスピーガ地下迷宮、ラクルゼーロ市、リヒテン市、ボロディン砂漠、竜人の里、ヴェニス市、そして今。掻い摘んでではあるが、ある程度これまでの木葉の足跡を知ることができた。
そして、やはり思ってしまう。
「そうか。木葉は、だいぶ変わっちまったんだな」
「うーん、今のこののんをずっと見てるから、アレが自然体なんだろうな〜とは思ってるけど、正直昔のこののんとは全然違うからそこは気をつけてね〜?多分結構ショックだと思うんよ」
「いや、異世界に来た時点でどの道こうなってたし、なんなら現実世界でもいつかそうなってたさ。寧ろそんな木葉を支えてくれてたことに感謝する」
「あんたは木葉の何なのよ」
「ま、まぁまぁめーちゃん落ち着いて〜」
木葉の保護者的な態度を見せる柊に苛立ったのか、迷路は刺々しい言葉をかける。迷路はそもそも木葉以外に対しては辛辣な為仕方ないと言えば仕方ない。
「昔馴染みで、友達だ。つっても、昔から知ってる癖にアイツの本性さえ見抜けなかったお粗末な幼馴染だけどな……」
「……そう。それで、あんたはこれからどうするの?あんだけやばい目に遭ったんだからそれこそ」
「木葉を探す。手伝わせてくれ。アタシにとっても、アイツは大切な奴なんだ」
「……………」
「めーちゃん、人手は多い方が」
「ふんっ!そうやって幼馴染マウント取られるのが凄くムカつくわ!もう勝手にすれば良いじゃない!」
怒って今度はデッキへと駆け出していく迷路。我また追いかけるんか……とトボトボ歩いていくルーチェ、なんだかんだ面倒見が良い。
「えと……」
「あ〜。アレはめーちゃんなりに一緒に来ても良いわよって意味だから安心して良いんよ。それより、2人はどうするのかな?」
ロゼの視線はヴィラフィリア兄妹に向く。
「お前らが何の話をしているのかは知らんが、目的はロゼ、お前と同じだと思ってる。だからお互い情報を擦り合わせて、そこからまた明確にやるべきことを決めようと思う。それでいいか?」
「あーしも賛成。五華氏族内で協力しないのも変だし。勿論ロゼ……さんが良いならだけど」
「勿論良いんよ〜。一緒に打倒王都政府、なんよ〜!」
なんて盛り上がっていた。
さて、そんな彼女らにシャトンティエリ決戦の報せが舞い込んでくるのは数日後のことであった。それによって奥羽の一行の行先は凡そ決定する事になる。
その行先とは……。
…
……
……………
さてそんな和気藹々ムード後の深夜、甲板でヴィラフィリア兄妹は語り合っていた。主に妹が誘ったからである。
「……お兄」
「んだよ」
「……ごめんね」
「気にすんなよ。妹を守るのは兄の役目だ」
カッコつけてワインを飲みながらルビライトは言った。しかしルチアにとってその回答は気に食わない。
「むす〜」
「え、なんで怒ってるんすかね……」
「だって……」
(キスしたのに無反応とかありえないんですけど)
あの場は本当に死ぬかと思ったし、後悔のないようにと気持ちが先走った結果だったのだが、キスはキスだ。初キスだ。ルチアは不満げにそっぽを向いた。
「マジで分からん」
「お兄鈍感で馬鹿だもん」
「馬鹿に関しちゃお前もだ。勝手に諦めやがって……」
「お兄も、その『俺が守る』って言うなんか嫌だ」
「ん?」
「あーしらは兄妹。一蓮托生なの。だから、お兄が一方的にあーしを守るんじゃなくて、お互いがお互いを守る。それが自然でしょ?」
ルチアは笑う。驚いているルビライトを見て、やっと一泡吹かせてやったと微笑んだ。
「あーしも成長してるんですー。お兄におんぶ抱っこじゃないんですー」
「あ、あぁ……。そう、だな……」
「何?その歯切れの悪い回答、きも」
「きもは余計だろ。ほら、冷えるし戻るぞ」
「あ、ちょっと待ってよお兄!」
駆け足のルビライト。呼び止めるルチア。しかし、ルビライトは何かを思ったのかふたたび振り向いた。
「……大きくなったよな、お前もさ」
「へ?お、おに……」
そうして、ルチアにそっと口付けをした。
「……好きだよ、ルチア。だから、ちゃんと俺に王子様をやらせてくれ」
「……ぁ」
暫く見つめ合う2人だったが、ルビライトはふと目を逸らして前髪を弄り始めた。
「……柄でもねぇ。戻っぞ」
照れたように後ろを振り向こうとするルビライト。その裾を引っ張り、ルチアは呼び止める。
「お兄」
「あん?」
「私も、大好きだよ」
空の向こうで、白磁の星が煌めく。一つ、また一つとこぼれ落ちる様に流れる流星。遠い空の向こう、2つの星が隣り合って光っている。
甲板の2人を見守る様に、変わらずそこに存在し続ける。願わくばずっと一緒に、という願いを背負って。
これにて真室柊の章は終わりです。
そして次回から第4章突入します。後半戦の章です。最後までお付き合いください。




