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3話:死亡フラグには早すぎる

「直ぐに出るぞ、全員10分以内に準備しろ」


 そう吐き捨てて商店から出て行こうとするルビライトの腕を掴み、引き戻す。ルビライトは煩わしそうにこちらを睨んだ。


「なんだ、邪魔をするのか?」

「冷静になれよ!まだすぐ処刑されると決まったわけじゃない!それに、今行ったらそれこそ向こうの思う壺だろ!」

「煩い離せ!」


 カッとなって柊を跳ね除けるルビライト。完全に冷静さを失っている。

 だが柊とてこんなところで協力者を失うわけには行かない。いや利害関係抜きにしても、柊はルビライトとルチアの兄妹を気に入っていた。異世界で初めて出来た友達だと、本気で感じていた。


「俺は、俺は!……あいつを失ったら生きていけない……。あいつが居たからこれまで生きてこられたんだ。ルチアが、居たから……だから……」

「ルビライト……」


 壁にもたれかかり、項垂れる。それ程までに大事な存在が奪われたのだ。そして、その気持ちは柊にはよく分かる。

 

「頭を冷やしてくる」


 そう言って地下の一室に篭ってしまった。

 残された白磁の星々メンバーも表情は暗い。ルチアもルビライト同様に彼らによく慕われていた。

 柊も今何ができるかを考えなくてはと思い直す。


「……ルチア」


 結局その日、ルビライトは部屋から出てこなかった。白磁の星々メンバーに勧められて柊はホテルに戻ることにした。

 





 ルチア・ヴィラフィリア以下白磁の星々メンバー29名の処刑が決まったことを知ったのは、その翌日のことだった。



……


……………


 幼い頃、世界が酷くつまらなく見えた。

 豪華な屋敷、立派な庭園、美しく並べられた食事、上質な衣服。口を開けば貴族の義務、優雅さと高貴さを重んじろ、と教えられてきた。

 両親はいい人達だったと思う。特にテーブルマナーや料理については熱意を持って教えてくれていた記憶がある。

 【食器使い】。1000年前の偉大なる騎士様が残したスキル。それを受け継ぐヴィラフィリア家の長男として、無礼な作法は許されない。そう、他の貴族の子女と会い、会食をさせられるたびに言われてきた。

 だからこそ、高度な教育とガチガチに塗り固められた貴族社会の常識を施され今後も貴族社会の中で生きていくのだろうと、漠然と思っていた。


「ルチア、という。兄として仲良くしてあげるように」


 そう、ルチアがやって来るまでは。


「あぅ、あうー!」

「妹、妹か……」


 父と懇意にしている口髭の濃い男が、五華氏族オリバード家の当主と知ったのはルビライトが5歳の頃だった。

 ルビライトの家に預けられた幼な子、上級貴族のはずのオリバード家の娘が人の家に預けられると言う事態については深く考えてなかった。その頃のルビライトにとって、妹が出来たという事実が何よりも大きなことだった。


「まー!にーにー!」

「ぷっ、変な顔」


 1歳児でもう喋り始めた幼児のほっぺをムニムニと弄る。ルチアとの時間は幸せだった。絵本を読み聞かせてやったり、玩具で遊んでやったり、ご飯を食べさせてやったり。誰かの為に何かをしてあげることが、こんなにも幸せなことだとは思わなかった。

 利害関係でしか接することのできなかった他の人とは違い、純粋に好きだから接することのできる相手。


 _____それは、お互いの家が滅んでも変わらなかった。


 6歳の頃、王都内乱でルビライトの父とルチアの父は敗北。王都軍はオリバード公爵領を蹂躙し、ヴィラフィリア公爵領にも大軍が迫っていた。

 ルビライトの父は少数の手勢にルビライトとルチアを任せて、彼らを逃した。幼かったルビライトでも、これから両親が辿る運命だけはなんとなく察することができた。……ヴィラフィリアの屋敷が炎に包まれ、両親が死んだと知ったのはその2週間後だった。

 ヴィラフィリア家の家臣団がルビライトを裏切って王都政府に差し出そうとしたこともあった。だから、2人で逃げた。


 その時に、初めて人を殺した。


「誰も信じられない。俺はお前さえ、お前さえいればいい」

「あう、うー」


 【魔剣:ハイドランジア】との相性が良かったのは幸いだっただろう。6歳児には手に余る大剣だったが、不思議と持つことができた。それで追手を次々に殺した。特に裏切った家臣団なんかは飢餓状態にして惨たらしく殺した。そんな中でも、ルチアを抱いて眠れば安心できた。

 それから、父が残した人脈を当てに各地を転々として匿ってもらったりもした。信用は出来なかったけど、父が慕われていたのは分かったから、幸い裏切られるなんてことはなかった。


「お兄ちゃん!遊ぼー!」


 ルチアも大きくなり、随分生活も安定してきた頃、身を寄せていた所の貴族が左遷させられた。

 この時、ルビライトは思った。ここを出て、自分たちで生きていける居場所を作らなくてはならない。両親の復讐だとか、一族の誇りだとかそんなものはどうでもよかった。ただ、ルチアが安心して暮らせる世界が、居場所が欲しかった。

 ルビライトにとってはルチアが全てで、ルチアの為に自分の生があった。だから、だからこそ……。


「お前を取り戻す。お前のために白磁の星々なんて組織を作ったんだ。……待ってろ、ルチア」


 柊の製作した兵器を装備し、白磁の星々メンバーに招集をかける。皆快く賛同してくれた。いい奴らだ、とルビライトは思う。それと同時に申し訳なく思う。自分はただルチアの為の居場所を作るためにやっているのに、みんなは付いてきてくれる。

 恐らくもっと大きなことを期待されているのに、ルビライトはきっとそれに応えられないと分かっていた。


「目標、ストラスヴール要塞東方司令部中央闘技場。普段はお偉方を招いて剣闘士を戦わせる場所だが、この日は下々も招いて処刑ショーを行うつもりらしい。完全に罠だが、これに乗らない手はない。ルチアと、仲間を奪還するッ!」

「「「「「応!!!」」」」」






 もぬけの殻となったヴィラフィリア工房。全ての武器が持ち出されたのを見た柊は一言、


「……馬鹿野郎が」


 とだけ呟いた。



……


……………


 ストラスヴール要塞東方司令部。ここより東は古代よりリルヴィーツェの民、すなわち満月教会の勢力が及ばない民が跋扈し、度々パルシア地域へと侵攻していた。そして、そうした侵攻を跳ね除ける為に築かれたのがこの街なのだ。建国以来、東都のこの地には国王の最も信頼する武臣を配置してきた。

 先代国王:エルクドレール7世の治世下ではフルガウド家につぐ武家がこの地を守っていたが、現在の総督ミランダ・カスカティスは元々冒険者出身である。


「詰まる所、私がその気になれば貴様らの首をすべて刎ねることは可能なわけだが、聞いているかね?小娘」


 ミランダの視線の先、そこには十字架に貼り付けられたルチア・ヴィラフィリアの姿があった。

 処刑日当日、東方司令部の中央闘技場はかつてないほどの人数でごった返していた。


「殺せー!」

「テロリストどもめ!」

「神聖王国の繁栄を邪魔する売国奴が!」

「悪魔の子らに死を!」


「お兄ちゃん、ごめんね……」


 ルチアが呟く。そんな声も歓声にかき消されてしまう。

 ルチアの目の前で白磁の星々メンバーの首が落とされても尚、ルチアは目を瞑ったままだった。

 ルチアにとって白磁の星々は家族だ。本当の家族と会ったことを一切覚えていないルチアにとっては彼らが、そしてルビライトが家族だった。


「辞世の句でも読むかね?」


 白髪の女傑:ミランダは杖をルチアに向ける。しかしルチアは目を開かない。


「………………」


 本来なら16年前にルチアは死ぬ筈だった。それをルビライトが助けてくれた。ルチアの為に人を殺し、道を切り開き、ルチアに世界をみせてくれた。

 ルチアはそんなルビライトが好きだった。惹かれていた。恋をしていた。本来16年前に死ぬ筈だった自分に、ここまでの感情を抱かせてくれたルビライトのことが本当に大好きなのだ。


「……伝えれば、良かったな」


 不思議と恐怖はない。ただ心残りは兄のことだけ。


「あーしね、嬉しかったんだよ」


 表情も変えずに心臓に杖を突きつけるミランダ。そんな彼女のことなど視界に入ってないかのようにルチアは喋る。


「お兄ちゃんが、本当のお兄ちゃんじゃないって知った時、ショックだった。けど、嬉しかったんだよ。素っ気ない態度取って困らせちゃったけど、照れ隠しだった。


______あぁ、これでお兄ちゃんのこと好きになっても良いんだって、嬉しかったんだよ」


 視界がぼやける。閉じたままの瞳から涙が溢れ出してくる。それを見てミランダは、手を挙げて合図した。

 魔術師たちが杖を構える。


「ド派手に殺してやろう。さらばだ、弱者よ」


 ミランダの杖に魔力が溜まっていく。闘技場全体に光が満ちていき、そして、











「大好きだったよ、お兄ちゃん」













「勝手に諦めてんじゃねーよ、馬鹿ルチア」













 ドゴォオオォォォォォォォォオオオン!!!


「来たか」


 闘技場が白煙に包まれる。外が妙に騒がしい。どうやら戦闘が始まったらしい。


「な、なんで……」


 涙でぐしゃぐしゃなルチアはここにきてようやく目を開いた。そこには、彼女が待ち望んでやまない存在が、世界でたった1人のお兄ちゃんがいた。


「なんで_____ッ!」

「うるせぇ、なんでじゃねぇよ馬鹿」


 金髪緑眼の王子様:ルビライトが吠える。紫陽花のレリーフが象られた魔剣:ハイドランジアを片手に、その目はミランダを睨んでいた。


「よく突破できたものだ。1人だけだが、大したものだよ」

「【認識齟齬のローブ】、五華氏族なら持ってるもんだ。お前のとこの魔法戦力は軒並み東都の外で魔族からの防衛戦力に費やしてるだろうからな。看破られないで済んで助かったわ」

「ほぉ。少しは私を楽しませて欲しいものだねぇ……ハッ!」


 ミランダが言い終える間も無く、ルビライトが斬りかかる。それを杖で軽くいなすと、いくつかの魔法攻撃を放ったがそれら全てを魔剣で防ぎ、闘技場にはその余波で土煙が舞う。


「少しはマシな方だな。流石は五華氏族の当主」

「言ってろ。俺はそんなものになるつもりは毛頭なかったんだけどなッ!」


 ミランダは指揮者の如く杖を振るい、風裂きの魔法を繰り出す。しかし魔剣はそれら全てを防ぎ、そのままルビライトは踏み込んで攻勢に出た。


「ハァッ!」

「へぇ」


 だがその背後から術式が展開され、魔法の糸がルビライトを絡めとる。


「魔剣スキル:《紫陽花の咲く季節》、すり潰せ」

「_____ッ!?」


 詠唱を開始すると、ルビライトの四肢を絡め取っていた糸がプツリと切れ、そのままの勢いでミランダに斬りかかった。再びミランダは防御魔法で防ぐが、今度はその術式ごと破壊されミランダの杖が反動で粉々になった。


「おっとッ!やるね」

「その首貰い受けるぞ、ミランダ・カスカティス!」

「取れるものなら取ってみるんだね小童!」

「《紫陽花の咲く季節》!噛み砕け!」


 再び魔剣スキルを展開する。今度は完全にミランダが効果範囲内に入っていた。

 魔剣ハイドランジアは食器使いの一族が代々受け継いできたパルシア王の秘宝だ。一見ただの馬鹿でかいナイフのように見えるその剣は、見た目同様『食べる』ことに特化している。

 

「ぐっ……」


 ステンドグラスが割れたようなキラキラした光が周囲に降り注ぐ。その瞬間、境界線に立っていたミランダの首筋から血が飛び散った。


「ミランダ様!」

「来るな馬鹿者!!!」


 騎士達が駆けつけ、それをミランダが制したが時すでに遅し。

 結界の効果範囲に入り込んだ騎士達が肉片と化したのをミランダは目の当たりにした。


 ビシャッ!ビシャビシャッ。


「……おっかないねぇ。結界を展開してそこの範囲に入った人間を斬りつける。でも、どうやら常時使えるわけじゃぁなさそうだ」

「さぁてな?試してみるか?」


 普通の人間なら「間合いに入ったら自動で斬りつけられる」などと言われたら臆して近寄ろうとはしない。

 しかしミランダは普通の人間ではない。


「ならこれはどうか」

「____ッ!?速い!?」


 一瞬で間合いを詰めるミランダ。その熟練した動きはやはり冒険者出身である彼女だからこそできる身のこなしだった。だが、


「食え」


 瞬間、ミランダは後方に大きく仰反る。


「……これは、酷い感覚だね」

「くっ、あんだけ魔力を込めたのに無駄撃ちか」


 ルビライトの魔剣スキル:紫陽花の咲く季節の効果の1つに、相手に精神に異常をきたすほどの飢餓を味わわせるというものがある。非常に魔力を使うが、このスキルの効果類の中でも1番効力が強い技だ。


「くっ」


 咄嗟に回避したとはいえ少し喰らったため、飢餓に襲われて思わず膝をつくミランダ。その隙を逃さず踏み込もうとするが、遠方からこちらを狙う存在に気付く。


「結界魔法の一種だ!近づかないように遠距離から撃ち殺せ!」


 東都の副総督が支持を出し、遠距離狙撃部隊が杖を構えた。しかし、


 パラタタタタタタタタタタタタタタッ!


「対策済みだよクソ野郎どもが」

「「「ぐああああああああああ!!」」」


 柊から借り受けたサブマシンガンの引き金を引き、弾幕を撒いた。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるとはよく言ったもので、撒いた弾幕の幾つかは兵士に命中しその動きを封じていった。

 とはいえミランダにトドメを刺すのは無理そうなので、この隙にルビライトは十字架を斬り倒し、ルチアを助け出すことにした。根本からぽっきり十字架を折って、落ちてきたルチアを抱きとめる。


「ちょっ、お兄!?」


 真っ赤になったルチア。そんなルチアに向けてルビライトは微笑んだ。


「迎えに来た。帰っぞ、ルチア」

「_______ッ!」


 その言葉を聞いてルチアの目から涙が溢れ出る。

 諦めてなんかいなかった。幸せになりたかった。けれどその幸せを掴むには世界は残酷で、敵だらけで……。けれど……。


「ルチア、俺は……」

「私のことを忘れてもらっては困るな、ヴィラフィリア兄」


 直後、身体がドっと重くなる。這いつくばるように倒れてしまう。けど、


「ルチアッ!」


 ルチアには魔法の効果が行かないようにルビライトは覆い被さって身代わりとなった。


「お兄ちゃん……」

「私の得意魔法は重力魔法。戦士として殺してやっても良かったが、この調子だと近づけないのでな。一斉放射も悪くないが、個人的にはトドメは私が刺したいのでね」


 徐々に押し込まれる。


「ルチア、俺が絶対守ってやる。だから、心配すんな」

「お兄、ちゃん……」

「外でみんな戦ってる。ここを突破してみんなと合流を……」

「やだよ、そんなの絶対やだ」

「ルチア……」

「お兄ちゃんが居ないなら、そんな世界に意味はないもん」


 見つめ合う。

 互いにとって、互いこそが唯一の家族で、初めて『愛』を知った相手だった。だから、


「死ぬ時は一緒。1人になんかさせないし!」

「……悪いな」

「いいよ、うちらの仲だもん」


 そう言うとルチアは起き上がり、





 そっと口付けした。











「だーかーらー!!!死亡フラグには早すぎるってーの!!!馬鹿かお前らは!!」

「へっ!?」


 パラタタタタタタタタタタタタタタタッ。


 一斉掃射、という言葉が相応しい。文字通り、闘技場内の兵士たちは銃撃によって吹き飛んだ。

 更には煙幕が貼られ、闘技場内を煙が覆う。


「まさかルビライトと似たような登場する羽目になるとは思わなかったぞ馬鹿野郎!効率よく2人で行けば良かったな、ああもうはっず!」

「……ひ、ひいらぎ?」

「あぁ柊だよ。折角不殺でやってきたのにもしかしたら当たっちまったかも知れねぇ。どう責任とってくれるんだゴラ」

「いや、それは……」


 狼狽える兄妹に手を差し伸べる金髪の少女。ルビライトと違って霞んだ金色、しかしその金色がこの闘技場内で今1番輝いている。


「みんなで帰ろうぜ。反省会だ。責任とってあたしに金寄越せ。それでチャラにしようぜ」


 真室柊は、散弾銃片手にニカっと笑うのだった。

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