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1章12話:壊れた正義の魔王様 ★

 目の前の少女の1人が苦しそうに呻く。その見開かれた目をこちらに向けて、必死に助けを求めている。

 木葉を絡める黒い手は少女達の生命力を木葉に移し替えるための魔法だ。その影響か、木葉の心はどんどん悪いものに侵食されていった。


(あぁ、あぁぁぁ、憎イ、憎イ、憎イ、憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ!!! 人間が憎イ、人が憎イ! 殺ス殺ス殺ス!)


 木葉という真っ白なキャンバスが、黒の絵の具によって塗りつぶされていく。木葉は深い谷底に落ちていくような気分を味わった。





 それでもなんとか這い上がろうと真っ黒な水の中でもがきながら必死に上を目指そうとする。光など見えず光明はない。上下左右の感覚もない、自分がどこにいるかもわからない。

 だけど確かにある前だけを見つめて……そして、






 目の前の女の子が、確かに絶命した瞬間を見てしまったその時、木葉の中で何かが割れる音がした。






……


………………


…………………………


 助けなきゃ。


 助けなきゃ。


 助けなきゃ。


 わたしはどうなってもいい。どうなってもいいから、わたしのために誰かが傷つくのはもう嫌だから。






 ーー助けなきゃ! 







「そう、木葉ならそういうと思った」

「へ?」


 鉛色の空と草原、いつもの夢。でもいつもと違うのは……相手の顔が見えることだった。


「だ、れ?」

「すくな。"このは"の"すくな"。"すくな"の"このは"」

「わたしの、顔?」


 目の前の少女。真っ白な美しく長い髪、そこから覗く大きな黒いツノ。真っ赤な瞳。黒い着物。どこか幻想的な美少女だったが、その顔は間違いなく木葉のものだった。普通の人なら同一人物だと気づかないだろうが、本人だから気づける。


「うん、だってすくなはこのはだから。すくなはこのはが好きだから」

「へ、あ、あの。すくなちゃん、思い出した。この前会ったよね?」

「すくなって呼び捨てにして。どうせすくなはこのはなの。自分のことをちゃん付けってよくわからないよ」

「そっか、じゃあすくな。えっと、なんでここに?」

「すくなはこのはを助けに来たんだ。そして、このははあの女の子たちを助けたい。違う?」

「違わない。私は、もう目の前で人が死ぬのを見たくない! 誰かが、私のために死ぬのも……」


 目を伏せる。すくなはそんな木葉に近づいてきて、そっと抱きしめた。


「大丈夫。このはは魔王だから、救える。すくなが救ってみせる」

「え?」

「スキル:鬼姫。あれを使えば、このはは『鬼』を降霊出来る。あの太刀をつかって、道を切り開ける」

「太刀?」


 すくなの指差す方を向くと、そこにはいつのまにか鳥居ができていて、奥は神社となっていた。鳥居をくぐって、歩いていく。そして神社の境内に入った時、そこには


「太刀……?」

「夢の中の女の子に、会いたいんだよね?」

「あ」


 夢の中の女の子が、木葉に渡していた太刀。漆塗りの鞘は所々黄金の装飾がされていて、芸術作品と呼ぶに相応しい。そんな太刀が、神社の境内にポンと置かれた木箱の中に収められていた。


「刀の名は『瑪瑙(めのう)』、あれを媒体にしてすくなや『茨木童子』をおろせる」

「い、いばらきどうじ!? あの、鬼の?」

「それがこの世界での木葉のスキル:鬼姫。降ろすと、ほら、こんな風になる」


 すくながくるりとターンする。真っ白の髪が靡き、着物がふわりと舞う。


「すくなは元々このはに付いてたけど、茨木童子は違う。このは自身が、この世界にきて降ろす鬼。魔王。あの子達を助けるには、その覚悟がいるよ。すくなを降ろすのだって。すくなに身体を預けちゃうようなもの。それでも、やるの?」

「やるよ」

「即答だね」

「私がどうなろうと、あの子たちは救う。関係ない子を巻き込むなんて嫌だ。そのためなら私は、鬼にでも魔王にでもなる」

「そう? じゃあ取るといいよ。今のこのはなら大丈夫。きっとすくなを受け入れられる」


 コクリと頷くと、木葉は木箱から太刀をゆっくりと取り出した。竹刀と同じくらいの長い太刀。けれど、何度も持っているからその扱いには慣れている。


 トン。


 すくなが木葉に触れる。その温もりを感じて木葉は少し落ち着いた。


「大丈夫、すくなが一緒」

「……うん」

「私は、すくな。両面宿儺(りょうめんすくな)。ヤマト王権のあたりから居る由緒正しい方の両面宿儺だから昨今の都市伝説と混同しないように」

「ごめん、私オカルト詳しくなくて。その辺含めて後で全部説明してね」

「ここを切り抜けたらね。じゃぁ、いくよこのは」

「わかった!」








「「スキル:《鬼姫》!」」








 地下迷宮に光が溢れる。先ほどの魔王の少女の髪は雪のような白銀に染め上げられ、その瞳は妖しく美しく燃え上がる炎のように真っ赤に煌めき、額から覗かせるは真っ黒な二本のツノ。そのドレスはいつのまにか漆黒の着物へと変化し、佇む姿は魔王というより寧ろ『鬼神』というに相応しい。


「おぉ、魔王様!」

「魔王様だ! 復活されたのだ! これで人間を皆殺しにできる!」

「メルカトル大陸に魔族の楽園を!!」


 木葉の中を凄まじい早さで血液が流れる。髪が染まっていく感覚。目は真っ赤で、頭には大きな黒い二本のツノ。それでも理性はしっかり保っている。


(私は木葉、櫛引木葉。罪もない人々を殺したコイツらを殺す、魔王だッ!)


「魔王様……これで復活し」

「エイッ!」

「な!?」


 地面にヒビが入る。木葉が少し手をかざしただけでこれだ。魔王の力を実感する。木葉の中で急激に何かが湧き上がってくる。既に死んでしまった少女達を横目に、木葉は絡みついていた手を掴んで、強く握りしめた。

 轟々と炎に焼かれて燃えていく手。エネルギーの供給先を失ったソレは少女たちへと逆流する。いささか顔色が良くなったように見えた。


(こんなことじゃ、死んじゃった子には申し訳ないけど、それでも。生きている子は助けたい。死んじゃった子にしてあげられるのは、仇を討つこと!)


「魔王様!? 何を……?」

「その子たちを解放して」

「魔王様!?」

「貴方たちは人間じゃないから、容赦はしない!」


 少女たちは今にも死にそうな表情だったが、まだ息はある。木葉は瑪瑙(めのう)を鞘に入れたまま地面に突きつけた。すると、突いた場所から光が溢れ、それは少女たちへと向かっていく。


「魔王様!? それは我々が魔王様に捧げた奴隷どもの力です!! 何故お返しになられるのですか!?」

「ふざけないで! 絶対に死なせるもんか! 私は、罪のない誰かが死んでいくのを見たくないッ!」

「魔王様! えぇい! お前たち、魔王様を止めろ!」


 魔族がフードをとってその姿をあらわす。迷宮内の洞窟からは、無数の獣たちが飛び出てくる。獰猛な牙を持ち、体全体が真っ黒く染め上げられた異形の化け物ども。だけど、不思議と恐怖はなかった。


「あれは、魔獣だね。魔族は100名くらいかな? ボルゲーゼとジャニコロ。魔獣を操ってるのは、ジャニコロの方だね。いける?」


 すくなが木葉に話しかける。木葉は頷いた。


「あの子達を救わなきゃ、絶対」

「分かった、じゃあいう通りにして。先ずは目の前の魔獣から斬って」

「わかった!」


 前方から大量の魔獣が襲いかかってくる。木葉は冷静にステータス画面を確認した。


【櫛引 木葉/15歳/女性】

→役職:魔王 (月の光)

→副職:剣士

→レベル:??? (計測不可)

→タグカラー:

HP:4500

物理耐久力:1900

魔力保持量:6000

魔術耐久力:4000

敏速:2000

【特殊技能】《捏造》《鬼姫》:

両面宿儺(りょうめんすくな)

茨木童子(いばらきどうじ)→《鬼火》

【通常技能】《言語》

・強化技能:《身体強化》《精神汚染耐久+》《自動回復力強化》《切断力強化》

・剣術技能:《居合》《切断》

・防護技能:《障壁》

・回避技能:《察知》《奇襲回避》


(剣術スキル:居合!)


「ハァァァァッ!!!」


 木葉が勢いよく瑪瑙(めのう)を引き抜く。その瞬間、木葉に飛びかかろうとしていた魔物が真っ二つに斬れた。物凄い量の血が木葉にかかるが、木葉はそれを物ともせずに襲いかかる魔獣を次々と斬っていく。


「ヤァァア!」


 背後から二匹、狼のような魔獣が接近するが察知のスキルがそれを捉える。振り返ることなく、その太刀を振るって魔獣を裂いた。


(これが、茨木童子の力。全能力値を上限を設定して一時的に跳ね上げさせる)


「えぇい! 何をしている! 止めろ!」


 ボルゲーゼが叫ぶが、木葉はその指示に従って掛かってきた魔獣を次から次へと斬り伏せる。流れるような刀さばきにより一太刀で絶命させていく。その返り血を浴びて、血だまりを踏みつけゆっくりと前に進むその姿はまさに、


「鬼……いや、その美しさから『鬼姫』とでも名付けるべきか」


 ジャニコロが呟く。次々と裂かれていく魔獣を前に、とうとう十月祭を使うことを決断した。


「やれ、十月祭。魔王を止めろ」

「きひひひ、いひひひひぃぃ!」


 十月祭はその腕を黒い太刀のように変形させて、木葉に斬りかかる。木葉を貫いたスペル:幻影がかけられているため、木葉にはそれが途方もなく強い大剣にみえるよう設定されているとジャニコロは思い込んでいる。しかし、木葉はビクともしない。


(重い……けど、私の方が強い!)


「りゃぁぁあ!」

「何!?」


 パリィインッ! 


 十月祭をはじきかえす。その腕の太刀は粉々に砕け、ステンドグラスのようにキラキラと辺りに飛び散る。相変わらず不気味な笑みを浮かべる十月祭だったが、そこには明らかな隙が生じた。


(こいつは敵。私の敵。バケモノ。ちゃんと、焼き殺さなきゃ)


「十月祭! 何をしている!? さっさと腕を生成して次の攻撃を」

「させないッ!」


 木葉は瑪瑙(めのう)を構えて目を見開く。その標的を決して逃さないように。





「《鬼火(おにび)》!」





 木葉が叫ぶと突如、瑪瑙(めのう)が赤く光り出した。そうして刀が燃え出す。火力は徐々に増していって、地下迷宮の天井にまで届く炎の柱が迷宮内を煌々と照らす。パチパチと何かが爆ぜる。木葉の怒りを体現したような神々しいまでの炎。全てを焼き尽くす浄火の一撃。


「まずい! 十月祭!」

「いひひひひひひひひひ」

「遅いよッ!」


 木葉はその太刀を握りしめて、構えた。そして、


「あああああああッ! 燃えろぉぉぉぉお!」


 太刀を振り下ろす。と同時に、自分と少女たちに《障壁》を貼る。十月祭は生成した剣で防ごうとするも、瑪瑙(めのう)の火力がそれを許さない。

 凄まじい爆風とともに炎が十月祭に直撃し、爆ぜた火の粉が迷宮内を燃やし尽くしていく。残った魔獣は骨も残らずに焼却され、近くにいた魔族たちも焼かれた。十月祭もまた、その身を徐々に灰へと変えていく。


「いひひひひひひ、ひゃはははははははははは、あははははははは、あひひひひひひひひひ、もえるもえる、あついいいいいいいいいいい、あはははははははははははは」


 絶叫したのちその身は完全に消滅した。瘴気すら残さない、完全なる浄火。残ったのは、灰まみれの玉座の間。

 先ほどの火の余波で、人型の魔族はその尊厳を保ってなどいなかった。隅に隠れて残った魔族も、その顔が痛々しく焼け焦げている。その表情は、先ほどの少女たちのように恐怖で歪んでいた。


「これが、魔王の力……」

「ひ、ひぃぃぃい!!」


 ボルゲーゼが悲鳴をあげた。ジャニコロはいつのまにか消えてしまっている。焼き尽くされたか、逃げたか。

 木葉は鬼火を解いて、火を収めた。瑪瑙(めのう)は元の美しい太刀へと戻る。そして、ボルゲーゼの元へつかつかと歩いていった。


「ひぃ、ひぃぃぃ! 来るな、来るな来るな来るな!」

「質問してもいい?」

「やめ、やめて、いやだぁぁ、あぁあぁぁぁぁあぁあ!」

「なんで、人間を殺そうとするの?」

「わ、わか、わかりま、せん。ごめんなさい、許して、許して」

「魔族の楽園とか言ったよね? そんなことのために、ここの人たちを殺すの?」

「いやだ、やめて、やめてください、やめ」

「そんなことのためなの?」

「知らない、しら、ない。やめ、やめて……」

「そっか……やっぱり分かんないや」


 木葉が溜息を吐いた。その表情はどこか清々しい。


「どうするの?」


 すくなが尋ねる。


「んー、まだジャニコロさんが残ってるかもだし。それを探しに行こっかな」

「その前にこいつ。逃す?」

「え? 何言ってるの?」


 木葉が微笑む。その顔はいつも天真爛漫な木葉のままで、いつもの彼女と一切変わらない。










「あはは、そんなことするわけないよ♪」

「あ……」









 ザシュッ、という音がしてボルゲーゼの首が落ちる。首を失ったその身体が、ドサリと地面に倒れた。その時の返り血が木葉の顔に飛び散ったが、木葉はそれさえ気にしなかった。


「とっても悪い人だもん、ちゃんと殺さないとまた悪さしちゃうよ」

「そう、だね」

「あ、でも太刀って血で錆びちゃうんだっけ!? どうしようすくな!」

「この太刀は大丈夫。錆びないようになってるから」

「そっかぁ! 良かった〜。これからもよろしくね、瑪瑙(めのう)!」


 木葉が瑪瑙の表面を撫でる。まるで仔猫を撫でるかのように愛らしそうに、先程魔族の血を吸ったばかりで血生臭いその太刀を撫でる。そんな木葉を眺めて、すくなは察した。


(少し遅かったね。瘴気を浴びすぎて、このははもう壊れてる。でも、すくなにとっては『好都合』)


「さてと、じゃあ





 残りも殺ろっか!」


 そこからは、もう木葉に記憶がない。だけど確かに木葉はその後、殺戮を続けた。


「ひ、ひぃぃぃぃ!」

「おや、め、ください。たすけて……」


 ザシュッ。


「殺す! よくもボルゲーゼ様をッ!」

「あぁ、メイドさん! あの衣装燃えちゃったの、ごめんね」

「ァァァァァァァァ!」

「化粧嬉しかったよ! ばいばい♪」


 ザシュッ。


「やめっ! この子はまだ子供で!」

「ぁ、ぁぁぁあ」

「来世できっといいことあるよ、ばいばい」


 ザシュッ。


 地下迷宮は、まさに血の海となっていった。そこはただ1人、木葉がまるでオモチャで遊ぶようにして大はしゃぎしているだけの空間。


「ふふ、ふふふ、あはは、あははははははは、あははははははは!」


 その可愛らしい笑い声が、長い間響いていた。

ジャニコロとボルゲーゼの名は、作曲家レスピーギの交響詩《ローマの松》から取っています。

使い魔の十月祭も同じくレスピーギ作曲の交響詩《ローマの祭り》より、です。


また、ごろもん様から挿絵を頂きました!ありがとうございます!


挿絵(By みてみん)

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