1章11話:こんなの、間違ってる
「うぅ、ここは?」
「いひ、いひひひひひひ、め、さめた」
「おっとなかなか早いな。だが流石は魔王様と言ったところか」
神父風の中年男性が木葉をお姫様抱っこしながら、森の中を歩いていた。木葉はまだ頭がぼぉーっとする感覚でいる。
「だれ?」
「ご無礼を。自分はジャニコロと申します。こちらは使い魔の十月祭。魔王様の忠実な僕です」
「まおう……私?」
「えぇ。復活なさったとのことでお迎えにあがりました。幻影魔法で死を偽装してますのでご安心を」
「私、魔王じゃない! 離して!」
「何を仰いますか。おお、ステータス画面も幻影魔法の一種が使われている。なるほど、これで勇者たちを騙していたわけだ」
「騙してない! 私は、みんなの友達で……」
「ハハ、貴方も気づいているはずです。自らの中に渦巻くドス黒い感情。圧倒的なまでの深い闇。この年代で魔王になるだけのことはある。ようこそ、こちら側の世界へ!」
「やめてッ!」
木葉が叫んだ瞬間、近くの大木が五つ、ミシミシと音を立てて倒れて行った。その事実に木葉は身動ぐ。
「なに……これ」
「面倒だな。また暫し眠っていただこう」
「あっ」
木葉の首に手刀が当てられる。木葉は、気を失った。
次に目を覚ますと、そこはフカフカのソファ。暖かい暖炉、高価なカーペット。そして、
「きゃぁぁぁぁぁあ!」
「おわぁぁ! 動いてはなりません! お化粧の最中ですので」
メイド服の女の人。しかし、その女からは強烈な瘴気を感じる。木葉は、この女は人間ではないと直感した。
「ここはっ! って、なんで私こんな服を?」
「儀式用の正装でございます。はい、お化粧も完了です。魔王様、大変お美しゅうございますよ」
木葉は鏡を覗き込んだ。
「え、これ、私?」
真っ黒なドレス、紫の宝石があしらわれたネックレス、頭には彼岸花の髪飾り。それに加えて丁寧な化粧が施されており、木葉は今や絶世の美少女と言っても差し支えないほど妖しく、それでいて神々しい姿へと変貌していた。
「わぁぁあ! すごい! お姉さんありがとう! ……あれ、なんかおかしいような」
何か大事なことを忘れている気がする。こんな綺麗な姿にメイクアップしてもらい、可愛い服を着れて幸せな気分に浸っている場合じゃない気がするのだが。木葉は首を傾げて数秒考え込む。
そして、思い出した。
「う、うわぁぁぁ!! 私なにしてるの!? ここどこ!?」
「落ち着かれください魔王様!」
「魔王じゃないもん! なんで私を連れてきたの!? 目的は何!?」
「私が説明しますよ」
「ボルゲーゼ様……では、お願いいたします」
部屋に突然入ってきたボルゲーゼという男が、木葉の元に跪き、手にキスをする。……キス?
「ひゃぁぁぁあ!! な、何、何ですか!?」
「失礼。これが魔王様への礼儀というもの。加えて今代の魔王様はこれほどまでに美しい美女ときたものだ。いやはや、この時代に生まれてよかった」
「なんかすごい顔してるけど……だい、じょうぶですか?」
「なんと!? 臣下を気遣う優しい心までお持ちとは!? あぁ、失礼しました。ご説明がまだでしたね」
「う、うん(なんかやばそうな人だな)」
どうしよう、変態さんかもしれないと木葉は思い始めた。いざとなったら魔王の力でねじ伏せようとも。
「ここは【魔女の宝箱】の一つ【レスピーガ地下迷宮】です。ここの魔女【ローマの祭り】とは接触しておりませんが、いずれ出てくるでしょう」
「……魔女の宝箱。なんで、こんなところに?」
「まずは玉座に向かいましょうか。歩きながらご説明させていただきます」
「え、えっと、はい。ボルゲーゼさん?」
「名前を覚えていただけたのですね!! 感激でございますぅ!!」
「う、うん。どういたしまして、なのかな?」
訝しみながらも付いていった先は玉座のある大きな部屋だった。
「わぁあぁ!! すごいすごい! さっきのよりもっとフカフカ!! ニト○に遊びに行った時くらいしか経験できないふかふかそふぁー!! いいなぁこれ」
木葉は玉座に大盛り上がりしていた。そんな木葉に、ボルゲーゼは説明を続ける。
「我々は、魔族です。それは、来たる日の魔王様の復活に向けて活動を続けて参りました。この度はその復活が成ったとのことでお迎えに上がった所存です」
「えっと、なんで私が魔王だって分かったのかな? 一応隠してたはずなんですけど」
「私のスキルは魔族の中で唯一、魔王様の特定を可能とした《君主予知》の能力です。他の魔族は、まだ貴方が魔王様であることさえ知らないでしょう」
(つまり、まだここにいる人たちしかしらないんだね。うーん、どうやって逃げ出そうかな)
「魔王様には、これより全大陸の魔族に声を掛けて頂き、人間族を滅ぼすために尽力していただきます。我々はその手助けを」
「私、魔王なんてやらないよ。みんなと戦いたくない」
木葉は確固たる意思を示してボルゲーゼを睨む。間違ってでも、クラスのみんなと戦うような真似はしたくなかった。
(こんなこと言ったら、もしかして怒って殺されちゃうかな? うぅ、もっと言い方考えればよかった……)
恐る恐るボルゲーゼの反応を伺う。ところがその反応は予想もしないものだった。
「左様ですか。まぁ構いません」
「え!?」
てっきり怖い反応をされると思っていたのに、完全に拍子抜けだ。木葉は驚いて目を丸くしてしまった。
「魔王様は、人間を滅ぼす気はないと?」
「う、うん。話し合いで解決できないかなぁ、なんて。そもそもなんで戦わなくちゃいけないのかな? 私は、人間と戦うなんてやだよ……」
「……やはり、そうですか」
「え?」
「魔王様は、今まで人間の元で生活していらっしゃったから、人間への情があるわけですね。分かりました分かりました」
「え、えっと、ボルゲーゼさん?」
「まぁよろしいでしょう。準備が出来たらまたお伺いしますので、しばらく玉座にてお寛ぎください」
「え、あの、私……」
「では」
(なんだったんだろ。あれ、またなんか眠くなってきた)
玉座に座った木葉をとてつもない眠気が襲う。そのまま抗うことなく、木葉は簡単に眠りについた。
「どうだったんだ? 今代の魔王は」
「素晴らしいお方です。ですが、人間に対しての情がありすぎる。能力、性格、容姿ともに今後魔族の統治を行うのには完璧なのですが、やはり人間への情は捨てていただかないとなりませんね」
木葉をさらった男ジャニコロとボルゲーゼが話していた。2人は結託して今回の作戦に挑んでいる。すなわち、他の魔族より早く魔王を擁立し、魔族社会において絶対的な優位に立つという野望。その為多くの魔族が彼らに従い、この地下迷宮に集結している。そしてその魔王を完成させるための準備も進んでいた。
「では、予定通り魔王様には『本当の魔王』になっていただく。なぁに、問題ない。そのために血を集めたのだから」
…
…………
…………………
久しぶりに、普通の夢を見た。
小さい頃の夢。おばあちゃんは生まれた時からいないけど、おじいちゃんがまだ生きていて、お母さんとお父さんがいて、お姉ちゃんがいて。
いつだったかに、家族みんなで遊園地に行ったことがあった。初めての遊園地で、私はとてもはしゃいだ記憶がある。好きだったのはゴーカート。まだ子供だから1人では乗れなかったけど、お母さんが運転して大はしゃぎしていた。ちょっと荒い運転、あまり好きじゃないエンジンの匂い、カーブではぶつかりそうになる度私はとてもハラハラしたけど、それでも楽しかった。
みんなで食べたクレープ。いちごホイップのやつがとても好きで、落っことして大泣きしたのを覚えている。確か、お爺ちゃんがもう一個買ってくれたっけ。
お父さんと一緒に行ったお化け屋敷。私も怖かったけど、それ以上にお父さんが怖がってた。ギュッと手を繋いで、「大丈夫だよ」っていいながら震えてるお父さんは少し頼りなかったけど、その手がとても温かかったのは覚えてる。
お姉ちゃんと乗ったメリーゴーランド。お馬から落っこちそうになって怖かったけど、お姉ちゃんが楽しそうにしているのを見て私も楽しくなった。遊園地から帰るときだって、かけっこをしてどっちが先に駐車場につくかなんてことをやってたな。
あれ? あの勝負は、結局どっちが勝ったんだっけ?
確かあの時、すごいブレーキ音がして……。
「あぅ、私、寝てた?」
目を擦ると、そこはまだ玉座の間。しかし気づけば、目の前にはフードを被った人たちがぞろりと並んでいた。
「お目覚めですか、魔王様」
「あ、うん。ボルゲーゼさんも起こしてくれれば良かったのに」
「可愛らしい寝顔でしたので。それでは皆揃ったので、始めさせていただきます」
「へ? なにを?」
その時、ゾクリとした何かが木葉を襲う。
この感覚は、ダメなやつだ。逃げなくてはいけないやつだ。だめだ、ダメだ、だめだ、ダメだ、逃げなきゃ。
「あ、わた、し」
「大丈夫ですよ魔王様」
ボルゲーゼが木葉から離れて言った。
「これで、貴女様は完成なさるのですから」
「それ、どういう……」
「奴隷を連れてこい。さぁ!」
そう言ってツノを生やした魔族たちに連れてこられたのは、美しい少女たち。30人くらいはいるだろうか? どの子もとても美人だったが、その顔は恐怖に歪んでいた。
「あの、何を……」
「魔王様、貴方は素晴らしいお方だ。その素晴らしい魔王様には、さらに素晴らしいお方になっていただきたい」
嫌な予感がする。違う、こんなのは違う。心を許していたのが間違っていた。気を抜いたのが馬鹿だった。彼らと人間とでは、根本的に何かが違うのだ。
「始めろ」
「待って! やめ……あ、あぁぁぁぁぁあ!」
突如、玉座に魔法陣が出現した。その中からは、真っ黒な手、手、手、手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手!!!
それらがだんだんと木葉に絡みついていく。と同時に、目の前の少女たちが苦しみ始めた。なんらかの力がリンクしている
「ぁ、あぁやだぁ、やだぁよぁあぁぁあ」
「イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイィィィ!!」
「あが、あがぁぁあ、あぁあ」
「やめて! 何をして、離してよ!! きゃぁぁぁぁぁ!」
木葉に絡みついていくその手は、真っ黒な瘴気を放ち始めた。それが出ていく度、少女たちは血を抜かれたように青ざめていく。
(何これ、嫌だ嫌だ嫌だ!! 私の中に何か入ってくる!! 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!!)
目の前の少女たちはもう息も絶え絶えだ。それと同時に木葉の身体も限界を迎え始めた。
(やだ。何かに『私』を取られる。乗っ取られる! やめて、入ってこないで!!)
「さぁ! その心を闇に浸して、魔王として成熟してくださいよ!! さぁ、さぁ!!」
「やめ、ぁぁあ、ぁ、あぁあぁ」
(やだ、よ。こんなの、間違ってる……あの子達も、たすけなきゃ……私はどうなってもいい! だけど、あの子達は、あの女の子たちは関係ないのに!!)
木葉のドス黒くなっていく心が、だんだんと目の前の魔族たちに向けられる。魔王の復活を祝わんとして興奮している彼ら。そんな彼らに、なんの罪もなく連れてこられた少女たち。その事実に、木葉は怒った。
(私のために、『また』誰かが死ぬ。そんなの、嫌だ! 助けなきゃ、絶対に助けなきゃ!)
視界が黒く染まっていく。なんとか自分を保とうと、強く目を閉じてそして、
ーー助ケナキャ。




