4章7話:木葉、雀を飼う。
(やってしまった……)
アテラは震えていた。何故なら、
「おい!!ビエンビエンうるせぇんだよガキがあああ!!隣まで聴こえてんじゃねぇかああ!!」
と、隣から苦情が来たからである。聴こえたとしてもそこまでの音にはならない筈なので確実に難癖だ。最近こういう手口で店側にふっかける客が出始めていた。ここに篭ってるのが1番いいですよ、と木葉に言うハズだったのだが。
ガチャッ。
「お、お前がここの担当娼婦か?可愛いじゃねぇか、俺の部屋で……ガハッ!!」
「うるっさ。何か用?」
「み、鳩尾に入れてから言う台詞じゃねぇええ……てめぇの泣き声が煩えんだよぉ……」
「私客だし……じゃ店側に黙って苦情入れろよ2度と押し掛けてくんな」
「ヒイッ!?殺さないでくれ!」
「返事は?」
「は、はいいい!!!」
鳩尾蹴りで相手を跪かせ、首筋に瑪瑙を突きつける木葉。アテラはぽかんとしてその様子を見ていた。そして、
「か、カッコイイ……」
自分の中で何かが落ちる音がした気がした。
「ご主人様って、とっても強いんですね!ちゅん……あ、私感動しました!」
頰を紅潮させながら木葉にしがみつくアテラ。木葉はさっきのこともあってか無碍にはしなかった。決して羽毛に惹かれたわけではない。断じてない。
「その"私"っていちいち言い直すのもやめてよ、チュンでいいよチュンで。私もちゅん助って呼ぶから」
「あ、ありがとうございます……ってなんか可愛くない的な!」
「え、だって雀系だよね?」
「ちゅんにはアテラって名前が……」
「源氏名でしょそれ。いやまぁそれでいいならいいけど」
アテラはバサバサと腕を動かす。膨れっ面で木葉を上目遣いしていた。あざとい……。
「……寝る」
「え、あ、はい……えと、おやすみなさいませ?」
太々しくソファに横になる木葉を見て、アテラは何かおかしいことに気づいた。
「いや、ご主人様はベッドじゃ!?」
「ちゅん助がベッド使ってよ。私こっちでいいから」
「そ、そんなの困ります!あ!じゃあちゅんが腕枕します!名案的な的な!」
「……まぁ、それなら」
木葉はのそっと立ち上がってベッドに潜り込む。そしてアテラの腕に顔を埋めた。
「あったかい」
「そ、うですか?良かったです。えと、ご主人様は本当にその」
「いいのいいの。そう言うのやるつもりないよ。あー、やばい何これ気持ち良い。日本にいた時の羽毛布団と比べ物にならない」
「そ、そんな……こと……ないです……」
(え、何、なんか良い匂いする的な!?この胸のドキドキ何!?ちゅんそんな趣味無いはずなのに!?はわああああ!!顔近い可愛い美少女じゃん!!でもさっきのご主人様かっこよくて濡れ濡れだよおぉんんんん!!)
「もふもふー。あー、私専用の羽毛布団係として雇おうかなぁ」
木葉はほぼ冗談のつもりで言ったのだが、木葉の毒牙にかかってしまっていたアテラはそのチャンスに食いついた。
「是非、是非お願いする的な!ちゅん、ご主人様の為なら何でもする!お役に立ちたい!」
「え、ええー……」
目をハートマークにしながらアテラは木葉に迫る。もふもふがふわっとしてくすぐったかったのか、木葉は思わず身をよじる。
「んっ、やっ……くすぐったい」
あまりに色気のある声に、アテラの脳は溶かされる。もう相手が客であるという自覚は一切なくなっていた。
「エロッ!!ご主人様の今の声エロッ!」
「おいこら娼婦失格だろお前」
本音が漏れて思わず笑ってしまうアテラ。そうして気付く。笑ったのなんていつぶりだろう、と。そのアテラの切なげな顔を見て木葉はまた溜め息を吐いた。
「ちゅん助何歳?」
「ちゅ、ちゅん?ちゅんは16歳です!」
「1個上か。まぁどの道未成年も雇うとかどうかしてるわ此処」
「ん!?てことはご主人様15歳!?それで娼館なんて来ちゃったの!?マセガキじゃん!」
「てめぇこの、焼き鳥にしてやろうか」
「ちゅん!?」
(ふえぇ、ご主人様の鋭い目つき……濡れるよぉ!キュンキュンする!この人になら……寧ろ滅茶苦茶にされたい、かも……)
っていいつつ、結局どちらも手を出さないまま夜は開けた。
(手を……出されてないいいいんんんん!?なんかそれはそれで悔しい!ちゅんに魅力がないみたい的な!!)
アテラは村では割と美少女として通っていたのでこの結果はなんだか不満気だった。起きて直ぐ服装を直して木葉を起こそうとする。
(睫毛長い肌綺麗、可愛い……この人が自分より1歳下……?妹って言っても良いくらい的な。守りたい、この寝顔)
そして同時に、こんな素晴らしい女の子とのお別れが近づいていることに深く悲しみを覚える。この子と別れたら、また自分は苦しい生活を送ることになるのだ。実は寝る前に自分でも話すつもりのなかった身の上話までしてしまったので、更に愛着が湧いていた。
(ご主人様は、ちゅんの話を笑わずにただ優しく聞いてくれた。聖女のような方……)
アテラ自身びっくりであった。初めて会った人間にここまで心を許すなんて数時間前の自分なら想像もつかなかっただろう。そして、身の上話を聞いた木葉は悲しそうな目でアテラを撫でた。そのことにまたアテラは涙を零してしまった。
「ふあぁ、おはよ。ってああ、もう9時か。テレジアんちは確かお昼って言ってたからそろそろ行かないとヤバイかな」
「も、もう行っちゃうのです?」
「約束あるし。シャワー浴びてから行くか」
「お、お背中流します!」
「え、いや、いいよ……」
「流します!!」
すげなく断られるアテラだったが押し切ってシャワールームに入る。泡を立てて木葉の肌を洗っていく。木葉は、自分が現代日本で言うアレをやられるとは思わず凄く微妙な顔をしていた。しかし木葉の身体を見て、心臓のバクバクが止まらないアテラ。お世辞にも上手いとは言えない手つきだったが、浴槽の中で木葉は少し笑っていった。
「あんがと」
「……は、はい」
そうして自覚する。この胸の高鳴りは、きっと、
(ちゅん……ご主人様のこと好きなんだ……)
今までのヒロインの中で最もちょろいかもしれないアテラは、自分が恋をしていることに気づいた。相手は女の子だけど、初めての気持ちにアテラはそんなことどうでもいい!と吹っ切れた。
その後荷物を纏めて部屋から出ようとする木葉。それを見て、アテラは決心した。
「はぁ、眠い。よし、行くか」
「……とても幸せだったです。本当にありがとうございました。あ、あの……ちゅん、ちゅんは」
自分の気持ちを伝えよう。そして、この幸せを噛み締めて今後も頑張ろう。そう、言葉にして、伝えようと……。
「途中でちゅん助の服買わなきゃか。あー、でもテレジアが用意してくれんのかな。テグジュペリ家最強かよ」
……………………へ?
不思議そうな顔をするアテラに、これまた木葉が不思議そうに首を傾げる。
「何してんの?私と来るんじゃないの?」
「い、良いんですか!?だ、だって、ちゅんは……亜人族……」
「いや亜人関係ないし」
慌てふためくアテラ。それを見て木葉は思う。
(偽善かもだけど……流石に年の近い女の子の酷い境遇聞いちゃったらさ、誰だってこうなると思うんだよね。どう思う?)
とすくなに問いかけると、すくなも「良いんじゃない?」と言ってくれた。木葉は思う、偽善だと。苦しんでいる子なんて山ほど居るし、それを全て救えるほど自分はお人好しじゃない、とも。けれど、
(手の届く範囲でなら見捨てたくない。私の精神が壊れない為にも。あはは……エゴだね)
(エゴだよ、このは。でも、そうなるようにしたのはすくなだから。このはの自由だよ!)
「ご、しゅじんさま……」
「泣いていいし、怒ってもいい。変な言葉遣いしてもいい。それが命あるものの権利だから。そこには亜人族も人間族も、私のような魔族にだって差はないんだ。
だから、一緒に行こう?」
「ぁ、ぅ……ほん、とうに……?あ、ああああああ……うわああああ!!!ぐすっ、ぐすっ……」
泣きじゃくるアテラを木葉は抱きしめる。久しぶりに人の温もりに触れたアテラは、この瞬間決めた。
(一生……一生この人に付き従おう。ちゅんの、大好きな女の子に!)
…
………
……………
「えと、あの……ここまで泣いといてアレ的な的な的な感じなんですけど……オーナーが許してくれますかね……?」
「あ、それは問題ないよ」
「へ?」
木葉の言う通りに事はスムーズに進んだ。木葉がまたテレプシコーレの拠点にカチコミをしたのだ。
「ほぉ。うちの商品を貰い受けると?」
「その分なんかあったら協力してあげるよテレプシコーレ。多分これから王都はどんどんヤバいことになってくから、手を結ぶのはアリだと思わない?」
「ふぅん。ま、いいよ。これからもどうぞよしなにしておくれ、アタイの可愛い可愛い娘よ」
「娘じゃないもん……」
テレプシコーレと別れ雇用契約書や奴隷紋の破棄、料金の支払いなどはとんとん拍子で進んだ。アテラは余りに上手くいきすぎた状況に目を回している。
「はい、コレで晴れて自由の身だよ。さて、テレジアんち行くか」
「え、えと?その、何者なんですか……?オーナーと対等な立場で、しかもこんな大金まで……ご主人様は」
「あ、あとなんか娼館っぽいからご主人様ってやめて」
「で、では我が主!我が主は一体!てかなんかさっきとんでもないこと聞いた気がするんですけど……魔族がどうのこうの……」
「道中ご飯でも食べながら質問に答えてあげるよ、えっと、ちゅん助」
「それやめてくださいよぉ!女の子に使う名前じゃないよぅ……」
ばさはざ羽ばたくアテラ。すると木葉は笑って、
「じゃ、子雀。今日から子雀って名前、どう?」
と朗らかに言った。
「……ぐすっ……我が主ぃ……子雀は、子雀は一生ついていきますぅぅう……」
「泣く程かよ……」
「泣く程なんですうぅ!我が主は女の子の気持ちが分からないってよく言われませんか!?ぐすっ……」
「言わ、れる……あぁもう分かったから泣き止んでよ!なんか私が泣かせたみたいな目で見られてるし……」
泣く子雀をあやして道中をゆく。その中で、子雀は何度目をかっぴらいたか分からないくらい驚異の連続だった。
「ど、銅月級冒険者……神聖王国と戦う……ひぇ、ひいぇえええ……」
「ま、という訳で私に付いてくるってことは必然的に死ぬほど危険な戦場に付いてくるってことなんだけど、そこまでok?」
「ミスった。ミスったです!!リセットを要求します!子雀は娼館に帰りますぅうう!」
「えぇい怖気づくな!台無しだよヘタレ雀!」
ダークブラウンに染められた髪を下ろしている木葉はお面を被らない久しぶりの外出であった。多分クラスメイト達もこの雰囲気なら気付くまい。まぁその変化に子雀は驚いていたが。
「はぁ……我が主、ジョークですよぉ。勿論ついていきます、よ☆」
「なんかあざといなお前……アホ毛引っこ抜きたくなる」
「ちゅん!?我が主怖い!!虐待反対ー!」
「あかん、死ぬほどうざい」
急に喧しくなりだす子雀。だが、昨日のただ怯えるだけの反応よりはよほど良い。なんというか、年は上なのにうざい後輩を相手にしている気分になってくる、らしい。
「で、我が主。これから何処に行くんですか的な?」
「5番街のテグジュペリ侯爵家だよ。そこの金髪ドリル令嬢に会うの」
「ちゅん!?テグジュペリ侯爵家ぇ!?……あの、我が主って……どんだけ変な伝手があるんですか的な……子雀は我が主が怖いですぅ……」
くねくねとあざとポーズで言ってくる子雀。ちゅん助呼びに戻してやろうかな、と木葉は辛辣な態度を取った。
「銅月級冒険者でテグジュペリ侯爵家と繋がりがあって尚且つ闇ギルドの幹部と対等……子雀とんでもない人に拾われてしまったかも知れません。その行末は如何に!?答えはCMの後で!!」
「何処に向かって話してんの?」
そんな他愛もない話をしたり、屋台で買った林檎を齧っているうちに5番街に到着した。明らかに貴族の屋敷と思われる建築物が立ち並び、通りかかる貴族様の亜人である子雀を見る目が痛い。そのことに震える子雀だったが、木葉は子雀の手を取ってスタスタと歩き出した。木葉に手を握られたことで安心した子雀も頰を染めながらついて行く。
「ここ、か」
「さ、流石は商業侯的な……」
「そんな渾名なのね。えっと、これどうしようかな」
余りにも立派な屋敷過ぎてびびる木葉。明らかに他の家より規模がでかい。うーんどうしよう、と立ち往生していたら、
「ヒカリー!今開けるわ!少し待っててー!」
と窓から身を乗り出して金髪縦ロールお嬢様が叫んでいた。
「って、変な女の子引っ掛けてきたのねー!!私という人がありながらー!!」
「貴族街で変なこと叫ぶなポンコツ令嬢ー!!」
そのやりとりを、子雀はポカンとした顔で眺めていた。
…
…………
…………………
「ヒカリ……私や兄様、お父様達は気にしないけど、普通貴族の屋敷来るときに亜人族の子連れてきたりしないわよ……」
「あー、もし差し障るようなら別のとこで……」
「いいのいいの!私達は気にしないって言ったでしょ?ごめんね。貴方、お名前は?」
「こ、子雀!」
「コスズメちゃんね!宜しく!私はテレジア・フォン・テグジュペリ。テグジュペリ侯爵家令嬢よ。ヒカリは私の臨時の用心棒なの!」
「ま、一応そういうことになってる。えと……それにしても……」
「「「「ようこそお越しくださいましたお客様方」」」」
メイドが勢揃い。宮殿か?と疑いたくなるレベルの豪邸。だがここは本邸ではないらしく、テレジアの父はさらに上の3番街に居を構えているという。ここはあくまでテレジアとその母が商業用に拠点としている家だった。
「金持ちって本当だったんだ……」
「おーっほっほっほ!私は最初から言ってたわよ!今日の為に沢山蟹だって仕入れたんだから!」
「テレジアママ愛してる!!」
「んーよしよし、ヒカリー!さて、お母様とお父様にも会ってもらえないかしら?ヒカリのこと興味深々らしいのよ!」
「うぇ……貴族様、ね」
「さぁ!レッツゴーよ!おーっほっほっほ!!」
高笑いするテレジアを子雀は呆れた顔で見ていた。
感想・評価頂けたら有り難いです。
因みにアテラって名前はもう今後出てこないので覚える必要ナッシングです。




