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その5

 数日後。俺はザヴィレッジの領主邸、その応接間にいた。

 フランツに会うためである。――


「やあ、テンショウ君!」

 フランツは、ぷらっと顔を出すと、大らかに手をあげた。

 それから笑って朗らかに言った。


「久しぶりだね、会いたかったよ」

「どうも」

「なあ、テンショウ君。あの日のこと、ツヴェルフのことだけど――。ボクは正直に言うとね、まだ気持ちの整理ができていない。『ありがとう』という気持ちが半分、『このやろう』という気持ちが半分だ」

 ここまで一気に言って、フランツはソファーに腰掛けた。

 そして言った。


「だからそのことは今日は、なし。で、どうしたんだい?」

 フランツはまるで太陽のような笑みをした。

 俺は言葉を詰まらせた。

 フランツは、黄金色の酒を注ぎながら俺の顔をしげしげ見ていた。

 やがてグラスを差し出しながら、フランツはこう言った。



「しかし、ずいぶんと顔が変わったね」

「顔、ですか」

 俺は思わず(ほほ)が引きつってしまった。

 フランツの言うことが本当なら、俺は殺人鬼に似て変わったことになる。


「変わった。なんだか女性的というか、綺麗な顔というのかな? やさしげな笑みをするようになったね」

「はぁ」

「ふふっ、ゆとりができたんだね」

 そう言ってフランツは、くいっと酒を飲んだ。

 俺は眉をゆがめて言った。


「そんなことないですよ。いつも、いっぱいいっぱいです」

「ふふっ。もちろんそれは分かってる。ほら、ボクが来るまで深刻な顔をしてたろう。いろいろあるんだろう? でもねテンショウ君、それはオトナになったからだよ。たしかにキミは(かげ)りのある顔になったけど、でも、笑顔はやさしくなった。表情にメリハリができた。人間に深みができた。ボクはそのことを言ったんだよ」

「うーん」

 と唸ったまま、俺はソファーに深く沈みこんだ。

 フランツはそんな俺の顔を見てニコニコしていた。

 どうやら手配状の殺人鬼、俺そっくりのアイツのことは知らないらしい。

 俺は酒をひとくちに呑んだ。

 それから手配状のことを打ち明けて、ザヴィッレジではどういう話になっているか調べてくれないかと言った。

 フランツは目をまるくし、しばらく呆然としていたが、やがて、


「ちょっと待ってくれ」

 と笑い混じりで言うと、従者に指示をだした。

 指示を終え、ソファーに戻ってきたフランツは懸命に笑いを堪えていた。



「いや、ごめんごめん。しかし、テンショウ君、本当はキミが犯人じゃないのかい?」

 と、フランツは言ったが、もちろんこれは冗談だ。


「笑いごとじゃないですよ。アンジェなんか本気でそう思ってるんです」

「ふふっ。だったら、アンジェリーチカ様の言うとおり、証明状を出そうか?」

「いやっ」

「ははは、ボクだけじゃない、ザヴィレッジ教区司祭と教区総長のサインも入れてあげる」

「冗談じゃないですっ」


「そうだね。変に騒ぎにしたら、キミの身が心配だ」

「俺が、ですか?」

「ふふっ」

 フランツは酒を口に含み、それからとんでもないことを言った。



「騒いだら、そのことで殺人鬼がキミの存在を知るかもしれない。『オレによく似たヤツがいる、そいつがデモニオンヒルで領主をやっている』ってね」

「あー」

「すると、キミを殺そうとするかもしれない。キミはリオアンチョによく行っているんだろう?」

「ええ」

「だったら、なおさらだ」

「なるほどっ」


「そう。キミのことを知った殺人鬼は、キミを道中で襲う。ヤツはキミを殺して、キミの死体と服をとりかえる。キミになりかわる。それで死体は殺人鬼のものとして処理される。手配状はなくなる。ヤツは騎士団の追及から逃れられる」

「そして何食わぬ顔でデモニオンヒルに帰る――ですか」


「ふふっ、そこまではしないと思うが。でも、その気になればできる。アンジェリーチカ様などキミの身近にいる人を皆殺しにする。それで自分だけ……偽のセロデラプリンセサ伯だけが助かったように見せかければ、あるいは」

「なりかわりは十分可能ですね」

「できすぎな話だけどね」

「面白いですよ」

 俺とフランツは、まるで他人事のように笑った。

 それからは再会の喜びもあって、たっぷり呑んだ。

 フランツは久しぶりの休みのようで、心から楽しんでいるようだった。

 しばらくすると従者がやってきた。

 従者は手配状をたっぷり持っていた。



「どうやらキミの言っていた手配状はなかったようだ」

「そうですか」

「そもそも魔法装置で精密描写した絵画など、めったに使わないんだ。あれは、とても稀少でしかもランニングコストがバカ高いからね」

「はあ」

「一枚撮るお金があれば、ちょっとした家が建つ」

「…………」

 俺は、フランポワンとあんなにたくさんハメ撮りしたことを、今さら反省した。

 その後。フランツは酒を呑みながら、俺の持ってきた手配状と、従者が持ってきた手配状を見比べていった。やがてフランツは、一枚の手配状を差し出して、それからこう言った。


「分かったよ。この手配状を見たまえ。顔だけが違う」

「あ"!?」

「このザヴィッレジの手配状をベースに、顔を差し替えたんじゃないかな?」

「まさかっ」

「この手配状の上に『キミの顔を精密描写した布』を重ねる。それを魔法装置でまた精密描写すればいい。ずいぶんと手間隙かけた、しかもお金のかかったやりかただが、できないことはない」

「うーん」

 まさかこの剣と魔法のアダマヒア世界で、アイコラが。

 そんな顔をすりかえただけの写真を作るヤツがいるなんて。



「ということは、イタズラですか」

「というより陰湿な攻撃だね、テンショウ君」

「攻撃?」

「ふふっ、攻撃を受けていたことに気づいていなかったのかい?」

「はあ」

「キミは、すでに攻撃を受けていた」

「そんなっ」

「うん、今思い返してみれば、ここに来たときのキミは相当やつれていたぞ。ボクの顔を見るなり、ほっとして笑顔になったけど、お酒を呑んで元気を取り戻したみたいだけどね。でも、ボクに会うまでは精神的にかなり参っていたんじゃないか?」

「………………」

「その様子じゃ、ずいぶんと笑ってなかったんだろう? それに聞いた感じでは、アンジェリーチカ様もつらそうだ」

「…………」


「これは立派な攻撃だよ。誰がやったか心当たりはあるかい? まさかウチの妹じゃないだろうね?」

「いえっ、それはないと思います」

 というより、ゼクスである。


「ふふっ、どうやら心当たりがあるようだ。でも、それ以上は聞きたくないな。キミもボクに言わないほうが好いんじゃないか?」

 フランツはそう言って、バチッとウインクをした。

 俺はグラスに口をあてたまま、にやりと笑った。

 彼は、思う存分復讐をしたいんだろう? ――と、言っている。

 ゼクスが近い将来どのようなことになっても、俺もフランツもいっさい関係ない。そういうことにしようじゃないか――と、フランツは言っているのだ。



「なあ、テンショウ君。ずいぶんつらい思いをしただろうが、それも今日で終わりだよ。はやく帰ってアンジェリーチカ様を安心させてあげるといい」

「はい」

「ザヴィレッジの手配状を忘れずに。これを見せてあげるといい」

 そう言ってフランツは、俺の手配状のもととなった手配状を差し出した。

 それを受け取った俺は首をかしげた。

 そしてすぐに失笑して、ぼそりと呟いた。


「こいつ」

「知ってるヤツかい?」


「パルティア――という女盗賊です。このザヴィレッジで放火してまわっていました。川に蹴り落としてやったのですが、生き延びて、しかもこんなことをやっているとは」

「なんだそんな因縁があったのか」

「ええ」


「それじゃ、男の魔法使いを殺しまわっているのは、案外、キミと無縁のことではないかもな。ふふっ、キミのために殺しているのかも」

「冗談じゃありませんっ」

「ふふっ、ずいぶんと妙な好かれかたをされたもんだね。まあ、フランポワンの兄のボクが言うのもどうかと思うが」

 そう言って、フランツは大らかに笑った。

 俺は苦笑いをしながら酒を呑んだ。

 それからしばらくの後、俺はデモニオンヒルに帰った。

 その去り際にフランツは俺の手をしっかり握り、そして言った。


「会えて嬉しかった。また会うときは、たっぷり自慢してやる。そのことを楽しみに頑張るよ」

 相変わらず太陽のようなフランツの笑みだった。

 俺はそれを見て、相変わらず心が熱くなるのだった。――





 デモニオンヒルに帰った。

 アンジェは相変わらず妻のように俺を出迎えた。

 妻のように――といっても、好ましい感じではない。

 なんというか、この世の女性の短所ばかりを集めたような、結婚生活の悪い部分を濃縮したような、妻というカテゴリが嫌いになってしまうような――そんな態度だった。

 しかも、それが何年もの結婚生活の末に、かつて愛した者が変わりはてた姿なら、まだ我慢もできるだろう。

 しかし、俺とアンジェはそのような関係ではない。

 たまったものではない。たまったものではないのである。


 で。

 俺は、そんなアンジェに苛立ちをおぼえた。

 俺が話そうとするのをさえぎり、一方的にしゃべりまくるアンジェにうんざりした。

 彼女が美人なだけに、いっそう腹が立った。

 ハリのある誇らしげなおっぱいが、不愉快なものに見えた。

 だから俺は、フランツからもらった手配状をアンジェに見せなかった。

 出鼻をくじかれて、見せるタイミングを失ったことがキッカケではあった。

 ただ、見せる機会が訪れても見せなかった。イジワルをしたくなったのだ。

 とはいえ。

 アンジェのやつれた顔を見て、俺はだんだん気の毒になってきた。

 だから手配状は見せなかったが、犯人が別にいることは伝えた。



「それじゃあ、テンショウじゃなかったのね?」

「当たり前だよ」

「良かったわあ。それでテンショウ、証明状は? フランツさんに『テンショウじゃない』って太鼓判を押してもらったの?」

「……」

「ねえ、まさかテンショウ? あなた、またつまらない意地を張って」

「つまらない? また?」

「ごめんなさい。でもテンショウ、証明してもらうことは大切だわあ」



「……そのことなんだけど。フランツさんとも話したんだけどさ、止めたほうがいいって。変に騒いで、殺人鬼が俺のことを知ってしまったら、マズイことになる。殺人鬼が、俺を殺してデモニオンヒルの領主になりすまそうとするんじゃないかって」

 俺は、つい、フランツとのバカ話を口にしてしまった。

 するとアンジェは、それを真正面から受け止めた。悲鳴をあげた。

 まるで汚物でも見たような、死体でも見たような――そんな不快な顔をして、アンジェは口もとを押さえて身を引いた。

 俺はすこし気の毒になって、苦笑いをしながらこう言った。


「まあ、ありえないよ。それに最悪のケースを想定してもだよ? たとえ俺のフリして城門を潜れたとしても、城の従者はさすがに別人だと気がつくよ。あっという間に騎士に囲まれる、それで終わりだよ」

 するとアンジェは、



「そっ、そうね。それに顔が似てるということは、性格だってテンショウに似ているわ。そうよ。城を乗っ取るなんて、そんな度胸あるはずないわあ」

 と、誇らしげに胸を張った。

 精一杯の虚勢を張ったのだ。

 ……。

 それが心に余裕のあるときならば、可愛らしく見えたかもしれない。

 実際、胸を張ったアンジェは、痛々しくも可憐であった。

 が。このときの俺には、そんなふうにはまったく思えなかった。


「いい加減にしろ!」

 たまりかねて俺はどなり、席を立ったのだ。



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 アンジェリーチカが妻のような愚痴をいつまでも言い続ける。



 ……テンショウはさらに怒りをためている。が、もう我慢の限界である。次回はいよいよ怒り解放です。



■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 アンジェリーチカが妻のようにふるまった。

 ゼクスからチャラい宣戦布告をうけた。

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