その5 モウカクポイント
俺は教会の規範録を読んだ。
そしてそのなかから、七縦七禽をみつけた。
俺はそれを利用して、教会から尊敬を得るようつとめた。
ちなみに七縦七禽とは、
七度、孟獲を擒にし、七度、放つ。
という『三国志・蜀書・諸葛亮伝』の故事成語である。
俺はガングロに対して、この故事を実践することにしたのだった。――
さて。
というわけで待ち構えていると、さっそく騒動が起こった。
ガングロが「店をやりたい」と直訴したのだ。
「認められないわあ」
アンジェリーチカが、ぴしゃりと断った。
するとガングロが噛みつくように言った。
「なんでだコラァ!」
「デモニオンヒルにお店を設けるには、最低でも5人必要なの。あなたたち3人しかいないじゃない。おとなしく他のお店で働きなさい」
「あのな。野外シアターの日から、みんながあたしたちを避けるようになったンだ。大衆酒場で仕事もしにくくなったンだよ。だから、あたしたちは自分たちでお店をやることにしたんだコラァ」
「自業自得じゃないのよ」
「うっせ。とりあえず今は3人しかいねえけど、そのうち5人集めるから店をやらせろよ」
「駄目よ。認められないわあ」
「ああン?」
「出店には王国の許可が必要よ。それはとても時間のかかることだし、そもそもあなたたちのような人……実績がない人ではなかなか難しいことなのよ。それにね、デモニオンヒルの飲食店は今の数で充分よ。だいたいあなた、みんなが避けると言っていたじゃない? そんな状況でお店を出しても誰も来ないわよ」
アンジェリーチカが、ぴしゃりと言った。
ド真ん中のド正論だった。
ガングロは口を尖らせて、彼女を睨みつけた。
俺は笑いを懸命に抑えながら、助け船を出した。
もちろん、屈服させるための前フリである。
「訴えはとりあえず聞いた。それでガングロ。おまえは、どんな店を出したいんだ?」
「ダンゴだ。ダンゴ屋をやる」
「ほう。で、そのダンゴは持ってきたのか?」
「ある」
そう言って、ガングロはぶっきらぼうに包みを出した。
俺はそれを食べた。ひざの上にちょこんと座っていた緒菜穂にも食べさせた。
アンジェリーチカにも渡したが、彼女は受け取っただけで口にはしなかった。
で。
ガングロは自信満々で鼻をこすっていたのだが。
そんなガングロに向かって、俺は冷たくこう言った。
「駄目だ。こんなダンゴは認められない。こんなものはダンゴと呼べないよ」
「なんだとコラァ!」
「おまえだって分かってるだろ。穂村のダンゴはもっと美味いだろ」
「だってそれはこの街のっ」
「米や水のせいか? だったら同じ米と水で、にぎりめしを作ろうか。それで、おまえとどっちが美味いか勝負してやるよ」
「やんのかコラァ!」
「だから、勝負してやると言っている」
俺は不敵な笑みでそう言った。
ガングロは自信たっぷりの笑みをした。
そして。たちまち城の厨房を使って、おにぎり対決がはじまったのだった。
「ちっくしょー!!」
ガングロは俺のにぎりめしを食べて、くやし涙を流した。
あっさり負けを認めた。
その豪快な認めっぷりに、俺は失笑した。
しかしすぐに憮然とした顔となり、ガングロを挑発した。
「このデモニオンヒルの米は、穂村から運ばれてくる。玄米で輸送され、精米は街の水車で行っている。ちなみに米は精米してから時間が経つと、どんどんまずくなる。だから美味いにぎりめしやダンゴを食べたいときは、精米を食べる直前にする」
「でも水車はっ」
「玄米をビンに入れて棒で何度も擦ればいい。それで精米できる。緒菜穂は美味しいご飯を食べるために毎日精米しているぞ。おまえも店を出したいんだったら、それくらいの手間は惜しむなよ」
「くそっ」
「もうひとつ。水については、大衆酒場で働いていただけあって問題なかったな。このデモニオンヒルの水は、穂村と違って『硬水』だ。だから、そのまま飲むとマズイし、米を炊くと硬くなる。が、一度、煮沸すれば滑らかなものとなる」
「そっ、その通りだ」
「おまえはそれを知っていたから、ダンゴにしたんだろ。ダンゴなら、米を炊く前に煮沸しなくてすむ。硬く炊けてもごまかせるからな」
「ばれてたかっ」
「米を食べ慣れてる者ならすぐに分かる。そうでなくとも、舌の肥えた者なら簡単に見抜くぞ」
俺はそう言って、アンジェリーチカをチラリと見た。
ガングロが彼女をキッと睨みつけた。
アンジェリーチカはガングロを見下ろし、ふふんと胸を張った。
ガングロは悔しそうに歯を食いしばった。
しばらくするとガングロは跳びあがって叫んだ。
「ちくしょー! でも、てめえらの米はあたしらの米と違うじゃねえかッ!!」
そう言ってガングロは俺に飛びかかってきた。
が。
それを騎士が即座に取り押さえた。
床に突っ伏したガングロは、俺に向かって悪罵を浴びせた。
俺はウンザリして吐き捨てるように言った。
「デモニオンヒルの米は、みな穂村から送られてくる。その品質に差はない。だからおまえたちが食べる米も、領主城の米も同じ物だ」
「ウソだ! ぜってえ違え!!」
「……おまえなあ。たとえ違ったとしてもだぞ? 今は同じ米を使って勝負したじゃねえか。負けは負けだろ」
「うっせえ! あたしは負けを認めねえ!!」
「はァ」
俺が呆れた顔をしていると、騎士とアンジェリーチカが俺をじっと見た。
ガングロの処分をうながした。
が、俺は七縦七禽をマネて、ガングロを許した。
ただ、ガングロの言ったこと、「米が違う」というのはすこし気になったから、その場にちょうどいた教区司祭に調べてもらうことにした。――
翌日。ガングロから挑戦状がきた。
米を使った『変わり種まんじゅう』で勝負しろという。
俺はそれをうけた。さっそく緒菜穂に頼んだ。
イチゴ大福のような新しい食べ物を作るよう頼んだのだ。
といっても、俺には料理の詳しい知識がない。
だから、ものすごくアバウトな指示をした。
イチゴのような甘酸っぱい果物が中心、そのまわりに小豆のアン、それを薄いオモチが包んでいる――みたいな感じで。
ちなみに、デモニオンヒルにはイチゴがない。アンコもない。
というより、それらは穂村にも王国にもどこにもない。
だから俺の指示は、『21世紀の食べ物を、この剣と魔法のアダマヒア世界に再現しろ』という無茶ブリだった。
しかし、緒菜穂はこのリクエストを喜んだ。
そして見事に期待に応えたのだった。
「ちっくちょー!!!」
イチゴ大福 (緒菜穂ver.)を食べたガングロは、くやし涙を流した。
認めねえ、認めねえ――と言いながら、しかしバクバク食べ続けた。
たしかに緒菜穂のイチゴ大福は美味しかった。
その場にいたアンジェリーチカや教区司祭、誰もが認めるところだった。
が。しかしガングロの持ってきた、まんじゅうもまた美味しかった。
彼女のまんじゅうは、豚角煮まん、肉まんを米粉で作ったようなものだった。
「勝負はついたようだな。おまえの敗因はただひとつ、味付けにあった」
「ああン?」
「ここデモニオンヒルに暮らす者は頭脳労働者ばかり。魔力を使った仕事など頭を酷使する者が多いのだ。でな、そういった仕事をする者は、塩辛いものよりも、甘いものを好む。おまえは魔力に目覚めたばかりでまだ自覚してないようだが、体が甘いものを欲しているんだよ。塩辛いのものより、甘いもののほうが美味しく感じるはずだ」
「くそっ」
「ただ、おまえの作ったまんじゅうも美味しいけどな」
俺がぼそりと言うと、アンジェリーチカがキッと睨んだ。
俺は慌てて、ガングロを城から放り出した。
それからしばらく後、ガングロは逮捕された。
無許可で店を出したのがその理由だった。
アンジェリーチカは彼女を規則通り、牢に監禁しようとした。
が。
俺はそれを許し、解き放ってやった。
もちろん、また反抗することを期待してである。――
「ちっくしょー!!!!」
ガングロがまた捕まったのはそれから数日後だった。
彼女は俺を暗殺しようと城に侵入した。
そして騎士に捕まったのだ。
「ふふっ、どうした」
「店も出せねえ。みんなには無視される。もう、あんたを倒すしかねえんだよ」
「で、このざまか」
「こんな城に住みやがって。迷わなきゃ、あんたなんか楽勝だったのに」
「ふんっ。じゃあ、案内してやるよ。これから城のなかを見せてやるから、次は上手くやれよな」
「ちょっとテンショウ!?」
慌てるアンジェリーチカを置き去りにして、俺はガングロを連れて城を見せてまわった。そして隅々まで見学させると、また解き放ってやった。
「ちっくしょー!!!!!」
翌日、ガングロは捕らえられた。
俺は苦笑いをしながら彼女を見下ろした。
ガングロは不敵な笑みでこう言った。
「あんたに負けたんじゃねえ。警備の騎士が強いだけだ」
「よし分かった」
俺は城の警備を解いた。
そしてガングロを解き放った。
するとアンジェリーチカが激怒した。
「アンジェお家に帰る!」
俺は慌てて彼女をなだめた。ガングロを逃がした。
そんな俺を見て、騎士たちは大きく頷いた。
どうやら俺の意図を理解したようだった。
彼女たちにはきっと、俺が孔明に、そしてガングロが孟獲に見えているに違いない。――
「テンショウさんテンショウさん、それは良いんですけどね」
「ん? なんだよメチャシコ」
「アンジェリーチカさまが、そろそろ我慢の限界のようですよ」
「ああ、そういえば機嫌が悪い」
「だってえ。テンショウさんには、なにか考えがあるみたいですけれど。でも、はたからは、テンショウさんとガングロさんがイチャイチャしているように、バカなカップルがケンカしているように見えるんですょ」
「はァ――!?」
「だって最近のテンショウさん。ガングロさんの顔を見ると、ちょっと嬉しそうな顔をするんですもん」
「ああ、それは」
たしかに喜んでいる。
俺はガングロが反抗し続けていることを、たしかに喜んでいた。
というのも、ガングロが街で相当追い詰められていたからだ。
ガングロは孤立していた。
いつしか子分がいなくなっていた。
いつ諦めてもおかしくない状況だった。
だから最近の俺は、あいつを叩きつぶしてやるという気持ちよりも、どちらかというと、あともう少し頑張ってくれと応援するような――そんな気持ちが強かったのだ。
「それにテンショウさん。ガングロさんって来るたびにどんどん可愛くなってるじゃないですかあ。あれ、テンショウさんを意識してるんですよ。異性として意識してるから、どんどん綺麗になってるんですょ」
「あ? そんなことないよ。ほら、銀鏡を発明してから街のみんなが綺麗になっただろ。ガングロもそれだよ」
「そんなことないですよ。この前なんか、テンショウさんが来る直前まで、一生懸命、前髪をいじってましたよ。手錠されてるのに」
「身だしなみぐらい誰だって気にするだろ」
「えへへ。そうかもしれませんけどね。でも、アンジェリーチカさまはそうは思っていませんよ。かなりプンプンです。限界のようですょ」
「はあ……」
「早めにフォローしておいたほうがいいですよ」
「うーん」
たしかにアンジェリーチカは、キレたら何をするか分からないところがある。
過去にも、怒りに我を忘れフランポワンを殺そうとしたことがある。
だから俺は、さっそくアンジェリーチカにフォローを入れることにした。
彼女の父フュンフ2世のマネをして、
「なあ、アンジェ。最近心労がたたっているようだが?」
と気遣うような言葉を吐いたのだ。
するとアンジェリーチカは、パッと花の咲いたような笑みをした。
たちまち機嫌が良くなった。
その後も、アンジェ――と、呼ぶだけで彼女は上機嫌となった。
父親のモノマネをすると、とても喜んだ。
あの女は意外にもファザコンだったのだ。
……。
まあ、それはさておき、ともかくとして。
俺は彼女のことを、これからはアンジェと呼ぶことにした。
「ちっくしょー!!!!!」
それから数日の後。俺はガングロを刀で制した。
彼女はアンジェや司祭たちの前でひざまずいていた。
俺はガングロの頭上で刃をぴたりと止めて、彼女を見下ろしていた。
花畑で教会からの報告を受けているときだった。
ガングロが短刀を手に、いきなり飛びこんできた。
俺は抜刀し、短刀を跳ねとばした。
それから刃を寝かせ、まるでゴルフのスイングのように、ガングロのふくらはぎを打った。そのことで彼女はヒザから崩れ落ちた。
で。
俺はその頭上に刀を振りおろし、頭上で刃をぴたりと止めたのだ。
「セイント&シナー……」
俺の技を見た騎士たちは、そう呟くと、俺に対していっせいにひざまずいた。
俺が聖バイン騎士団に古くから伝わる技を使ったからだった。
俺はそれを無意識に繰り出したように見せかけた。
が、もちろん予習はしっかりしてる。
というより、俺はこの技を騎士に見せるために、密かに猛特訓をしていたのだ。
「領主さま……」
騎士たちが拝むその眼前で、俺はガングロを叱った。
「まだ、おまえは繰り返すのか」
「けっ! 魔法ならっ、魔法なら負けねえ!!」
「まだそんなことを。おまえはそんなことを言って何度も俺に挑んだが、しかしことごとく負けているではないか」
「なんだと! ってゆーか、てめえ、やっぱり魔法弱いんだろ。あたしより魔法が弱いから、そーやって魔法以外で勝負してンだろ!!」
「………………」
「やい! テンショウてめえ!! 悔しかった勝負しろ!!! あたしと魔法で勝負しろ!!!!」
「………………」
俺は深くため息をついた。
それからガングロとアンジェ、教区司祭、ここにいる者すべてを連れて城壁に上がった。
そして。
俺は天高く、はるか遠くを目がけて魔法を使った。炎を噴射した。
見渡す限り、空がまるで夕焼けのように赤く染まった。
俺の炎が空をおおいつくした。その炎の噴射はいつまでも続いた。
数分にも数時間にも感じる時が過ぎた。
やがてガングロの口から名状しがたい叫びがもれた。
それと同時に、彼女はぺたんと座り込んだ。腰を抜かしたようだった。
「なんでっ、なんでなんで、こんな魔法……。こんな魔法を持ってンのに」
ガングロが放心して言った。
すると教区司祭が穏やかな笑みで、彼女に答えた。
「教会の規範録に『七縦七禽』というものがあります。この故事は、諸葛亮孔明が孟獲に恭順を誓わせるために、七回捕らえ、七回逃がした――そのことに由来しています」
「ああン?」
「孔明は、力による支配では反抗心を生むと知っていました。だから孟獲を七回逃がし、彼の心からの恭順を待ったのです」
「それを……」
ガングロは司祭を見上げて呟いた。
「罪人ガングロよ。領主さまは、汝の改心をお望みです」
そう言って司祭は胸で十字を切った。
それと同時にガングロが、まるで女児のように大声で泣き出した。
「ちくしょう! あたしはバカだ! あたしはバカだ!」
そう言って泣き叫ぶガングロに、司祭は温かな微笑みをむけた。
俺はその横で、ガングロの恭順よりも、司祭からの尊敬を得られたことに達成感をおぼえていた。
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
教会関係者 (修道士と騎士)からの尊敬を集めた。
……ここまでくれば、信頼され信用を得られる日も近いだろう。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
ズィーベンにデモニオンヒルの資産を使い込まれた。




