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その3

「あたしはガングロ! 剣鬼ゴンブトの妹だコラァ!!」

 と、茶髪の少女が叫んだ。

 一緒にいたふたりの少女が、あごをしゃくるようにして俺を睨んだ。



「テンショウてめえ!」

 と、ガングロが叫ぶと、騎士が彼女の肩をつかんだ。

 ガングロは挑むように俺を睨みつけた。

 俺は大きく息を吐いて、それから訊いた。


「ゴンブトのことか?」

「ああン!?」

「俺はゴンブトを殺した。ヤツに親を殺されたからだ。敵討(かたきう)ちだった」

「はァ!?」

「そのことで来たのではないのか?」

 俺が目を細めると、ガングロは眉を絞った。

 つばを呑みこんだ。それから吐き捨てるように言った。


「べっ、別にそのことじゃねえし」

「おまえ、今初めて知ったのか」

「うっせえ。あんたに兄貴が殺せるわけねえ」

「………………」

「それにもし殺されたとしても、それは兄貴があんたより弱かっただけ。強いもんが弱いもんを倒しただけのこと。あんな兄貴だし、あたしはあんたを恨まない。敵討ちなら尚更だ」

「で?」



「あんたが、この街のリョーシュをやってンのが気にくわねえ。あんた、穂村じゃ一度もそういうのやったことなかっただろ。青年団でも班長やったことねえし、おとなしくて地味で、いつも刀ばっか打ってたろ」

「あー、思い出してきた。俺が地味なんじゃなくて、おまえら兄妹が派手なんだよ」


「うっせえ。とにかく、あたしは認めねえ。あんた、さっき店長集めて絞り上げただろ」

「ああ」


「あたしはそれでクビになった。こいつらもクビだ。で、斡旋所に依頼を出すから、そこからまた応募しろって言われた。もしかしたら金額は下がるかもって」

「ほう。なかなか仕事が早いじゃないか」


「ふっざけンなコラァ! 班長もやったことないヤツがチョーシに乗って権力振りかざしてんじゃねえ。あたしら迷惑してんだクソがァ」

「斡旋所を通せよ。中抜きしてたヤツが開き直るなよ」


「はあ……。あんた、やっぱなんも分かっちゃいねえ。あたしらの魔法はレアじゃない。炎、冷気、それにテレキネシス。あたしらと同じ魔法を持つヤツは、この城塞都市にあふれてる。なかなか仕事にありつけない、競争率が高いんだよ」

「……俺の魔法は炎だ」


「知ってる。でも、あんた男だ。あのお姫さまに気に入られてる。それと、あたしより先に魔法使いになった。あんたは、たったそれだけの理由でリョーシュになった。炎だって、どーせ、あたしのが強い。だから気にくわねえ。運だけでリョーシュになったヤツがチョーシこいて悪い政治をやっている、迷惑なンだよ!」

「はァ――」

 と、俺は思わず息を漏らすように笑ってしまった。

 こいつは近年まれにみるアホだ。

 学がない分、アンジェリーチカよりアホさが際立っている。


「あのな。おまえがなかなか仕事にありつけないのは、おまえが高額依頼にこだわっているか、それかおまえの素行がものすごく悪いからだ。だいたい店と直接交渉して仕事してるようなヤツが、斡旋所に断られるわけないだろ。それに競争率とか言うけれど、斡旋所の求人倍率はいつも1以上、つまり応募すれば余程のことがない限り採用されるんだ」

「けっ!」


「俺は領主だからそれを知っている。領主でなくとも調べればすぐに分かる。0.5秒でバレるようなウソをつくなよ」

 俺はそう言って、苦笑いで騎士を見た。

 すると彼女たちは、

 こいつ殺しちゃいますか? ――みたいな呆れた顔をした。

 俺は、しばし考えたのちゲスな笑みをした。

 アホのアハトを思い出したからだ。

 あいつに復讐したこと、無残に殺したことを思い出したからだった。


 俺はそのことをまったく悔いていなかった。

 ただ、反省することがあるとすれば、それはすぐに殺してしまったことだった。

 アハトには利用価値があった。

 あのアホは、俺の名声と評判を高める装置だった。

 あいつを泳がせておくだけで、俺の評価はどんどん高まったのだ。

 で。

 眼前にいるガングロが、俺にはそのアホのアハトと重なって見えた。

 同じタイプだと思った。

 同じような利用価値があると思ったのだ。

 ふふっ。

 俺は根性の悪い笑みを懸命に抑えつけ、冷然と言った。


「おう、ガングロ。おまえ、俺より強いと言ったな? いいだろう試してやる」



挿絵(By みてみん)



 俺は彼女たちを連れて野外シアターに向かった。

 たちまち街は大騒動となり、シアターにはたくさんの観客が集まった。

 さいわいなことにアンジェリーチカが来る前に、頼んだ品が届いた。

 俺はステンドグラスの破片を手に取ると、観客に聞こえるよう大声で言った。


「ガングロ! これから、おまえたちの魔力を確かめてやる。ネクタイを外してやるから、俺の言うとおりにやってみせろ!!」

 そう言って俺は騎士たちにネクタイを外すよううながした。

 騎士たちは躊躇(ちゅうちょ)した。

 俺はやはり大声で、ガングロを挑発するように言った。


「穂村の人間は、どんなクソ野郎でもプライドだけはある。迷惑をかけることを恥とする。どんなクズでも正々堂々とした勝負を好む。だから信じて刀を与えれば、それで斬りつけるようなことは絶対しない。この気分は理屈では説明できない。宗教観といってもいい。違うかッ!」

「あっ、あったりまえだ!」

 ガングロは口を尖らせて言った。

 俺はニヤリと笑い、彼女のネクタイを外した。

 それから子分ふたりのネクタイも外し、観客を見まわした。

 そして言った。



「心配しなくてもいい。きっと、あそこから狙ってる。こいつらがキミたちに危害を加えるようなことをすれば、たちまち騎士が撃ち殺してくれる。キミたちの安全は騎士団が保証してくれるだろう」

 会場が騒然とするなか、俺は無感情に言った。


「このデモニオンヒルに建てられた塔は、内側を攻撃するためのものだ。まあ、それは俺たちが魔法使いだからだ――という考えかたもできるが、でも、俺は違うと思う。俺たち魔法使いがアダマヒア王国と信頼関係を築けてないからだ。ちなみに、キミたちが新しく造ってくれた塔のうち、いくつかは領主城を攻撃できる位置にある。もちろん、領主となった俺を攻撃するためだ」

「まさかっ!?」

 観客から悲鳴が上がった。

 俺はたしなめるように言った。



「大丈夫。王国に歯向かうようなことをしなければ、なにも起こらない」

「でもっ!?」

「信頼関係を築く良い機会だ」

「そんなっ!」

「騎士をそんな目で見ては駄目だ。騎士団は、第1に法、第2に国王、そして3番目に領主に従う。もし、俺を攻撃することがあっても、それは法か国王に従っただけだ。なにも悪くない。騎士とはそういう役割なのだ」

 俺は騎士をひとりひとり見た。

 騎士たちは背筋を伸ばし、無表情のままわずかに頷いた。

 俺は観客に向かって言った。


「まずは騎士団、聖バイン教会に信頼してもらえるよう、一緒に頑張ろう」

 それから俺はステージのガングロを見た。

 彼女たちは呆然と立ちつくしていた。

 やるぞ――と言うと、ガングロはツバを呑みこんだ。

 俺はステージに、ステンドグラスの破片を山積みにした。

 それからガングロに向かってこう言った。



「これを溶かせるか?」

「ああン?」

 ガングロは鼻で笑うと、炎を噴きあげた。

 ステンドグラスはあっという間に溶けて水あめのようになった。

 俺はガングロの得意げな顔を一瞥し、彼女の子分に言った。


「テレキネシスの魔法使い。あのぐにゃぐにゃのガラスを宙に浮かせるか?」

「らくしょーだよっ」

「高度を保ったまま、形状を変えられるか?」

「かんたんだねっ」

「平らにしてみろ」

「ふふん」

「厚さを均等にしてみろ」

「むっ、やってやらあ」

 単純なもので、子分はガラスの操作に熱中した。

 俺は密かに微笑んで、それからガングロに言った。


「あれを()がさずに、さらに熱することができるか?」

「でっ、できンよ!」

「おまえが作れる最大の火力、最高の温度でアレを熱してみろ。黒コゲにするなよ」

「うっせ! 黙って見てな」


「ふふっ。では、テレキネシス。ほぼ液状となっているが大丈夫か?」

「バカにすんな」

「もっと薄くできるか?」

「ふん」

「薄く平らな正方形を維持しろ」

「やってやんよっ」

 子分は誇らしげに言った。

 その横でガングロがやはり得意げに炎を噴いていた。

 俺は観客をゆっくり見まわして、それからもうひとりの子分を見た。

 その子分……冷気の魔法使いは、ぷっくらとほっぺたを膨らませた。

 俺は微笑み、それから大声で言った。


「炎を止め、それと同時に冷気で急速冷却せよ! テレキネシスは高度と形状を保ち、落とさないよう注意せよ!!」

 この言葉にうたれ、ガングロたちはその通りの動きをした。

 まっ白な霧のようなものが噴きあげた。

 やがてそれは天に上がって消え去った。

 するとそこから板状のガラスが現れた。

 それを観客、騎士、そしてガングロたちは口をぽっかり開けてしばらく見たままでいた。

 俺は無事、窓ガラスが完成したことに、ほっとした。

 ガングロたちの魔法を心中で密かに褒め、それから観客に向かって言った。



「見よ! ガラスは高温で熱し不純物を取り除いて、それを急速冷却すれば、このように透明度の高いものとなる。が、これほどのものはアダマヒア王国やザヴィレッジの工房では作れない。もちろん、穂村の鍛冶場でも作れない」

 俺はテレキネシスに目で合図した。

 彼女は窓ガラスを観客によく見えるよう動かした。


「それが炎の魔法使い、冷気の魔法使い、テレキネシスの魔法使い、彼女たち3人の手で作られた。そう、このデモニオンヒルにあふれている――と、ふてくされていた彼女たち、どこにでもいるごく普通のありふれた魔法使いが作ったのだ」

 この言葉に観客はどよめいた。

 何人もの魔法使いが、瞳をキラキラさせて窓ガラスを見つめていた。

 その様子に俺は満ち足りたため息をついた。

 と、ちょうどそのとき。

 ガングロが跳びはねるようにして叫んだ。




「てめえ、なんか()い話ふうにまとめやがって。勢いでごまかそうとしやがって。あたしたちの魔力を見ただけで終わらせようとしやがって。なあ、それであんたの魔力はどうなんだ? やっぱり、あたしより弱いんじゃねえのかコラァ!」


「ちょ、ちょっと。空気読みなよ……」

 冷気の魔法使いがガングロの袖を引いた。

 ガングロはあごをしゃくって俺を睨みつけた。

 俺は失笑し、それから頷いた。

 テレキネシスの魔法使いに指示をした。


「さっさと終わらせよう。ステージのあそこらへんにガラスを浮かせてくれ」

「……うん」

「よし、それじゃ地面となるべく平行にして固定してくれ」

「……できたよ」

「よしっ」

 俺は炎を飛ばした。

 ガラスの真下にコンパクトかつ超高温の炎を生んだのだ。

 それからステージに設置されていた銀の燭台(しょくだい)を引きちぎり、炎に投げ込んだ。炎とガラスの間にある空気を絶妙なバランスで振動させながら、気圧差を作り、それと同時に銀の燭台を溶かした。

 銀を気化させた。

 そしてガラス面に蒸着させようとしたのだが。


「あれ……」

 蒸着しなかった。

 俺はぎこちない笑みで固まった。

 観客はつばを呑み、俺とガラスを見守った。

 ガングロたちも首をかしげたまま、俺をじっと見た。

 俺はしばし考えた。

 このまま強引にガラスに銀を吸着させることは多分できる。

 でも、ここは吸着させずにアイマイのまま終わらせたほうがいい。ガングロとどっちが優れているのかをウヤムヤのままにしておいたほうが得策だと思った。

 そうなのだ。ここでガングロを屈服させては駄目なのだ。

 彼女には、しばらく俺に噛みついて欲しいのだ。

 そうでないとデモニオンヒルは『魔法使い Vs. 騎士団』というかたちになってしまう。それだけは絶対に避けたい。だから、少なくとも俺が教会を懐柔するまでは、ガングロには戦意を喪失しないで欲しいのだ。……。

 で。

 俺はテレキネシスの子に、


「なんかいい感じにくっつけてくれない?」

 と、事態の収拾をぶん投げた。押しつけた。

 まったくひどい領主、パワハラである。

 テレキネシスの子は俺を上目遣いで見ると、まるでお母さんのようなため息をついた。

 それからガラスの片面に、銀を薄い幕状にして固定した。

 ゆっくりと俺のところに飛ばして持ってきた。

 俺はその素晴らしい仕事ぶりに、安堵のため息をついた。

 そして。

 出来上がった鏡をガングロに向けて、ゲスな笑みで挑発するようにこう言った。



「頭を使う勝負ならいつでも相手になってやる。俺より上だと言うのなら、アダマヒアにない物を生み出してみろ。俺よりすごいものを発明してみせろ」



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 ガングロにケンカを売られた。

 →俺の名声を高める装置にしてやった。



 ……銀をつかったよく反射する鏡・綺麗に映る鏡は14世紀の発明。俺が今回やろうとした原理は19世紀のもの、もちろんアダマヒアにないものである。ちなみにこの鏡は、女性ばかりが住むデモニオンヒルの景気を刺激した。彼女たちが今まで以上に、オシャレに気を遣うようになったからだ。



■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 ズィーベンにデモニオンヒルの資産を使い込まれた。

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