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第7公子 ズィーベン

 俺たちは領主城に移り住んだ。

 その引越しは派手に物々しく、そして盛大に行われた。


 俺と緒菜穂、アンジェリーチカ、フランポワンは、パレードのように中央広場をゆっくりとまわり、それから入城した。

 その様子をデモニオンヒルに住む魔法使いは楽しんだ。歓声がわいた。

 俺たちはオープンカーのような馬車から手を振った。



 オバチャン魔法使いたちは、まるで息子の成功を見るような目をしていた。

 満面の笑みで感動の涙を流し、俺に手を振っていた。


 若い魔法使いたちは、黄色い声をあげていた。

 彼女たちのヒーローは、アンジェリーチカだった。

 アンジェリーチカは、彼女たちにとっては雲の上の人だった。

 ところが自分たちと同じ魔法使いだった。

 そのことでアンジェリーチカは身分をどん底まで落とされたのだ。

 それが今では名誉と身分を取り戻し、婚約者 (俺)までゲットした。

 しかもザヴィレッジから戻ると、なぜか女らしくなっていた。

 そして誇らしげな笑みで再び領主城へと舞い戻っているのだ。

 若い魔法使いたちは、それを夢見るような目で見ていた。

 きっと自分を重ね合わせて見ているのだろう。


 ……そんなふうに思いながら歓声に応えていると、片隅でニヤニヤしている魔法使いの集団を発見した。後でメチャシコに聞いたところによると、彼女たちはどうやら俺がザヴィレッジに行ったのと入れ違いでデモニオンヒルにやってきた――いわば新参者のようだった。


 彼女たちは、このとき俺とアンジェリーチカを初めて見た。

 このデモニオンヒルの領主、支配者を初めて見たのである。

 だから俺たちの意外な若さに拍子抜けしたのかもしれないし、彼女たちの目には、俺たちが頼りなく映ったのかもしれない。そんな彼女たちの本心は知りようがないけれど、しかし、敬意を抱いていないことは明らかだった。

 まあ、無理もない。

 俺が彼女たちの立場なら、こんな若造、鼻で笑うもんな。……。




 さて。

 俺は領主城に移ると、さっそく仕事に取り掛かった。

 まず、領主の仕事をすべてアンジェリーチカにブン投げた。

 彼女は、もともとこのデモニオンヒルの都市会長である。

 だからというわけではないだろうが、すんなり引き受けてくれた。

 彼女はそのことで大いに自尊心と母性を刺激されたらしく、全身で喜びを表した。


「まかせてねっ」

 彼女はキリッと眉を絞り、(チョー)↑↑(アゲアゲ)な感じで家政をまとめはじめた。

 教会から教区司祭と教区総長を呼び、祭事と警備を確認した。

 居室と従者の割り振りを素早く指示した。ほかにも様々なことを指図した。

 俺はその様子に満足した。

 まるで犬だな――と、ぼそりと呟き、満ち足りた笑みをした。

 アンジェリーチカの扱いかたが分かってきたからだ。


 ――犬の散歩のように、先頭を歩かせてやればいい。


 それでアンジェリーチカは満足する。

 大喜びでどんなことでもやる。あのコウマンで気まぐれでフリーダムなお姫チカが、たったこれだけの工夫で思い通りに動くのである。

 しかも、アンジェリーチカはお勉強はできるが、賢くはない。

 だから領主の仕事に一切アレンジを加えない、いや、できないのだ。

 この彼女の特質は一般的には欠点だと思うのだけど、しかし、俺はそんな彼女を喜んだ。余計なことをされるよりも、よっぱど安心して任せられると思ったからだ。



 で。

 すべてをアンジェリーチカに押し付けた俺はというと――。

 メチャシコとマコとともに、デモニオンヒルの財政について精査していた。

 ズィーベンが使い込んだ資産、そのことによって生じた問題、あるいはこれから生じるだろう不具合を徹底的に調べあげたのだ。

 結論から言うと、この人選は成功だった。

 というのも、ふたりがお互いの欠点を補うかたちで結束したからだ。


 メチャシコは大きな金額のダイナミックな流れが理解できなかった。

 マコは生々しい金の使いかたを嫌悪して帳簿の裏を読み取ろうとしなかった。


 そんな彼女たちと調査をまとめあげたのは、領主城に入って3日目のことだった。



「都市資産は確かに空になっていたけれど、でも、領主の私産は残ってた。当面の私たちの生活、都市の運営に問題はないわね」

 マコが腕を組みながら言った。


「さすがにズィーベンさんも、そこまで大胆なことはしませんよねえ」

 メチャシコが満面の笑みで言った。

 彼女はこういった顔をするとき、内心、ほくそ笑んでいる。

 俺はそれを知っていたから、単刀直入に言った。



「ズィーベンは俺たちを油断させようとしている。そうだよな?」

「えへへ。わたし分かりませんよお?」


「あー、めんどくさいから先に進めるぞ。ズィーベンの攻撃は、直接的なものではない。彼はインフレを起こすことによって、デモニオンヒルの経済を破綻させるつもりなのだ。そのことによって俺に領主失格の烙印を押そうとしている。これがズィーベンの真の目的だ」

 マコとメチャシコがつばを呑みこんだ。

 俺は続けてこう言った。



「ズィーベンは都市資産を使い込んだ。正確に言うと、デモニオンヒルの魔法使いに、ばらまいた。彼女たちに、とんでもない高額で都市の改築を依頼したのだ。そのことによって彼女たちは発奮し、魔法の力もあって、またたく間に都市は生まれ変わった。彼女たち魔法使いは、俺が留守にしている間に大金を手にした。しあわせを手に入れた、のだけれども――」

「大金に慣れてしまったわ」


「その通りだ。彼女たちはもう、今までの金額では仕事をしない。最低限の生活を保障されているから、なおのこと、金額に不満があれば働かないだろう」

「でも、この都市の経済は斡旋所の仕事によってなりたってます。魔法使いさんがまったく働かないというのは、領主さんとしては困りますょ」



「金額を上げざるを得ない。このデモニオンヒルにバブル旋風が吹き荒れることになる、が、だからといって王国やザヴィレッジから来る交易商や、斡旋所の依頼主を巻き込むことはできない」

「彼らの取引先は、デモニオンヒルだけではないわ。理不尽な価格変更があれば、誰も出入りしなくなるわね」


「そう。だから利益は減る。お金を注ぎ込み、補填(ほてん)するケースもでてくるだろう。その結果、財政に長期的なダメージを受けることになる」

「それがズィーベンさんの狙いなんですかあ?」



「それを俺たちは見抜いた。でも、お金のことは実はそれほど問題ではないんだよ」

「じゃあ?」


「一番の問題は、このばらまきによってズィーベンが魔法使いの人気を獲得したことだ。俺たちは、彼の直後にデモニオンヒルを運営しなければならない」

「どうしても比べられちゃいますよねえ」

「そんなの勝てっこないわよ。お金ばらまいたら人気出るに決まってるじゃない」


「まあね」

 俺は苦笑いで、ため息をついた。

 それから(いきどお)るマコに向かって言った。


「でも、問題の本質に気づいたから大丈夫。魔法使いの信用を獲得すれば、この問題は自然と解消する。そして財政は勝手に上向くよ」

「え?」


「俺は彼女たちの造ったものを見てそれを確信した。それにな。だいたい、ばらまかれた都市資産は、魔法使いが今も持ってるじゃないか。たしかに金庫は空になったけど、でもお金はデモニオンヒルにあるじゃないか」

「えへへ、だったら」


「あせって徴税しては駄目だ。それなら倒産したほうがいいくらいだよ。でも、そうやって彼女たちの信用を獲得していけば、財政は勝手に上向くよ」

「言い切るわねっ」

 マコはワクワクして言った。

 その横でメチャシコが、くすりと笑った。

 俺はゲスな笑みでこう言った。



「これは都市資産を取り戻すゲームじゃない。魔法使いの信用を勝ち取るゲームだよ」



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 財政問題の本質を見抜いた。

 →魔法使いの信用を獲得すれば自然と解決する。


 ……その後で、ズィーベンにたっぷりお返しすればいい。



■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 ズィーベンにデモニオンヒルの資産を使い込まれた。

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