エピローグポイント
――……真っ赤な満月の夜だった。
俺はマコとともに、荒野を歩いていた。
西へ、デモニオンヒルへと向かっていた。
俺は彼女になにもかもを話した。
マコはすべて受け入れてくれた。
俺とともに城塞都市に来てくれると言ってくれたのだ。
「いずれにせよ、緒菜穂に逢ってからだな」
「……うん」
俺たちは身を寄せ合い、荒野を歩いていた。
と。
そこに馬が向かってきた。
アンジェリーチカが俺たちを追って単騎で駆けつけたのだ。
「テンショウ!」
アンジェリーチカは器用に馬を操り、まわり込むようにして止めた。
そして母性に満ちたため息をつくと、寂しげな目をした。
俺は苦笑いをして言った。
「なにもかも放り出したままでごめん。村は大騒動だろう」
「えっ、ええ」
「どうなった?」
「フランツさんが村をまとめてる。それと私ね、教会にも真相を伝えたの。だからツヴェルフお義兄さまには正当な裁きが下されるわ。きっと、相応の葬儀となるわよ」
「で」
「はい?」
「俺を逮捕しに来たのかい?」
「……いいえ」
「はあ」
「ねえ、テンショウ。私だって成長するのよ。あなたのその繊細な気分を私はね、少しは理解できるようになったのよ」
そう言ってアンジェリーチカは、カバンをまさぐった。
そして誇らしげな顔をして言った。
「本物の村民証。教会にお願いして特別に手に入れたの。ふふっ、あなたのだけでなく、マジョッコ・マコのもあるわよ」
「………………」
「これであなたたちは、どこででも胸を張って暮らすことができる。いちから出直せるわよ。……人としてね」
「ふふっ、今さら人になれというのか。俺は伝説の魔法使い、伝説だぞ」
俺はそう言って、村民証を返した。
アンジェリーチカは口をぽっかり開けたままでいた。
しばらくすると彼女は寂しげに笑い、甘えるように言った。
「ねえ、どこに行くの?」
「この、お莫迦チカ。……デモニオンヒルに帰るんだよ」
「えっ?」
「マコを連れてデモニオンヒルに帰るんだ」
「えっ、でも」
「ツヴェルフの悪事は明らかになったんだろ? フランツも教会もすべて知っているんだろ?」
「ええ」
「だったら帰って問題ない。領主城に攻め入ったのは確かにやりすぎたけど、でも裁くのはフランツだし、だいたい先陣切って攻城したのは第一王女のキミじゃないか」
「くっ」
「フランツはキミを裁けないよ。それにさ、そもそも俺たちはなにも悪いことをしていないじゃないか。井戸にキツネを投げ込んだのも、村に火をつけたのも、フランクを殺したのも、全部、ツヴェルフのやったことだろう。ちなみに俺は騎士をひとりも殺してない」
「そっ、そうなのね」
川にひとり、蹴り落としたけれど。
「だからデモニオンヒルに帰る。せっかく伯爵になったんだ。利用できるものは利用しなきゃもったいないよ」
俺は呆れて言った。
アンジェリーチカはパッと花の咲いたような笑みをした。
俺はマコに向かって、いつでも抜け出せるしな――と微笑んだ。
マコは、イタズラな笑みで俺の腕にしがみついた。
するとアンジェリーチカは悔しそうに言った。
「ねえ、私も一緒に」
俺は失笑して、それから馬に飛び乗った。
マコを引き上げ、お姫さまダッコした。
アンジェリーチカが後ろから甘えるように抱きついた。
俺たちは、そうやってデモニオンヒルに帰った。
あの、閉塞していて、しかしなぜか希望を感じることのできるデモニオンヒル。
そんな魔法使いの城塞都市デモニオンヒルへと、俺たちは帰るのだった。
【第2部 完 】




