その5
駆け上がるとそこにはツヴェルフがいた。
ツヴェルフは足を引きずりながら奥へと向かっていた。
その向かう先から巨大な男が顔を出した。
「ゴンブト!」
俺が叫ぶと、ゴンブトはツヴェルフを押しのけた。
俺の顔を覗きこむように身をかがませて、ニヤリとした。
それから独り言のように、ぼそりと言った。
「この奥に地下道へと続く、隠しハシゴがある」
「ひいぃいいぃいい」
ツヴェルフは奇声をあげて、ハシゴに向かった。
俺が詰めると、ゴンブトが鋭い眼光を放った。
そして、女を引っぱり出した。
「マコ!」
マコは猿ぐつわをはめられ、手錠をかけられていた。
ゴンブトに髪をつかまれ、苦悶の表情を浮かべていた。
「おい、マコを離せ!!」
「なあ、テンショウ……。おまえさんは、やりすぎた。ガキくせえ感情に流された。オトナの折り合いの付けかたが、まるで分かっちゃいねえ。おい、てめえのやったこたあ、なにもかもメチャクチャで後先考えなしじゃねえか」
「なにをッ!」
「女も護れねえ、ガキがァ」
ゴンブトはそう言って、刀を抜いた。
するどくマコの喉にあてた。
そして言った。
「おい女ァ。テンショウに、なにか言うことはあるか?」
一閃、猿ぐつわがハラリと落ちた。
そのあまりの速さに喪心していると、ゴンブトはニヤリと笑った。
それから低い声でマコを恫喝した。
「言ってみろ」
しかしマコは無言だった。
その大きな瞳を憎しみの炎で燃やし、ただゴンブトを睨みつけるだけだった。
「まあいい」
ゴンブトは刀を鞘に納めた。
マコの手錠が音もなく斬れ落ちた。
ゴンブトは不敵な笑みを俺に向けると、マコを突き飛ばした。
「そこでじっくり見とけ」
吐き捨てるようにゴンブトは言うと、ずいっと前に出た。
俺とゴンブトは三メートルの距離で相対した。
俺は、ちらりとマコを見た。
マコは床に突っ伏していた。
視線をゴンブトに戻した。
彼の胸もとには、ツヴェルフと同じアミュレットがあった。
俺は、そっとカタナの柄に手をかけた、瞬間――。
ずだん!
ゴンブトは跳んだ。
俺は抜刀し、それを防いだ。
俺たちはもつれ合いながら激剣を交わした。
バッと跳び離れた。
再び、距離をおいて対峙した。
ゴンブトは、にやけて言った。
「俺もおまえさんも穂村出身、おぼえてるか?」
言い終わると同時に放たれる、ゴンブトの鋭い逆袈裟。
俺は仰け反るようにしてそれを避けた。
ゴンブトは刀をびゅっと振り下ろし、それから言った。
「俺とおまえさんは、同じ仲間、のけ者であぶれ者、蔑まれ、迫害される者。だが、おまえさんは俺の誘いを断った。……バカがァ」
俺は剣先をするどく伸ばした。
ゴンブトはそれを刃で滑らせた。
そして上から叩きつけるように、刀を振り下ろした。
俺は刃を返し、懸命に跳ね上げた。
ゴンブトは、満足そうに目を細めた。
そして言った。
「俺は悪に徹し、力を手に入れた」
ゴンブトは、満ち足りた笑みで刀を見た。
清らかな細身の刀は、しかし妖しくも美しい光を放っていた。
それは、キヨマロの七刀のうち二番刀・菊清麿だった。
「なあ、テンショウ。俺は悪党だが、だが、おまえさんもこの騒ぎが終われば悪党なんだぜえ」
「悪党……」
「ツヴェルフの命、王族の命を狙った悪党じゃねえか」
「………………」
俺は、うんざりとしたため息をついた。
そのとき、階下から地下組織の面々が駆け上がってきた。
しかし言葉を失い、呆然として立ち尽くした。
俺とゴンブトとの決闘、その気迫に呑まれたようだった。
「ふふっ。たくさんのお友だちが来たな。なあ、テンショウ。どうする?」
そう言ってゴンブトは、菊清麿を青眼に構えた。
真っ直ぐに剣先を俺に向けた。
俺はカタナを鞘に戻し、腰を落とした。
そっと手を添えて、抜刀の構えをした。
俺とゴンブトは、そのまま気合を込めた。
永遠とも思える静寂がすぎた――のち。
堪えられなくなった地下組織の面々が悲鳴のような叫びをあげた。
「テンショウ駄目だ!」「カタナでは勝てない!!」「みんなで取り囲もう!!!」
俺はゴンブトを見据えたままでいた。
するとマコが飛び跳ねるようにして、一心に叫んだ。
「勝てる! だって、テンショウだから!! 伝説の魔法使いだから!!!」
俺は息を漏らすように失笑した。
そして抜刀の構えのまま、ゲスな笑みを悟られないようにそっと視線を落とした。ゴンブトから視線を外し、魔力を高めながら、すり足で緩慢に場所を移した。
「バカが」
ゴンブトは吐き捨てるようにそう言うと。
怪鳥のような声をあげて、バカバカしい距離をバカバカしい速度で低く鋭く跳んだ。
剣先を俺に向かって伸ばした。
が。
「なッ!?」
ゴンブトは俺の真横に、刃を振り下ろした。
力いっぱい空振りをした。
愕然とするゴンブトを、俺は斬った。
「ごッ、んぶゃたあぁあああぁぁあああああ――――!!!!」
きらめく銀の軌跡は、すぐさま赤い飛沫となった。
ゴンブトは大きく目を見開いたまま、血しぶきを噴き上げた。
やがて膝から崩れ落ちた。
「温かい空気の層と、冷たい空気の層。その狭間で光は屈折する。ゴンブト、おまえが斬ったのは俺の蜃気楼、たぶんな」
俺はゲス顔でそう言った。
ゴンブトは虚脱し、菊清麿を落とした。
それと同時に、マコが俺の胸に飛び込んできた。
地下組織の面々が喜びの声をあげた。
俺は歓声に包まれながら、ゴンブトを見下ろした。
するとゴンブトはニヤリと笑い、脇差を抜いた。
腹に当てた。そして言った。
「どの道、おまえも地獄行きだ。じゃあ、先に行って待ってるぜえ」
ゴンブトは腹をカッさばいた。
十字に斬り、不敵な笑みをした。
俺はゴンブトを蹴り飛ばした。
そして吐き捨てるように、こう言った。
「俺はゲスな魔法使い。お前に言われなくとも、そんなことは分かってる」
それからゴンブトを蹴り上げうつぶせにした。
カタナを尻に突き刺した。
ねじ込み、十字にカッ斬った。
そうやってゴンブトの息の根を止め、それからつけ加えた。
「カッコよくは、死なせねえ」
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
ゴンブトに親を殺され、『キヨマロの七刀のうち二番刀・菊清麿』を奪われた。
→カタナを尻に突き刺し、トドメをさした。菊清麿を取り戻した。
……超上からの目線で説教カマしてるんじゃあない。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
王国に結婚のことで罠をかけられた。あなどられた。




