その4
大通りに戻ると、混乱が起こっていた。
地下組織の何人かが倒れ、負傷していた。
そして、通りの反対側では騎士たちがざわついていた。
「どうした!?」
「ゴンブトがマコを……」
男がうめくように言った。
俺が眉をひそめると、ジジイが言った。
「あんたがいなくなったのと入れ違いでな、ゴンブトがぷらりと現れたのよ。それでマコの髪を引っつかんで、無理やり連れていったのよ」
「バカなッ」
「もちろん抵抗したわい。でも、まるで歯が立たん。相手にならんのよ。ゴンブトはマコを担いで片手だったがの、ご覧のありさまじゃ。あっという間にやられて、向こうの騎士たちが気付いたときにはもう、いなくなっとった」
「そんなッ」
「領主城に入っていったのよ」
ジジイは悔しそうに言った。
そのとき、アンジェリーチカがひとりの騎士とともにやって来た。
「テンショウ。こちらは騎士団のザヴィレッジ教区総長よ。彼は、テンショウと地下組織の無実を信じてくれたわ。私たちに剣を向けないことを約束してくれたのよ」
アンジェリーチカは、誇らしげに言った。
その横で、岩のような騎士が頷いた。
「第一王女さまの命令に従います」
と、彼は無表情に言った。
ものすごく頑固で規則に厳しそうな老人だった。
「それでテンショウ、これからのことなんだけど?」
「ああ、それだけど」
と俺は言って、それから騎士を見た。
騎士は無表情ながらも、わずかに困ったような顔をした。
おそらくアンジェリーチカに、一緒にツヴェルフを倒そう――とか言われたに違いない。騎士は、そのことに苦しんでいるのだろう。
まあ。たしかに騎士団は、第一王女のどんな命令にも従うかもしれないが。
しかし、つい先ほどまではツヴェルフの命令に従っていたのである。
気持ちよく戦える相手ではないだろう。
だから俺は、アンジェリーチカに向かってこう言った。
「気持ちは嬉しいが、アンジェリーチカ。俺たちだけで戦いたい、マコを救いたいんだよ。それに、ギルドのあたりの火事がひどい。負傷者もいる。とても村人だけでは鎮火できないんだ」
アンジェリーチカは、ぽかんと口を開けたままでいた。
俺は苛立ちながら、ちらちらと騎士に視線を送った。
するとアンジェリーチカは、ようやく理解した。
そしてキリッと眉を絞り、ドヤ顔で騎士に言った。
「アダマヒア王国第一王女アンジェリーチカから、ザヴィレッジ教区総長に命じる。ただちに騎士を総動員し、村の鎮火にあたれ。また、修道士は教会を開放し、治療にあたれ。なお、魔力測定のこと、村民証のことはいっさい不要である。今は鎮火と救出、そして治療に専念せよ」
このアンジェリーチカの命令に、騎士は背筋を伸ばした。
無表情のなかにもかすかに喜びを浮かべ、剣を鳴らした。
そして勢いよく騎士団のもとに駆けていった。
彼が戻ると、騎士たちは慌ただしく動きはじめた。
俺はそれを見て安堵のため息をついた。
そして言った。
「じゃあ、みんな。これから俺とアンジェリーチカで領主城に行ってくる。必ずマコを救出し、ゴンブトに復讐を果たす。ツヴェルフに落とし前をつけさせる」
俺がそう言うと、地下組織のジジイが武器を手に、こう言った。
「これはワシたちの戦いでもあるんじゃ」
この言葉に地下組織の面々が立ち上がった。
虐げられてきた移民が武器を手に、俺のもとに加わった。
「そして私たちの戦いでもあるわ」
と、次に女性が叫んだ。
この言葉とともに女性たちがいっせいに杖を握りしめた。
ザヴィレッジに潜み住む魔法使いが、みな加わったのだ。
「それじゃあ」
俺とアンジェリーチカは目と目を逢わせ、そして頷いた。
それから俺はカタナを天高くかざし、馬上から叫んだ。
「これより領主城に攻め入る! 虐げられてきた者たちよ胸を張れ!! 魔力に目覚めたことは『誇り』である!!!」
俺は天に向かって激しく炎を噴きあげた。
カタナを振りおろし、領主城に向かって炎を飛ばした。
炎は領主城の正門あたりに着弾、轟音が鳴り響いた。
それを合図に俺たちは突進したのだった。――
「正門を破壊せよ!」
俺がカタナを振りおろすと、魔法使いが一斉に魔法を放った。
それは炎だったり、氷だったり、石つぶてだったり、突風だったり雷だったりと形状は様々だったが、しかし、どれも怒りを含んでいた。
そしてその怒りの魔法によって、正門は砕け散った。
「第二の門まで進め!」
俺はそう言って馬を進めた。
が、そこからは狭い石橋、馬が一頭ようやく通れるほどの幅だった。
俺は馬から下りた。
そしてパルティアから奪った絵図を手に、進もうとしたのだが。
そのときアンジェリーチカが、するっと前に出た。
単身で石橋に突入したのである。
「あのバカっ」「矢が!」「護れ!」「彼女を護るんじゃ!」
俺は全力で、アンジェリーチカを追いかけた。
地下組織の面々が後に続いた。
先頭を切って進むアンジェリーチカに、矢が集中した。
しかし、矢はどれも刺さらなかった。
アンジェリーチカを射貫くかに見えた矢は、ことごとく間近で弾け、掘に落ちていった。
「私はアダマヒアの第一王女、神の加護があるわあ」
アンジェリーチカは誇らしげに剣をかかげ、第二の門に向かった。
そんなアホな――と思ったが、よく見ると彼女の周りには、ダイアモンドのような氷の結晶が渦巻いていた。アンジェリーチカは無意識・無自覚に魔法を操っていたのである。
「なにが神の加護だよ」
俺はひどく根性の悪い笑みをして、彼女を追いかけた。
追いかけながら、門塔を燃やした。
塔の内部を火の海とした。
ツヴェルフの私兵は悲鳴をあげて次々と掘に飛びこんだ。
俺の後ろから魔法使いたちが援護した。
彼女たちは飛来する矢を粉砕し、門塔を崩し、そして第二の門を植物でびっしりにして氷漬けにした。
攻撃する者はいなくなった。
俺たちは悠々と石橋を渡り、第二の門の手前まで到達した。
「やはり跳ね橋が上がってる」
そう言って掘を覗いていると、後ろから野太い声がした。
「ワシらにまかせてくれ!」
振り向くと正門のところで、むさ苦しい男連中が丸太を抱えていた。
俺たちは慌てて引き返した。
それと入れ違いで、丸太が次々と第二の門に突っ込んだ。
丸太は門を破壊し、橋となった。
「進め!」
俺たちは第二の門を突破した。
そこから東に進み、庭園から天守塔を目指すのだった。――
門を突破してからは、まさに大乱闘だった。
まず俺たち攻城側には、軍を指揮したことのある者、経験者がいなかった。
アンジェリーチカにはその知識があるようだが、しかし、あのアホが一番規律を乱していた。突出してフリーダムだった。
一番前を進みたがった。
それでいて気まぐれだった。
剣は持っているが、ただ持っているだけだった。
敵は馬で体当たりするか、あるいは踏みつけた。
ただ単純に800キロの馬体をぶつけるだけという、男らしさである。
しかも、ただひとり馬に乗っているから味方は追いつくのがやっとだし、そのせいもあって敵からはよく的にされた。
結果、矢が彼女に集中することになった。
しかし、アンジェリーチカには無自覚の氷障壁、ダイアモンドの壁がある。
氷が彼女を無敵とした。敵も味方も手に負えなかった。
だから俺は、いろいろと計算した結果。
彼女の好きにさせることにした。
まるで犬の散歩のように、一番前を歩かせてやったのだ。
「いいのかね?」
「ふふっ。ええ、好いんです。彼女には神の加護がありますから」
「第一王女とか言っているようだが?」
「面白い娘でしょう? 彼女は知性を生贄にささげることによって、神の加護を得たんです。ああしている今も、彼女は妄想のなかにいるのです。第一王女になりきっているのです。夢の世界にずっと住んでいるのですよ」
俺は平然とウソをついた。
しかし、地下組織の面々はこのウソに納得した。
まあ、第一王女がこんな所をぷらぷらしているよりも、よほど説得力とリアリティがあったのだろう。きっと。
「テンショウ!」
アンジェリーチカがキラキラとした瞳で振り向いた。
褒めて――って顔をして俺を見た。
俺は苦笑いをしてから、駆けだした。
そして、勢いよく彼女の馬に飛び乗った。
「天守塔だ。ツヴェルフたちは、そこにいるんだろう?」
「定石としては」
「行こう」
「ええ」
アンジェリーチカは馬を責めた。
兵を蹴散らし、塔まで疾走したのである。――
天守塔の入口は、二階の高さにあった。
しかし、まだ建設中らしく、木の足場が立てかけてあった。
俺はそれをつたって入口に向かった。
塔の壁面、頭上には、熱湯を注ぎ落とす穴があった。
俺はそこをことごとく燃やした。
アンジェリーチカは、俺の後からついてきた。
足場には苦戦しているようだが、特に問題はないように見えた。
で。
俺は入口に突っ込んだ。
なかにはフランクと、そしてツヴェルフがいた。
ふたりは俺を見ると悲鳴を上げた。
「野郎ゥ!」
俺はツヴェルフを睨みつけた。
しかし、ツヴェルフの体内は振動しなかった。
「はァはァはァー、バカめ! これは魔法を無効化するアミュレット!! 貴様らのような寄生虫どもの魔法などッ!!! 効かぬわあァ――!!!!」
「なんだと!」
「んん~。魔力を封じる首輪があるゥ! 魔力を吸い取る魔法使いがいるゥ!! 魔力を無効化するエリアを生み出す魔法使いがいるゥ!!! ならば、魔力を無効化するアミュレットだってェ、創れるだろうがッああン~!!!!」
ツヴェルフは誇らしげに胸を張った。
だから俺はカタナで一閃した。
ツヴェルフは勢いよく飛び退いた。
斬りつけはしたが、浅かった。
ツヴェルフは悲鳴を上げ、尻もちをついた。
まるでクモかカニのように、両手両脚で階段を後ずさりで上った。
フランクもその足にすがるようにして同様に階段を上った。
そして、ふたりは言い争いをはじめた。
「フランク! 王位継承どころか命を落としかけている、あいつと貴様のせいだ!!」
「そんなっ」
「しかもドジ踏みやがってェ! 一言の相談もなく、あいつに狙撃させるなんてェ!! 貴様何様のつもりだッああン~!!!」
このツヴェルフの言葉に、フランクの顔色が変わった。
立ち上がりながらツヴェルフを睨みつけた。
ツヴェルフも陰鬱な顔で立ち上がった。
階段をゆっくりと上りながら、ふたりは睨みあっていた。
俺は呆れてそれを見ていた。
しばらくするとアンジェリーチカがやってきた。
そのとき、フランクがツヴェルフにキレた。
「領主城を建ててやった、何から何まで金を出してやっただろ。手ぶらで来たあんたを立派な領主にしたててやった。このフランクは、あんたの救世主だろうがァ! なあ、ツヴェルフ。ひざまずいて魂の救済を乞え、あんたを救えるのはこの俺だけだ」
するとツヴェルフは唐突に。
憮然とした顔で、フランクの胸に短刀を刺し入れた。
そして蹴り落とした。
フランクは驚きの表情のまま、胸から血を噴き、俺の足もとに転げ落ちてきた。
「あっ!?」
俺とアンジェリーチカが驚倒する隙をついて、ツヴェルフは階段を上った。
そして血まみれのフランクが、俺の足をつかんだ。
見下ろすと、フランクはものすごい笑みでこう言った。
「さっさと死ねよ」
「………………」
「おまえが、さっさと死ねば問題はなかった。計画は完璧だった。ツヴェルフは、王になる野心を抱いていた。このザヴィレッジで華やかな功績を残し、村民に愛され、教会に支持されるという経歴を――ツヴェルフは欲していた。そういった経歴を手に入れ、彼は王国に帰りたかったのだ。そして王女と結婚し、王になりたかったのだ。だから俺は面倒をみてやった。そうすれば、ザヴィレッジはまた俺の村になる。王に多大なる貸しを作ってな」
「………………」
「なあ、おまえ。テンショウだろ? 娘と婚約したんだってな?」
「…………ああ」
「教えてくれ、俺の娘はしあわせか?」
フランクはふるえながらにそう言った。死が近づいていた。
俺は、すこし考えたのちに答えた。
「まるで天国に住んでいるような、そんな気分で暮らすだろう」
するとフランクはニヤリと笑った。
渋い声を絞り出してこう言った。
「なら二度と逢えそうにない」
それからつけ加えた。
「俺は地獄行きだからな」
そしてフランクは息を引き取ったのだった。
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
フランクの最期をみとった。
……遺体を彼の屋敷に戻すよう、アンジェリーチカに頼んだ。そして、俺はツヴェルフを追って階段を上がった。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
王国に結婚のことで罠をかけられた。あなどられた。
ゴンブトに親を殺され、『キヨマロの七刀のうち二番刀・菊清麿』を奪われた。




