その5
フランポワンの腹にパンチをキメた。
喜ぶ彼女を見て復讐になってないような気がしたので、オシオキのグー・パンチをキメたのだ。そのことで彼女は気絶した。
垣根のそばに彼女の衣服とシーツがあったので、それでフランポワンをぐるぐる巻きにした。そして担いで屋敷を後にした。
もちろん、ハメ撮り写真はフランクの目に付くところに置いてきた。
さて。
このままアンジェリーチカの屋敷に戻っても好かったのだけれども。
俺は宿屋でいったん休むことにした。
というのも、アンジェリーチカの屋敷にはフランクの童女従者がいるし、それになにより、アンジェリーチカとふたりきりで過ごすのがイヤだったからだ。
「今帰ったら、明日の朝まで12時間以上ある」
ヘタしたら18時間以上過ごすことになる。
8時間たっぷり睡眠をとったとしても10時間。
あのコウマンなクズ姫さまと、ふたりきりである。
間が持たない。息が詰まる。
だから俺は宿屋に部屋をとり、日が暮れるまでそこで時間をつぶすことにした。……。
「落ち着いたみたいだな」
俺は窓から大通りを見て呟いた。
徘徊する感染者は居なくなっていた。
感染者だけでなく、騎士もいなかった。
人通りはまるでなく、村は静まりかえっていた。
ギルドのあたり、雑然とした村民エリアにも感染者は居ないようだった。
ただ、こちらには人がたむろしていた。
こんな騒動の最中だから仕事などないだろうに、それでも時間を持て余したのか、あるいは習慣からなのか、ギルド前の路地には何人ものみすぼらしい男が座り込んでいた。
何するわけでもなく、ただ、呆然と座っていた。
パチンコ店の前に並び座っているような――そんな感じの光景だった。
俺はそれを見て、なんだか懐かしくなってしまった。
あの雑然として、散らかっていて、不潔で不衛生で汚らしい雰囲気に、俺はなぜか親しみをおぼえてしまうのだ。
「ここには2日しかいないのにな」
俺は自嘲気味に笑い、フランポワンを見た。
彼女は熟睡していた。眉をゆがませて、すこし苦しそうな顔をしていた。
危険ビヤックの効果が切れて、その副作用があらわれたのかもしれなかった。
しかし、このまま休ませておくことしか俺にはできなかった。
実をいうと、クスリの恐ろしさを思い知ればいいと、すこし思っていた。
ただ、当分目を覚ましそうにないのと、命に危険がないことは、たしかだった。
「じゃあ、ちょっと散歩でもしてくるか」
俺は呑気なことをひとり呟いて宿を出た。
狭い路地を通り、ギルドのあたりに来た。
ギルドわきの広場には、人だかりができていた。
とりあえず見つからないようにして、俺は様子をうかがうことにした。
人だかりの中心にはマコがいた。
彼女は感染者の保護を終え、地下組織の面々となにやら話をしているようだった。
俺は狭い路地に身を潜め、それを見た。
「いよいよだね」
そう言ってマコは、みなの顔を見まわした。
地下組織の面々は大きく頷いた。
マコは頷き返すと、屋台の横に座り込んだ。
鎖を外した。そして屋台を横にずらすように押した。
何人かがそれを手伝った。やがて屋台は大きく横にずれた。
屋台で隠れていたところには、ぽっかりと穴が空いていた。
後ろの壁面のそこだけがくり貫かれていた。
「あいつら、私たちを目のかたきにして。次はいったい何をやるんだか」
マコはため息をつくように言った。
そして、穴にあったゴワゴワとした布を勢いよく引っぱった。
俺は身を乗り出してそれを見た。大量の武器、それも魔法の武器があった。
「すげえッ!」「ははは、なんだこれ」「おいおい、いつの間に集めたんだよ」
地下組織の面々は、陽気に笑って言った。
呆れながらも頼もしいといった感じで、武器を手に取った。
そのなかのひとりがマコに向かって言った。
「ひょっとして騎士団より充実してるんじゃないか?」
するとマコが穏やかな笑みで答えた。
「まだまだ足りないよ」
「いったい何をはじめるつもりだ?」
「革命よ」
マコはゆっくりと言った。
地下組織の面々は、つばを呑みこんだ。
「ツヴェルフとその手下が攻めてくる。私たちへの弾圧は激しさを増す。それに、いつの間にか『 不法移民 = 魔法使い 』ということにされている。もちろん、私たちの仲間には魔法使いが多いけど、でも、全員じゃない。そもそも魔法使いは女ばかりだ」
「でも、『 不法移民 = 魔法使い 』ということにすれば、弾圧しやすいから」
「そう。だから、そういうことにされている」
「そして害虫のように駆除されていく」
「だから私は襲撃に備えようとした。これはそのために集めた武器だった。でも、今は違う。こちらから攻めるのに使う。私は明日、この武器を使いたい」
マコは、低くよく響く声でそう言った。
落ち着いた声だったが、しかし、信念がこもっていた。
そしてその信念は、その場にいる者すべてに正しく伝わっていた。
「じゃあ、明日の朝。いよいよ魔女ッ子が我ら地下組織を率いて戦いをはじめるわけだな?」
みなの目がマコに集まった。
マコは不敵な笑みをして、ゆっくりと言った。
「もしかしたらテンショウが来てくれるかもしれない」
「テンショウ? 誰だそれ?」
と、男連中は首をかしげた。
女はみな表情が明るくなった。
マコはみんなの顔を見まわして、それから説明を加えた。
「テンショウは伝説の魔法使い。たった独りの男の魔法使いで、私たち魔法使いの希望、憧れ、夢の実現者。恐ろしい魔力の持ち主よ」
「そいつがザヴィレッジに?」
「ええ。私は彼をリーダーにしたい。彼にみんなを率いて欲しい」
「……そんな強力な魔法使いがリーダーになってくれるのか」
「同道願いたい――と、彼は言ってくれた」
「おおっ」
一同はわいた。その様子にマコは満ち足りた笑みをした。
と、そこに遠くから。
「ちょっと、あなたたちぃ!」
アンジェリーチカが声を放った。騎士の装束で馬上で叫んでいた。
みなが振り向き身構えると、アンジェリーチカは、ずるりと剣を抜いた。
剣を真っ直ぐマコに向け、動くな、と言った。
アンジェリーチカとマコの間にいた面々が後ずさりした。
そのことで道ができた。
アンジェリーチカは、剣を向けたままゆっくりと馬を進めた。
マコの間近まで来るとアンジェリーチカは、こう言った。
「テンショウは?」
「はあ?」
マコは眉をひそめた後、すぐに不快な顔をして、ため息をついた。
すると地下組織のひとりがマコに文句を言った。
「くっそ、こいつテンショウのこと知ってる、全部バレてるじゃん。一斉検挙される、城壁の外で強制排除されちゃうよ」
が、この言葉に応えたのはマコではなく、アンジェリーチカだった。
アンジェリーチカは、マコがなにか言おうとするのを遮るように、こう言った。
「誰も検挙しない。強制排除なんか認めないわあ」
「あ?」
「テンショウから聞いたわ。あなたたち不法入村者は、狙撃事件とは無関係なのよね? でも、この武器はいったい何かしら? あなたたち、いったい何をするつもりなの?」
「………………」
そこにいる者すべてが、真っ青となった。
アンジェリーチカはその雰囲気を誇らしげな笑みで楽しんだ。
するとマコが挑むように一歩、前に出た。
アンジェリーチカが慌てて剣を引くと、マコは言った。
「地下組織へようこそ。この武器は、私たちが人としての尊厳を失わないために必要なもの。そして、私は地下組織のリーダー魔女ッ子。といっても、もうそんな歳ではないのだけれど」
「あなた、やっぱりマジョッコだったのね」
「マコよ。もう18歳だから、魔女ッ子を名乗るのはさすがに恥ずかしいわ」
「あらそう? 私も18歳だけど、まだまだ名乗れるわよっ」
「はあ」
「ねえ、私たち同い年だったのね」
そう言って、アンジェリーチカは微笑んだ。
その唐突な態度の軟化に、マコだけでなく皆が戸惑った。
俺も思いっきり眉をひそめた。
アンジェリーチカのフリーダムっぷりには、ただ頭を抱えるほかない。
そもそも、あいつはぷらぷらと屋敷から出て、いったい何をやっているのだ。
「ねえ、マジョッコ・マコ。あなたが正直に話してくれたことには感謝と、そして敬意を表するわ。でもね、武器で物事を解決しようとしてはいけない。すべての領地は法によって統治されるべきだわ」
「はあァ?」
「その昔、アダマヒアの王はね、『王は、法の第一の下僕である』と宣誓したの。そして、この宣誓に共感したからこそ、ザヴィレッジはアダマヒア王国の一員となったのよ」
「そんな昔のっ」
「そういった歴史があって、今があるのよ。だから軽率なことはひかえなさい」
「そんな建前ッ、現にあのツヴェルフだって!」
マコが声を荒げると、地下組織の面々は賛同した。
アンジェリーチカは、それを笑殺して剣をしまった。
そして、みなが静まるのを待ってから、やさしくこう言った。
「以前、私は村民証のことで、あなたたちを責めた。不法入村者に攻撃的な言葉を投げつけた。でも、それは間違いだった。そのことをね、テンショウが教えてくれたの。だから今日は、謝りに来たのよ」
そう言ってアンジェリーチカは、馬上からではあるが頭を下げた。
マコたちは、それを気味悪がって見た。
なにが起こったのか分からないようだった。
「ツヴェルフお義兄さまは間違ったことをしているわ。でも、マジョッコ・マコ。暴動はダメ、その武器はダメよ」
「じゃあ、逮捕する? ここにいる人全員」
「今日ここで見たことは、すべて見なかったことにする。だから早まらないで。ツヴェルフお義兄さまを裁くのは、法よ。武器ではないわ」
「お義兄さま?」
「ねえ、マジョッコ・マコ。あなたが正直に話してくれたから、私も正体を明かすわね。私は、アダマヒア王国第一王女・アンジェリーチカ。ツヴェルフ第2公子とは親戚関係で、そしてテンショウとはっ、婚約関係にあるの」
アンジェリーチカは、キリッと眉を絞り、ドヤッとして言った。
みなが呆然としていると、アンジェリーチカは念を押すようにもう一度言った。
「テンショウは、私の婚約者なのよ」
俺は全身から嫌な汗が噴きだすのを感じた。
ただ。あまりのことに、誰も真剣に受け取らなかった。
アホな子が、わけの分からない妄言を吐いている――と、思ったようだった。
現実と空想との区別の付かない可哀想な子なんだ――と、みな哀れんでいるように見えた。
俺は安堵のため息をついた。
で。自嘲気味に笑いながら、オシオキの尿意攻撃を放つのだった。
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
アンジェリーチカが、また婚約者を気取ってドヤ顔をした。
→尿意攻撃をしてやった。馬にもしてやった。
……アンジェリーチカはそそくさと帰った。この後、馬と仲良く放尿するかと思うと、しばらくゲスな笑みが止まらなかった。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
アンジェリーチカが妊娠のことを意識しはじめた。
王国に結婚のことで罠をかけられた。あなどられた。
ゴンブトに親を殺され、『キヨマロの七刀のうち二番刀・菊清麿』を奪われた。
パルティアに情けをかけられた。




