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その2

「井戸にキツネの死がいを投げ込んだヤツがいる。そのことで村人のほとんどが感染してしまった」

 と、ジジイは真っ青な顔でそう言った。

 あたりを見まわすと、急性レイビーズの感染者があふれていた。

 まるでゾンビが徘徊(はいかい)しているようだった。



「それで、みなさんは?」

「療養院に集まっている。魔法使いは教会に行けないからね」

「ああ、教会に行くと魔力をチェックされるから」

「その通り。だから、みんな療養院に集まるんだけど、ただ感染者でごった返して治療どころじゃない。ほら、地下組織の者以外にも魔法使いはいるからね、あふれちゃうんだよ」

「ああ、だから抜け出して」

「まあね。でもワシは彼女たちも助けたいんだよ」

 ジジイは陰鬱(いんうつ)な顔でそう言った。

 俺とマコは沈痛(ちんつう)な顔で頷いた。


「今は、まだいい。急性レイビーズは命にかかわる病ではないし、半日もすれば自然快復するんだよ。ただ、感染すると自我を失い、人を()む。そして噛まれた者も感染者となる。だから、これだけ感染者がいると、あっという間に広がってしまう。そのうち村人全員が感染者となり村を徘徊することになる」

「それじゃあ」



「そうならないよう、感染者を騎士が保護してる。修道士がそれの治療にあたってる。……と言えば聞こえはいいが。まあ実際には、村を徘徊する感染者を片っ端から捕らえて教会に放り込んでおる」

「そして治療と同時に、魔力のチェックをして、村民証を作るわけか」

 俺は呆れたような感心したような、そんなため息をついた。

 この事件で一番オイシイ思いをするのが誰なのか――ハッキリしすぎである。

 これはもう、誰が犯人なのか言ってるようなものだろう。


「まあ、その通りだろうね。でも、犯人は『不法入村者』だと、そういうことになっておる」

「バカなっ」

「分かっておる。誰もそんなことは信じてはおらん。ただ、領主たちはそういう筋書きで解決するつもりだよ」

 ジジイは眉を絞ってそう言った。

 俺は深くため息をつき、呆れてこう言った。



「つまり。不法入村者の俺が、ツヴェルフを狙撃し、井戸にキツネの死がいを投げ込んだ――という筋書き」


「そう言いまわって、『不法入村者』を締め出す気分をあおるつもりだろう」

「それと同時に、村民証も普及させる」

「魔法使いもあぶり出す」


「そして。すべて『不法入村者』が悪いと、そういうかたちで事件は解決する」

「ああ素晴らしきリョウシュサマ――と、これはそういう筋書きだろうね」

 ジジイは冷然と言った。

 俺たちの目は静かな怒りで燃えていた。


「なるほど事情は分かったけど、でもなんで、騎士や修道士は感染しなかったんだ?」

「ああ、それは教会は敷地内に井戸を持っているからだよ。というより、村の共同井戸を使っておるのは貧しい者だけだ。貴族は屋敷に井戸があるからね」

「そんな、あからさまな」

 俺は(あき)れていいのか、(あなど)られたと怒っていいのかよく分からなくなってしまった。思わず脱力してしまい、不謹慎な笑みでふたりに訊ねた。



「で、みなさんはこれからどうするんですか?」

「ワシは療養院に戻り、治療にあたる。といっても、まずはパニックをおさめんとなあ」

 ジジイはそう言って自嘲気味に笑った。

 するとマコは悔しそうに、しかし力強く言った。


「私は、パニックをおさめる。感染した人を別の場所に移す。そこで教会に送られないよう保護するよ。それで事態が収まるまでいったん身を隠す。私は、そういう風に地下組織をまとめようと思う」


 俺は大きく頷いた。頼もしく思った。

 魔法使いのことや村のことは、ふたりにまかせて大丈夫だと思った。

 だから俺は満ち足りた笑みでこう言った。


「今、『いったん』身を隠すと言ったけど。いつ決起するつもりだい?」

「それはっ」

 と言って、ジジイは俺を警戒するような目で見た。

 それからマコに視線を移した。うかがうような目をした。

 すると、マコはキッパリ言った。


「明日の朝。感染者が落ち着いたころ、明日の朝だよ」

「分かった」

 俺はゲス顔で頷いた。

 ふたりに再会を約束し富裕層エリアに向かった。

 その去り際に俺は言った。


「明日の朝、もし、手段や過程が一致したら同道願いたい」

 この言葉を聞いて、ふたりの表情はたちまち明るくなった。

 俺はその笑顔が嬉しかった。

 少し照れて、ぼそっと、

「ちょっと用事を片付けてくる」

 と言った。そして、ふたりを残して大通りに向かったのだった。――



挿絵(By みてみん)



 大通りにも、やはり村人があふれていた。

 ゾンビのように徘徊していた。

 騎士たちが懸命に、それを捕獲していた。

 片っ端から捕まえては、猿ぐつわをしていた。

 無理やり手錠をかけていた。そして幌馬車(ほろばしゃ)に放り込んでいた。

 俺はその混乱のなか、大通りを横断し、富裕層エリアへと向かった。

 その間、騎士にとがめられることはなかった。

 騎士は感染者の処理でいそがしく、他のことにはかまっていられないといった感じだった。


 何度か感染者にからまれることがあったが、俺はその都度、鼓膜を振動させた。それと同時に鼻を殴った。それで感染者は倒れた。おとなしくなった。

 ちなみに。

 ガラの悪い連中――おそらくフランクに雇われたギルド会員――に、一度だけ襲われた。しかし、それはカタナで斬り飛ばした。

 俺はザヴィレッジに来てからよくカタナを使っているが、実をいうと、居合いくらいしかできない。が、しかしそれで充分事足りた。

 初撃で殺しきれなかったら、魔法で吹き飛ばすからだ。……。



 さて。

 なぜ富裕層エリアに来たかというと、それはフランクを襲撃するためではない。

 俺は復讐の前に、まず知識を得たかった。

 そのために、アンジェリーチカを捕まえたかったのである。


「ふふっ。さっそく居たぞ」

 アンジェリーチカは、先日同様、騎士の姿で馬に乗っていた。

 キリッと眉を絞り、富裕層エリアを巡回していた。

 この日に限ったことではないが、警護の者はいなかった。

 まあ、いたとしてもこの惨状である。

 感染者から身を護るので精一杯だろう。


「まあ、いいやっ」

 俺は根性の悪い笑みをしながら、後ろから忍び寄った。

 音もなく走り、石壁を利用して、勢いよく馬に飛び乗った。

 そうやってアンジェリーチカに後ろから抱きついた。

 彼女は、虚を突かれ、背筋を伸ばして可愛らしい声をあげた。

 アンジェリーチカだけでなく、馬も驚いた。

 馬は前脚を天高く上げた。それをアンジェリーチカは慌てておさえた。

 俺は懸命に彼女にしがみつき、振り落とされないようにした。

 馬が静まると、アンジェリーチカは、さっと身構えた。腰の剣に手を伸ばした。

 俺はすばやく彼女の耳もとで言った。


「俺だ。アンジェリーチカ、俺だよテンショウだ」

「テンショウ!?」

「ああ、俺だ。キミに訊きたいことがある。このままおとなしく、気絶した感染者を運んでるような――そんな感じで馬をすすめてほしい。騒がないでほしい」


「それはっ。というより、あなた何やってるのよ。フランツさんと川を下ったと思ったら、突然、ひとりでザヴィレッジに現れて、しかも、ツヴェルフお義兄さまを撃つとかっ……あり得ないわあ」

「殺すつもりはなかった。ちょっと首を撃って、バカな発言を止めさせるつもりだったんだ」


「そうだったのね。って、ちょっと? 首を撃ったら死んでしまうじゃないのよお」

「ふふっ」

「なによっ」

「いや、ごめんごめん。で、狙撃しようとしたんだけど罠だった。俺のほかに別の狙撃犯がいた」

「別の狙撃犯?」

 と、アンジェリーチカは言って首をかしげた。

 全身を弛緩させ振り向こうとした。

 俺の顔を覗き見ようとしたのである。

 で。

 俺はその隙をついて、ぐいっと後ろから力強く抱きしめた。

 エプロンの下に手を滑り込ませ、彼女の胸をわしづかみにした。

 人差し指と中指でその先端をかるく(はさ)んだ。

 そして腰をくねらす彼女の耳もとで、こう言った。


「俺の言う通りにしろ。でないと、ここを吹っ飛ばすぞ」

「ちょっ、ちょっと!?」

「おまえ。さりげなく教会かツヴェルフのところに向かってるだろ。俺を連行するつもりだろ」

「そっ、それが規則よっ」

「規則は結構だが、そのまま進むと乳首を失うことになるぞ」

 俺はゲス顔でそう言った。

 するとアンジェリーチカは、苦悶に満ちた声を漏らした。

 が、可愛らしく虚勢を張った。


「ひっ、ひとつで充分よ。ひとつあれば、母乳を与えることができるわあ」

「おまえなあ」

 処女のクセに色々と飛びこえて、授乳の心配をしてやがる。

 まあ、俺たちは色々と飛びこえて、いきなり後ろを検査しあったから、そこらへんの順序が混乱するのは無理もないことだと思うのだけれども。

 でも、飛躍しすぎである。


「というか、王女って授乳すんのか?」

「そんなの知らないわよ。というより、決まりなんかないはずよ。それに、もしあったとしても、やるわよっ。私は、やってみせるわよ」

 などと、規則に厳しい処女のアンジェリーチカが言うのである。



「まあそれはともかく、お姫チカ。おまえ、フランポワンのところに泊まっているんだろ?」

「えっ? 違うわよ。フランクさん……フランポワンのお父さまが気をつかって、屋敷を用意してくれたのよ」

「気をつかって」

 というか真相は、この魔法使いな第一王女さまを、持て余したのだろう。


「で、そこにひとりで住んでるんだ?」

「そうよ」

「じゃあ、ひとまずそこに連れて行けよ」

「なんでよ」

「好いから」

 と言って、俺は指先に力を込めた。

 アンジェリーチカの迫力のあるおっぱいをつかみ、もう片方もワシッとつかみ、指で先っちょをかるく(はさ)み、そして振動させたのである。


「ああんっ」

 アンジェリーチカは、普段からはまったく想像のできない甘ったるい声をあげた。

 喘ぐように息を漏らし、くにゃりと俺に体重をあずけてきた。

 やがて彼女は微細にふるえながら、懸命に平常心を保ちながら馬を反転させた。


「ねえ、テンショウ」

「はやく行け」

 俺が冷たく言うと、アンジェリーチカは、びくんと背筋を伸ばした。

 やがて彼女は思いっきり媚びた声を漏らして、こくんと頷いた。

 それは女の声というよりも、メスのそれだった。



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 アンジェリーチカが口答えをした。

 →先っちょを振動でかるく挟んでやった。


 ……これがオシオキになるのか少々疑問だが、しかし言いなりにはなるので、とりあえずは()しとする。



■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 フランポワンが女房のごとく振る舞った。

 アンジェリーチカが妊娠のことを意識しはじめた。

 王国に結婚のことで罠をかけられた。あなどられた。

 ゴンブトに親を殺され、『キヨマロの七刀のうち二番刀・菊清麿』を奪われた。

 パルティアに情けをかけられた。

 フランクにまんまとハメられた。


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