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その4

「私がもとに戻してあげる。人を信じることの素晴らしさを教えてあげる」

 女はそう言って穏やかな笑みをした。頬を赤く染めた。

 俺は無表情のまま、こう言った。



「その前に、危険ビヤック。俺は危険ビヤックを浴びていて頭がまわらないんだよ」

 この言葉を聞いた女は、ため息をついた。

 そして、女教師のようにやさしく言った。


「そろそろダチュラの効果が現れる。それで症状が部分的には弱まるはずよ」

「部分的には?」

「知性と感情はもとに戻る。頭がスッキリして、性的な高揚感はなくなる。ただ、抑えられる症状はそれだけなの。肉体的な興奮は抑制できないわ」

「はあ?」


「下腹部にエネルギーが集まって、興奮状態になると思う。といっても、実際に見たことないから、本当にそうなるのかは分からない。そもそも男の魔法使いにどう作用するか不明なの。それに私、男の人って初めてだから」

「どう作用するか不明なの――じゃねえよ!」

 俺は思わずツッコミを入れた。

 そのことで女は、かるく浮いた。

 俺に馬乗りになっている女が、かるく浮いたのである。

 ちなみに俺の下腹部は、彼女の言う通り、興奮状態となっている。


「でも、それも私の話を聞けば、すぐに静まる。だから安心して」

 女は跳ねるようにして俺に座り直した。

 お尻で俺の興奮状態を押さえつけた。

 俺は眉をひそめ、ため息をついた。

 すると。

 女は穏やかな笑みをした。そして真剣な瞳で、ゆっくりと言った。



「ねえ、テンショウ。私は、あなたを信じてる。だから言う。私は魔法使いよ」

 俺は鼻で笑った。

 やはりというか、そんなのとっくに分かってる。

 それがどうした――といった感じである。


「ねえ、テンショウ。私が魔法使いであることを今まで隠してきたのは、もちろんデモニオンヒルに収監されるから――というのもある。でも、それだけじゃない。私の魔法はとても無力なの」

「無力ゥ?」

 俺は苦笑いをした。すると、女はガバッと上着を脱いだ。

 全身を羞恥で赤く染めた。

 そして思い詰めたような、挑むような目で俺を見た。



「テンショウ。これから私の魔法を教える。私は、あなたを信じて魔法を見せる。私の致命的な秘密を見せるわよ。だから、テンショウ。人を信じることの素晴らしさを知って。心の清らかな、きっと気高かった、もとのあなたに戻って」

 女はそう言ってから、ふるえて微笑んだ。

 俺は無表情のまま、彼女の出方をうかがった。


「テンショウ。私の魔法は『変身』よ。体液さえ手に入れれば、どんな人にも変身できる」

「それは……」


「とても強力な魔法よ。でも、強力すぎるから絶対に明かすことができない。もし王国に知られれば、確実に殺される」

「容易に脱獄できる能力だから」

「そう。それに暗殺にも最適」

「王になりすますことさえできる」

「その気になればね」

「そっ」

 そんな魔法。

 王国は絶対に許さない。どんな犠牲を払うことになっても、必ず抹殺する。

 こんな魔法が存在しては、とても秩序が保てないからだ。


「だから強力な魔法だけど、バレたらそれで終わり。だから滅多に使えない。だから強力だけど意味のない魔法なの。私の魔法は強力だけど、無力なの」

 身を護れるだけの力もないしね―と、女は寂しげに言った。


「しかし、それをキミは」

「あなたに明かしたわ。そしてこれから見せるのよ」

「………………」

「あなたを信じているからよ。あなたに人を信じることの素晴らしさを知って欲しいから。私は、あなたにもとの自分を取り戻して欲しいから」

 明かしたのよ――と、女は言った。

 俺は言葉を失った。

 正直に言うと、人を信じることの素晴らしさなど感得できなかった。

 彼女の気持ちがただ重かった。


「テンショウ……」

「……困るよ」

「そっか。でも、そんな目をしてくれたから、明かして()かったかな」

「……たしかにキミの言った通り、キミの話を聞いたら、性的な興奮状態はなくなったけどさ」

 こんな重い話されたら()えるしかない。

 俺は息を漏らすように失笑した。

 女は微笑んだ。そして言った。



「じゃあ、これから実際に見せるね。もっと()えると思うよ?」

「いやっ」

 止めてよ。

 俺は慌てて彼女を止めた。

 そんな全身全霊を浴びせるような信頼の寄せかたは勘弁して欲しい。

 というより。

 これ以上は迷惑である。

 いや、彼女に悪気がないことは分かっているけれど。

 彼女の顔を見れば、好意からの行為であることは明らかなのだけど。

 でも。

 迷惑である。

 俺は真摯(しんし)な態度でそう言った。

 すると女は、くすりと笑った。


「そんな顔してくれて、ほんと嬉しい。やっぱり根は真面目で誠実なんだよね」

「……止めてよ」

「ごめん。でも、実はね、魔法はすでに見せてるの」

「は?」

「この姿は、魔法で変身した姿なの」

 女はそう言って、頬を赤くした。

 それから覚悟を決めたような――そんな瞳をして、大きく息を吐いた。

 そして言った。


「今から魔法を解くよ。私の本当の姿をみせてあげる。地下組織のリーダー、魔女ッ子の本当の姿を」

「それはっ」

 慌てる俺の眼前で、女に光が集まった。

 女は白く輝き、そして縮んでいった。

 俺に馬乗りになったまま、女はどんどん体重が軽くなり、手足が縮み、細くなり、痛々しいほど華奢(きゃしゃ)になり、ひとまわりもふたまわりも小さくなった。

 胸が、気の毒なほど小さくなった。

 容赦(ようしゃ)なく縮んだ。

 そして。

 輝きがおさまる頃には、女は収縮を終えていた。

 髪がはらりと伸びて黒くなっていた。

 大人びて挑発的な顔だったのが、幼く自信なさげな顔になっていた。

 女は照れて目をそらした。

 髪をまとめ、ツインテールに縛りながら俺に流し目を送った。

 そして女は、すこしドモリ気味に言った。


「こっ、これが私の本当の姿。がっかりしたでしょ」

 俺はつばを呑みこんだ。

 と。

 それと同時に、女がさっと顔色を変えた。するどいツッコミを入れてきた。


「って、なんで()えないのよ!」

「そんなこと言われたって」

「ていうか、むしろ興奮してるじゃない! ガッチガチじゃないのよ!」

「うーん」

「このヘンタイ! ロリコン! 貧乳マニア! ブス専!」

「いや、ちょっと待てよ」

「なによっ」


「お互い傷付くだけだろ。そんなこと言って」

 俺は、たしなめるような目で言った。

 しかし、声に笑いが混ざってしまった。

 女は、可愛らしくほっぺたをふくらませた。

 俺が苦笑いすると、女は噴きだした。

 そして両腕で胸を隠して、羞恥に頬を赤く染めた。

 俺は穏やかなため息をつくと、やさしく言った。


「ひとつだけ、きつく訂正するよ。キミはブスじゃない。金髪青瞳をしたアダマヒアの人々の――彼らの美的感覚は分からないが、少なくとも俺の住んでいた穂村では、キミのような小悪魔的な小顔は典型的な美少女だ」

 ちなみに21世紀の日本の美的感覚からしても美少女だと思う。

 アイドルグループにいそうな顔である。


「……ほんと?」

「信じてくれよ」

「でも」

「あのなあ? なにが『人を信じることの素晴らしさを教えてあげる』だよ。そんな偉そうなこと言うなら、俺の言うこと信じろよ」

「……うん」

 女は真っ赤な顔をして突っ伏した。

 俺の胸に頬を寄せて、恥ずかしそうに小さくまるまった。

 おそるおそる上目遣(うわめづか)いで俺を見た。

 俺は、ぼんやり天井を見て、ため息をついた。

 そして言った。



「名前。まだ、名前聞いてない」

「……マコ」

「マコ。ひょっとして両親は穂村出身?」

「ううん、お父さんが穂村とザヴィレッジのハーフ。それでお母さんがね、穂村の東部に棲む人型モンスターなの」

「ああ」

 それで、どことなく緒菜穂のような雰囲気があるのか。


「ねえ、驚かないの? モンスターの娘だって聞いて恐がらないの?」

「なんで?」

「だって」

「関係ないよ」

「そう、なのかな」

「なんだよ、急に態度変わるなよ。さっきまでの偉そうな態度はなんだったんだよ」

 俺はそう言って鼻で笑った。

 マコは怯えた目で頷いた。そして言った。


「だってこの姿で人と話すの久しぶりなんだもん」

「ああ」

「男の人と話すの初めてなんだもん」

「そう」

「なによ、まったく動じないのね。しかもガッチガチだし。ムスッとした顔で偉そうにしゃべってるくせに、熱く硬くなってるし」

「危険ビヤックの効果だよ」

「このヘンタイ、ロリコン、貧乳好き」

「だから違うって」

「ちなみにマコは18歳よ……って、ガッカリしないでよ」

「いや、してねえよ。というか18なんだ」

「もう。だからイヤなのよ。子供っぽいって言われるから」

「そんなこと、ないけど、でもまあ穂村出身だと子供に見られがちだよな」

 とは言ったものの。

 マコはおそらく身長150センチ以下だし、しかも華奢だから、子供っぽいというのは適確な評価ではあった。


「ふふっ」

「もう!」

「もう、じゃねえよ。というか、おまえ何がしたかったんだよ。勝手に正体を明かして、それで恥ずかしがるとか意味不明だぞ?」

「だって……。テンショウをもとに戻したかった」

「はあ」


「なっ、()えないとか想定外だったのよ。だから動揺して、頭が真っ白になって、恥ずかしくて、どうしていいか分からなくなって」

「………………」

「でもっ、戻ってくれて嬉しいの。あなた、今はやさしい目をしてる。この村に来たときとはまるで別人のようにリラックスしてる」

「うーん」

 それが、もとに戻ったということなのかは分からないけれど。

 ペースをかき乱されているのは事実である。


「それに知って欲しかった」

「魔法を?」

「うん。伝説の魔法使いに知ってもらいたかったの」

「伝説ねえ」

「あなたは魔法使いの憧れ。あなたは伝説なの」

「……そんなたいしたもんじゃない」

 俺はそう言って、マコを抱き寄せた。

 マコの華奢な肩が(おび)えてふるえた。

 いつのまにか攻守が逆転していた。

 俺がぐいっと抱き寄せると、マコは顔をあげた。

 瞳をうるませた。くちびるをねだるように、そっとまつ毛を伏せた。

 そんなマコの姿に、俺はひどく征服欲を満たされた。

 それと同時にゲスな気分が()きあがってきた。

 つい、イジワルなことを口にした。


「おまえ、そんな秘密をしゃべったら、一生、俺の言いなりじゃねえか」

 マコは、ほっぺたを俺の頬につけて、つばを呑みこんだ。

 そして消え入るような声で言った。


「信じてる」

 それは観念したようにも、また(よろこ)んでいるようにも聞こえる言葉であった。



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 マコの致命的な秘密を知った。

 →かるく脅してやった。


 ……彼女との今後の関係については、たっぷり可愛がった後に、ゆっくり考えようと思う。



■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 フランポワンが女房のごとく振る舞った。

 アンジェリーチカが妊娠のことを意識しはじめた。

 王国に結婚のことで罠をかけられた。あなどられた。

 ゴンブトに親を殺され、『キヨマロの七刀のうち二番刀・菊清麿』を奪われた。

 パルティアに情けをかけられた。

 フランクにまんまとハメられた。


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