私刑執行後日談・エピローグブリッジ
以下、無用のことながら少しだけつけ加える。
ザヴィレッジ邸から帰ってしばらくの後、ズィーベンがデモニオンヒルに到着した。
フランツがザヴィレッジから呼ばれ、急ぎ到着した。
そして俺たち魔法使いは、デモニオンヒルの中央広場に集められた。
この時点で俺は、ザヴィレッジ邸での行いが不問に処されたことを確信した。
身柄が拘束されなかったからだ。
さて。
中央広場には、政治的なスピーチが行われるちょっとしたステージがある。
そこに特設された玉座を背に、ズィーベンは大きな声で言った。
「本日、皆を呼び集めたのは私ではない! キミたちは、アダマヒア国王に呼ばれたのだ。私は、国王の言葉をキミたちに伝えるだけである」
この言葉を聞いた俺は、思わず背筋が伸びた。
ズィーベンは、無表情そして無感情のまま続けた。
「本日より、デモニオンヒルの都市会長はアダマヒア王国第二王女イモーチカとなる!」
この言葉とともに、金髪の美少女が現れた。
美少女は、ちょこんとお辞儀をすると玉座についた。
「そしてイモーチカ様が都市会長を臨時代行していた五日間! この空白の五日間を平穏に過ごしたキミたち全員に国王から褒美がある!! アダマヒアの最高級ワインを一人一本ずつではあるが、キミたちに贈ろう!!! ……ちなみに国王は、私が王国を出立する時点で、キミたちが騒ぎを起こさないことを確信していた。よってワインはもう手元にある」
ズィーベンが合図を送ると、大量のワインが運ばれてきた。
それを見た魔法使いは歓声を上げた。
「さて。この空白の五日間に『熟練者』の称号を受けた者がいる。魔法使いテンショウ! ……前に」
「はい」
俺は呼ばれるままにステージの最前まで進んだ。
ズィーベンは言った。
「魔法使いテンショウ! 貴君から『熟練者』の称号を剥奪する」
「はっ!」
俺は、心中で密かにガッツポーズをし、深く頭を下げた。
なぜなら称号など足かせでしかないし、王以外から受けた称号をいつまでも持っているのは危険だからだ。それを理由に、いつ糾弾されるか分かったもんじゃない。
しかし広場に集まった魔法使いは、どよめいた。
そんななかズィーベンは、
「そして」
と、前置きしてから、王の命令状を高らかに読み上げた。
「穂村の刀工の息子、魔法使いテンショウ! 貴君を諸侯として取り立てる!! これは、第八公子アハトを救出した褒賞であり、第一王女アンジェリーチカを護った褒賞であり、デモニオンヒルの魔法使いを取りまとめ、空白の五日間を無事に治めた褒賞である!!!」
「あっ……」
俺は全身から血の気が引いていくのを感じた。
魔法使いたちは、ズィーベンの言ったことの意味がよく理解できずにざわめいた。
ズィーベンは無感情にこう続けた。
「テンショウ。今日から、デモニオンヒル伯を名乗るがよい」
「はっ、はあ」
「テンショウ・フォン・デモニオンヒル! 国王は、このデモニオンヒルを貴君にまかせたい――と、言っておられる。謹んでお受けし、都市会長のイモーチカ様をよく補佐せよ」
「………………」
「よいかデモニオンヒルに暮らす者たちよ! アダマヒア王国は、たとえ魔法使いであろうとも!! 功あれば諸侯として取りたてるのだ!!!」
この言葉に魔法使いたちが熱狂するなか、俺は親指の爪を噛んでいた。
ふざけるな。
貴族になんかなったら、一生ここに閉じ込められてしまう。
魔法使いが貴族になるなんて、この城塞都市の外には秘密に決まってるじゃないか。
というより、王国は、ここにいる魔法使いを一生自由にしない、外に出さないつもりだ。
この諸侯取り立てには、そういった決意がこめられている。
おまえら、それを分かって喜んでいるのか。……。
俺は絶望のなか、目まぐるしく計算し、とりあえずの時間稼ぎを試みた。
ズィーベンに向かって、こう言った。
「ズィーベン様。あまりにも過ぎた褒賞と王国の恩情に、このテンショウ、言葉がございません。謹んでお受けしたいと思いますが、ですがズィーベン様、ひとつだけ、このちっぽけな魔法使いのワガママをお聞きいただけますか?」
「……言ってみよ」
「このデモニオンヒルは、そこに見えます『プリンセサ・デモニオの丘』を囲うようにしてできた城塞都市でございます。そのプリンセサ・デモニオの丘ですが、人型モンスターがどう呼んでいるかご存知でしょうか?」
「モンスターの古代語か」
「セロ・デ・ラ・プリンセサ……人型モンスターはプリンセサ・デモニオの丘をこう呼びます。それを、わたくしめは最愛の人から教わりました」
「うむ」
「ズィーベン様。わたくしめに、セロデラプリンセサ伯と名乗らせてはいただけないでしょうか? そのことで彼女への感謝を表させてはもらえないでしょうか? アダマヒア王からの任命状に、ぜひ、セロデラプリンセサ伯とお書き記しいただけないでしょうか?」
そう言って俺は、深く頭を下げた。
下げたままズィーベンの言葉を待った。
デモニオンヒルとアダマヒア王国を往復すると10日ほどになる。
俺は、とりあえずそれだけの時間を稼ごうとした。
が。
しかし、ズィーベンは満面の笑みで言った。
「貴君の言ったこと、もっともである。私もそう思ったから、王に進言しておいた。というわけで任命状には、テンショウ・フォン・セロデラプリンセサと、すでに書いてある」
「あっ」
「謹んでお受けなさい、セロデラプリンセサ伯」
そう言ってズィーベンは、誇らしげに任命状を広げた。
「まさかそんなっ」
やられた。
この歓声のなか、断ることなどできやしない。
そういった状況を作られている。
数手先から読まれてる、思考を読まれている。……。
俺は、がっくりうなだれてステージにあがった。
そして呆然としたまま、都市会長イモーチカの前にひざまずいた。
頭に剣が乗せられると、俺は喪心状態で忠誠を誓った。
中央広場は歓喜につつまれた。
そしてしばらくすると。
中央広場いっぱいの拍手と歓声のなか、ズィーベンが高らかに言った。
「さて。セロデラプリンセサ伯には、国王からもうひとつ贈りものがある。国王は、アンジェリーチカ第一王女を貴君の婚約者……フィアンセにして欲しいと言っておられる」
「アっ、アンジェリーチカ、を」
「もちろん、貴君に最愛の人がいることは国王もご存知である。だから国王は、愛人にしてもらっても構わない――と、そう言っておられる」
「あっ、あっ、あの、ですが今、『第一王女』って」
俺は懸命に動揺を抑えながら、ズィーベンの失言をつかまえた。
何から何までやられっぱなしだったので、一矢報いたつもりだった。
が。ズィーベンは満面の笑みでこう言った。
「アンジェリーチカ様は今でも第一王女である! 国王は王家から魔法使いが出たことを喜んでいる。誇りに思っておられるのだ」
この白々しい言葉に魔法使いたちは、また沸いた。
俺は、城壁のなかで一生暮らすことを覚悟した。
ズィーベンは、たたみかけるようにこう言った。
「そしてザヴィレッジ家からも、次女フランポワンを貴君の婚約者……フィアンセにして欲しいとの申し出がある。セロデラプリンセサ伯、ぜひこの機会にザヴィレッジ家と友好を結ぶといい」
「フっ、フランポワンを」
「むろん愛人で構わないと言っている」
「はっ、はあ……」
俺が口をぽっかり開けたままでいると、フランツがこっそりウインクをした。
俺は全身から力が抜けていくのを感じた。――
数時間が過ぎた。
俺は城壁にあがり、そこから中央広場を見ていた。
広場では魔法使いたちが最高級ワインに酔っていた。
彼女たちは、魔法使いから貴族が誕生したことを祝っていた。
俺はそれを見下ろしながら、苦笑いでワインを飲んでいた。
そこに、ズィーベンとフランツがやってきた。
「やあ!」
フランツが大らかに手を上げた。
その横でズィーベンがニヤリと笑った。
俺がため息をつくと、ズィーベンは朗らかに笑って言った。
「どうだ参ったか!」
「あはは」
あまりにもあっけらかんと言われたので思わず笑ってしまった。
するとズィーベンは、両手で俺の肩をつかんだ。
そして真正面に俺を見て、それから言った。
「なあ、そんなに腐るなよ。魔法使いへの迫害は、どう頑張ってもキミの世代にはなくならない。キミの世代はここから出ることはできないよ。王国はね、この現実をシビアに見つめたうえで、最善の策を立てているんだよ。それに、王はこのことに心を痛めているんだよ」
「………………」
「その証拠にテンショウ君、王は抜け道を作ってくれている。ほら、イモーチカ様を都市会長とし、セロデラプリンセサ伯を補佐に留めてるじゃないか。オマケに事務官が、うっかりミスをして、キミを斡旋所の依頼が請けられる状態にしたままでいる」
「はあ?」
俺が首をかしげると、ズィーベンが言った。
「私、ズィーベンは今ここに、セロデラプリンセサ伯に仕事を依頼する。勤務地はアダマヒア王国王邸、その期間はとりあえず二〇年だ」
「あっ」
「テンショウ、私のもとに来い。私のもとでその智謀を活かせ。私の暗黒宰相となり、その知略を王国会議で競わせるんだ」
「………………」
「なあ、テンショウ。今日でよく分かったろう。王国には頭のキレるやつがいっぱいいる。そいつらと勝負したいと思わないかい?」
ズィーベンは挑発するように言った。
俺は失笑して言った。
「宰相とは、一般には『その国のナンバーワンを補佐する者』をさした言葉です。もし、野心があるなら言葉にはお気をつけください」
「ふふっ。頼りないだろう? 助けてくれよ」
ズィーベンはおどけて言った。
俺は目を伏せて、ゆっくりうつむいた。
ズィーベンが落胆の声をもらした。
すると、フランツが俺の肩をつかんだ。
そして大らかに笑って言った。
「なあ、テンショウ君。僕からも依頼があるんだが――」
「…………」
俺が顔を上げると、フランツは城壁の縁に飛び乗った。
彼は、遠く荒野の先を指差して言った。
「このデモニオンヒルの南、そしてザヴィレッジの南は未開の地だ。僕はその先に興味がある。モンスターを討伐しながらずっと南に進めばどうなるか? どこにたどり着くのか? 僕はそのことに興味がある」
「なあ、テンショウ君。南を開拓しないか? ネクタイを外し、未開の大地で思う存分、魔法を使ってみないか?」
そう言ってフランツは、俺に手を差し出した。
夢見るような瞳で俺を見た。
それはキラキラとした希望に満ちた目だった。
そんなフランツに、俺はゲスのくせして心をふるわせるのだった。
【第1部 完 】




