その8
アンジェリーチカの魔法に、デモニオンヒルは大騒動となった。
あの日、俺と緒菜穂は城門の留置所のようなところに軟禁された。
アハトは、教会に運ばれて治療を受けた。
フランポワンや貴族たちは、アンジェリーチカ城に集まった。
アンジェリーチカは、魔力封じのネクタイを締められ、一時幽閉された。
そして王国とザヴィレッジに向けて、緊急信号が放たれた。――
俺と緒菜穂は、すぐに釈放された。
というのも、緒菜穂は喪心していて自分が何をしたのかよく分かっていなかったし、俺は俺で、やましいところがひとつもなかったからだ。
決定的な釈放理由は、俺がアンジェリーチカを身を挺して護ったことだった。
まあ、俺としては、アンジェリーチカが死ぬと魔法使いが皆殺しになると確信していたので、それを防ぐために必死だったのだが、その必死さがどうにもアンジェリーチカへの献身……王国への忠誠だと受け取られてしまったようだった。
彼女を人一倍憎んでいる俺が、彼女を護ろうとしたというのも皮肉な話だが、王国に対して反抗心を燃やす俺の行為が、王国への忠義に見えてしまったというのもなんとも皮肉な話である。
まあ、アンジェリーチカが魔法使いだと知れ渡ってしまった今でも、俺の行為が王国への忠義になるのかは、よく分からない。……。
ちなみに。
アンジェリーチカが幽閉されたことによって、デモニオンヒルの都市会長は、アンジェリーチカの妹が臨時代行することとなった。
そして、その臨時都市会長イモーチカ第二王女の補佐を、フランポワンが勤めることになった。
フランツは、ザヴィレッジで待機していた。
ズィーベンは、王国から王の命令状を持ってデモニオンヒルに向かっていた。
ズィーベンの到着は最速でも五日後のようだった。
その空白の五日間。
このデモニオンヒルの事実上の支配者は、フランポワンだった。
彼女が都市会長補佐かつ斡旋所の筆頭パトロンだったからである。――
さて。
そのフランポワンの政治手腕であるが。
それはゲスを自認する俺でもドン引きするほどに、苛烈を極めた。
彼女の施策は、すべてアンジェリーチカを叩き潰すためのものだった。
フランポワンは激怒していた。
彼女は今まで全身全霊をあびせるようにして、アンジェリーチカと友情を深めてきた。
ところが、そのアンジェリーチカが魔法使いだと分かると、この親愛が反転した。
強く信じ依存してきただけに、憎しみの炎はいっそう激しく燃え上がった。
アンジェリーチカは、身分を魔法使いに落とされた。
城を追われ、魔法使い居住エリアに住むこととなった。
それと同時に、俺に『熟練者』という称号が与えられた。
このことにより、俺はデモニオンヒルの魔法使いを統轄する立場となった。
ようするに、俺がアンジェリーチカの面倒を見ることになった。
俺はこの、えげつない仕打ちにしばらく笑いがとまらなかった。
「くくくっ」
俺は、アンジェリーチカのことを気の毒に思いつつ。
フランポワンのことを恐ろしい女だと思いつつ。
しかし、俺はこの『棚からぼたもち』的な復讐の機会を、存分に楽しむのであった。
「止めてェェエエエ!!!!」
噴水広場近くの別荘、その一室でアンジェリーチカは叫んでいた。
上半身を机に被せるように突っ伏している。
手には手錠と鎖が付けられてる。
机に固定されている。
そしてお尻をつきだした状態で、アンジェリーチカは後ろに向かって叫んでいた。
「止めてェェエエエ!!!!」
しかし俺は返事をしなかった。
俺の合図で、部屋から騎士たちが出ていく。
チェイン・メイルがこすれる音が遠のき、そして、しなくなる。
静寂に堪えかねて、アンジェリーチカが叫ぶ。
「止めなさいよォ!」
それと同時に、俺は彼女のドレスを脱がした。
引きちぎり、あっという間に裸にひんむいた。
アンジェリーチカは全裸で机に突っ伏し、お尻をつきだした状態になった。
「ふざけないでッ!」
アンジェリーチカは一心不乱に叫んだ。
首をねじ向け後ろを見たが、それでは俺の姿は見えないだろう。
そのことが彼女をいっそう焦らせるのだろう。
彼女は半狂乱となり、真っ白な美しい脚をばたばたとさせた。
俺は、その無様な姿を、全能感に満ちてしばらく見ていた。
「……ふざけないで」
やがて、アンジェリーチカは、机にしがみつくようにしてぐったりした。
そんな姿で彼女は屈辱に震えていた。
俺は背後から声をかけた。
彼女を落ち着かせるような優しげな声だった。
「アンジェリーチカ。とても失礼なことをしているのは分かっているよ。でも、これは規則なんだ。魔法使いとなった者は、必ずこの身体検査をしなければならないんだよ」
「ふざけないで!」
「いや、ふざけてないよ。魔法使いが病気や武器を持っていないかを調べることは、とても大切なことなんだ」
「でも、わたしはっ!」
「魔法使いだろう」
「違うわあ!」
「はあン?」
「わたしは、アダマヒア王国第一王女アンジェリーチカよ!」
「ふふっ、うるせえよ。このクズ姫。おまえは魔法使い以外の何者でもないんだよ」
「なにをバカな!」
「あはは、まあいいや」
そのうち理解するだろうと、俺はため息をついた。
そして優しく言った。
「まあそれはさておき。元・お姫さまの尊厳には最大限の配慮をしたつもりだよ。騎士たちを退出させたから、今、アンジェリーチカを視ているのは俺だけだよ」
「………………」
「この部屋には、俺とアンジェリーチカ、あなたしかいない。あなたは、この身体検査を恥ずかしいと思うかもしれないけれど、でも、俺ひとりが行うから心配しなくてもいい」
「イヤよッ!」
「はやく終わらせましょう――と、俺がデモニオンヒルに来た日、おまえは言ったよな? ふふっ、まあ俺は、はやく終わらせるつもりはないから、たっぷり楽しんでくれよ」
と、俺は嗜虐に満ちた笑みで言った。
それと同時に、バチンと音を鳴らした。
「いやァ!」
アンジェリーチカが恐怖にあえいだ。
あの高慢で、征服者じみて、男を男とも見ず、俺をまるでペットのように扱うアンジェリーチカが、今、眼前で恐怖にあえいでいる。……俺はアンジェリーチカに、はじめて凄まじい感情を抱いた。
「終わったよ」
と、俺は慈愛に満ちた声で言った。
そっと、やわらかくアンジェリーチカにシーツを被せた。
いたわるように手を、彼女の背に乗せた。
そして、アンジェリーチカの手錠に手を伸ばし鎖を外した。
このとき、失神から醒めた彼女と俺の目と目が逢った。
アンジェリーチカは憎しみを込めた瞳で、俺を睨みつけた。
俺は、にたあっと下品な笑みをして、恍惚にふるえた。
アンジェリーチカは恥辱にふるえながら、俺を見上げた。
俺は征服欲を満たされて、全能感にふるえながら、彼女を見下ろした。
このとき、俺たちの関係があらためて定義された。
そしてアンジェリーチカは、この日から俺の家で飼われるのだった。――
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
屈辱的な姿勢で検査された。
→屈辱的な姿勢のアンジェリーチカに検査してやった。
……復讐無双のはじまりである。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。
とてつもない額の身請け金を、アンジェリーチカに肩代わりしてもらった。




